その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

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二章 獣人の国

49 結婚問題

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 ブートンを小屋に入れて、私達はダイニングに戻ってきた。
 夕食は張り切ってしまった。
 前菜にサーモンのマリネ、メインにはヒツジのロースト、付け合わせにアスパラガスっぽい野菜、サイドにマッシュポテト、デザートにはリンゴだ。
 狐の獣人のマルティンさんは何でも食べられるのでメニューを考えるのも楽しかった。

 「こりゃまた豪勢だね」
 「どれも美味しそうやなぁ~! ナオありがとう」
 「じゃあ食事を始めようか」

 これが日本語で『いただきます』に相当するウィルド・ダム語だ。
 和やかに食事をしながら、私達は冬の間にあったことを話した。

 「そういえば手紙に『軍服の人がナオらしき人を探してた』って……」
 「あぁ、あれな。けどあれ以来見かけてへんし、やっぱり探してたんはナオじゃなくて、多分もう見つかったとかちゃう?」

 とりあえず私を探している人は今はいないらしく胸を撫でおろす。

 「探してたんは20歳前後の人やったけど……そういやナオって何歳なん? 若く見えるけど中身はけっこう落ち着いてるよな」

 私はここまでナラタさんやマルティンさんに私の経歴を話していない。
 いい機会かもしれない。
 私は前世のことは伏せて、これまでのことを話した。
 ここに逃げてくる原因となった、過去に罪を犯したかもしれないこと含めて。言葉を選びながら。知っている単語で文章を組み立てて。

 「大変やったんやなぁ。それでこんな辺鄙なとこまで来たんか。オレはてっきり……ほれ、ナオって相当美人やん? やから男関係で逃げるしかなくなって来たんかなって……」
 「そんなふうに、思ってたの!?」

 それはちょっと心外だ。

 「まぁ訳アリだろうとは思ってたけどね。まさかそんなに深刻な訳だとは想像してなかったよ」
 「もしかして、ナラタさんも……?」
 「美人に痴情のもつれは付きものだよ。アタシも若い頃は色々あったさ」

 ナラタさんは遠い目をした。
 その話ちょっと詳しく聞きたい。
 確かに今の私の見た目はそうそう見ないレベルの美人なのだ。そう思うのも仕方ないのかも……

 「アンタやっぱり20歳くらいだったんだね。じゃあ早く結婚しないと」
 「結婚!?」
 「そうだよ。ここら辺じゃ17、18で結婚するのが当たり前さ」
 「早いですね……。ジルタニアじゃ、22歳くらいでした」

 今の私は誰かと結婚なんて全く考えられない。

 「どっちにしても結婚を考えても良い頃じゃないか。こういうのは年長者が世話してやらないとね。アタシは今はあんたの親代わりだしね」
 「親……」

 ナラタさんは本当に私に良くしてくれてるけど、改めて言葉にして言ってもらえると胸に迫るものがある。

 「そういえばマルティンは何歳だい?」
 「あぇっオレ!? 今年で22になるけど」
 「アンタもいい歳して独り身かい。じゃあナオと釣り合うじゃないか」
 「そんな、ちょうど独り身がここに2人いたからって簡単にくっつけようとすんなや!」

 マルティンさんはアワアワしている。私のせいで話が飛び火してしまった。

 「あの、私、まだ結婚とか考えられなくて」

 まだまだここの生活に慣れて生きていくことに精一杯で結婚なんて。今の私に誰かの人生の面倒まで見ていられない。

 「なに言ってんだい。結婚なんて考えるようなことじゃないよ。時期がくれば結婚する。ただそれだけのことさ」
 「でも、人の面倒まで、見られない」
 「なんで世話する前提なんだい。ナオはまだここへ来て半年だし言葉だって完璧とはいかない。結婚して夫に支えてもらえばいい」
 「そんなの、考えたことなかった……」

 そんな、誰かに支えてもらうなんて。
 私はいつだって、母に余計な負担はかけないように、自分1人でなんでもできるように、大人になったら母を支えられるように、そう思って生きてきたんだから。

