私は今日、勇者を殺します。

夢空

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1章

しょうもなくて、でも暖かな終焉

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それは本当に偶然だった。

おもちゃ箱を掻き混ぜて、手に掛かったものがたまたま最後のピースだったようなもの。
探偵は笑うだろう。全てが結果論である少女の妄想に。
謎解きミステリー好きは貶すだろう。推理もへったくれもないその結末に。

でも、それでいい。
だって真昼は探偵でもないし作家でもない。
謎を解きたい訳でも謎を書きたい訳でもない。


これは一人の少女が人を助けたいと奔走するお話なのだから。


***


真昼は焦る気持ちを抑えつつ目的地へと向かった。
証拠が無い為に嘘の証拠で助けを求めてきた沈痛な被害者。家族にも友人にも警察にも訴えることの出来なかった臆病な懇請者。

そんな彼女を真昼はどう思っているのか。

同情はもちろんある。
しかし、真昼がこの被害者を助けたいと心に決めたのはきっと同情心だけでは無い。
そもそも、再度掲示板に載せようと言った時、真昼の胸中には過去の因縁が多くを占めていた。被害者へは人並み程度にしか興味が無かったのだ。
しかし、調査を進めていく度それは変わっていく。
写真が合成だと分かった時、気乗りしない手紙をもう一度読み直した時、事件の背景が予測された時。

きっと真昼は、名前も知らない彼女に──────。


考えはそこで止まる。
何を言うべきか、何と切り出すべきか。
重要な所が纏められていないのに、大事件の終着駅へと辿り着いてしまう。

だけど。

ドアの前で少し目蓋を下ろす。
頭は冴えてる。整理もついてる。
言いたいことは……まだ決まってないけど、その場で何とかする。

頷いて、最後にポケット内のスマホを指でなぞってその存在を確認する。
ハクの顔は見ない。もし見てしまったら冷静になって、自身の当てずっぽうの推理に不安を感じてしまうから。
だから形だけを確認して、息を吐いてドアに手をかけた。

「ゴールデンウィーク中に仕事熱心だね」

ドアを開けるなり、向こうにいる彼女を労う。
そして、挨拶とともに相手の名前を告げた。

「こんにちは。風紀委員長、大甕 紬おおがめ つむぎさん」

雨の影響か、暗くジメジメとした風紀委員室で、長机の端、呼ばれた彼女は資料から顔を上げる。
どうやら彼女1人だけらしい。
ショートの黒髪を揺らし、キリリとした瞳に少し不機嫌さを感じさせる表情はいつもの大甕紬だ。
急な客の真昼に驚くことはなく、少しこちらを見るとまた資料へと顔を直した。

「こんにちは千年原会長。
ええ、仕事が詰まっててね。もう終わるから見逃してくれない?」

見逃す、というのはこの状況の神代学園に来ていることをか。
それとも、これから彼女がすることなのか。
後ろ手でドアを閉め、真昼は言葉を選ぶ。

「どうしてこんな時に仕事を? 今はゴールデンウィークだよ」

「ええ、ちょっとね。後に残してたら迷惑になるから」

「それは……あなたが死んじゃうから?」

「……何の話?」

怪訝な表情になる大甕に、真昼は告げた。

「須川くんを告発する手紙と写真を掲示板に送ってきたのは大甕紬おおがめつむぎさん、貴方なんでしょ?」

穴だらけのロジックに証拠のひとつも出せない言いがかり。それらを見ないようにしてこの事件の犯人を言い当てる。
もしここでしらばっくれたり、証拠の提示を求められては真昼にできることは無い。
本当に行き当たりばったりの犯人当ては、しかし思い通りの展開へと話が進む。

「……なんでバレたのか分からないけど。ええ、そう。私がアイツを晒そうとした」

バレてるんじゃ仕方ないと簡単に諦め、白状する大甕紬おおがめつむぎ
名前の無い手紙と合成写真。これだけ隠しても疑われるなら、何かしら確たる証拠があるという彼女の深読みのおかげであった。

彼女は立ち上がり、手元の資料を集め身支度を始める。

「でもテレビで流れてるのは私のせいじゃない。思いついてもあんな事出来ない。まあ、結果として成功した。
仕事も立て込んでるのは済ませたし……もう思い残すことは何も無い」

最後の儚い笑顔と台詞があの人と被る。
最後の会話で、また何度も交わした想像したフレーズ。
あの時なんて言えば良かったのか、永遠に終わらない思考を何度も何度も回して、そのおかげで、もう真昼は見つけていた。
言うべきその言葉、言わなきゃいけないその言葉、

「ダメだよ! 自殺なんて、絶対に私が許さない」

強く、そう言った。そう言えた。
やり直せないはずの選択肢をやり直す事が出来たのだ。
だから、ここからはアドリブだ。
想像して後悔したのはここまで。ここからはあの人とは違う、彼女の答えが来るのだから。

