私は今日、勇者を殺します。

夢空

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2章 前

事件の諸悪

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人は時間の中で成長する。
失敗を重ね、成功を尊び、生という限られた時間を駆け抜ける。
人々が手を取り合い、共通言語は笑顔だと、現代において平和を語る。

でも、その全ては間違いであると黒羽は知っている。

時代が進み、どれだけ文明が栄えたとしても。
その笑顔は全ての人に等しく与えられない。
戦争は無くならず、悲しみは消えず───貴方の笑顔は相手に憎悪を抱かせる。

何を間違えた?
有限を奪い合う生命機構か、優劣にほくそ笑む感情か、それとも人間の存在そのものか。

─────なら、それらを踏まえた上で与えられた使命を果たすにはどうするべきなのか。

人を殺し尽くすのか?────いいや、アイツらはゴキブリ以上の生命力だ。
狂気にも等しいその胆力は、例え他3人を説得出来たとしても根絶は不可能に近いだろう。

なら、方法は簡単だ。
その獣が殺し尽くせぬほど生き汚いのなら、殺すことさえ不毛だと感じるのなら、その牙を取ってしまえばいい。
また生えてくるとしても、その時には全て終わっているのだから。

さて、計画を行うには。
一つ取っても情報が大事だ。様々な情報を集め、記録し精査する。
運の良い事にこの体はそれに長けている。
加えて今の自分には───────いや、今これは考慮しなくていい。
発動条件が多すぎる上に心配性の自分には逆に足を引っ張られることになる。
まずは集める、情報を、できるだけ沢山。
この世界の全てを調べ尽くし道を整え行動に移す──────そうだな、10年もあれば上手く行くだろう。

───────────────かなり昔、古い館にて。


***



瞼を下ろし、過去に課せられた鉄の掟を思い出す。

1つ、喧嘩から逃げんな。

喧嘩っつうのはテメェの意思だ、テメェの想いだ。テメェの全てを乗せた拳を振らねぇのはテメェ自身を殺してるのと同じなんだよ。
テメェらがそうやって悪ぶってんのは、テメェらの声を上げたいからだろ。
なら胸を張れ、声を張れ。その為の喧嘩だ。

2つ、ダチの為に命はれ。

俺たちは兄弟でもなけりゃマトモな集団でもねぇ。
自分の意思じゃないやつだって居る。
だからこの場の全員を守れ、なんて言わねぇ。
それは頭を張る俺の役目だからだ。
だから、テメェらはテメェらがダチだと認めた奴は死ぬ気で守れ。

3つ、周りに手ェ出すな。

テメェらがそんなナリしてんのは何でだ?
かっけぇからだろ、楽しいからだろ。
自分を誇れる喧嘩がしてぇからだろ!
相手の家族ボコって誇れるか? 
相手に勝ちてェなら相手をやれ、殺す勢いで殴れ!
それで勝ってこそかっけぇヤンキーなんだよ。


─────


やはり何度思い出しても子供じみている。
ドラマに感化された悪ぶっているガキだ。
でも、よく考えたら。
ここに居るやつもみんな初めからそうだったんだ。
俺も含めて、自分を誇りに思いたかったんだ。

記憶を再び奥へと戻す。
まだらとの合流まであと30分だ、急いで向かおう。


***


10:00



「おい、ゲームなら向こうでやれ」

目的地に先客が居たために手で払うように人払いをする。
脅すつもりは無かったのだが、後ろにいた巨漢ちぃのせいで先客たちは逃げるようにその場を後にする。

「まーたもんすたあごうかいな。すっきやなぁ」

「モンスターGOってロゥリィがスマホ壊した原因のあれか?」

「おん、リーダーもやってみい。集めまくってると言い値で売れるってよ」

「やらねーよ、それより集合場所はここだろ? 斑に先着いたって連絡してくれ」

「了解、リーダー」

場所は、東京丸々の裏路地。
俺たち2人は、第1班の唯一の生き残りである斑と合流するべく集合場所のここに来たのだ。
そして連絡を入れようとするが、その前に待ち人は到着した。

「リーダーって……なるほどな。虎頭蜂もほとんど捕まちまったから7番隊隊長のお前が繰り上がりでリーダーになったっつうことか。随分出世したなタク?」

男の、気だるそうに低い声。
それと共に路地裏の影から背の高い男が姿を現した。
頭を丸めているからか、剃りこみと腕にかかる刺青が嫌に目立つ咥えタバコの男。
濁った色しか映さない据わった目をしたその男を、タクはよく知っていた。

