その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

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一章 異世界転生(人生途中から)

10 悪夢

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 これは夢だ。見ている間にそう自覚できるタイプの夢だ。
 大きな屋敷、海外ドラマに出てくる、いわゆるカントリーハウスのような感じの建物を私は正面から見ている、と思ったら次の瞬間には別のシーンへと飛んでいた。

 「不味い!!」

 そう言って私はナイフとフォークを置き、テーブルの上に並べられたいくつもの皿を薙ぎ落とした。
 私、と言っても私が行動しているのではない。誰かの一人称視点それを見ているだけで、勝手に体が動いている。
 姿は見えないが声で分かった。この声は今の私の声。だからきっと今見せられているこの光景は私がこの体に入る前の記憶だ。

 「これを作った料理人をクビにして!」

 後ろに控えていた使用人らしき男性に向かって言い放つ。

 「しかしお嬢様っ! お嬢様も彼の料理を気に入っていたではありませんか」
 「それは今朝までよ。せっかくの昼食が台無し。半端な仕事なんかして! 許されないわ」

 たまたまその料理が口に合わなかっただけじゃないかと私は思ったが、そのお嬢様はそうは思わないらしい。使用人の男性も口答えは出来ないようで『承知しました。代わりのお食事はすぐに別の者に用意させます』と言って場を辞した。
 そしてまたシーンが変わる。
 お嬢様は鏡に向かっていて、メイドさんに髪をとかれている。
 するとブラシが髪に引っかかり少し引っ張られた。

 「痛いじゃない!」

 彼女はスッと立ち上がりメイドさんの頬を平手で張った。全力の平手だったらしくメイドさんは床に崩れ落ちる。そこにお嬢様は何度も蹴りを入れた。

 (ちょっと、やめなさい!!)

 暴行を止めたいが、私は見ているだけで介入できない。
 お嬢様は気が済むまでメイドさんを痛めつけたあと、下がるように言いつけた。女性は這々の体で出ていった。
 酷い光景が過ぎ去って安心としたのも束の間、またシーンが切り替わった。
 どこかの大きな屋敷の庭だ。音楽が響き煌々と光る建物が向こうに見ながら、お嬢様は何人かのドレスを着た女性たちで一人の女性を囲んでいた。

 「あなた、私よりも目立つドレスを着るなんて。身の程をわきまえなさい! あなたたち、脱がせて」

 彼女が命じると周りにいた女性たちが動き、糾弾された女性を羽交締めにしてどんどんと衣服を剥ぎ取っていく。

 (最悪。なんて胸糞悪い光景……)

 最後には下着姿にして、お嬢様たちは笑いながらドレスを持ち去った。
 泣きじゃくる女性に私は手を差し伸べることもできず、また景色が切り替わる。
 
 (まだ続くの!? この『お嬢様』って何者? こんな悪行ばかり……)

 「__様の部屋から前に舞踏会で着けてらしたあの大きなルビーの指輪をとって来て」
 「そんなっ、無理です出来ません! そんなことをすれば私は大罪人、家族もどんな仕打ちを受けるか!」

 今度はどこかの庭園らしきところで、またしてもメイドさんに詰め寄っている。

 「メイドの分際で私に口答えするんじゃないわよ! 身分をわきまえて私がやれと言ったらやるのよ」

 お嬢様はドレスのポケットからナイフを取り出して、メイドさんの頬を容赦なく切りつけた。

 「ひっ、痛ぁああ!」

 (いやっ!)

 私とメイドさんの悲鳴が重なる。
 メイドさんの頬はざっくりと切れたらしくたらたらと血が流れる。しかも腰が抜けたらしく地面にへたり込んでしまって逃げられない。

 「私から逃げようなんて思わないことね。もしあなたが逃げたら家族がどうなるか。足りない頭でも分かるわね?」

 お嬢様は頬の傷にナイフを当て抉った。

 「あああぁああぁっ!!」
 「顔に傷がある女なんて見苦しすぎて見られたもんじゃないわね」

 (何してるの! やめてやめてやめて!!)

 「やめてーー!!」

 私はベッドから飛び起きた。
 心臓が壊れそうなほど早鐘を打ち冷や汗で体が冷たくなっていた。

 「はぁ……はっ……自分の部屋……」

 ようやく夢から解放されたらしい。
 私はよろよろと立ち上がってキッチンに行き、水を飲んで心と体を落ち着かせる。
 それから思い出したくない先ほどの夢のことを考えた。

 (あれは絶対この体の元の持ち主の記憶だ。この『お嬢様』悪逆非道じゃない。一体どういう人間なの? どこの誰? それにあのメイドさん、大丈夫だったかしら……。すぐに治療魔法を受けられていれば傷は残らないはず。だけど心の傷ばかりは……って落ち着け自分!)

 分からないことばかりだが、一つ確かなことがある。
 お嬢様が暮らしていた街には決して行ってはならない、ということ。
 人を切りつけるなんて完全に犯罪だ。住んでいた街に行ったら捕まるだろう。もしくはもうすでに刑務所かどこかに入っていて出てきたのか。どちらにせよ犯罪者。『お嬢様』を知る人物に出会ってしまったら今のような平和な暮らしは続けられないだろう。

 (この町で静かにひっそりと暮らそう。そうすればきっと大丈夫……)

 自分に言い聞かせるが、不安感がこびりつきしばらく眠れそうになかった。



 そんな夜の記憶も次第に薄れ、秋が来て冬が去り、生まれ変わってから2度目の初夏を迎えた。
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