その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

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二章 獣人の国

51 新魔法研究

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 まずは魔法開発について詳しく知るためハリス先生に手紙を送った。
 それからどんなアプローチでがん細胞を排除するか考える。

 (現代日本でがん治療といえば抗がん剤での薬物療法、放射線治療。放射線は魔法ではどうにもならないから、薬物治療の効果を魔法で発揮できれば……)

 薬物療法と一口にいっても抗がん剤に代表される化学療法、分子標的療法、免疫療法、ホルモン療法などがんの種類や進行状況、患者の状況によって使い分けられる。

 (ナラタさんの体のことを考えると抗がん剤のように正常な細胞にも悪影響がでるような治療はしたくない。できれば分子標的療法か免疫療法の再現を……いや、むしろ3つを掛け合わせたような魔法は作れない……?)

 がん細胞だけを叩きながら免疫を高めて完全排除する__

 (まるで夢のような魔法ね。けど、まずは理想を目指してやってみて、実現可能なラインを探っていこう)

 戦いが始まった。




 1カ月前にハリス先生へ送った手紙の返信が届いた。
 返事を待つ1カ月の間も研究は進めていた。
 私は医科大学を出ていないのでそもそもがんに対する専門知識が不足していた。なので、先生に専門書を送ってほしいとお願いし、マルティンさんにも手に入らないか、と手紙で依頼した。
 ただ、現代日本でがん治療をしていたこと、その時にがんのことや治療法についてはたくさん調べたことがある。
 そしてこの世界にはない治療法を知っている。
 私は送ってもらった専門書を寝食を忘れるほど読み漁り、魔法理論を構築を試みる。

 (免疫療法の再現は再生治療プロモーティオの理論を応用できそう。ただ、がん細胞を攻撃するための理論は今の治療魔法には組み込まれていない……)

 全くのゼロから理論を組み立てなければならなかった。




 「食事中も論文を読んでちゃ食べた気がしないだろう」

 今日はとうとう注意を受けてしまった。

 「すみません。先生に送ってもらった論文全部に早く目を通したくて」

 先生はがんの専門書のほかに、私が作ろうとしている魔法の理論構築に役立ちそうな論文も送ってくれた。箱3つにぎっちり詰めて。
 論文は治療魔法に限らず、魔法全般を網羅していた。そして実用化されたものから、まだ研究途中のものまであった。
 先生は何が役に立つか分からないからちょっとでもヒントになりそうなものは全て送ってくれたようだ。
 本来なら大学にいなければ手に入れられないであろう書籍や論文の数々。
 先生の協力がなければこんな僻地で研究はできなかっただろう。
 ただ、先生も私の作ろうとしている魔法の理論を理解するのは難しそうだった。
 それもそのはず。がんの化学療法が始まったのは元の世界では1940年代だ。この世界にはまだ存在すらしていない。それなのに私は現代日本でも最新の分子標的療法や免疫療法をやろうとしている。
 いや、存在しないからこそ、か。

 「アタシのためだから強くは言えないけどねぇ。くれぐれも無理はするんじゃないよ」
 「ふぁい」

 論文を読みながらパンを食べていたので行儀の悪い返事をしてしまった。




 (がん細胞だけを叩く理論は今の治療魔法の理論にも使われてる『攻撃魔法の座標指定』を使えるはず。ただ、がん細胞を排除するのは攻撃魔法の応用じゃなくて、免疫力を高めるような感じでTリンパ球やナチュラルキラー細胞を増殖させてがんを排除したい……)

 肝心な部分の理論が思いつかない。
 細胞を増殖させるのだから再生治療プロモーティオの応用でいけそうなものだが、再生治療プロモーティオではがんは治らないのだ。
 再生治療プロモーティオをがんの部分に使うとむしろ増殖し悪化するという研究結果が出ている。

 (再生治療プロモーティオの理論は損傷部分の回復スピードを魔法を加えることで早める仕組み……。それ応用して考えるべきか、それを捨てて全く新しいアプローチをすべきか……)

 論文を読み漁っても答えが見えない。

 「……さん。……ナオさーん?」

 ハッとして顔を上げると、薬局来訪者があった。
 考え込みすぎて気づかなかった。
 今日はナラタさんが体が少し怠いと言うので薬局の仕事を変わっていたのだ。

 「ごめんなさい! 今日は、どうしたんですか?」
 「夫が熱出しちゃって。風邪の薬をいただける?」

 この人はカラキさん。旦那さんと娘さん夫婦と一緒に暮らしている。

 「熱のほかに、症状は?」
 「喉が痛いって言ってたわ。あと鼻水も出るみたい」

 私は症状を聞いて薬棚から薬草を5種類ほど出して薬研で粉状にしていく。
 薬草は喉に効くもの、鼻水を止める作用があるもの、それから熱がある風邪の時に使う定番の薬草2種類。

 (この定番の2種類にはきっと免疫力を上げるような作用があるんでしょうね。こういうことが治療魔法でもできれば……)

 ゴリゴリと薬草を潰しながら、思考はまた研究の方へ流されていく。

 (この薬を飲んでる時に治療魔法を使うと早く怪我が治ったりして……ってそれはないか。傷が治る仕組みにこの薬の作用は関係ないし……。いや、ちょっと待って。薬を飲んで免疫力が高まった状態で治療魔法の再生治療プロモーティオを使ったら……?)

 活性化した免疫がさらに増殖してがんを排除するくらいになるんじゃ……?
 再生治療プロモーティオでがんが増殖するのは細胞を活性化させるからだ。しかしがん細胞よりも免疫の方が勝てば……?
 しかしこの仮説を実証するためにはナラタさんの体で直接試すしかない。研究施設のようにマウスで実験できないのだから。
 失敗したらナラタさんの病状が悪化する。しかも治療魔法によってどんな副作用が出るかも分からない。

 (薬の分量、飲む期間、試さないと分からないことが多すぎる。命がかかってるのにぶっつけ本番なんてできない)

 私は思考を切り上げて、作っていた薬を服をに入れてカラキさんに手渡した。

 「1日3回、煮出して飲んでください」
 「分かったわ。ありがとう」

 研究は大事だけど目の前の患者さんにもしっかり向き合わねば。
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