「よぉ斑、痩せこけてんじゃねぇか。ちゃんと飯食ってたのか?」

「……色々あってな。ちぃも久しぶりだな」

「おう、おまんもよく帰ってきたな」

お互いに挨拶が終わり少しの間が空いてしまう。
久々に友人にあった時の微妙な距離感と言ったところか。高城から何か言おうとして、それを斑に防がれた。

「今日来たメンバーはお前らで全員か?」

「ん? ああ、そうだけ───」

「ッ! リーダー!」

ちぃに押し出され後ろへ体勢が崩れる中、斑の後方から弾丸のように何かが突撃してきて─────それに2mの巨漢ちぃが吹き飛ばされた。

「おーいおいおいおい! なんだこのサンドバック! めちゃくちゃ殴りがいあるじゃねぇか! なぁあれ持って帰っていいか?」

暗闇から吹き抜けた一陣の風。
油断していたとは言え、目で追いつかない速度の正拳突きがちぃを襲った。

その浅黒いガッシリとした男を知っている。
この都市に奇人変人数あれど、その中でも別格、傷付けることで性的興奮を覚える異常者。
縞蛇の幹部である、その名を滝壺と。
そんな今にも走り出しそうな滝壺にどうどうと落ち着かせる斑。

「さっきも言っただろ、オモチャは違法入国の外人とか家出のガキにしとけって。足が着いてサツに目ェつけられても面倒だ」

加えタバコを落とし踏みにじると、「あ、でも」と冷たい言葉を続ける。

「ここで楽しむだけってんならいいんじゃねぇか。ちぃと楽しんでこいよ、タクは俺と用があるからなぁ」

「ハッハァ!!」

ちぃの元へ走り出そうとする狂人。
それを見過ごせるほど高城も腐ってはない。
走り出した滝壺を追うように高城も反転、走り出すが─────────

「いいのかそっちに行って」

───────しかしそれを斑に止められる。

「俺に聞きたいことあったんだろ? いや行きたきゃいけよ、俺は何も言わずに帰るだけだ」

そう言われ、ほんの少し身体が鈍る。
何故縞蛇の連中とつるんでるのか、なぜ俺らを裏切るような事をしたのか。
一瞬それらの疑問が頭に埋め尽くされるが、いやいや、とすぐ考え直す。
真実よりも仲間を助けるのが先だ、そう走り出して、

「タク!」

再度高城を止めたのは、笑顔で応えるちぃだった。
血を吐き捨てながらの張り詰めた笑顔は、きっと見栄も含まれているからだろう。

「ワイのこと舐めんでな? こんなヒョロがり、相手したったるからリーダーは斑を問い詰めぇ」

「元気だねぇちぃは」

ちぃ本人に後押しされては文句は言えない。
覚悟を決め、彼へ。裏切り者へと意識を切り替える。
余裕ぶった目の前の男に、単刀直入に切り込む。

「なんで縞蛇に寝返った」

「そんな驚くことか? お前らも気に入らなかっただろ? 急に喧嘩を振られてボコられてパシリにされて。寝返る理由なら簡単に出てくるはずだ」

それは確かに。
初めの出会いを考えればプラス要素なんて1つとしてない。
そこから高城は当時の幹部たちに好かれ、7番隊の隊長にまでのし上がったが、好かれなかった奴らはパシリとして毎日呼び出されていたし。
どっちかと言えば、虎頭蜂は嫌われる悪の集団だったんだろう。
しかし。

「確かに俺も最初はムカついた。
下っ端としてこき使われて……でも日が経つ度にあの人の在り方に惹かれていった。
お前こそ、1番隊の人間として1番近く見てきたはずだろ……なのになんで」

それは、ただの不良グループとして見たら、だ。
あのグループにもルールがあり、それを纏める万丈さんもその思想も、パシリにされた怒りが薄れるほどにかっこよかったから、高城はこんなに虎頭蜂が好きなんだ。

番隊の数字が小さければその分万丈さんとの行動時間が長くなる。
特に1番隊ともなればほぼ毎日つるんでいた虎頭蜂の事実上トップ達だ。
そこに所属していた斑が裏切る事なんて本当に考えられない。

