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2章 後
学園襲撃
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憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
狂おしいほど憎くてたまらない。
吐き気がするほど歪んでたまらない。
赤ん坊が興奮という感情を持って産まれるように、私は憎悪という感情を還れる時に取り戻した。
しかし、真っ黒な感情はあるというのにどうにも記憶が無い。
燃やされ、貫かれ、圧され、吸われ、殺されて殺されて殺されて殺されて、その度に色んな記憶を落としていって───────今じゃ自分の名前すら忘れて。
忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて───これまで1つとして何も思い出せなかった。
そんな折、紅い月に照らされて、ようやく少しだけ思い出した。
脳に血が回ったから思い出した。
私の名はヴェルディ……勇者ヴェルディ。
第2の勇者にして生命の冠を授かった者。
そして、この星を救おうと4人の中で最も尽力した勇者のはずだ。
なのに、どうしてこんな事になったのか。
私は、もはや人間とは言えない肉の塊でしかなかった。
なぜだ? どうして?
原因を探そうとして、自然とその復讐の相手に行きあたる。
───────花守優姫。
あの、私を簡単に騙した可憐な花を思い出した。
殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺─────花守優姫、お前を絶対に許さない────
蠢く肉塊は断末魔のように繰り返す。
あの日、共に黒羽を倒そうと誓ったのに。
あの日、共に叶えたい夢まで語ったのに。
ごく平然と、さも全てが予定調和だと言わんばかりに善人の皮を被ったまま、奴は私を裏切った。
────────1つ思い出せば、あとは芋づる式に忘却は解けていく。
思い返せば、これで4度だ。
私は4度も彼らを信じたのに、全てに裏切られ見下され、そして今はこんな地底で肉の塊として蠢いている。
私の信頼を返せ
私の希望を返せ。
そして─────皆の未来を返せ。
その怒りは手足に伝播し、手下に流布する。
紅い月に照らされた事で、初めに持っていた感情がまるで感染症のように以前の手下へ流れていく。
初めの感情は『憎しみ』。
ただ頭にあるのは裏切り者たち。
その中の一人、花守優姫には特に憎悪という感情が刃を向けていた。
復讐をしなければ────そう思いながらも、私は奴がどこに住んでいるのか分からない。
そもそも花守優姫とは14日にも満たない出会いと別れだったから。
それだけじゃ彼女の全てを理解するなんて、到底不可能な事だった。
けれど、ああ、彼女の居る場所ならば。
奴がここに通っていることなら知っていた。
気味の悪い精肉工場に奴は通っていた。
集まる人間から生命力を搾取する呪いの匣。
その名を、神代学園と言うそうだ。
その効率を上げるために部活動を沢山作ったと、彼女は誇らしげに語っていた。
そうだ、この時に気づけばよかった。
こんな事を笑顔で語る奴なんかマトモじゃないって。
やはり気づかなかった私にも落ち度はあったのだ。
そう理解しながらも、やはり私はこの憎しみから離れられない。
理性を取り戻せていないのだから、この憎悪は止められない。
だから彼らはここに来た。
ヴェルディの無念を果たすべく、花守優姫を求めて神代学園の門を開いたのである。
***
「おい! 何をしているお前ら!」
合図を待っている間、誰かが前から現れた。
ジャージ姿の人間だ。
それ以外彼らには判断がつかない。
そいつが大きいのか小さいのか、男なのか女なのか、子供なのか大人なのか、判別ができない。
「校内は関係者以外立ち入り禁止だ! まだ中に入っていないとしても門を開けて並んでるだけでこっちは通報出来るんだぞ!」
誰だ、誰だ、誰だ─────分からない。
こんな奴は知らないし、人間の個性なんて見分けがつかない。
「いいからとりあえずここから解散しろ! それとも、もし、うちの生徒に何かされたってんなら俺に話してくれ。 ちゃんとこっちでキチンとした処罰を行う。本人から謝罪もさせる」
いや、違う。
こいつは神代学園から出てきた人間だ。
───────なら、花守優姫じゃないのか?
