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二章 獣人の国
37 私が先生!?
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私は追手に見つかることなく、無事に新年を迎えることができた。
クリスマスも大掃除もない年末は少し寂しい気もしたが、この村の伝統的な年越しも趣き深かった。
この村では夜の11時くらいから元日の初日の出が昇るまで家の中で音楽を奏で続ける。家に入ってこようとする悪い精霊を追い払い、良い精霊をお迎えする儀式らしい。
ナラタさんも琵琶のようなギターのようなウクレレのような楽器を弾き歌い続けた。私も少し教えてもらって簡単な曲なら弾けるようになった。手を動かすのにいっぱいいっぱいで歌うことまでは出来なかったが、代わりにナラタさんが歌ってくれた。
紅白歌合戦とは違うけど、音楽の絶えない年越しは楽しかった。
それから1カ月後、ナラタさんの薬屋に訪問者がやってきた。
「ナトゥフさん。今日はどうしたんだい?」
「こんにちは。今日は薬じゃなくて、そちらの、えぇっと名前はなんといったかしら?」
訪問者の動物に近い姿をした女性は私の方を見て言った。
「私? ナオです」
「ナオさん、あなたに用があるの」
「ナオ、そっちのテーブルで話してきな」
ナラタさんに勧められ、私は調剤スペースを出て女性を椅子に座らせ、その対面に腰掛けた。
「用、とは何でしょう?」
「突然ごめんなさいね。私は小学校の校長をしているストゥフというのだけれど、今1年生を担当している先生が妊娠して体調が悪くて休職することになって。代わりの先生を探しているの」
そんな人材に心当たりはありませんが? 未だに村の人たちとの交流はご近所付き合いくらいで知り合いは少ない。聞く人間を間違って……いや、まさかもしかして__
「私ですか?」
「そう! 噂に聞いたのだけれど、あなたは治療魔法師なのよね? 国家試験を突破した秀才じゃない! ぜひウチで教師をやってもらいたいわ!」
「いや、教師、免許持ってないです」
「臨時だもの。構わないわ」
(構わないんかい。ゆるいなぁ)
「私、言葉、まだあまり上手くないです」
「大丈夫よ。それだけ話せれば1年生にも伝わるわよ」
これはどんな理由をつけても大丈夫と返されるパターンのやつだ。
「分かりました。やります」
「あぁ良かった! ありがとう。じゃあ来週の一の日からよろしくね。出勤は7時半よ」
パッと笑顔になったストゥフさんは言いながら立ち上がり、そしてとっとと帰ってしまった。
「あの人は自分のペースに他人を巻き込むのが上手いんだよ。ナオ、大丈夫かい?」
「はい……。頑張って、やってみます」
勤務は来週の一の日、月曜からと言っていた。
(ん? それって4日後じゃない!? 準備とかしなくていいの!?)
◇
小学校は狼族の村から1キロくらい離れた森の中にある。そこには狼族だけでなく周辺のライオンの獣人が住む獅子族やチーターの獣人が住む猟豹族、虎族や熊族の村の5歳から12歳の子供たちが集まってきて共に学んでいる。
私は7時半前には登校して校長のストゥフ先生や他の先生方に挨拶をした。
狼族の先生方は私の存在は知ってもらっているので人間がいることに対しての驚きはなく、反応としては『どうしてこの人が?』といったものや、『治療魔法師の先生に勉強を教えてもらえるなんて子供たちはラッキーね』と声をかけてもらえることもあった。
一方で他の種族の先生方は一様に『どうしてここに人間が?』といったふうで、単なる驚きから若干の拒否反応まで様々あった。
「あなたの席はここ。シュトラ先生が使ってたとこ。担任は1年空組ね」
先ほど挨拶をしたティナ先生が教えてくれた。彼女は本来の狼に近い姿をしていて、私も住む狼族の人だが今まで面識はなかった。ちなみにシュトラ先生は例の休職中の先生だ。
「1年、空組……。クラスは、何クラス、ありますか?」
「6学年2クラスずつで、1クラスは大体10人くらいね」
「それで、授業はどうすれば……?」
「そうねぇ……。もう学年末で教える範囲は大半終わってるけど……引き継ぎ書を作ってたみたいだから確認して! あなたも学校には通ったことあるでしょう?」
「えぇ」
「じゃあその時を思い出してやればいいわ」
「……分かりました」
「じゃあ他にも分からないことがあったら遠慮なく聞いてね」
と言い残して自席に戻ってしまった。
机の上には資料が整えて置いてあり、中を見てみると先ほど言っていた担当するクラスに関する引き継ぎ資料だと気づいた。
資料には児童の名前や生年月日、出身の村、性格や得意教科に苦手教科、好きなものまで細かに記されていた。
(これはすぐに頭に叩き込まなくては)
ただ、資料には顔写真はなかったので後で情報と顔を一致させる必要がある。
それから資料の中から時間割表を発見し、今日の授業を確認した。
ウィルド・ダムでは月曜日を一の日、火曜日を二の日、日曜日を七の日と呼ぶ。
つまり今日は2月4日の一の日だ。
時間割表には授業の開始と終了時間、休み時間も書いてあり、1日の流れを確認することができた。
授業は全て4時間目の12時半で終了し、午後はないらしい。
「1年生は『キュウショク』……ご飯を食べずに帰りますか?」
私は隣に座っていた先生に尋ねた。
「え? 学校でご飯なんて出ないよ。それに全校児童4限が終わったら帰宅だよ」
私の質問に怪訝そうな様子で答えてくれた。
(えっ、6年生も午前中だけ!?)
