その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

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二章 獣人の国

59 奇跡

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 舞台を見た日から1週間。

 「ナラタさん、今回の治療魔法はやめておきますか?」

 私は夏風邪を引いていて体調が悪いナラタさんを慮って尋ねた。

 「アンタに任せる……けど、今回の処方で治療を試したことはなかったんじゃないか?」
 「えぇ、まずは可能性の高そうな薬草から試しているので」
 「まぁでもせっかく別の薬を飲んでるんだし試してみたらどうだい?」

 私は気が進まなかった。

 「でもザクタネにどんな効果があるのか私まだ調べてないですし……」
 「でも今までの実験じゃ何の成果も出てないだろう。だったら新しいものにもチャレンジしてみたらどうだい?」

 ナラタさんの言葉にも一理あった。
 それにナラタさんも私も結果が出ないことに焦れ始めていた。何せどんな配合で試してみてもがんは1ミリ増大するばかりで、縮小も拡大も維持もしない。単に治療魔法をかけた時と同じ効果しか出ていないのだ。

 「じゃあ今週も治療魔法を試してみます」

 私はいつものように胃のあたりに手をかざし、

 「行使: 消滅治療エクスティンクティオ

 起動詞を唱えると右手が発光する。治療魔法が始まった。
 そしていつものように数秒したら光が消えるはずだった。

 「……あれ……?」
 「どうした……っくっ……!」
 「どうしたんですか!? 痛みますか!?」
 「止めるんじゃないよ!!」

 私の問いかけに被せるようにナラタさんが叫んだ。

 「でもっ!! 痛むんですよね!?」
 「こんなこと、っぅ今までになかったんだっ! 最後まで観察しな!!」

 何が起こっているの!?
 このままナラタさんが死んじゃう!!
 今すぐに魔法を止めたい。けれどナラタさんはそれを許さない。
 早く終わって。
 助かって。
 死なないで……!!!
 そう必死に願いながら、頭の冷静な部分では懐中時計を見ながら魔法の発動時間をカウントしていた。
 10秒、20秒、30秒、40秒__
 45秒。
 手の光が消えた。治療魔法が終わったのだ。

 「ナラタさん……!」
 「……っぅ、はぁ……ふぅ…………もう大丈夫だ。痛くないよ」
 「ナラタさんっ! ナラタさん!!」

 私は飛びついた。

 (生きてる! よかった! 無事だった!!)

 本当に怖かった。今度こそ失ってしまうんじゃないかと……

 「にしても、一体何だったんだ? ナオ、確かめとくれ」

 抱きついままの姿勢でピシリと動けなくなった。
 確かめたくない。
 がんがいつも以上に増大していたら?
 転移していたら?
 もっと別の異常があったら?
 でも、もしかしたら少しだけでも小さくなっているかも__

 「……確かめて、みます」

 自分のやったことの結果を受け止めねばならない。

 「行使:検査スキャン

 いつものように眼前に画像が浮かぶ。
 3Dで表示された胃は、きれいだった。
 周り浮かんでいるMRI画像のように輪切りになった画像にもがんの影は一つもない。

 (なに!? 壊れた!!? 上手く検査スキャンが発動できなくなった?)

 私はパニックになった。
 とりあえずバグったパソコンを直すときのように再起動、もう一度検査スキャンをやり直した。
 それでもがんの影も病名も表示されない。

 「どうしたんだい?」

 ナラタさんも不安になっている。
 医療者がこんなに動揺してちゃ当たり前だ。

 「ごめんなさい。ちょっと魔法が上手く発動しないみたいで。所内の治療魔法師を呼んできます」

 私は医師の待機室に向かった。
 この部屋は初めて訪れるが躊躇っている場合ではない。

 「失礼します。……ファム先生、ナラタさんを診てもらえませんか?」

 部屋の中には治療魔法師のファム先生がいた。
 この先生とは今まで話したこともない。顔と名前を知っているだけだ。

 「なんだね、急に。……む? 君はがんの研究をしている……」
 「はい。ナオといいます。先ほどナラタさんんに検査スキャンをかけたんです。でも画像は表示されるのにがんが見えなくて。先生に見てもらいたいんです」

 先生はガタリと椅子から立ち上がった。

 「まさか、がんが消失したのか!?」
 「わっ、わかりません。私の魔法がおかしくなったのかも__」
 「すぐに診よう」

 先生は私が言い終わるよりも早く部屋を出ていた。
 私は先生を追いかけるように小走りでナラタさんの病室に戻った。
 先生は気が急いているように見えながらもノックをして少し間をおいてから病室に入った。

 「失礼しますよ。ナラタさん、ちょっと診させてくださいね」
 「あぁどうぞ」
 「行使:検査スキャン

 先生の手が淡く光り始めた。
 私は診察を見守りながら、先生とナラタさん両方の顔を交互に見る。

 「先生、どうですか?」

 私は待ちきれず聞いた。
 「……この方は胃がん、でしたよね。私も初日の診察で確かに診ましたが……」
 「そうです。広範囲に広がっていて手術不能と診断された__」

 私が伝えると、先生は「奇跡だ……」と呟いた。

 「あの、先生それって……」
 「私が診たところ、この方にがんはありません。体内のどこにも」
 「治った……?」
 「あぁ完治している!」

 先生の宣言に私は力が抜け床に崩れ落ちた。

 「ナオ!?」
 「君どうした!?」
 「……本当に治ったんですね。治った……。ナラタさんは死なないし、私はもうこの研究を続けなくていい…………。っぁぁあぁぁっ……、ぁあぁぁぁぁあぁっ!!!」

 私は堪えきれず泣きながら叫んだ。
 ナラタさんが助かった嬉しさと、死なせてしまったテネラさんへの罪悪感と、もうこれ以上誰も死なせなくていい安堵で感情がぐちゃぐちゃだった。
 不安だった。ずっと不安だった。私のやっていることは的外れでただ病気を悪化させているだけなんじゃないかと。

 「ナオ……よく頑張ったね」

 ナラタさんはベッドから降りて私を抱きしめてくれた。
 私は抱きつきながらしばらく泣き続けた。


 泣き止んで冷静になったらやらねばならないことを思い出した。
 治療記録をつけねば。
 ペンを持つ手が震える。
 まさか、こんなことが本当に起きるなんて……!



85日目
患者A 
夏風邪につき先週から処方を変更
ノッカク、オシアツ、ザクタネ1:1:1

結果
がんの消滅を確認。
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