そこで────ふっ、と斑の雰囲気が切り替わる。
濁った目は更にどす黒く、口の端は糸で引いたように釣り上がり。

「そりゃお前、入ったからに決まってるだろ?」

まるで本性が現れるように、彼は。
その汚いベールを脱ぎ去った。

唖然と……彼の言葉が過ぎ去っていく。
彼は裏切った理由を答えたはずなのに、その答えがあまりに想定を外していて理解できない。
なぜ? その疑問符を浮かべる高城へ斑はタバコに火をつけ、煙を吐く。
ふぅ、と吐いた煙が霧散する頃、斑が続けて言った。

「関西地区ってのはな、ここより何倍も危険でよ……武器なんて当たり前、必要となりゃ相手の家族まで巻き込む地獄なんだ。
そういう場所で縞蛇がどうやって最大にまで大きくなったのか。テメェらに分かるか?」

後ろで殴り合いの鈍い音が続くが、高城はそんなこと気にしてられなかった。
彼の急変を、彼の説明を。
万丈さんと仲良くしている彼の姿を知っているからこそ、分からなかった。

今の彼の言葉じゃ、彼は元々が縞蛇のメンバーだったと言っているようなものだったから。

彼の質問を考える余裕も今の高城には無い。
二人の間では静かな時間が垂れ流れ、時間切れ、と言わんばかりにため息をついて斑は続ける。

「蛇ってのは狡猾でな、隊員の1人を相手のグループに混ぜ込むんだよ。そいつが信頼されて、そのグループの頭角と仲良くなれば良し。
後はそこから対立を作り、散々周りを煽って内部から壊す」

こういう方法だと彼は笑う。
喧嘩、という正道を通らず─────内部抗争を利用した蹴落とし合い。
あまりに非道なやり方に斑は満面の笑顔を示すが。
再び───ふっ、とその表情が消えた。

「………つもりだったんだがなぁ、そもそもこの虎頭蜂は特殊だった。
そもそも仲良しが集まってたんじゃなくて、とりあえず集めて万丈の野郎に付き従っていた。
友情の脆い部分を突くようにいつもは扇動するんだが、お前らは友情よりも薄っぺらいはずの信念みたいなので繋がってた」

「そうかよ……それは面倒かけたな」

「そりゃあ面倒だったさ、かなりな。かっけぇヤンキー……奴がずっと口にしていた子供みたいな夢に何十人もの不良が魅了されてんだから。
でもそうなればもう俺がつけ入る隙はねぇ。
どれだけメンバー個人の不満を流布しようと、そもそもお前らが従っていたのはかっけぇヤンキーっていう信念だったからな。対立なんて起きることも無かった」

やれやれと首を振って、苦労顔のまま煙草を1吸い────煙を吐いて、その煙の向こうの顔がニヤリと凶悪な笑顔になっている事に眉を顰める。

「正道も非道も通じねぇからよ、しょうがなく別の方法を選んだわけよ」

まだこの男は何かやっていたのだ。
虎頭蜂を潰すために、いや、勝手に潰れていくように。
そこでふと何かが脳裏に走る。

「だから、裏で噂が立つよう散々遊んだ。
虎頭蜂のマークを付けて女を弄んで。虎頭蜂の存在を地にたたきつけた」

そう─────彼は正道も非道を超えた、邪道へと足を進めたのだ。

その瞬間、全てが繋がった。
スズメバチ解散前の、雰囲気がピリつく違和感。そして花守優姫の通話内容と彼女の自殺。
『虎頭蜂が怪しい』その言葉の理由も。

ああ、そうか。

喧嘩一筋、他人には迷惑かけず、いざこざは当事者間で解消する。
自分のケツは自分で拭け、ヤンキーとしてかっけぇヤンキーを貼り続けろ。

総長の口癖。名前を変え続けた虎頭蜂の初代から変わらない鉄の掟。
誰もが心に抱く虎頭蜂の誇り。
虎頭蜂が半グレになったって噂───掟を破り悪評を買っていたのはお前だったのか。

「なぁ、斑。ひとつ聞きたいんだけどよ」

「なんだよタク。
いいぜ一つだけ聞いてやるよ。後から入隊して一気に第1隊にかけ登った後輩として。先輩の質問に答えてやるよ」

気に食わない上から目線。
しかし、そんな物もどうでもいい。
裏切り者の真実も、その理由も、今となっては高城にとってどうでもいい。
だから、どうしても聞きたい事を相手に尋ねる。
高城にとって人生を変えられてしまったあの大事件について。

