その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

文字の大きさ
上 下
15 / 73
一章 異世界転生(人生途中から)

15 救急搬送

しおりを挟む
 「はい、終わりました。痛みはどうですか?」
 「あぁ、もう痛くないみたい! 先生、ありがとうございます」

 私はこのおばさまの足の治療を終えたところだった。
 女性は家の階段から転げ落ち運悪く足を骨折してしまい、家族に付き添われてこの救急にやってきた。

 「検査スキャン。うん、もうどこにも異常はないですね。気をつけて帰ってくださいね」

 私は笑顔で帰っていく女性を見送った。
 私はこの瞬間がとてつもなく好きだ。人の役に立てた充足感で胸が満たされる。
 その余韻も束の間、ジリリリリ! と救急外来入り口のベルが鳴らされた。
 私はすぐにストレッチャーを持ってきて、ハーヴィー先生と入り口へ駆け出した。
 外へ出るとすぐに救急車が停まっているのが見え、私はストレッチャーを救急車の開口部に寄せた。
 車内には寝台に横たわった60代くらいの男性と付き添いの女性、そして白衣を着た医師らしき男性が乗っていた。
 患者さんは胸を押さえ息が荒く、痛みが激しそうだと見てとれた。

 「治療魔法師のベンダーです。この男性が胸の痛みを訴えて当院にいらっしゃったので検査スキャンをしたところ心筋梗塞の所見がありました。しかし私では治療ができずこちらに」

 ハリス先生のもとで学んできたからつい失念してしまうが、治療魔法師全員がハリス先生やハーヴィー先生のようにハイレベルな治療魔法を使えるわけではない。私が負っていたような頭蓋骨骨折や内臓損傷など命に関わる病状は魔力や魔法技術とセンスが必要で、自分の手に余ると判断すれば応急処置だけして、ここのような救急のある大きな病院に送ることがあった。

 「分かりました。すぐにストレッチャーに乗せて治療室へ」

 3人で男性を運び、先生は改めて検査スキャンをした。

 「冷や汗に激しい胸痛、血圧の低下と脈拍の上昇もあり、画像診断でも確かに心筋梗塞だ。すぐに治療に取りかかろう。行使:逆行治療レトラピー

 先生は男性の腕に触れ、魔法の行使を始めた。

 「夫は、夫は大丈夫なんでしょうか!?」

 奥さんが先生に詰め寄るが、先生は答えられない。魔法を使っている間は相当に体力と集中力を使う。難しい病状なら特にだった。
 私が代わりに説明すべきかと一歩出る前に、同乗してきた男性医師が引き受けてくれた。私は男性医師と奥さんを座れるように待合室に誘導した。

 「旦那さんは心筋梗塞という、心臓に血液を送る血管が詰まってしまう病気です。今治療をしていて、終わるまで30分以上はかかります。その間に病状が悪化してしまったら助けるのは難しいと言わざるをえません」
 「そんなっ!」

 奥さんは両手で口を覆い、ショックと夫を失うかもしれない恐怖で震えていた。
 私はせめてもと、その背を撫でた。その不安が和らぐように、どうか助かりますようにと祈りながら。

 「……夫はどのくらいの確率で助かりますか……?」

 奥さんは震える声でぽつりと言った。

 「……なんとも言えません。不整脈や心室細動と言って心臓に問題が起こり体に血液を送り出せなくと非常に厳しくなります」
 「……っ、そうですか」

 下手な慰めも無責任に希望を与える言葉も言えない。命を脅かす病魔の前では私はもどかしくも無力だった。
 沈黙の待合室で奥さんの背中をさすったり、気分が悪くなったりしていないか様子を見ながら治療が無事に終わることを祈ること20分。ハーヴィー先生が治療室から出てきた。
 その時間の早さで、私は無情な結果を悟ってしまった。

 「先生! 夫は……!?」
 「残念ながら力及ばず……。申し訳ありません」

 縋りつく奥さんに、先生は深々と頭を下げた。それから治療室にいる旦那さんのところへ案内した。
 もう二度と目を覚ますことはない旦那さんに覆い被さるようにして悲痛な声をあげて泣く奥さんが、私の余命を知った時の母と重なり涙を抑えられなくなった。
 前世の記憶と重ねてしまう自分はまだ、自分の死を乗り越えられていない気がした。

 救急外来から患者さんを安置室に送り、手を合わせてその部屋を出た。この国で死者を悼む時は目を瞑り頭を少し下げる。手を合わせる習慣はない。それでも私はそうしたかった。

 (何もできずにごめんなさい)

 許しを乞うように。
 それからふと考える。あの患者さんはどこかの世界に生まれ変わるのか。それとも死んだらそのまま。ただ消えてなくなるだけなのか。それならどうして私は今ここにいるのか。私と彼との違いは何なのか。
 明日も生きていく人と今日で終わってしまう人。老いも若きも無差別に。
 誰が決めるのか。
 勝手に決めるな。バカヤロウ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...