私は今日、勇者を殺します。

夢空

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2章 前

託された者たち

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─────どうしてこんなにも歪んでしまったのだろう。

彼女は彼の探偵としてどこまでも真面目で実直な性格を知らず、また彼は彼女の持つ探偵への恐怖を見抜けなかった。
普段の芥子らしからぬ鈍感さはしかし仕方がない所はある。

それを説明するにあたり時間は遡る。およそ神代学園での事情聴取の頃にまで。

そもそもこれまでの事件、芥子が担当した事情聴取にて相手が良い感情で終わることは限りなく少ない。
犯人だと疑われている状況で、自身の潔白を証言する場で相手が小学生だったら。
どんな相手だって怒り、少なくとも不満を持つに違いない。
そしてそれは口に出さずとも表情の1片から顔を出して、それを芥子は見抜いてしまう。

だから千年原真昼は異常だった。
最初はちょっとした事故で気が動転していたが、聴取に本格的に入ってからは今までの大人たちとは違う反応を示した。

笑っていた。
いや、にやけていた。

必死に隠そうとしていたらしいが、実の所芥子が引くぐらい彼女はその場に高揚していて。
室井に「彼女は悪人ではない」と言ったのはきっと聴取時の反応も加味されての結果だった。

彼女が小鳥遊弟子に好意があったからか、それとも探偵という名に高揚したのかは知らないが、その場にいた芥子も人並み程度の好感度があると、そう読んでいた。
数少ない、笑顔で終えれた彼女だったから。

そして時は戻る。
目の前の少女はあの時とは完全に違っていた。
恐怖と怒りが混じった表情で、しかし目には申し訳なさを感じる。
そんな弱々しい目を芥子は真っ直ぐ見返す。

「……君からは僕が死神のように見えてるんだね」

「……はい。私も馬鹿らしい噂だと思いましたけど、火のない所に煙は立たないとも言います。犯人の死がきっと1度だけじゃなくて何度もあったんですよね?」

確信めいた問いかけ。
それに、しばらく目を瞑る。

はぐらかそう、そんな事が頭をよぎるがそれを直ぐに却下する。
いや、自分語りなんて芥子の性分ではないし、それも黒歴史に当たる物を他人に聞かすなんて新手の拷問に近い。
ただ。
少なくとも目の前の彼女は青い顔をして吐き気を抑えながらも芥子の聴取に付き合ってくれたのだから。

『死神探偵とは本当なのか。犯人が死ぬと分かっていて何故犯人を追い詰めようとするのか』

全てを説明せずとも、この2つの問いかけには答えるべきだと判断。
脳内議論はすぐさま終わりを迎えて。

静かに瞼を開ける。

覚悟を決めたつもりだったが、いざ話そうとなると口が重たい。
自身の痴態、いや罪を告白するのだからそうなるのも当然だ。
しかし。

誠意の一つぐらい見せるのが大人の探偵だろう?

息を吐いて、そう自分に言い聞かせて。
ようやく開いた。


***


「……犯人が死ぬ事は実はかなり前からあった。捕まって数ヶ月か数年後か……長期期間を空けてね。ただ去年の9月頃から請け負った全ての仕事、全ての事件の解決後に犯人が不審な死を遂げていった」

どこから話そうか、と考えてまずは過去にあった事実から話した。

「1人目は逃げる為に飛び出した道路で事故、2人目は警官が来るまでの待機中に首吊り、3人目は少し目を離した所で自ら首を割いて。以降も事故死とか自殺ばっかり……こんなんじゃ死神探偵って言われてもしょうがないよね」

自嘲気味に笑う探偵。
死神探偵は本当に犯人へ死を送っていると、彼は言っている。

「じゃあそれは貴方が……」

「うん、僕が解決して犯人が死ぬなら、それは僕が殺しているようなもの。君が言った通りに。中には夫子家庭の父親が犯人だったこともあって、その時彼の子供に言われた。お父さんを返して……ってね」

