その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

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二章 獣人の国

35 料理

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 ここでの食事は日に3度ある。一応。
 一応とつくのは、朝も昼もとても簡素で、食事を楽しむというよりかは動くためのエネルギーを補給する、といった感じなのだ。
 具体的には、朝は夕食で残しておいたお肉料理と森へ入って取ってくる何かの木の実__名前を聞いてもウィルド・ダム語なので何なのか分からない__か、作り置きのキャベツだったりなにがしかの野菜の酢の物という場合もある。今の季節はまだ新鮮な野菜が行商や村人からもらうから手に入るが、生の野菜を食べる習慣はなさそうだった。
 私としても寄生虫とかが怖いのでナマモノはあまり食べたくはない。ただそれを言ったら井戸水にはピロリ菌とかがいそうだけど、それは考えないことにする。

 (異世界なんだから存在しないでピロリ菌!)

 昼ごはんの時間になって、この日初めて釜戸に火を入れる。種火を作ってそこから火を大きくし火力を安定させる。ガスコンロのように1秒で料理を始めることはできない。
 火がついたらフライパンに卵とベーコンを入れてササっとベーコンエッグを作ってパンと一緒に食べる。昼ごはんはだいたいこれ。
 料理にかけられる時間もないのだ。掃除__これもはたきをかけ濡れた雑巾で窓や床を拭くから掃除機をチャチャッとかけて終わりとはいかない__それから薬草畑の手入れ、薬草の仕分け、調剤、水汲み、鶏の世話は毎日。洗濯は2日に1回、もちろん手洗いだ。井戸で洗濯板を使う。ドレスはひどく汚した時以外は基本洗わない。洗うのは下着の類だ。

 (ロドスの街にいた時は毎日シャワーを浴びて、洗濯は洗濯屋さんに頼んでいた。ご飯だって毎日それなりに美味しいものが食べられたし、レストランに行ったらもっと美味しいものも食べられた。……いい生活してたなぁ……)

 それが今では半自給自足。
 1週間に1度は山に入って木の実や食べられる山草やきのこ、薬草なんかも摘みに行く。
 ゆっくり料理をしている時間も食べている時間もないのだ。

 (美味しいものが……食べたい!!)

 体はジルタニア人のはずだが、日本人の魂が疼くのか、こんな粗食じゃ満足できない。お腹には溜まっても食べた気がしない。
 ここの生活は過去の自分に怯えなくていいから精神的には楽になった。
 けれど食生活は犠牲になった……。



 私もこの家のキッチンの使い方に慣れてきて、夕食はナラタさんと日替わりで作るようになった。
 今日は何を作ろうか。
 まだ冬の初めなので食料庫には色々と食材がある。
 ジャガイモ、ニンジン、キャベツ、赤キャベツ、芽キャベツ、タマネギ、ラディッシュ、ビートっぽいもの、カリフラワー、ネギっぽいもの、カボチャ、さつまいも、ズッキーニっぽいもの、それから山で採ってきたきのこや山菜、各種お肉、魚も缶詰でいくらか、といった感じだ。
 これが春前にはほとんどなくなっているのだろう。
 ただ、どうにも調理法が単調になってしまう。焼いて塩コショウを振るか、煮て塩コショウで味付けするか。

 (トマトとかコンソメとか醤油とか! 他の調味料が欲しい……!)

 私は悩みながらキッチンに立ち尽くしているとナラタさんがやってきた。
 ナラタさんはそのままキッチンを通り過ぎ、食料庫に入っていった。
 少しして戻ってくると、両手に小ぶりの樽を抱えていた。
 樽をキッチンの作業台に置くと、棚から空き瓶と杓子を持ってきて、樽の中身を空き瓶に詰め替え始めた。
 樽の中身は黒い液体で、私がまじまじと見ていると、ナラタさんが舐めてみろとジェスチャーで言った。

 (黒いし怖っ……。サルミアッキとかベジマイトの類いだったらどうしよう)

 とはいえ、味見してみろと言われているのにしないのは角が立つ。
 私は覚悟を決めて、人差し指を杓子に少し指を浸して舐めた。そして味覚への衝撃に備えた。しかし__

 『醤油……?』

 口の中にはほわっと懐かしい味が広がった。

 「ウシュォ」

 この醤油らしき物の名前はウシュォと言うらしい。
 ただ、何となく日本の物と少し味が違う気がする。こちらの方がよりしょっぱく感じるのだ。

 (製法の違い? それとも体がジルタニア人だから味も違って感じるとか?)

 「作る、これ、方法?」
 「夏に作る。自分で。麦を炒める。大豆は煮る。寝かせる。汁を絞る」

 ナラタさんが私にも分かるように簡単な言葉で教えてくれた。

 (詳しい製法は今の語学力じゃ聞けないけど……っていうか自家製!?)

 日本の物と同じかどうか以前に手作りだった。
 醤油って家で作れるんだ。
 でも何でそれが今出てきた?
 ……ナラタさん、作って忘れてた?



 この日の食事は炒め物にウシュォを使った。
 久しぶりの塩コショウじゃない味! 最高!
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