「なあ、俺たち教師を信じて───」
手を伸ばしてきた人間は何かを言ってるところだったが。
そこから先は金属音に掻き消された。
ガンッという衝撃。
コーンっという反響。
それと同時に、あれ?と豹臥は疑問に思った。
花守優姫がこんな不用心に近づいてくるのか、と。
こんな簡単に俺たちの攻撃に当たるのか、と。
当たったとして、それ以上の何かを計画せずにわざわざ来たのか、と。
バタリと倒れる人間を眺めながら、何も反撃が来ない事に首を傾げ。
そしてようやく気づいた。
つまりこいつは花守優姫じゃないんだ。
全く違う赤の他人だった。
すなわち。
まだこの学園内に花守優姫がいる事実に気づいた。
「オォォォイッッッッ!! 花守優姫出て来いやァァァ!!!!」
その言葉を合図に彪雅の後ろで揺らめいていた20人が動き出す。
彼らは高城拓人と共に縞蛇を内部から壊そうしていた縞蛇の裏切り者たちだ。
しかし今や目的は花守優姫を生け捕りにすることへ変化していた。
もう彼らに自分という意思はなくなっている。
倫理観も道徳心も棚の上。
彼らにあるのはただ1つ。
ヴェルディ様を殺した花守優姫を絶対に許さない。
その一心で走り出した。
故に、男たちは花守優姫を殺すまできっと止まらない。
なんて矛盾。
生け捕りにしろという命令なのに、あまりの憎しみに彼らは殺すことしか考えられなくなっている。
正しく狂人。
思考も狂い、感情も狂い。
そして何より彼らの五感は壊れていた。
実の所、彼らに他人の判断は出来なくなっていた。
顔どころか目に入る人間の性別も見分けられないし、何を言っているのかも聞き取れない。
こんな状態で花守優姫を校内から見つけ出すなんて不可能に近かった。
なので花守優姫を殺す方法として、彼らは明確で簡単な真理にたどり着いた。
奴は神代学園に通っていたのだから、神代学園にいるヤツら全員殺せば、見分けがつかなくても花守を殺せるではないか。
そんな単純明快な回答に行き着いたのだ。
20人の内、15人は最も人の多い校舎へ。
それ以外の4人はその奥の第1運動場、最も近かったテニス場へは1人駆け出していく。
初めの犠牲者は体育でテニスをしていた男だ。
豹雅派閥の男は、仲間内で遊んでいた彼らに突撃していく。
鉄パイプを振りかぶり突進する男。
それがあまりに異様だったからか。
背後からの奇襲は彼らの仲間が知らせたことで獲物にバレてしまった。
だから、これだけ近づければ避けようがないと振るった鉄パイプは。
咄嗟に前に出された獲物の腕に阻まれてしまう。
しかし、骨と金属。どちらが勝るかといえばそりゃあ、
「ああああああああ!! うで、うでぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ゴキン、という鈍い音。
歪曲する腕。
あまりの痛みに右腕を抱えてくの字になった体は、まさに胎児のようで無力でしか無かった。
あとは動けなくなった花守優姫を1人殺し、次の花守優姫を殺しに行くだけなのだが──────
「大丈夫か飯島!」
────邪魔が入った。
まずは1人ずつ順番に花守優姫を殺していくつもりだったのだが、獲物を変更。
仲間内でテニスを行っていた1人が、ラケット片手に近寄ってくる。
獲物同士の馴れ合いなどどうでもいい。
邪魔してきた獲物の頭を吹き飛ばそうと鉄パイプを横に薙った。
「ひっ、あぶ、」
が、当たらない。
次の獲物は思ったよりも素早いらしい。
まあいい。
邪魔はこれで間に合わない。
初めの計画に戻り、ちゃんと1人ずつ殺そうと目の前で蹲る人間に向き直って────
「ガッッ」
────短い悲鳴をあげて俺は仰け反る。
獲物に近づいた所で、何かが凄い勢いで頭に衝突したのだ。
下を見れば、そこには血の付いたテニスラケットが落ちていて、
「はぁはぁ……やっべ」
前から小さく聞こえる声。
先程の人間だ。手にはさっきまであったテニスラケットがない。
鉄パイプの一撃を避けた後、テニスラケットで応戦した。
そんな事実に【俺たちに立ち向かってきたあの人間こそが本当の花守優姫なのではないか】と考え出して、
その前に違和感に戸惑う。
視界が狭まっている気がする。
顔から何かが垂れている気がする。
違和感を探ろうと手を顔に当てて、
神経数本で垂れている眼球に気づいた。
「お、おい……大丈夫か?」
その声はこれをした張本人。
花守優姫に最も近しい人間を目の前に、男は計画に邪魔な違和感を取り除いた。
ブチッ、と。
引き抜いた眼球と神経はテニスコートに落ちる。
