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2章 前
真昼のなんちゃって潜入捜査
しおりを挟む新宿駅から山手線で高輪ゲートウェイ駅へ、そこから京浜東北線に乗り換えをして品川駅に。
品川駅周辺はビルの乱立する街、しかしそこから20分ほど歩けば東京湾の入江があるミスマッチ感のある大都市だ。
ビルが途切れればマンションなどの住宅街、そして京浜運河を挟んだ向こうはコンテナと工場だらけの島となっている。
目的地はそこから15分ほど北上した場所にある。
20:50
とうとう真昼はミヤザワから指定された場所に到着した。
『早く向かった方がいい』
その言葉を信じて来てみれば時刻は21時手前だ。自宅のしずくに遅くなると連絡を入れ、いくつか電車を乗り換えて。
そして真昼は廃工場跡にたどり着いた……のだが。
「白屋根の廃工場って……工場ばっかじゃんここ!!」
到着した景色は閑散とした廃工場の大列だ。
茶色の鉄錆が疎らにあり蔓や雑草が巻きついて掲げられている看板の文字が薄く掠れている。
朽ちた工場の死体、それが辺り一面に並べられている様はどこか墓地のような雰囲気さえ感じられる。
蒼みがかった月夜の晩に、工場跡地で彷徨う少女の姿は傍から見ればさぞ美しく、または恐ろしく見えるだろう。
しかし本人は涙目だ。
屋根色が白という情報、それを確かめようにも暗すぎて遠くからじゃ判断できないし、なんなら白屋根なんて幾らでもここにある。
何処が目的地なのか、そんな所にいって花守先輩の何がわかるのか。
移動中考えていた事が、静かな夜に刺激されさらに声が大きくなる。
芥子に薦められた情報屋だから無条件に信じていたが、今の真昼の置かれている状況を整理すると。
・人気のない工場跡地に誘導
・夜8時に急いで来るよう催促
・制服姿の女子高生が1人
なんて馬鹿な事をしているんだろうか。
自分で頭を抱えて、大きなため息をひとつ。
「……帰ろ」
ここまで来たのに。大事な情報源だぞ。
そんな言葉がふつふつと湧いてくるが、道標のない周囲に自然と消えていく。
来たには来たのだ。
そして探しもしたが見つからなかった。
そう言い聞かせれば、あの手配してくれた探偵にも情報屋にも示しが着くだろう。そして真昼も諦めることが出来る。
それに真昼には池袋にある『白夜』というダーツバーを調べる方法もあるし、家で待機しているはずのハクだって今の状況よりも情報源として有力だ。
帰路につこうと反転、そして─────金属音が微かに聞こえた。
人気のない空間だと思っていたから恐る恐る音のなった方へ視線を向ける。
工場と工場の合間、その先にある工場の窓からうっすらとだが光が漏れている。
(あそこがミヤザワさんの言ってた場所?)
確かな確証は無いけれど、ここまで来たのだからという言葉にふらふらと向かってしまう。
まるで照らされた街頭へ集まる羽虫かのように。
窓から零れる光に向かっていくのであった。
***
しかしノコノコと正面から行くほど真昼に度胸がある訳もなく。
どこから入ろうか思考を巡らしていると、壁に立てかけられた脚立を見つけた。
蔓が巻き付いて触ることさえ嫌だが、これなら中の様子を確認できるはずだ。
脚立を思いっきり引っ張ると巻きついていた蔓がプチプチと音を立てて離れていく。
荷物の梱包用のプチプチを連想させて少し快感を感じるが、今はそれどころでは無い。
先程光を確認した窓へ脚立を伸ばして、そこへ足をかける。
ギィ、という嫌な音をたてるがさすがは日本製。錆び朽ちた脚立であっても真昼程度の重さでは潰れることはなくしっかりと支えてくれている。
「よし、これで……」
上を見上げ1歩ずつ上へと向かう。
踏み出す度に軋む音と1層の不安を真昼に感じさせるが、だからこそ止まってはいけない。
手を伸ばして体を引き上げて足を上げる。
上へ上へとそれを繰り返し、そして。
やはり高さが足りなかった。
覗くには頭1つ分足りず、どうしようかと辺りを見て。
そこで気づく。
真昼の登っている真右にはトラック用のシャッターがあり、その上に人1人が歩けるシャッターケースがあった。
そこも蔓や葉で覆われているのだが今の真昼にとってここまでのベストポジションは他にないだろう。
「とどっけぇぇ……」
足を無理矢理伸ばして何とかシャッターケースに届いた。
そうなれば後は簡単だ。
体に勢いをつけて、しかし脚立を倒さないよう壁に反動を押し付けるように──────飛ぶ!