「花守……花守優姫って人を知らねぇか?」

「花守?………は、ははは、ははははははッ!」

疑問の顔から続けて吹き出し笑う男。
虎頭蜂の誇りは無いのか。とか、万丈への恩を感じないのか。とかそんな質問が来ると思っていたから。
まさか女の名前が出てくるなんて思わず斑は笑ってしまった。

「覚えてるか、だって? 
当然─────────覚えてるわけねぇだろ?
何人俺が遊んでやったと思ってんだよ。女の名前っつうことはぁ、なに、俺が襲った女の誰かだったって事か? あ、もしかして」

奴は俯き気味の高城に合わせて、下から覗き込んでくる。
嫌がらせの如く、児戯で煽るが如く───奴は更に笑った。

「タクの女だったのか? そりゃ悪いことをしたなぁ! 安心しろって、襲ったヤツらの大体は、薬使って俺が気持ちよくさせてヤったから。後悔はねぇだろうよ」

ケタケタと笑うその声が。
ニタニタと笑うその顔が。
以前の眩い記憶──────万丈さんの立ち去る背中を─────花守の憎たらしいほどに可憐な笑顔を。
それらを黒くグチャグチャに汚されていく感覚が、プツンと高城の何かをぶっちぎってしまった。

「……てめぇ……だけは……」

「ああ?」

「てめぇだけは、ぜってぇ……絶ッ対ェに許さねぇ!!」

怒りは爆発した燃料のように。
瞬間的に駆け出して2人の距離を喧嘩の領域にまで狭める。
奴の腹が立つ顔を潰そう、と右腕を突き出して、

「おいおい、思い出せよバカタク。なんで万丈のお気にだったてめぇが第1隊に入れず、端番に入れられたのかをよぉ!」

スッと避けられ、カウンターとして腹を蹴られる。

「グッ……」

「喧嘩の弱ぇお前が俺に勝とうなんて思い上がりも甚だしいんだよ」

「……はぁ……はぁ……てめぇだけは殺す……殺してやるッッ!」

「は、やってみろよ」

2人が死んだと知らされた時の虚無感。
何も出来なかった時のやるせなさ。
日常の中のいつも感じる寂寥感と、その度襲いかかる身を焦がすほどの怒り。

何度殴られようと高城は倒れない。
濁り溜まった黒い感情は、暴力程度じゃ描き消えない。
そう、高城は──────。

***


攻防一体。
いや、負けている。
奴は刑務所帰りで体は鈍ってるはずなのに、単純に力の差が大きすぎてハンデにもなっていないようだ。

しかし高城だって攻撃の手は止めない。
奴の喧嘩のスタイルは見せかけのフェイクを多く取り入れている。
大振りの攻撃を最初に何度も打ち出す事で相手に読ませてガードさせ、相手が対応してきたら大振りの攻撃を急転、ガードの薄い所へ攻撃を行う。
初見ならまず間違いなくこの術中に嵌り気づいた時には倒れているだろうが。
しかし高城は何度も虎頭蜂の抗争で斑の戦い方を見てきた。
だからこいつの喧嘩には弱点がある、そこを突けば────

「なー斑ー。こいつ動かなくなっちゃったけど、どうしよ」

「ッッ! ちぃ!」

急に後ろから声がかかり、見れば──────そこは地獄絵図のように真っ赤に染め上がっている。
真っ赤に染められた路地裏。
流れる血が、喧嘩なんて生易しい色をしていない。
どす黒い命の色が流れている。
急いでちぃの元へ駆け出して状態を確認する。