戸惑う音、悲鳴の音、響き合う阿鼻叫喚の中で男は目を閉じて。
それは数秒。
再び開いた男の目には、失ったはずの右目が在った。
**
昨日、斑に呼び出され手下になった豹臥派閥の人間は人ではなくなっていた。
筋肉はより強靭に
骨格はより堅固に。
思考はより明確に。
以前あった縞蛇と虎頭蜂の抗争。
その時の肉体に戻りつつある。
死なない程度の傷など、ものの数秒で完治する主人の呪い。
まさに超人に進化させる服従の印だ。
「ひっ」
目玉の復元。
その偉業を前にラケットを投げてきた男は後ずさり、ここから逃げ出そうとしていた。
唯一、俺たちに立ち向かった人間だ。
花守優姫の可能性が高いのなら逃がす訳にはいかない。
「ん?」
獲物へ向かおうと足を出して、その足元に人間がいたのを思い出した。
邪魔だ。
足元に人間が蹲っている。
けれど、こいつも花守優姫の可能性はあるのだ。
道を作るため、そして花守優姫の可能性を1つ潰すため。
その項垂れる頭に追撃しようと鉄パイプを振りかぶり、
「────────あ?」
見上げてくる蹲った奴の目に違和感を覚えた。
それは昔の記録。
花守を殴った時、花守はこんな目をしていなかった。
こんなに怯え、震えた小動物のように目を潤わせてなんかいない、睨みつけるような視線だったはずだ。
それに気づいた時、ようやく周りの様子が俯瞰できた。
逃げ惑う彼ら。
泣き叫ぶ彼ら。
40人様々な人間がいるはずだが、彼らは全て俺たちを恐れていた。
逃げ出そうとしていた。泣き助けを乞うていた。
あのテニスラケットを投げてきた奴でさえ少しずつ後退りをして俺たちから距離を取ろうとしている。
「───────いない、のか」
なら、彼らの中に花守優姫はいない。
彼女なら、俺たちを恐れることはなく弱者の前で立ちはだかるはずだ。
彼女なら、痛みに泣くことはあっても必死にこちらを睨みつけてくるはずだ。
つまり、逃げ出したり怯えて泣いているのは花守優姫なんかじゃない。
ここにはいない。
次だ。次を探す。
脳内にて、花守優姫と他人間との見分け方を仲間全員に共有して、
「殴られた時花守はこんな声で鳴かねぇ! 俺たちが迫るだけで花守が逃げるわけねぇ! どこだ!どこだ花守優姫ぃぃぃぃ!」
男は今回の戦場である校舎内へと足を向けた。
***
微笑むような日差し。
教室は早朝の布団の中のように、緩やかで抗い難い温かさに包まれている。
お昼ご飯後の5限。
誰もが睡魔と戦っている中、追い討ちとばかりに歴史教師のゆったりとした授業が襲いかかる。
読み上げられる教科書は子守唄。
時折、間延びする声は睡眠剤。
特にアクセントもない、平坦な音楽によって生徒は次々と脱落していく。
そんな毎日繰り返している光景は、ある時を境に変化した。
「えー、時の首相であった犬養 毅は海軍によって殺害され、これを5.15事件と呼び、その最期に彼が言った言葉が──────」
退屈でうんざりな授業が急に止まった。
違和感に感じた生徒たちが教師へと目を向けると。
まるでビデオを一時停止したかのように、目の前の教師は固まっている。
彼はまるで窓の外に何かを見たかのように────
瞬間
ガラスの破裂音。
下卑た笑い声。
悲鳴が上がる直前の、息の音。
「花守優姫ィィィィィ!!! どこだァァァァァァァ!!」
複数の窓を突き破り男たちがなだれ込んできた。
これを以て、日常の幕は下ろされた。
ここから先は非日常。
有り得ないモノが跋扈する復讐劇。
そして、真昼の宿命が追いつく舞台である。
狂おしいほど憎くてたまらない。
吐き気がするほど歪んでたまらない。
赤ん坊が興奮という感情を持って産まれるように、私は憎悪という感情を還れる時に取り戻した。
しかし、真っ黒な感情はあるというのにどうにも記憶が無い。
燃やされ、貫かれ、圧され、吸われ、殺されて殺されて殺されて殺されて、その度に色んな記憶を落としていって───────今じゃ自分の名前すら忘れて。
忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて───これまで1つとして何も思い出せなかった。
そんな折、紅い月に照らされて、ようやく少しだけ思い出した。
脳に血が回ったから思い出した。
私の名はヴェルディ……勇者ヴェルディ。
第2の勇者にして生命の冠を授かった者。
そして、この星を救おうと4人の中で最も尽力した勇者のはずだ。
なのに、どうしてこんな事になったのか。
私は、もはや人間とは言えない肉の塊でしかなかった。
なぜだ? どうして?