荷物を手に俯く彼女は睨みをきかして真昼と向き合う。

「……確かに送ったのは私。でも、誰も会長を呼んでませんし、放っておいてほしいです」

強い拒否の言葉と意思。
この反応は予想の1つだったが、それでも真昼はその言葉に怯んでしまう。例えそれが嘘だとわかっていても。
大甕は真昼から視線を逸らし、歩き出す。

そのままこちらに向かって歩いて────すれ違い────その際、どこかに向かう袖を掴んだ。

不快に滲む大甕が振りほどこうとするが、それよりも早く真昼が、

「じゃあなんで紙に書いたの?」

彼女の嘘を、いや彼女自身も気づいていない彼女の本心を暴く一言を発した。
小さな疑問を呟く大甕に真昼は続ける。

「今どき紙で書いて写真で取らなくても、スマホだけで文章は書ける。なんなら、あの掲示板に文章を書く機能だってある」

疑問の正体。
それはなぜ届いた手紙が自筆だったのか。

「気づいて欲しかったからでしょ?大甕おおがめさんが本当に傷ついてどうしようもなくて泣いているって。だからこれをヒントに助けに来てって」

あれが無ければ真昼たちはここまで来れなかった。名前もない、年齢もない。でも自筆という生きた人間が書いた手紙には、それなりのヒントがやはりあったのだ。
意図していなくても、いや意図していないからこそ無意識下で『私の気持ちをちゃんと届けたい』『これで誰かが気づいてくれるのではないか』と思っていたはずだ。
そんな妄想にも近い真昼の推理に、大甕は首を振る。

「そんなこと、ない。それは会長が深読みをしているだけ。自筆だから気づいて欲しがってるって論調は意味がわからない」

「じゃあさ、なんで写真の制服が神代学園なの?」

大甕の当然の反応に、すかさずもう1つの根拠を展開する。
2つ目の疑問。
それは届いた合成写真の女優さんが着ていた制服の色だ。

「あれが合成写真だってもう分かってる。でもだからこそ変だと思った。別に須川くんを犯罪者って言いたいだけなら彼女の服を神代学園の制服に似せなくていい」

「そんなのは、ただの気まぐれで……」

まだ気づかない少女に突きつける。
今度こそ筋の通る論理を。

「この学校の制服にする事で『助けを求めている人が神代学園にいる』って伝えたかったんでしょ?」

そう。
私が送られて1番焦りを感じたのはあの合成写真なのだ。
画像を見ればまた神代学園の生徒が犯罪に巻き込まれている、となり、その結果偶然にも真昼の因縁と結びつく。
もしこれが、須川の合成だけで制服が別であるなら真昼たちはすぐにでも警察に届けていただろう。

「ちが、だからそんなのはただの深読みだって……!」

「深読みなら深読みでいいよ! でも、そんなとこ大事なんかじゃない!」

裾を握る手をさらに強く握り、顔を上げる。

「あの手書きの文章も、あの写真も私には届いたよ。それが深読みでも何でもいい。
私には助けてって言ってる大甕おおがめさんが伝わったの。ほんとに……ほんとに心配したんだから!」

あの手紙の文章を思い出す。
思い出すのは辛かっただろうに、何度も何度も思い出して泣いて。苦しみ続けて書き上げた手紙だ。
何も伝わらないはずがない。
私だったらもう誰も信じられなくなる。そのまま死のうって思ってしまう。証拠も何も無くて、ただ泣き寝入りするだけの絶望の中。それでも抗おうとしている彼女の強さに。

名前も知らないあの時から真昼は彼女に憧れていた。

それはあの人に少し近い感情。
なんでも出来て、それなのに謙遜して、全てを良い方向へ持っていく天才。
だから真昼は影を被せたまま意地になって彼女を救いたかった。もう出来ないやり直しが出来るようだったから。

「だから、ほんとに生きててよかった……よかったよぉ…」

全て言い終えた真昼は、次彼女が話すのを期待して待つ。とは言っても裾は離さない。
真昼のぶつけた意思。
それに、相手は震える。そして小さく、次の言葉を言った。

「よかった……? 何が良かったの?」

それが怒りの感情だと察した頃には彼女は言葉を続ける。

「アイツに遊ばれてから、私は何も出来なくなった。
相手が男子だったら足が震えて、息が出来なくなって………そんな自分が本当に……本当にムカついて……今の私は何も出来ない不出来で、今の時間に価値なんて感じないのに、これのどこがよかったの?」

狂乱するような怒りではない。
ただ静かで冷たい怒りが、今も熱く吹き出しそうな瀬戸際でギリギリを保っている。
しかしそれは完璧にでは無い。
増える激情を手に爪がくい込むまで握ったり少し俯く事で何とか我慢している。
そんな大甕に真昼は少し嬉しかった。何も感情を感じなかった彼女から真昼のぶつけた意思に応えて意志をぶつけられたから。
だから真剣に真昼は応える。