あの時の目は忘れれないよ。
そう続けて言った彼は未だ微笑みを維持していて、それでも声は沈んでいた。

謎を解き犯人を当てる。
ドラマで活躍するのはいつだってカッコいい正義の体現者だ。
だが現実はそんな甘くない。
ただでさえ反感を買う仕事な上、加えて犯人を殺してしまうという罪を持つ。

こんな呪いのようなもの、真昼なら間違いなく探偵という職から遠ざかるだろう。
だからこそ気になって尋ねずにはいられなかった。

「……どうしてそれでもやめなかったんですか?」

「止めたくてもやめてはいけなかった。僕は自分をとめられなかった。例え犯人が死んでも僕が探偵である以上きたる謎を解決しなくちゃならないんだ」

しなくてはならない。
したい、でも、するべき、でもないニュアンスだ。それではまるで。

「まるで義務感みたいに言うんですね」

「ああ、それが近いのかもしれないね……友達から託されたんだ。だからって犯人が死ぬのを前提に探偵するのも狂ってるんだけどね」

そう言って笑う探偵。
それを他所に先程彼が言った言葉が真昼の頭に響いていた。
『託された』
その言葉に頭が軋む。
痛みに顔が歪み手でこめかみを押さえる。
彼女の声が、彼女の顔がさっきの言葉に共鳴して思い出されようとしている。
あの日、彼女が飛んだトラウマの日に先輩から言われた言葉。

『あとの事は任せたからね真昼』

ハッとさせられる。
真昼も花守から託されている。
生徒会長というただの高校の役員でしかないもの。でも心の底から大事にしているのは先輩からの願いだから。託されたものだから。

真昼はもう一度、探偵を見る。
彼を許した訳では無い。真昼だって彼に犯人だと明かされて死にたくない。
だからこんなこと言うのは癪だけど。
でも、これは真昼にも理解のできる感覚だ。
これを言わないと、真昼のしてきた事さえ嘘になる。
熱くなっていた頭を小さく息を吐いて落ち着かせ、目の前の探偵に言った。

 「ならおかしくないですよ。芥子さんが探偵として頑張っているのはそれだけその友達が大事なんだって事ですし……それにS003エスゼロゼロサンって、それだけ凄いなら託したご友人さんも喜んでると思います」

そう言って微笑む真昼。
相対する少年の反応は、呆気に取られた顔だ。
少し間が空いて、そして────笑った。

「……はは、ありがとう。まさか聴取に来て励まされるとは思っていなかった。ほんと人間を推量るなんて無理なわけだ」

普段の何を考えてるか分からない笑顔ではない。
仮面のように固い笑顔は『にへら』という効果音が付くほど柔らかく。
感情のない白い頬は熱によって紅く染まっている。
照れを隠している笑顔は、彼の不審な格好を忘れされるほど輝いていて。
少し、真昼は見蕩れてしまっていた。
言葉を終えると探偵は立ち上がってランドセルを背負う。

「今日は無理を言ってごめんね、でも話せてよかったよ。じゃあ真昼ちゃん、またね」

手を振って立ち去ろうとする。
ようやく終わったという開放感に包まれる中、しかし真昼の中に1つ思う所があった。

「あ、あの!」

去りゆく少年は振り返る。
少年が不思議そうな顔つきになるのは当然だ。真昼だって彼との会話を早く終わらしたいと思っているし、そんな彼女が彼を呼び止める理由はさっきまで無かった。
しかし真昼は聞いてしまった。
彼も真昼と同じく託された者として、探偵という仕事を全うしているのだと。
その実、彼が真面目で実直な性格だと知ってしまった。

「貴方に、探偵の芥子さんに依頼したいんです」

この人を信用した訳では無い。ただ、探偵としては信じてあげてもいいのではないか、そう思っただけだ。

「依頼って、高校生が探偵に何の様なのさ」

「……昔亡くなった先輩の死の真相についてです。花守優姫って方なんですけど」

覚悟を決めて、とうとう高城以外に先輩の名を出した。
他界した先輩の名前、その言葉に芥子は何故か引っかかっている顔だ。
花守、花守……
数度呟いて、それから意外な一言を呟いた。