原因を探そうとして、自然とその復讐の相手に行きあたる。
───────花守優姫。
あの、私を簡単に騙した可憐な花を思い出した。
殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺─────花守優姫、お前を絶対に許さない────
蠢く肉塊は断末魔のように繰り返す。
あの日、共に黒羽を倒そうと誓ったのに。
あの日、共に叶えたい夢まで語ったのに。
ごく平然と、さも全てが予定調和だと言わんばかりに善人の皮を被ったまま、奴は私を裏切った。
────────1つ思い出せば、あとは芋づる式に忘却は解けていく。
思い返せば、これで4度だ。
私は4度も彼らを信じたのに、全てに裏切られ見下され、そして今はこんな地底で肉の塊として蠢いている。
私の信頼を返せ
私の希望を返せ。
そして─────皆の未来を返せ。
その怒りは手足に伝播し、手下に流布する。
紅い月に照らされた事で、初めに持っていた感情がまるで感染症のように以前の手下へ流れていく。
初めの感情は『憎しみ』。
ただ頭にあるのは裏切り者たち。
その中の一人、花守優姫には特に憎悪という感情が刃を向けていた。
復讐をしなければ────そう思いながらも、私は奴がどこに住んでいるのか分からない。
そもそも花守優姫とは14日にも満たない出会いと別れだったから。
それだけじゃ彼女の全てを理解するなんて、到底不可能な事だった。
けれど、ああ、彼女の居る場所ならば。
奴がここに通っていることなら知っていた。
気味の悪い精肉工場に奴は通っていた。
集まる人間から生命力を搾取する呪いの匣。
その名を、神代学園と言うそうだ。
その効率を上げるために部活動を沢山作ったと、彼女は誇らしげに語っていた。
そうだ、この時に気づけばよかった。
こんな事を笑顔で語る奴なんかマトモじゃないって。
やはり気づかなかった私にも落ち度はあったのだ。
そう理解しながらも、やはり私はこの憎しみから離れられない。
理性を取り戻せていないのだから、この憎悪は止められない。
だから彼らはここに来た。
ヴェルディの無念を果たすべく、花守優姫を求めて神代学園の門を開いたのである。
***
「おい! 何をしているお前ら!」
合図を待っている間、誰かが前から現れた。
ジャージ姿の人間だ。
それ以外彼らには判断がつかない。
そいつが大きいのか小さいのか、男なのか女なのか、子供なのか大人なのか、判別ができない。
「校内は関係者以外立ち入り禁止だ! まだ中に入っていないとしても門を開けて並んでるだけでこっちは通報出来るんだぞ!」
誰だ、誰だ、誰だ─────分からない。
こんな奴は知らないし、人間の個性なんて見分けがつかない。
「いいからとりあえずここから解散しろ! それとも、もし、うちの生徒に何かされたってんなら俺に話してくれ。 ちゃんとこっちでキチンとした処罰を行う。本人から謝罪もさせる」
いや、違う。
こいつは神代学園から出てきた人間だ。
───────なら、花守優姫じゃないのか?