 「今のナオにはちょいと早いのかねぇ。結婚適齢期だけど、精神的適齢期とは言えないかもね」
 「まぁナオやったらオレはいつでも歓迎や」
 「歓迎?」
 「ナオとやったらいい夫婦できそうやん?」
 「マルティンさん!?」
 「まっ考えといてや」

 この話は終わりとばかりにマルティンさんは食事を再開した。
 一方の私は考えが頭の中をグルグルして食べる手が止まってしまった。
 それはナラタさんも同じだった。

 「ナラタさん、もう食べないんですか?」
 「あぁ、もう十分いただきました」
 「最近食欲があまりないような……?」
 「まぁ歳だろうねぇ。季節の変わり目は仕事が忙しいし」

 確かにこの寒暖差で薬局に来る病人は増えている。

 「今度は、食が進むようなご飯を、作りますね」
 「毎日美味しいものを作ってくれてるから今まで通りでいいよ」

 そう言われてもやはり気になる。
 どんなものなら食べやすいだろうか。
 オオカミの特徴を残すナラタさんは基本肉食だ。食欲がないからといってお粥__お米はないのでパン粥になるのか__もあまり食べないだろう。

 (ニンニクでもあれば……?)

 そういえば山で採れる山菜の中にニンニクに似たものがあった気がする。
 今度それを獲ってきて使ってみようと決めた。




 その夜、ベッドに入ってまたグルグルと考え事をしてしまった。

 (結婚……。この村か、結婚相手の村に住んで暮らす……。私は魔法治療師の仕事をして、相手は農業か、なにか働いて、暮らして……)

 ナラタさんは決めてくれた相手なら、多分まともな人だろうし、穏やかに暮らしていけるような気もする。
 当たり前に結婚して家族を作る。考えなくていいのはその社会に生きる人全員にとって楽なのかも。全員が同じ方向を向いていたら軋轢など生まれないのだから。
 ただ、その王道ルートを外れただけで外野がうるさくなりがちなのは少々いただけないが。
 それから子供も生まれたりして__

 (あれ……もしマルティンさんと結婚したとして、子供ってできるの……?)

 マルティンのように種族の特徴が濃い人と人間の間に子供はできるのだろうか。できるとしてどうやって子供を……?
 生々しい想像をしかけて自重した。
 明日ナラタさんにそれとなく聞こう__




 「確かに完全型の獣人と人間の間に子供はできないね。ただ不可能を可能にする薬があるんだよ」

 ナラタさんは仰々しく言った。

 「カニェグニって名前の薬なんだけどね。いろんな薬草を混ぜて、最後に魔法をかけて作るらしい。製法は秘匿されてて国が管理して作ってる。それを飲むと3日間だけ獣人は人間の姿になるのさ」

 そんな魔法のような薬が……って魔法が使われてるんだった。
 カニェグニ、直訳すると『人間化薬』といったところか。すごい薬があったものだ。

 「本当か分からない話だけどね、昔々に人間がその薬を偶然作って可愛がっていた狼にやってみた。そうして人間になった狼と人間の間に子供ができた。そうやって私ら獣人は生まれたって言われてるね」

 驚いた。人間はサルから進化したように獣人も動物から進化して今の姿になったものだと勝手に思っていた。
 神話みたいなものだから信憑性は定かじゃないけど、実際に獣人が人間になる薬があるのだからまるきり嘘という気もしない。

 「アンタ、マルティンと結婚するのかい?」
 「えっ!? いや、そうと決めたわけじゃなく……」
 「そうかい。じゃあアタシが誰かいい人がいないか探してこようかねぇ」
 「待って! まだ心の準備が」
 「そんなの結婚が決まったら嫌でも整理はつくよ。まぁナオには2年以上前の記憶がないからまだまだ子供気分なのかもしれないけどねぇ。……それにしては言動が成熟してる気がするけど」

 さすがナラタさん。鋭い。

 「まっ、まだ子供でいたいです」
 「しょうがないね」

 ナラタさんはやれやれと肩をすくめて、それから私の頭に手をポンと置いた。
 本当に子供扱い。だけどそれがこれ以上なく嬉しかった。
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