早速カルチャーショックだ。
気を取り直し、集中して資料を読んでいるとしばらくして先生の一人に呼ばれ、数人で学校の入り口に向かい登校してくる児童たちを迎えた。
「おはようございます」
「……おっ、おはようございます」
今の子とは目線が合ってもすぐに逸らされた。
「おはようございます」
「っ!? 人間!? なんでこんなとこに人間がいんの!?」
今度はあからさまに驚かれ避けられた。
「おはようございます」
「おっお? おはようございます」
今の子には驚かれたものの避けられはしなかった。
そんな感じで子供たちの反応もおおむね先生方と同じようなものであった。
それから休む暇なく職員会議が始まり、そこでもストゥフ校長から先生方に紹介してもらい、会議ではいくつかの確認事項を全員で共有し、そして授業開始の鐘の音が外から聞こえ、一斉に動き出す先生方に合わせて私も担当する1年空組の教室へと向かった。
クリスマスも大掃除もない年末は少し寂しい気もしたが、この村の伝統的な年越しも趣き深かった。
この村では夜の11時くらいから元日の初日の出が昇るまで家の中で音楽を奏で続ける。家に入ってこようとする悪い精霊を追い払い、良い精霊をお迎えする儀式らしい。
ナラタさんも琵琶のようなギターのようなウクレレのような楽器を弾き歌い続けた。私も少し教えてもらって簡単な曲なら弾けるようになった。手を動かすのにいっぱいいっぱいで歌うことまでは出来なかったが、代わりにナラタさんが歌ってくれた。
紅白歌合戦とは違うけど、音楽の絶えない年越しは楽しかった。
それから1カ月後、ナラタさんの薬屋に訪問者がやってきた。
「ナトゥフさん。今日はどうしたんだい?」
「こんにちは。今日は薬じゃなくて、そちらの、えぇっと名前はなんといったかしら?」
訪問者の動物に近い姿をした女性は私の方を見て言った。
「私? ナオです」
「ナオさん、あなたに用があるの」
「ナオ、そっちのテーブルで話してきな」
ナラタさんに勧められ、私は調剤スペースを出て女性を椅子に座らせ、その対面に腰掛けた。
「用、とは何でしょう?」
「突然ごめんなさいね。私は小学校の校長をしているストゥフというのだけれど、今1年生を担当している先生が妊娠して体調が悪くて休職することになって。代わりの先生を探しているの」
そんな人材に心当たりはありませんが? 未だに村の人たちとの交流はご近所付き合いくらいで知り合いは少ない。聞く人間を間違って……いや、まさかもしかして__
「私ですか?」
「そう! 噂に聞いたのだけれど、あなたは治療魔法師なのよね? 国家試験を突破した秀才じゃない! ぜひウチで教師をやってもらいたいわ!」
「いや、教師、免許持ってないです」
「臨時だもの。構わないわ」
(構わないんかい。ゆるいなぁ)
「私、言葉、まだあまり上手くないです」
「大丈夫よ。それだけ話せれば1年生にも伝わるわよ」
これはどんな理由をつけても大丈夫と返されるパターンのやつだ。
「分かりました。やります」
「あぁ良かった! ありがとう。じゃあ来週の一の日からよろしくね。出勤は7時半よ」
パッと笑顔になったストゥフさんは言いながら立ち上がり、そしてとっとと帰ってしまった。
「あの人は自分のペースに他人を巻き込むのが上手いんだよ。ナオ、大丈夫かい?」
「はい……。頑張って、やってみます」
勤務は来週の一の日、月曜からと言っていた。
(ん? それって4日後じゃない!? 準備とかしなくていいの!?)
