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1.5章
裏切り者の密談
しおりを挟むGW2日目
フードを被り、キョロキョロと周りに注意を配る不審な青年。
青年は誰も信じない。
彼を信じず警察を信じず、法を信じず。
青年は行き着く先として世界を信じなくなった。
だから青年は犯罪が悪い事だと言う事だけを信じて、その報復こそが悪を罰することだと信仰した。
青年は犯罪浄化執行会を奉り助言を与える者。
そして誰よりも警戒心が強い男だった。
顔が見えず誰とも判断できない彼はある建物内へと入る。
一瞬、甘い葉の香りが漂う。
またフレグランスを変えたのか、とここの主の心変わりの速さにウンザリした。
そのまま奥へ奥へ、下へ下へと向かって。
豪快な笑い声のする扉の向こうへ足を踏み入れた。
***
暗い室内。
常夜灯がいくつか点いているだけの明確さを保たない空間に3人の男がいる。
1人は白衣を着た爺さん。片目が義眼になっているのか機械音を鳴らしつつほか2人の男を観察している。
1人は黒の修道服を着た偉丈夫。両目は閉じられているのに気配のみで数十年間度々の問題を解決してきた専門家。
1人は専門家の部下に当たる男。タンクトップに短い短パンを着てニコニコ笑顔を更につり上げる筋肉豪鬼。
それぞれが集まったのを確認すると修道服男は報告する。
「先程警察に送り込んでいた者から情報が来ました。今回のテレビジャック、やはり奴が持ち出したアレが関わっているようです」
アレ、とは即ち降臨せし神の御使いであり、そして我々を救う救世主である。
奴とは、我々の組織に入り込んでいた異教徒の意。
それらを伏せて口に出しても、やはり他の2人には理解できているのは彼らがただの一般人で無いことを伺わす。
重く低いのによく通る男の声にそれぞれ反応を示す他2人。
そのうちの1人、筋肉豪鬼は大きくうなづく。
「ああ!その持ち主も既に調べあげているとも! 神代高校……学園……? どっちか忘れたが! そこで使ったのは千年原 真昼という少女らしいぞ!」
元気よく簡潔に答えると、次は白衣の爺さんが蓄えた髭を指でなじりながら呟く。
「どこに持っていったかと思えば千年原の娘か、全く因果な話だ。すぐに回収させるのも手だが今こちらから動くのはあまり危険がすぎる」
何度も演算を行ったのか、数秒の間の後に傍観という方法を提案する。
しかし、それに修道服の男が異を発した。
「ですが、あのAIだけでテレビジャックを行なったと思われます。放置というリスクは計り知れません」
「なに? データロストしたアイツにそんな能力は存在せん。あっても自己保存の意思ぐらいで、ただのグラフィックドールと大差ない。恐らくボスが何かしたんだろうね。隠れ蓑にするために」
「グラフィックドールとは! 中々言い得て妙だな! 俺も何人か侍りたいぞ!」
ガッハッハと豪快に笑う筋肉豪鬼で会話が止まる。
この3人は恐らく事の顛末を把握している、はずだが。やはり結論で噛み合わない。
裏で操っていた彼らでさえこの事件の全貌は見渡せないほどに屈折し複雑化していたのである。
結論の出ない会話の中、筋肉豪鬼の笑いが止まるのを待っているとそこでドアが開かれる。
「うるさいぞ筋肉ダルマ。外にまで響いている」
そこにまた1つ影が加わった。
フードを目深く被り、ほか3人よりも警戒心を高めた青年だ。
顔は隠れ体格もぼかして、物語の終着点であろうその場に集まる。
「お前さんも来てくれたか。情報屋カゲロウよ」
「ミヤザワさんみたいに言わないでくれ。あんな人のように上手い世渡り俺には出来ない」
謙遜のように吐き捨てると青年は次に労ってきた爺さんをフード奥から睨む。
「見てわかる通り探偵協会も動き始めた。どうするんだ爺さん。これはアンタの落ち度だぞ」
「S003か。あのゲームでS002と共に死んでもらうつもりだったが。
犯罪浄化執行会の杜撰さも、S002の無駄な足掻きも癪に障る」
「死んでもらうって……殺すつもりだったのか!? 自分勝手な判断も大概にしろ老害が!
