その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

文字の大きさ
上 下
30 / 73
二章 獣人の国

30 新生活

しおりを挟む
 狼族の村・カニス村につくと、例によって村長の家を訪ねた。
 中に入りマルティンさんは村長と何かを話し始めたが聞き取れない。2週間の学習では『これはペンです』くらいの簡単なウィルド・ダムの文法と単語しか習得できていない。
 話の行方を黙って見ていると、村長が部屋の中にいた別の人に話しかけ、その人が出て行ったかと思うとしばらくしておばあさんを連れて戻ってきた。
 女性は70歳代くらいで人間に近い姿をしている。

 「あの人、今は一人暮らしやから一緒に住んだらいいって言うてるわ」
 「一緒に? 私は住まわせてもらえるならどこでも構いませんけど、了解されてます?」
 「おう、あのおばあちゃんもいいって言うてるみたいやで」

 宿なんてない村だから滞在場所が一番の問題だったけど、それはマルティンさんの交渉のおかげでクリアできた。

 『ありがとうございます。よろしくお願いします』

 私はおばあさんにウィルド・ダム語でお礼をした。
 女性は『こちらこそ』と短く返答をくれた。しかし笑顔の一つもなく歓迎されているかは不明だ。

 「ほんでここで治療魔法院をやるのも村長の許可は得られたで。ただ治療費がいくらになるんか聞かれたんやけど」
 「ジルタニアでは金額は国で決められていて、脱臼、骨折、やけど治療あたりなら5000ヴィル、命に関わるほどの重傷なら100万ヴィルの請求の場合もあるけど、それは民間の保険に入っていれば保険金がおりるし、入っていなければ国の制度を使って年収の10%くらいの支払いになるかな」

 マルティンさんが私の言った言葉を村長に伝えてくれた。

 「この村はほとんど自給自足やから5000ヴィル……この国やと5万リオンくらいになるか、それは高すぎて治療は受けられへんって言うてるわ。あと治療費を物で払うのも許して欲しいって」

 儲けなんて生きていけるだけあればいい。治療の正当な対価を貰えれば構わない。
 マルティンさんに私の意思を伝えてもらうと、治療費は5000リオンから1万リオンの間で、物での支払いも可と決まった。

 「ほんじゃあ話はまとまったな。でもほんまに大丈夫か? まだ言葉も全然分からんのに」
 「心配してくれてありがとう。ここで頑張ってみます」

 マルティンさんには本当にお世話になった。彼がいなかったら国境の街を出られたかも怪しい。そうなれば住むところから何から全部困ったはずだ。

 「本当にありがとう」

 彼をぎゅっと抱きしめた。このふわふわした毛並みにたくさんの癒やしと温もりをもらったものだ。

 「そんなしんみりすんなや。これでお別れってわけじゃないんやから。また1カ月ちょっと後に来るし」
 「そっか、そうね。じゃあまたね」

 別れを済ませるとマルティンさんは村長と何かを話し、次に村長がおばあさんと話し、そして彼女は私に何かを言って部屋を出て行こうとしたので、私は慌ててついて行った。
 


 夕方の大森林。しかも最奥ともなれば村の周囲は鬱蒼とした木々に囲まれて真っ暗で、夕日はそれらに遮られて直接見ることはできない。拓かれたここからは夕方の空だけが見えた。

 『◆◉※⌘』
 「え?」

 おばあさんが何かを言っている。

 『◆◉※⌘』

 今度は自身を指差して同じ言葉を言った。

 「あっ名前!? ナラタ、ナラタさん!」

 おばあさん、ナラタさんは頷いた。

 「私はナオ。ナ、オ」

 自分を指差して伝えた。

 『ナオ。⁂¢※⌘◉□』

 名前の後に何を言ったのか分からなかったが、伝わっていなくてもナラタさんは構わないらしかった。
 それからは無言で歩き、いくつかの家の前を通り過ぎて着いたのは他の家々より少し大きい2階建てのログハウス風の住居だった。
 後に続いて中に入ると、そこは壁一面に引き出し付きの棚や瓶の置かれた棚で埋め尽くされた空間が広がっていた。息を吸えば様々なハーブか何かの混ざった匂いがする。

 (薬局? 薬屋さんかしら)

 『イルスク』

 ナラタさんは棚の方を指差して言った。

 (棚って意味? それとも薬?)

