その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

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二章 獣人の国

57 再会

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 この国でも最も暑い月は8月だ。
 その暑さのせいかナラタさんが風邪を引いてしまった。
 私はいつものように自分の簡易ベッドに薬草と薬研を並べた。

 「担当医は風邪薬の処方も勝手にやってくれていいとのことだったので、私が薬を調合しますね」
 「あぁ悪いね。症状は熱と喉の痛みくらいだから普通の風邪薬で……いや、ザクタネも少し入れてもらおうか」
 「ザクタネ?」
 「夏風邪にはこれが効くんだ。街の薬屋にもあるだろうから買ってきとくれ」
 「分かりました」



 私は買い出しのため2カ月ぶりに街へ出た。
 町外れの療養所から歩いて30分。それから馬車乗り場で馬車に乗ってまた30分ほどで薬屋に到着した。
 ここに来たのは2度目だ。前に来た時はナラタさんに馬車乗り場の場所など街の地図をざっくり書いてもらってそれを片手になんとか辿り着いたが、今回は迷うことなく来られた。
 私は薬局に入り手早く目当ての薬草を購入し店を出た。
 まだ帰りの馬車の時間まではずいぶんとある。
 私は広い街の中、ポツンと立ち尽くした。

 (腹が……減ってないわね)

 ここがジルタニアならついでに買い物でもしたところだが、そんな無駄金を使える余裕はないし、人間だからと物珍しく見られる目線も気になる。

 (カフェに行っても同じだろうし……どこか公園でもないかしら)

 公園ならぼんやり座って時間を潰していてもそう注目されることもないだろう。
 私は当てもなく早足で歩みを進めた。
 大通り沿いに市民の憩いの場、みたいな感じで公園がないだろうかと大きい道へ大きい道へと歩いているとたくさんのお店が並ぶ繁華街へ来てしまった。

 (失敗した。ここじゃない感……)

 引き返すか進むか迷い、進むことにした。
 左右にはドレスショップ、帽子屋、シューズ店、カバン屋、銀行、カフェやレストランなどなどたくさんのお店があり、少し気分が高揚する。
 どこか思い切って入ってみようか、そんな気持ちになりかけていたところに「劇場」と書かれた建物が目に入った。

 (舞台! 日本ではたまに観に行ってたけど、この世界に来てからは一度も観たことないわね)

 日本ではドラマもよく観る方だったし、そういう類のものは好きだった。
 チケットカウンターに並ぶ人も数人いる。人気の舞台なのだろうか。
 そうならば余計に気になる。
 公園も見つからないし、目線に晒さねながら歩くのは疲れた。
 舞台なら私に注目する人はいないだろう。時間潰しには丁度いいかも。

 (どうしよう……でもお金が……。よし、高かったら回れ右しよう)

 そう決めてチケットカウンターに並んだ。
 すぐに順番が回ってきてカウンターの前に立った。

 「今日はもう満員で立ち見しかないけどいい?」
 「えぇ、あのお値段は?」
 「1000リオンだよ」

 1000リオン……迷ったのは一瞬だった。
 私はお金を出しチケットを受け取った。

 「もう開演だからは早く入って!」

 急かされて私は慌てて中に入った。
 それから座席番号を確認しようとしてチケットを見たが、公演タイトルが書いてあるだけで裏を見ても何も書いていない。

 (立ち見だから? でも立ち見ってどこに立っていればいいのかしら)

 戸惑いつつも座席のあるホールの方へ行こうとした時__

 「あなた殿下のお供? 彼は2階席の一番奥! さぁ早く来て!」

 すごい勢い手を引っ張られその剣幕に飲まれて否定もできない。
 私は引きずられるように廊下を進み、一番奥の扉まで連れて行かれ、その中に押し込まれてしまった。

 「わっ!」

 後ろを振り返ると扉はすぐに閉められ先ほどの係員の姿はもうない。
 それから前を見ると軍服を来た人や使用人の服を着た人らが立っていた。

 (あっ、人間……)

 驚くのと同時に鋭い声が飛んできた。

 『何者だ!?』

 軍服の人が叫び剣を抜き私に突きつけた。

 『違います! 私は間違って連れてこられただけで……』

 私は慌てて、でも冷静にジルタニア語を選んで返した。

 『どうした』

 軍服の人らの奥、座席に座っていたらしい人が立ち上がりこちらを見た。そしてその人と目が合った。

 『あなたは……』
 『アーサーさん……?』

 まさか、こんなところで再会してしまうなんて。

 (逃げないと……!)

 踵を返して扉に手を伸ばした。しかし軍人らしき人に瞬時に腕捉えられ壁に押し付けられた。

 『あぅっ!』
 『やめろ! その人は知人だ。放せ!』
 『ですが殿下!』
 『命令だ』

 有無を言わせぬその声色で、私は拘束から逃れることができた。
 とほぼ同時に劇場内に開演を知らせるブザーが鳴り響き照明が落とされ暗くなった。

 『ナオさん、どうぞ私の隣に』
 『殿下! 素性もしれぬ輩をお隣に置くなど危のうございます!!』
 『この方は大丈夫だ。さぁどうぞ』
 『いえ、立ち見席のチケットしか買っていないので。戻ります』

 ほぼ真っ暗の中で壁に手をついて扉を探す。
 足元は見えない。

 『っわ!?』

 何かに躓いてしまい、姿勢を崩して倒れてしまった。

 『大丈夫ですか!?』
 『だっ大丈夫です』

 私はもう転ばないように慎重に立ち上がった。

 『お怪我は?』

 するりと手を取られ驚く。
 目の前にアーサーさんがいた。
 彼は手に懐中電灯のようなものを持っていて床を照らしていた。

 『ありません』
 『ではこちらへ』

 エスコートされ、私は結局この2階席に座ってしまった。
 隣にはアーサーさん。
 彼が着席するのとほぼ同時に上演が始まった。

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