◇
小学校は狼族の村から1キロくらい離れた森の中にある。そこには狼族だけでなく周辺のライオンの獣人が住む獅子族やチーターの獣人が住む猟豹族、虎族や熊族の村の5歳から12歳の子供たちが集まってきて共に学んでいる。
私は7時半前には登校して校長のストゥフ先生や他の先生方に挨拶をした。
狼族の先生方は私の存在は知ってもらっているので人間がいることに対しての驚きはなく、反応としては『どうしてこの人が?』といったものや、『治療魔法師の先生に勉強を教えてもらえるなんて子供たちはラッキーね』と声をかけてもらえることもあった。
一方で他の種族の先生方は一様に『どうしてここに人間が?』といったふうで、単なる驚きから若干の拒否反応まで様々あった。
「あなたの席はここ。シュトラ先生が使ってたとこ。担任は1年空組ね」
先ほど挨拶をしたティナ先生が教えてくれた。彼女は本来の狼に近い姿をしていて、私も住む狼族の人だが今まで面識はなかった。ちなみにシュトラ先生は例の休職中の先生だ。
「1年、空組……。クラスは、何クラス、ありますか?」
「6学年2クラスずつで、1クラスは大体10人くらいね」
「それで、授業はどうすれば……?」
「そうねぇ……。もう学年末で教える範囲は大半終わってるけど……引き継ぎ書を作ってたみたいだから確認して! あなたも学校には通ったことあるでしょう?」
「えぇ」
「じゃあその時を思い出してやればいいわ」
「……分かりました」
「じゃあ他にも分からないことがあったら遠慮なく聞いてね」
と言い残して自席に戻ってしまった。
机の上には資料が整えて置いてあり、中を見てみると先ほど言っていた担当するクラスに関する引き継ぎ資料だと気づいた。
資料には児童の名前や生年月日、出身の村、性格や得意教科に苦手教科、好きなものまで細かに記されていた。
(これはすぐに頭に叩き込まなくては)
ただ、資料には顔写真はなかったので後で情報と顔を一致させる必要がある。
それから資料の中から時間割表を発見し、今日の授業を確認した。
ウィルド・ダムでは月曜日を一の日、火曜日を二の日、日曜日を七の日と呼ぶ。
つまり今日は2月4日の一の日だ。
時間割表には授業の開始と終了時間、休み時間も書いてあり、1日の流れを確認することができた。
授業は全て4時間目の12時半で終了し、午後はないらしい。
「1年生は『キュウショク』……ご飯を食べずに帰りますか?」
私は隣に座っていた先生に尋ねた。
「え? 学校でご飯なんて出ないよ。それに全校児童4限が終わったら帰宅だよ」
私の質問に怪訝そうな様子で答えてくれた。
(えっ、6年生も午前中だけ!?)
早速カルチャーショックだ。
気を取り直し、集中して資料を読んでいるとしばらくして先生の一人に呼ばれ、数人で学校の入り口に向かい登校してくる児童たちを迎えた。
「おはようございます」
「……おっ、おはようございます」
今の子とは目線が合ってもすぐに逸らされた。
「おはようございます」
「っ!? 人間!? なんでこんなとこに人間がいんの!?」
今度はあからさまに驚かれ避けられた。
「おはようございます」
「おっお? おはようございます」
今の子には驚かれたものの避けられはしなかった。
そんな感じで子供たちの反応もおおむね先生方と同じようなものであった。
それから休む暇なく職員会議が始まり、そこでもストゥフ校長から先生方に紹介してもらい、会議ではいくつかの確認事項を全員で共有し、そして授業開始の鐘の音が外から聞こえ、一斉に動き出す先生方に合わせて私も担当する1年空組の教室へと向かった。
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