 判断がつかず、私は瓶に入った薬草らしきものを指差して、

 『イルスク?』
 『ヤイ』

 ナラタさんはそうだと肯首した。それから1階全体を指差して、

 『イルスクエシム』

 と言った。

 「『エシム』。店のことかしら。多分そうよね。『アッタ! アッタ!』」

 私は分かったとサムズアップをして答えたが、もちろんこのハンドサインは通じない。
 ナラタさんと私は店のカウンターの奥にあった階段から2階に上がった。
 2階には部屋が3つあり、私は一番奥の部屋に案内された。

 『エティオ、ツゥオミ』

 荷物を置いて、と言ったんだと思う。ナラタさんがカバンを置くような動作をした。つまりこの部屋を使っていいということか。ナラタさんは私の手からトランクを奪い取って床に置いて、部屋を出て手招きした。
 再び1階に降りて店舗の奥の部屋に入ると、そこはダイニングキッチン、というと現代的すぎてふさわしくない、台所と居間というべきか。台所は釜戸でガスはなく火を起こすタイプのもので横に薪が積んである。そして驚くべきことに洗い場に水道の蛇口がなく、隣に置いてある桶の水を使っているようだ。

 (ここまでだとは思わなかった……)

 ここに来るまでの間はお客さんの身分だったのでトイレが汲み取り式だったことくらいしか不便を感じなかったが、ここでの暮らしは相当労力がかかりそうだ。
 ナラタさんはさっそく夕食の支度に取り掛かるようで、私も隣に立って手伝った。
 ナラタさんはじゃがいもを手に取って『ジョミアガ』と言い、包丁を持ち『ホチュ』と言った。一つ一つ単語を教えてくれているらしい。
 ナラタさんは笑わない。けれどもとても親切だ。そもそも私のような流れ者を受け入れてくれただけでも相当良い人なのは間違いない。
 約1時間をかけて作ったのはマッシュポテトと肉と玉ねぎとキャベツの入った塩味のシチュー。

 (狼は肉食動物だけど、植物も食べる習性があったかな?)

 お肉多めのゴロゴロシチューの中には野菜も入っているし、パンも少しだがついている。
 私はここでの食生活に馴染めそうで安心した。
 ナラタさんはスプーンやお皿、シチューの単語を言ってから、

 『トゥレバ スチ』

 と言ってシチューを食べた。

 (スチがシチューだったから、多分シチューを食べるって教えてくれたのね)

 彼女の教え方は上手かった。それはまるで小さな子供に言葉を教えるようで、簡単で分かりやすい。

 (ナラタさんには子供がいたのかな)

 2階には貸してもらった自室の他にも部屋があったから、ずっと一人暮らしだったわけではなさそうだ。
 会話をするのは難しいので無言で夕食を食べ終えてから、ふと気づいた。

 (ここでお世話になるんだからいくらかお金を渡さなきゃ)

 これから食料確保が難しくなるであろう冬に向かっていくこの時期に一人分の食い扶持が増えたのだ。せめて食費くらいは出さねば。
 私はポケットに入れっぱなしにしていた財布を取り出した。
 ただ物価が分からなかったので、とりあえずワンピース3着分を机の上に出して差し出した。ここに来るまでの道中で行った治療行為の対価に少額ではあるがお金ももらっていたのだ。
 ナラタさんはそのお金を受け取るか少し迷って、半分だけ取って残りは私に返した。

 (とりあえず1カ月分とか? また来月あたりに同額渡してみよう)

 こうして私のウィルド・ダムのカニス村での生活が始まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

【完結】あなたの思い違いではありませんの?

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
複数の物語の登場人物が、一つの世界に混在しているなんて?! 「カレンデュラ・デルフィニューム! 貴様との婚約を破棄する」 お決まりの婚約破棄を叫ぶ王太子ローランドは、その晩、ただの王子に降格された。聖女ビオラの腰を抱き寄せるが、彼女は隙を見て逃げ出す。 婚約者ではないカレンデュラに一刀両断され、ローランド王子はうろたえた。近くにいたご令嬢に「お前か」と叫ぶも人違い、目立つ赤いドレスのご令嬢に絡むも、またもや否定される。呆れ返る周囲の貴族の冷たい視線の中で、当事者四人はお互いを認識した。  転生組と転移組、四人はそれぞれに前世の知識を持っている。全員が違う物語の世界だと思い込んだリクニス国の命運はいかに?!  ハッピーエンド確定、すれ違いと勘違い、複数の物語が交錯する。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/19……完結 2024/08/13……エブリスタ ファンタジー 1位 2024/08/13……アルファポリス 女性向けHOT 36位 2024/08/12……連載開始

処理中です...