「おい、息……息してねぇって……てめぇら……」

愕然と二人を見あげ、そこでふと蘇るのは万丈さんの言葉。
『テメェがダチ守んならダチは死なねぇし、ダチがテメェを守んならテメェは負けねぇ』

「俺……ちぃの事、完全に……忘れてた……」

燃え上がる怒りと花守、万丈への贖罪。
憎しみに支配された心には仲間の事なんて一抹も存在しなかった。
愕然と項垂れる高城、しかしそんな事狂人はお構い無しだ。

「なー斑ー、こいつもぶっ壊していい?」

「んー、まあいいんじゃね。不良が2人並んで死んでんなら喧嘩の相打ちとかで片付かれそうだし」

「やったぁああ! 玩具追加だあ!」

やって来る、狂人が。
殺すことも遊び感覚の異常者共が。

愕然とちぃを見ている高城に奴を避ける術はない。そのまま狂人に嬲られて────

「おい、そこのクソボーイズ」

その声に狂人は動きを止めた。
どこかで聞いたことのある声に高城も遠くなっていた気持ちが戻り、そちらを見る。

そこには180を超える長身、黒スーツとサングラスの男。
奴の名を俺は知っている。
奴は────

「悪ぃが仕事の邪魔だ。遊ぶんなら別の所に移って貰おうか」

八重洲。
いつかメンバーを襲い、同時に助けてくれた男の姿が路地裏の影に立つようにそこにあった。


***


「あんたは……」

黒スーツの男、八重洲を見上げる。
最初はメンバーと衝突し、1度は争う手前だったが、今や再び助けようとしてくれている。
それに、嬉しいがやはり疑問が浮かぶ。
何故ここまで助けてくれるのか。

「八重洲……? あー誰かと思えば紅烙会こうろくかいの元始末屋さんじゃん。なに、裏の世界から足洗ったって噂だったけど次はヒーロー気取りかよ」

「おいおい、口の利き方には気をつけろよ餓鬼。おいちゃんまだまだ現役だけど、君らよりかは歳食ってんだよ?」

知っていたのか八重洲へと口火を切る斑。
互いが互いに嘲り笑う。
いつ切られてもおかしくない火蓋に、さらに1人そこへ加わった。

「なー斑ー、こいつも壊していいの? 玩具追加?」

「ふっ、ああ、ちょっと面白いかもな。昔の因縁もあるしここらで払って貰おうかな」

「いやいや、因縁って。君らがヤクばら蒔いて紅烙会の島荒らしまくったからでしょ。なに僕が悪いみたいに言ってんの」

疲れたように首を振る八重洲とエンジンをフルスロットルに入れている滝壺。
2人の決着を、まるでスポーツの試合を見るように楽しんでいる斑。そして、成り行きを呆然と見る高城。

八重洲の実力は虎頭蜂のメンバーの噂で知っている程度だが、この2人に勝てるのかと聞かれれば難しいと思った。
身体の出来具合もそうだが、何よりちぃを数分でこんな状態にした滝壺と喧嘩の実力が虎頭蜂第1隊レベルの斑のタッグが相手だと勝てる未来が見えないのだ。
負けるかもしれない、そんな絶望的な緊張感の中、

「ふふっ」

その零れるような笑い声は八重洲の後ろから聞こえた。
嘲るようではない、純粋に漏れてしまった微笑む声。

「大変だな八重洲も。こんなに子供に好かれるとは」

登場したのは男。
カトリック教の神父が着るキャソックとは似て非なる。上下黒の洋服に包まれた男だった。
その瞬間、斑の雰囲気は一変する。
先程まで余裕を見せていた笑顔は消え、眉をひそめ男を注視している。
そして、

「おい、やめとけ行くぞ」

先程までの盛り上がりはどこに行ったのか、そうそうに切り上げここを後にする。

「おい虎頭蜂、さっさとこの街から逃げ出すか早めに人数集めとくんだな。次会ったらちゃんと殺してやるからよ」

最後にそれだけ言い残し、2人の狂人はどこかへ消えた。
窮地を脱した高城は、まずはちぃを抱えながら目の前の2人にお礼を言おうとして、

「助けるつもりなんかねぇよ。さっさとどっか行け仕事の邪魔だ」

八重洲に軽くあしらわれてしまう。
しかしこちらも一刻を争う状態だ。お礼は手短に済ませ、急いで最寄りの病院へと向かった。


***


それからちぃを病院に運び、虎頭蜂のメンバーに連絡を入れて、ちぃの家族にも連絡して。

手術中のランプが消えない中、堪らず高城は走り出した。
自分の不甲斐なさをまたありありと見せられたから。昔の怒りが再燃し、未だ収まらないから。

そして、彼は──────暗闇と出逢う。

**

夜の街。それは世界の表と裏が逆転する。
その暗闇は、人々の罪を隠し、息を隠し、意味を隠す。
誰にも見られない、否、見つけられないその暗闇は、しかし、更に暗い世界の住人には明るくて。
今日も罪悪を隠している人を見つけ出す。

