その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

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二章 獣人の国

58 舞台

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 この演目は2人の主人公によって紡がれる。
 ヨク家に生まれたロミとラン家に生まれたジュエは幼い頃から仲が良くやがて恋人同士になった。
 しかし王様が後継者を決めず急逝してしまったことから、王家の流れをくむ両家が王位を巡って戦争を始めてしまう。
 何度目かの戦争を経て最後の決戦となった。
 ロミとジュエも出陣し、とうとう戦場で合間見える。
 2人は剣を交わらせた。
 民族舞踏だろうか。ダンスも取り入れられた激しい剣戟が繰り広げられる。

 (わっ、すごい……!!)

 私は手に汗握りながら見入った。
 拮抗した剣舞は永遠に続くように思われたが、唐突にロミの剣が弾き飛ばされジュリが彼の首にスラリと当てた。

 「あぁ、あなたはどうしてロミなの。名前を捨て家を捨てどこかへ行ければ……」

 当然と言えば当然だが舞台はウィルド・ダム語だ。

 (アーサーさんは言葉が分かるのかしら?)

 チラリと隣を窺い見たが、表情からは読み取れない。

 「そうできればなんと素晴らしいことか。でも出来はしない。君も私も」
 「そうね。そしてこの戦いを終わらせなくては。これ以上血が流れないように」

 ロミは静かに目を閉じ、ジュエは剣を両手に持ち__

 「あぁあああぁあああああ!!」

 劇場を震わせるジュエの叫び。
 ロミの首が飛び血飛沫が舞う。

 「きゃーーー!!」

 観客席からも悲鳴が上がる。

 『っ!』

 (なに!? どういう仕掛け? すごい……)

 「あぁロミ……一生あなただけを愛し続けるわ」

 ジュエはロミの首を拾い上げキスをした。

 (わっ……)

 狂気に飲まれてしまったかのようなジュエに鳥肌がぞわりと立つ。
 舞台は暗転し次のシーンは王様になったジュエが玉座に座っていた。
 下座には侍従らしき人が平伏している。

 「陛下! どうかどうか婿をお迎えください」
 「何度も言わせるな。嫌よ」
 「ですがこのままでは王家の血筋が……!」
 「途絶える。けれどそれで良い。私はあの時ロミと共に死んだのだ」
 「陛下、お考え直しを!!」
 「くどい!!」

 ジュエは立ち上がり舞台袖へ消える。
 それからまたシーン変わり、豪華な部屋とベッドが現れた。
 そこに横たわるのは歳を取ったジュエだった。
 そこに舞台袖からロミが現れる。往年の美しい姿のままで。

 「ジュエ、さぁ行こう」
 「ロミ……。私こんなにおばあちゃんになっちゃったのに私が分かるの?」
 「当たり前さ。何も変わっちゃいないよ」
 「私、あの時あなたと死にたかった……」
 「何を言うんだ。……君は知っているはずだ。それでも生きることは素晴らしい、と」
 「そうね。そうだったわ。たくさんのいい出会いがあった。いい思い出もたくさん。ありがとうロミ」
 「愛する君のためならば」

 ジュエはロミの手を取り軽やかに立ち上がった。そして少女のような表情と足取りで2人は舞台の奥へ消えていった。
 ナレーションが語る。

 「次代の王はヨク家の傍流から出た。ロミとジュエは何のために戦ったのか。それを振り返る者はいない」



 舞台が終わった。
 私は劇場内が明るくなってもまだしばらくぼんやりしていた。

 『とても真剣に観られていましたね』

 アーサーさんに話しかけられてようやく現実に戻って来られた。

 『えぇ。とても感動しました。私なんかは何もかも捨てて2人だけで生きていけばいいのになんて思ってしまいました』
 『ふふっ、ナオさんは情熱的ですね」
 『情熱的?』
 『私だったら家族や自分の責務を捨てたりはできませんから』

 彼は苦笑いで言った。

 『あの2人はお互いさえいればよさそうだったので』
 『なるほど。あなたはむしろ合理的かな。でもそうやって生きたら素晴らしい人生だったと思って死ねないかも』
 『そうですね。ジュエは頑張って生き切ったからこそ愛が残った』
 『いい表現ですね。愛が残った……。あぁ、もう少し話をしていたいところですが、私は主催者に挨拶に行かねば』

 アーサーは立ち上がったので、私もそれに続く。

 『では私はここで。おかげさまでいい席で観られました。ありがとうございました』
 『いいえ。そうだ最後に1つだけ。……もう探したりなどはしません。ご事情があるようですから。ただ個人的にはまたお話しする機会があれば、とは思いますが』

 照れたように笑う顔が今までで一番人間臭くて私はなぜだかドキリとした。
 私はそれを知られないよう、そそくさとその場を去った。



 療養所に戻った時には夕方になっていた。
 ナラタさんには朝昼分の普通の風邪薬は作ってきていたが早く夏風邪用の薬を調合して渡さなければ。

 「遅くなってすみません!」
 「アタシは別に急いでやしないよ。せっかく街に出たんだから遊んでくりゃいい。それで、今日はどこに行ってきたんだい?」

 ベッドに横になりながらナラタさんはニヨニヨした顔をしている。

 「ちょっと舞台を見ちゃいました」
 「なるほどね。面白かったんだろ。雰囲気がちょっとふわふわしてるよ」
 「ふわふわですか?」
 「あぁいいねぇ。そんなに面白いならアタシも見に行きたいねぇ」
 「体力を少しでも戻して外出許可をもらいましょう」

 病気を治して、とは言えなかった。

 「そうだねぇ」

 ナラタさんも言葉では同意しているが、本音ではそれはできないと思っているのが声の調子から伝わってきた。
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