それにな、お前らみたいな人を騙して金儲けしている奴からこっちが文句を言われる筋合いはない」
「贔屓先を馬鹿にされて怒るか。この場には奴らはいない。話を円滑に進める為にもここは卑下に同調すべきだぞカゲロウ。
………いや、ここはこう呼ぶべきかな。
探偵協会S003 芥子風太の右腕、小鳥遊 紡くん」
「………何を言ってるんだ老害。頭でも湧いたか」
フード男に驚いた素振りはない。しかし、応答までの数秒の間が如実に表している。
「ふは、ふはははは! 感情制御は師匠からの賜物か。君の事をワシらが調べないとでも思ったのかね。5000万、それがミヤザワが提示してきた君の情報料だよ」
「ックソ…… あの詐欺野郎!」
ミヤザワの情報に間違いはない。隠す必要もなくなり悪態をつきながら男はそのローブを脱ぎ捨てる。ローブの男は、いや小鳥遊 紡は前の3人を睨んだ。
「いつだ? いつ俺の情報を買った」
「君がワシらと犯罪浄化執行会の橋渡しになるとか言い出した時だよ。
芥子くんが死神探偵と呼ばれる所以も、君がそっち側に行った理由も聞いておる。そうだね、まずは君と芥子くんの違いから言っていこ────」
「だまれ」
服の内側からそれを取り出し向けた。
黒いそれは常夜灯によって照らされ赤い光沢を発している。
カチャリと鳴らしたのはセーフティを外す音。
酷く現実感のない、しかし圧倒的な力を誇示するそれは名称としてガバメント。
拳銃と呼ばれる日本最高の暴力であった。
銃を向ける小鳥遊と機械の目で値踏みをする爺。睨む両者は互いに退かない。
普段の小鳥遊 紡はここにはいないのだ。
被害者の影に囚われた復讐者。
被害者の怨念が憎悪という火を形取り、それに照らされ立ちのぼる、通称カゲロウがそこにいた。
どちらかが下手な事を口にすれば始まる。そんな修羅場を感じさせる緊張感のただ中で。
パン、と。
大きく手を叩き周囲の視線を集める筋肉豪鬼。
「はいはいそこまで! 風太君を調べたのは互い素性を知った上で! 取引をしたいからさ!」
彼が言い終わると同時に、明点。
パッと白くなる視界に怒りの感情を吹き飛ばされる小鳥遊は、痛む視界に苦悶の声を出す。
明るみに出された小鳥遊と爺と筋肉豪鬼を前に修道服男が告げた。
「橋渡しと言いつつ、誰も信用しない君を我々が信用出来なかったのは当然だろう? だが、これでようやく話し合いの場に君も立てたわけだ。
さぁ、君が提示する我々と犯罪浄化執行会、そして───────」
両腕を広げ、大きく始まりを口にする。
「日本を救う話をしようじゃないか」
***
壮大に腕を広げる修道男に鼻であしらう小鳥遊。
確かに小鳥遊がここに来る本来の理由は彼らと取引をするためだ。それこそ修道男が言ったような日本を救うなんて大きな話を。
しかし、状況が変わってしまった。
それも彼らに似つかわしくないほどの愚昧さから来たものだ。
「悪いが予定が変わった。本来ここで伝えるはずだったが協力者として忠告を伝えさせて貰う。先生がお前たちの拠点を暴きつつある。もう岐阜の拠点はバレた上に話を聞けばお前たちのボス、その後ろに居るやつだってバレてんだぞ」
チラつかせる情報はかなり重大で、しかし値段は貼らない。これから共に歩むための必要情報として彼らに開示した、わけなのだが。
「ほぉ……?」
「拠点とは! ここ以外にあったのか!初耳だぞ!」
「いいえ、ここ以外に基地は作っていないはずですが」
彼らの反応は素知らぬ振りでは無かった。
知る知らないよりもそんな事実は無い、そして我々には関係の無い話という風に見える。
小鳥遊は能力を使って判断するべきか悩んでいると髭を弄りながら爺がニヤリと笑って言った。
「ではその情報の真偽を確かめるためにも、君が掴んだワシらのボスの裏にいる者を言ってくれたまえ」
更なる情報の開示要求。
それは別にいいのだが、ほか2人の様子がおかしい事に小鳥遊は気づいている。
ため息をついたりこの会話を止めようとしているようにも見えて小鳥遊は口を噤もうとするが。
そこで考え直す。
ここは戦いの場ではない。お互いが信頼し手を取るための協定場だ。
小鳥遊は渋々口を開いた。
「雨宮 天って子供だろ。それが裏から全てを操っていた。あのテレビジャックもな」
「この企てが、雨宮のせがれだと?
