その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

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二章 獣人の国

44 学校で怪我

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 それは算数の授業中のことだった。
 この日は100までの数字の読み方と書き方、数え方を教えていた。

 (1から10までの数は覚えたけど、それ以上の数字は必要に応じて調べていたからこれは数字を覚えるいい機会ね)

 ストゥフ校長のおかげで、こうして言葉を聞き話す機会に恵まれ、1年生の国語や算数を勉強することで語学力はメキメキ上がっている。
 子供たちや社会の教科書からはこの国のことや村のことも知ることができた。
 最初はどうなることかと思った臨時教師も、やってみれば勉強になることばかりで、今ではストゥフ校長に感謝している。
 なんてことを考えつつ授業をしていると、どこかの教室で騒いでいる音がうっすら聞こえてきた。

 (そんなに盛り上がる授業をしてるの? 席替えとか?)

 なんて考えていると、誰かが廊下を走る音が聞こえてきて、足音が近づいてきているなんて考える間もなくいきなりこの教室の扉がバンッと開けられた。

 「ナオ先生! 助けてください!」

 何事かと驚き扉の方を見ると、5年生の担任をしているジェム先生だった。

 「どうしたんですか?」
 「子供が怪我をして! 血が!」

 ジェム先生は相当に気が動転していた。

 「落ち着いて。どこですか? 案内を」
 「こっちです!」

 彼のあとを小走りでついていき5年生の教室に入った。
 怪我人はすぐに分かった。
 割れた窓ガラスの下でライオンの男の子が腕から血を流し座り込んでいた。
 私はすぐに駆け寄った。

 「ちょっと見せてね」

 人型の腕の外側は肘から手首あたりにかけてざっくり切れて、そこからダラダラと出血していた。
 私はその上に手をかざし、

 「行使:検査スキャン

 検査《スキャン》で傷の具合を見ると大きな血管は傷つけていなかった。

 (だったら逆行治療《レトラピー》より再生治療《プロモーティオ》の方が早いし負担が少ないわ)

 「行使:再生治療プロモーティオ。ちょっと痛むけど我慢してね」
 「ううぅぅっ!」

 魔法をかけると怪我はみるみる治り、ものの1分程度で終わった。

 「治ったよ」

 私が腕にべったりとついた血をハンカチで拭ってやると、そこにはもうシミひとつない綺麗な肌に戻っていた。

 「ほんとだ……治ってる。先生ありがとうございます」

 動物型の顔の彼はヒゲをヒクヒクさせてニカッと笑った。

 「あの先生、一体、何があったんです?」

 私は後ろで治療を見守っていたジェム先生を振り返って尋ねた。

 「彼とこの子が喧嘩を始めてしまいましてね。ほら、理由はどうあれ怪我をさせたんだから謝りなさい!」

 ジェム先生の横にいた男の子が涙目だった。

 「ごめん、ジャオ」

 何かのきっかけで取っ組み合いの喧嘩になったのだろう。そして勢い余って窓ガラスに突っ込んでしまった。そういう状況だったようだ。

 (獣人の子同士だと喧嘩のときのパワーも人間の比じゃなさそうね)

 気をつけないと人間の私は下手に巻き込まれたら大怪我をしかねない。

 「センセーすげー!」
 「あっ! あなたたち、教室で待ってなかったの!?」

 1年生のみんなが廊下からずっと見ていたようだ。怪我人しか見えていなかった私は今の今まで気づかなかった。

 「先生って本当に治療魔法師だったのね」
 「……初めて魔法見た」
 「ほらみんな、教室に、戻りましょう!」

 私はクラスの子供たちを引き連れていそいそと教室に戻った。




 翌日、朝の挨拶当番で校門の前に立っていると、何だか多くの視線を集めているような感覚があった。

 「おはようございます!」

 そして元気のいい挨拶をもらった。
 この子は朝良い事があったのかななんて思っていたら他の子も同じように元気な挨拶をしてくれた。

 「今日は、何だか皆、元気がいいですね?」

 私は同じ挨拶当番で向かい側にいたティナ先生に話しかけた。

 「みんなまたあなたの魔法が見られないかって期待してるのよ。聞いたわよ、昨日大活躍だってんですって?」
 「また魔法を……? ただ治療しただけですよ?」

 昨日の出来事に何か背びれ尾びれのついた噂にでもなっているのだろうか。

 「この辺りじゃ治療魔法を見る機会なんてないから大興奮よ。瞬く間に怪我が治ったって昨日からみんなその話をしてるわよ!」
 「そっそうなんですか。……でも、治療魔法は使う時が来ない方が、いいんですが」
 「それもそうだけどね~」

 昨日の話はすでに全校児童に広まっているらしい。
 誰も彼もがキラキラした目で私を見ながら学校に入っていく。
 本来ならご期待には応えたいが、こればかりはいただけない。『もう治療魔法を披露することがありませんように』と心の中で祈った。
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