「悪いけど、それはだ」

虚をつかれた。まさにその言葉が似合う表情の真昼は彼の言葉を繰り返した。

「管轄……?」

「そ、僕は人間レベルの謎しか解けないらしいからね。はい、これ。20時以降これに電話かけてよ。それまでに僕から事情話しておくからさ」

取り出したメモ帳に素早く番号を書いて、終えると書いたページを破り真昼に手渡す。
そして後ろに反転。
腕を振って彼はどこかに歩いていってしまう。

「電話って、その相手は誰なんですか?」

「誰ってそりゃ」

ニヒルな笑顔。いつもの人を食ったような顔つきで振り返ると、

「ミヤザワくんだよ。ちょっと怖ーい情報屋さんだ。君も電話する時は覚悟してね」

今日1番のイタズラ顔で笑った。


**


芥子は真昼を騙した。

いや、嘘を言っていないのだからそれは語弊があるか。
彼はあの時の会話でのみ言葉を濁したが、それは彼女の勘違いを正したくなかったからだ。

彼はSクラス3番目の芥子風太。

探偵協会では探偵の技量経験思想からランク付けされ、それはA~Dに振り分けられる。
その振り分け方などは秘密にされており、一般人は勿論、協会内の人達も上層部の1部とAクラスのほんのひと握りしか知らない。
だから、誰もがSクラスと聞いた時ゲーム知識として、評価知識としてAの上位だと勘違いをする。

Sクラス、それは。
Silly   つまり愚かを意味する。

芥子は過去に人命よりも謎を優先した。
結果、人格破綻者として認められた彼は探偵に取り憑かれた破綻者の集まるSクラスへと隔離されたのだ。

愚かな探偵、その3番目に位置するのが芥子風太。
彼は決して褒められた人間ではない。


***


掛け時計に目をやる。
20:00だ。
あれから真昼は荷物を回収する為にも神代学園の生徒会室へと戻ってきていた。
蛍の荷物は無くなっている。配り終えて帰ってしまったのだろう。
少し残念という気持ちはあるが、しかし今からする電話の内容を考えるとむしろ良かったと胸を撫で下ろす。
恐怖を抑え落ち着くために、深呼吸を2回。

ああ、そういえばあの時もこの時間だったっけ。

ゴールデンウィーク前のある時、掲示板に届けられた一通の書き込みも、生徒の気配が無くなるこんな時間だった。
孤独の感情は帰宅願望を刺激するが、しかし義務感がそれを許さない。
真昼はスマホへと手を伸ばす。
そこにいつもの少年が居らず更に心細くなるが、首を振って弱い心を奮い立たす。
書かれた番号を見ながら数字を選択し、ふとこの数字に見覚えがある気がした。
数字の配列、紙に書かれた状況は何処かで─────電話が繋がった。

「もしもし」

『……──…──…───…』

ノイズと無音が継ぎ接ぎのメロディを奏でる。鼓膜を打つ砂音は不安を、打たない無音は真っ暗な虚無を感じさせ、思わず真昼は声を出してしまう。

「あ、あの、もしもし……!」

『……──…──…遅かったな。君が、千年原真昼か?』

途端、継ぎ接ぎの暗闇から声が発せられる。
男の声だ。
酷く落ち着いた低めの声は、しかしどこか空虚で感情が読めない骸のよう。

っていうか
指定された時間だったはずだけど。

「は、はい。千年原真昼です。あのミヤザワさん、で合ってますでしょうか?」

『港区四丁目にある屋根が白の廃工場跡に行け』

「……へ?」

『事情は全て聞いている。急いで行くといい。ここに行けば君の疑問が解けるだろう』

「ちょっと待って! 急に言われたからよく聞き取れなくて……その、もう1回お願いできませんか?」

『………港区四丁目の廃工場だ』プツ

それだけ言うと無造作に切られてしまった。
あまりの対応に呆然とするが、また忘れないようにとスマホ内のメモ帳に急いで記す。
『君も電話する時は覚悟してね』
芥子の言葉で相当気を強くしていたのにこんな呆気ない終わりに肩透かしをくらった感覚だ。
張り詰めた空気を解くよう真昼は大きく息をついた。