「なあ、俺たち教師を信じて───」
手を伸ばしてきた人間は何かを言ってるところだったが。
そこから先は金属音に掻き消された。
ガンッという衝撃。
コーンっという反響。
それと同時に、あれ?と豹臥は疑問に思った。
花守優姫がこんな不用心に近づいてくるのか、と。
こんな簡単に俺たちの攻撃に当たるのか、と。
当たったとして、それ以上の何かを計画せずにわざわざ来たのか、と。
バタリと倒れる人間を眺めながら、何も反撃が来ない事に首を傾げ。
そしてようやく気づいた。
つまりこいつは花守優姫じゃないんだ。
全く違う赤の他人だった。
すなわち。
まだこの学園内に花守優姫がいる事実に気づいた。
「オォォォイッッッッ!! 花守優姫出て来いやァァァ!!!!」
その言葉を合図に彪雅の後ろで揺らめいていた20人が動き出す。
彼らは高城拓人と共に縞蛇を内部から壊そうしていた縞蛇の裏切り者たちだ。
しかし今や目的は花守優姫を生け捕りにすることへ変化していた。
もう彼らに自分という意思はなくなっている。
倫理観も道徳心も棚の上。
彼らにあるのはただ1つ。
ヴェルディ様を殺した花守優姫を絶対に許さない。
その一心で走り出した。
故に、男たちは花守優姫を殺すまできっと止まらない。
なんて矛盾。
生け捕りにしろという命令なのに、あまりの憎しみに彼らは殺すことしか考えられなくなっている。
正しく狂人。
思考も狂い、感情も狂い。
そして何より彼らの五感は壊れていた。
実の所、彼らに他人の判断は出来なくなっていた。
顔どころか目に入る人間の性別も見分けられないし、何を言っているのかも聞き取れない。
こんな状態で花守優姫を校内から見つけ出すなんて不可能に近かった。
なので花守優姫を殺す方法として、彼らは明確で簡単な真理にたどり着いた。
奴は神代学園に通っていたのだから、神代学園にいるヤツら全員殺せば、見分けがつかなくても花守を殺せるではないか。
そんな単純明快な回答に行き着いたのだ。
20人の内、15人は最も人の多い校舎へ。
それ以外の4人はその奥の第1運動場、最も近かったテニス場へは1人駆け出していく。
初めの犠牲者は体育でテニスをしていた男だ。
豹雅派閥の男は、仲間内で遊んでいた彼らに突撃していく。
鉄パイプを振りかぶり突進する男。
それがあまりに異様だったからか。
背後からの奇襲は彼らの仲間が知らせたことで獲物にバレてしまった。
だから、これだけ近づければ避けようがないと振るった鉄パイプは。
咄嗟に前に出された獲物の腕に阻まれてしまう。
しかし、骨と金属。どちらが勝るかといえばそりゃあ、
「ああああああああ!! うで、うでぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ゴキン、という鈍い音。
歪曲する腕。
あまりの痛みに右腕を抱えてくの字になった体は、まさに胎児のようで無力でしか無かった。
あとは動けなくなった花守優姫を1人殺し、次の花守優姫を殺しに行くだけなのだが──────
「大丈夫か飯島!」
────邪魔が入った。
まずは1人ずつ順番に花守優姫を殺していくつもりだったのだが、獲物を変更。
仲間内でテニスを行っていた1人が、ラケット片手に近寄ってくる。
獲物同士の馴れ合いなどどうでもいい。
邪魔してきた獲物の頭を吹き飛ばそうと鉄パイプを横に薙った。
「ひっ、あぶ、」
が、当たらない。
次の獲物は思ったよりも素早いらしい。
まあいい。
邪魔はこれで間に合わない。
初めの計画に戻り、ちゃんと1人ずつ殺そうと目の前で蹲る人間に向き直って────
「ガッッ」
────短い悲鳴をあげて俺は仰け反る。
獲物に近づいた所で、何かが凄い勢いで頭に衝突したのだ。
下を見れば、そこには血の付いたテニスラケットが落ちていて、
「はぁはぁ……やっべ」
前から小さく聞こえる声。
先程の人間だ。手にはさっきまであったテニスラケットがない。
鉄パイプの一撃を避けた後、テニスラケットで応戦した。
そんな事実に【俺たちに立ち向かってきたあの人間こそが本当の花守優姫なのではないか】と考え出して、
その前に違和感に戸惑う。
視界が狭まっている気がする。
顔から何かが垂れている気がする。
違和感を探ろうと手を顔に当てて、
神経数本で垂れている眼球に気づいた。
「お、おい……大丈夫か?」