は、ははは、はははははは。いやいや有難い。これでワシらも彼と交渉しやすくなったよ」
「……やっぱり嘘か」
やはり1発お見舞いするべきか。そう考えて再び暴力に手を添えた。
そもそもこの3人は仕えているにも関わらず自分たちのボスの全体像を理解していない。
そしてそのボスの情報を小鳥遊に話させることで自分たちのボスに対する発言力を上げようとしているのだ。
睨む力をさらに上げる小鳥遊に爺は変わらぬ笑顔で続けた。
「まあワシらも君と共に歩みたいと考えておる。よって悔恨を塵ほども残して起きたくないのだよ。だからこちらからもさっき君が抱いた疑問の答えを言ってやろう」
本当にそんなことを思っているのか。
嘘で塗り固めた爺は、しかし誠実に答えた。
「ワシらはあのテレビジャックには関わっていない。あれを全て行ったのは我らが神の御使いがやった事だ」
「……お前白衣なんて羽織ってる癖に神を信じるのか?」
「ワシら科学者が否定する神とは人間に試練を与え赦し贖罪を聞く、言わば偶像の産物に他ならん。だが、マクスウェルもラプラスさえも認めるほどの情報処理力、操作力があればそれは神と定義できろう?」
小鳥遊の軽口を、それも誠実に返した。
つまり要約するなら。
この3人を纏めるボスは神ほどの力を持っていて、そのボスだけで今回の件を起こしたから自分たちには関係ないと言う事だ。
そしてその神の後ろには雨宮天という少年の存在もあるという。
ほか2人を見れば爺の話を黙って聞いている。
あの筋肉豪鬼でさえ頷きながらきいているのだから、おそらく嘘ではないのだろう。
今回得た事件の様相と、そして自身が持ってきた情報の無価値さに頭を悩ましていると。
突然電話がかかってきた。
この番号は敬愛する芥子風太の電話だ。
直ぐに出ないとまた変に心配させてしまう。
「悪いが今日はここまでだ。今回の話はまた次回に持ち越す」
それだけ言うと脱ぎ捨てたローブをまた身に纏いくるりと反転、出口へと足を早めてそこで修道男から声をかけられた。
「最後に聞かせてくれ。なんで今日1人遊びを始めた?」
「………今の流れで答えると思ってるのか? じゃあまたな」
振り返らずそのままつかつかと出口へと。
部屋を出て階段をあがり建物から出て一人ため息をつく。
勘のいい姉弟子が居た、なんて言えるわけがないだろう。
それだけ呟くと小鳥遊は路地裏へと姿を消した。
***
「さあ! どうする!? カゲロウの情報が正しいのならすぐに手は打つべきだろう!?」
ボスの裏にいる存在はこの3人も理解していた。
あの神にも並ぶ存在を何処の誰が所有していたのか疑問であったが、それがあの大富豪である雨宮家であるならまだ納得ができた。
だからこそ筋肉豪鬼は次の心配として暴いていく探偵の処分を提案するが、それにほか2人は首を振った。
「いいえ、今回の件はボスが一人で行った事です。つまり探偵が暴くところまで彼の思惑の1つなのでしょう」
「そうだな。それに私としては彼の元で見てみたい所だ。自分の仕える主がどこまで読んでいるのか。君らの言っていた人知を超えた全貌感を」
クックックと笑う爺に続いて静かに笑う修道男。
修道男はスマホを取り出すと少し操作を行いあるネット新聞を開いた。
「予言通りカザフスタンのデモ行為が激化してきています。加えてロシアアメリカ間の関係は最悪。
もうINFも破棄されています。恐らく来週の米ロ会議でアメリカはカザフスタンに武力介入を決定するでしょう。それにロシアが反発し、これが2つ目の火種へと進化する。問題は中国の動きですが、利益をかすめ取るためにしゃしゃり出てくるに違いない」
それは来るべき大人災。
新時代へのカウントダウンだ。
「時間はないぞ。来たるパスハのために」
爺の声は不思議と部屋に響き、そしてそれが消える頃には部屋は暗転し。
もう人の気配は無くなっていた。
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