「ふぅ……なんかミッションインポッシブルしてるみたい」
やりきった感を感じつつ、しかしまだ何も終わってないことにため息をつく。
次は窓だ。
シャッターケースの上の窓、朧気ながら光の漏れ出るそこに顔を近づけた。
上から覗くとそこには3人の立っている男と正座をしている男が向き合っている。
その4人の隣にはドラム缶があり、そこから焚き火があがっておりその光が窓から漏れ出ていたのだと気づいた。
「ヒグッ……ほんと、ほんとなんです……!あなた達を見てたんじゃなくて、ただここにアナベルが出るって噂を聞いて……それで……」
「だーかーら、アナベルってなんって聞いとるんやろ? なんで泣くやが、頭イッちまったん?」
「ちぃちゃんは顔怖ぇんだよ、あと苛つくのは分かっけど丸棒そんなボンボン叩きつけてたら普通の人はビビるっての。おいてめぇバラ、今笑ったろ? なんだよ俺になんか文句かよ」
「いえいえ、ちぃが叩きつける度に体が跳ねるモンジャをリーダーが見たらなんて言うかなって。ああ、ごめんほんと笑わないからその丸棒置いてよ。……えーと、アナベルってのはモンスターGOってソシャゲのレアモンスターよ。付近のモンスターが地図上に表示されるから、その地点にわざわざ出向いて捕まえるご苦労ゲームのこと」
「あぁ? もんすたあごうっつったら、昨日来てたガキもやねぇか。そんな流行ってんならワイもしてみるか」
「ちぃちゃんには無理無理。これ捕まえんのも確率だもんでロゥリィなんかムカつきすぎてそのままスマホぶっ壊したらしいしな」
「おぉ? そういうンはさっさ言えや。チッ……もう泣きやめえや、耳お釈迦なるわ」
何やら3人が1人の男に言っているのが見えるし、ぼやけた声も聞こえる。
パッと見は集団リンチに見えたが、しかし声の感じは談笑しているような……?
窓越しから見ている真昼は4人の声が聞こえず、出来るだけ顔を近づける。
4人がいるのは真昼から見て左端だ。
出来るだけそこに近づこうとすると、シャッターケースギリギリに立つことになる。
慎重に足を運び、人相だけでも見えるように体を傾ける。
「んんぅ……もうちょっと……あとちょっと──わぁ!」
途端足元の葉に足を滑らしてしまう。
高さは大型トラックよりも上。つまり3.8メートルはある。
このまま落ちたら良くて骨折、悪ければそのまま死ぬ───?
一瞬の思考と重力に浮かぶ内蔵、そして──
「───はぁ、あぶな、かった……」
なんとかシャッターケースに捕まることで最悪な究極の選択は逃れることが出来た。
両手で捕まり足は宙ずり。
ぶらぶらな真昼はとりあえずシャッターケースに登ろうと腕に力をかけるが、懸垂を習慣的に行うはずも無い真昼にそんな力は無いわけで。
涙目になりながらも、登れないなら降りようと後ろの脚立に視線を向ける。
落ちた真昼の体に当たって倒れていないか不安だったが、脚立は未だそこで立っていた。
最悪の結末にはならず息をついて、宙ずりのまま足を伸ばす。
今目指している脚立には支え人がいない。
少しでもぶつかり脚立を倒してしまったら真昼はジ・エンド。このシャッターケースに骨を埋めなくてはならなくなる。
(いや、その前に落ちて骨折かな……痛そうだなぁ……痛いだろうなぁ)
そんな風にふざけてられるのは、今の状況がそこまで致命的ではないからだろう。
足はもうそこまで届いており、真昼自身降りれる未来が見えているから取り乱す事はない。
ああ、ほら。足が今脚立にとどい、え、ちょ、こしょばい、なにこれ、手がこしょばい?
奇妙な違和感に視線を上げて手を見ると、
「うわああああああああ!!」
手の上を這いずるムカデ。
百足という名は伊達ではなく、絶え間のない不快感を真昼の手に与え続け。
真昼は右手を離し、ジタバタと振り払う。
「───はぁ、はぁ、はぁ………あ」
おかげさまでムカデは宙に放り出され、不快感を消すために右手を服で拭う。
そこで気づいた。
もうどうすることも出来ないほどに傾いた脚立の姿に。
そして。
ガシャァァァンンンンン!!
「なんだ今の音!」「さっきの悲鳴か!?」「おい誰だ!」「もう来ませんから撃たないでええ!」
一気に騒々しくなる廃工場。
そして宙ぶらりんで動けない真昼。
顔面蒼白、冷や汗ダラダラ、掴まりすぎて左腕吊りそう。
最悪の状況、最悪の状態。
そんな中で真昼は思うのであった。
(あっはは、落ちようかな)
まだわんちゃん可能性のあるその選択を取ろうとして、下の景色にやはり無理だと諦めるのであった。
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