その声はこれをした張本人。
花守優姫に最も近しい人間を目の前に、男は計画に邪魔な違和感を取り除いた。
ブチッ、と。
引き抜いた眼球と神経はテニスコートに落ちる。
戸惑う音、悲鳴の音、響き合う阿鼻叫喚の中で男は目を閉じて。
それは数秒。
再び開いた男の目には、失ったはずの右目が在った。
**
昨日、斑に呼び出され手下になった豹臥派閥の人間は人ではなくなっていた。
筋肉はより強靭に
骨格はより堅固に。
思考はより明確に。
以前あった縞蛇と虎頭蜂の抗争。
その時の肉体に戻りつつある。
死なない程度の傷など、ものの数秒で完治する主人の呪い。
まさに超人に進化させる服従の印だ。
「ひっ」
目玉の復元。
その偉業を前にラケットを投げてきた男は後ずさり、ここから逃げ出そうとしていた。
唯一、俺たちに立ち向かった人間だ。
花守優姫の可能性が高いのなら逃がす訳にはいかない。
「ん?」
獲物へ向かおうと足を出して、その足元に人間がいたのを思い出した。
邪魔だ。
足元に人間が蹲っている。
けれど、こいつも花守優姫の可能性はあるのだ。
道を作るため、そして花守優姫の可能性を1つ潰すため。
その項垂れる頭に追撃しようと鉄パイプを振りかぶり、
「────────あ?」
見上げてくる蹲った奴の目に違和感を覚えた。
それは昔の記録。
花守を殴った時、花守はこんな目をしていなかった。
こんなに怯え、震えた小動物のように目を潤わせてなんかいない、睨みつけるような視線だったはずだ。
それに気づいた時、ようやく周りの様子が俯瞰できた。
逃げ惑う彼ら。
泣き叫ぶ彼ら。
40人様々な人間がいるはずだが、彼らは全て俺たちを恐れていた。
逃げ出そうとしていた。泣き助けを乞うていた。
あのテニスラケットを投げてきた奴でさえ少しずつ後退りをして俺たちから距離を取ろうとしている。
「───────いない、のか」
なら、彼らの中に花守優姫はいない。
彼女なら、俺たちを恐れることはなく弱者の前で立ちはだかるはずだ。
彼女なら、痛みに泣くことはあっても必死にこちらを睨みつけてくるはずだ。
つまり、逃げ出したり怯えて泣いているのは花守優姫なんかじゃない。
ここにはいない。
次だ。次を探す。
脳内にて、花守優姫と他人間との見分け方を仲間全員に共有して、
「殴られた時花守はこんな声で鳴かねぇ! 俺たちが迫るだけで花守が逃げるわけねぇ! どこだ!どこだ花守優姫ぃぃぃぃ!」
男は今回の戦場である校舎内へと足を向けた。
***
微笑むような日差し。
教室は早朝の布団の中のように、緩やかで抗い難い温かさに包まれている。
お昼ご飯後の5限。
誰もが睡魔と戦っている中、追い討ちとばかりに歴史教師のゆったりとした授業が襲いかかる。
読み上げられる教科書は子守唄。
時折、間延びする声は睡眠剤。
特にアクセントもない、平坦な音楽によって生徒は次々と脱落していく。
そんな毎日繰り返している光景は、ある時を境に変化した。
「えー、時の首相であった犬養 毅は海軍によって殺害され、これを5.15事件と呼び、その最期に彼が言った言葉が──────」
退屈でうんざりな授業が急に止まった。
違和感に感じた生徒たちが教師へと目を向けると。
まるでビデオを一時停止したかのように、目の前の教師は固まっている。
彼はまるで窓の外に何かを見たかのように────
瞬間
ガラスの破裂音。
下卑た笑い声。
悲鳴が上がる直前の、息の音。
「花守優姫ィィィィィ!!! どこだァァァァァァァ!!」
複数の窓を突き破り男たちがなだれ込んできた。
これを以て、日常の幕は下ろされた。
ここから先は非日常。
有り得ないモノが跋扈する復讐劇。
そして、真昼の宿命が追いつく舞台である。
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私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
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翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
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