***


同日   23時30分


ある倉庫に違法駐車されている大きなトラック。
その中へと芥子は足を踏み入れた。
内部には壁にディスプレイ画面が10個以上付けられ、それぞれに至る所の監視カメラ映像が映し出されている。
足元には人をダメにするクッションがいくつも敷き詰められており、体を包み込むように芥子は体を沈ませる。
ふと、芥子はディスプレイの1つを見て操作。
ズームをするとそこは千年原真昼の家、その玄関映像だ。
そこへ足がおぼつかない真昼が映り帰宅を確認する。

丁度そこでポケット内のスマホが震えた。
番号を見ると数時間前にも話した彼だ。

「やあミヤザワくん。花守少女について聞かれたから君に繋いだけれど、どうだった彼女は」

『彼女もなにも来なかったさ! 風太くん、情報屋に偽情報掴ますなんていい度胸してるんじゃない?』

軽すぎる男の声。
飄々とした口調はしかし侮ってはいけない。
軽んじてはいけない。見抜こうとしてはいけない。
この都市に危険人物は数あれど、この相手はその中でも別格に位置するのだから。

曰く、喧嘩を売ったギャングが次の日土の中から見つかった、とか。
商売の邪魔をした暴力団を対立していた2つの暴力団を操って壊滅させた、とか。
その時に逃げ延びた幹部の1人に外患誘致罪の罪を着せて死刑に処したり、とか。

この東京の裏舞台には23区それぞれに治安を守る名目で島が取り決めされている。
以前、芥子が裏の調査の時許可を貰っていた紅烙会もその1つに当たる。
表舞台では考えられない裏舞台の頭たち。その人たちを相手取り裏を操ることの出来る人物。
それが情報屋ミヤザワ。

芥子でさえ裏をかかれる油断出来ない相手。
芥子とミヤザワはお互いの特異的な立ち位置から利用価値があるから仲良くする、そんな関係性だ。
だから芥子は笑う。
相手に底を知らせないように。借りを作らせないように。

「振込は済んでるんだからそこまで本気にならないでよミヤザワくん。彼女も悩んでいたからね。かけないことにしたんだよ」

そして話を変えようと模索する。
偽情報を与えたという結果は変わらないのだからこの話を続ければこちらが不利となるからだ。
しかし話の変える方向が分からない……いや、1つ真昼から聞いた話で気になるところがあった。

「それにしても真昼ちゃんは花守少女の何が聞きたかったんだろうね。
僕もその頃東京にいなかったから詳しくはないけれど、調べた限り喧嘩を止めた程度だったんだろう?」

自分でも気づく。あまりに下手な話題のすり替えだ。
しかし、芥子の発したある言葉が電話相手を変化させた。

『喧嘩……ただの喧嘩、ねぇ』

繰り返す───伝わる事実を。
思い出す───彼女の決意を。
心躍る夢を壊し、つまらない現実へ回帰させた忌むべき相手。
ああ、ならばこそ。

──────────ただの仲裁人にしてたまるか。

電話先から声が漏れる。
笑っている。
怒りも悲しみも全てを超えて起こした、意味を持たない結果に嗤っている。

『あっははははは! いいや、彼女は世界を救ったんだよ、文字通りにね。そして、死んだ。よくある話だよ。英雄気取りが自己犠牲で人を救う、胸焼けするほどベタベタな物語さ』

「……君にしては機嫌が悪いね。もしかしてその花守って子と何かあったのかい?」

ああ、見抜かれてしまった。
だが、別段それすら意味は無い。
彼女は終わり事件も終わり、今続くのは意味の無い後日談に過ぎないのなら。

『聞きたいなら金を積みなよ。数百万程度じゃ話す気にはならないけどね』

積まれたなら語ろう。
花守が世界を救ったと明かしてやろう。
彼女の決意も彼女の言葉も失わせはしない。
全てを語った後───────彼女のせいで世界が壊されると明かしてやろう。






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