『やあ、君が高城拓人くんだね』

黒のローブに杖を付いた何か。
街灯が照らすそれは全身黒いため、まるで人型の暗闇が佇んでいるよう。
その影は変声を少しの雑音と共に響かせる。

『君は罪を犯した。恋する先輩を失い、仲間を失い、それで自分の意思を失った。
信用していたんだろう友を。無事を願ったんだろう先輩を。信じる己を信じたかったのだろう』

背筋を凍らすような声は、静かに高城の因縁をたたき出す。
夜の闇に隠していた罪が暴かれていく。

『でも君は気づいているはずだ。君の罪を、恨むべき罪人を』

その老人はローブの中から黒の封筒を取り出す。表には赤の文字で『被害者救済執行会』と書かれており、それを前に影は口を釣りあげた。

『どうだろう。君の罪、恨んでいる罪人。その2つを我々が浄化する手伝いをしてやろう。
もう充分苦しんだろう?後悔なんて毎晩していただろう?その未練を、その後悔怨敵を浄化したくはないか?』

手渡される封筒は、意外にも軽い。
それは彼らの扱う命の軽さか、それとも高城の変わらぬ意志か。
封筒に目を落とし、表裏軽く確認すると。
鼻で笑い封筒を手で払うように捨てた。

「悪ぃんだけどよ、これは俺の問題だ。誰か分からんお前らの手を借りてやる事じゃねぇよ。
それに、これは覚悟なんだ。浄化なんかされて無くなってもらっちゃ困る」

キッパリとそう答えた。
高城の本能が叫んでいる。警鐘を鳴らしている。
こいつはヤバい、正体は分からないが真面目に答えないと危ない、と心底怖がっていた。
影は小さく肩を落とし、変声を流す。

『もう、向き合っていたと言う事か。残念だ遅すぎた』

それだけ呟くと後ろに反転。
闇へと消える最中、一言だけ、

『愉しくなっただろうになぁ』

粘り気のある笑いと共に姿を隠した。


***


「なんだったんださっきの。気持ち悪ぃ」

見れば捨てたはずの封筒までいつの間にか消えている。
不穏な空気は未だ消えず、さっさと病院に帰ろうとして、

「リーダー! ちぃの奴とりあえず大丈夫なようです!」

来た道からメンバーが伝えに来てくれた。
良かったという安堵感、とそして。
さっきの影のお陰って訳でもないが、自分のやるべきことが明確になった。

まずはメンバー全員に告げる。
そこからようやく高城の復讐が始まるのだ。


***


ちぃの容態は安定し深く眠っている。
家族が面会していた事もあって邪魔にならないよう高城たちは外の大きな公園へ。
安心し泣きそうな面子の顔ぶれに、高城は声を張り上げる。

「次、俺たちがやる事が決まった!」

宣言する。
メンバーにその意志を示す。
憎い怒りを目に宿して、肺いっぱいに張り上げる。

「ちぃをやったアイツらを、万丈さんを殺した縞蛇共をブッ潰すッ!!!」

そう言って、しかし視線が下へ向いている1部の連中に気づく。
そりゃそうだ。奴らは1度虎頭蜂を壊滅させてるし、なにより、ちぃの容態を見た後だ。怖がっても何も間違いはない。
しかし、それを虎頭蜂の総長リーダーである高城は認めさせない。

「ビビってる奴!もう一度思い出せ!俺らの居場所を奪ったのは誰だ!俺らのダチ奪ったのは誰だッ!
さっきも言ったが斑は俺たち虎頭蜂を裏切っていた! それを許せるかお前ら!」

自分のためじゃない。
万丈への恩を。
俺らの憧れを汚した奴らを。
ダチを殺したあのクソ野郎共を潰すために。

「俺らは喧嘩をしない! 今からやるのはダチの為の復讐だ! 俺らの大事なもん奪ったアイツらを全員潰す! それが残された俺たち虎頭蜂の役目だ!!」

湧き上がる雄叫び。重なる咆哮。
恐怖に震える己が心を奮い立たせるような猛りの数々。

そうだ。
恐怖に恐れるのも、それがただの喧嘩だったからだ。
しかし今回は違う。
全てを奪った奴らへの報復、復讐。
元々やって来た斑が喧嘩という正道を通らなかったんだ。
なら喧嘩をする必要も無い。正々堂々なんて価値がない。


復讐は止まらない。
例えそれが的外れの恨み言だったとしても、それを知る術は今の高城には無い。








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