「こんな事件、知らずに生きていた私に言える事はないよ。同情なんておこがましいし、きっとそれは大甕さんだけで乗り越えなくちゃいけないものだと思う」

でも、と真昼はしゃがむ。
下に落ちている大甕おおがめの視線に合わせてそこに言葉の通り道を作る。

「不出来だったり価値を感じなかったり、それでそんな自分が嫌になったりするのは私にも分かるよ。
でも私が変われたのは、仲間がいたから。
みんながいてくれたから生徒会長をやれている。みんながいてくれたからすごく楽しいし今だって価値があるように感じる」

「……なにそれ、自慢?」

「ううん、もしあなたが1人じゃ不完全で何も出来ないって、価値がないって言うんだったら私がなる。自分には価値があるんだと思えるような友達になる。
だから生きようよ! あんな奴のために死ぬなんて、そんなの勿体無いよ!」

いつの間にか真昼の頬に雫が流れた。
それは止まるところを知らず、視線を合わせているから拭うことも出来ない。
流れる涙の中、真昼は無理やりに笑顔を作って彼女の手を取る。
傍から見ればなんて不器用だと笑われそうな顔つきだ。
大甕は真昼の言った最後のフレーズに引っかかる。

「もったいない………?」

「うん! だってまだ高校生活は続くんだよ!
学園祭に体育祭、夏休みは海に行ったり肝試ししたり。
だから、きっと……きっと来年の今頃には生きててよかったって思えるから!」

自殺が良いか悪いかなんて真昼には分からない。だから真昼が流すこの涙は君と遊んで笑い合いたい1人の友人としての涙だ。自分勝手でワガママな涙だったが、その時初めて─────

「なんであなたが泣いてるの……普通は、逆でしょ…」

────鉄の仮面が崩れた。

無表情、無感情、笑った姿を失った彼女の心は今再び、生まれたのだ。
声を押し殺し肩を震わせる彼女は、溜め込んでいた物を吐き出すように、徐々にゆっくりと大きく泣いた。
それがまるで大人ぶった赤子のようで、真昼は笑ってしまう。

「初めてそんな顔見せてくれたね。こんな風に君が出来ない事を私が助ける。
だからさ、大甕おおがめさん。私たち友達になろ!」

彼女は驚いたように目を開いて、差し出された手と真昼を2度見直して、でも手を取るには遠くて。
そこを真昼から素早く手を取った。もう大甕紬は1人じゃない。そう言ってるように。

いつか握ったあの手よりも断然暖かくて生きていて、この時救われたのは果たしてどっちだったのか。

いつの間にか降っていた雨は晴れ、雲の隙間からこぼれ日が照らしている。
暗く陰湿じみた風紀委員室は朗らかで暖かな空間に変わっていた。


***


「どうして私だって分かったの? 文字から調べたって、この学校によく似た文字を書く人なんていっぱい居るでしょう?」

大泣きした彼女はそれを隠すように顔を逸らして別の話題を出す。
問われた真昼はやはり確信が無かったこともありどう説明したものかと考えて、

「大甕さんの書いた手紙のおかげだよ。あの文章から書いた人が左利きって事が分かって、そこから新聞委員のアンケート調査で絞ったんだ」

「……会長って意外と頭良いんですね」

「意外ってなに!? 意外って!」

まあアンケート用紙を出したのは一二三、左利きを指摘したのは舞花、そこで照合しようと言ったのも舞花。
そう考えたら真昼はそこで立っていただけ。
ただ友達を頼っただけだから、大きな顔はできない。

だから、本当の功労者である一二三と舞花も紹介したいが、しかし今は止めておこう。タイミング的に手紙を書いた本人だとバレそうだし、何より手紙の内容がかなりデリケートなため他の生徒にバレている事を知られたくはない。
真昼は手柄を横取りしている感覚で少しバツが悪いが、まあ我慢だと説明を続ける。

「調べてたアンケート用紙に残ってた1人が貴方だったってのもあるんだけど、まあ最後は消去法なんだ。あの書き込みは私たちが掲示板を作ってすぐに書き込まれた。ってことは書き込んだ人はその日に掲示板ができるって知ってる人ってことになる。
私があの日に掲示板を作るって言ったのは生徒会のみんなと、朝、荷物検査の時の貴方とゴリ公の前だけだもん」

真昼にとっての大きな根拠を述べた。
送られたタイミング、そこに事件をとく秘密があったのだ。
しかし、それに疑問を持つのはやはり頭が良い証拠なのだろう。目を赤くした彼女は言う。

「それってゴリ……剛力先生が他の生徒に持ちかけたとかは考えなかったの? そしたら」

「それは有り得ないよ。ゴリ公にはそんな方法思いつかない」

直ぐにその考えを否定する。そもそもネットという物にあまり触れない時代遅れでジャージで過ごしてるようなゴリラだ。
持ちかけるより持ちかけられたという方が納得できるだろう。

「だよね、先生」

後ろのドアに振り返り言った。
疑問をうかべる大甕も視線をドアへと向ける。
するとドアの先で迷う素振りはありつつもそれは動いた。

「先生のことをゴリ公って言うな。普段なら指導室行きだぞ」

ドアの開く音。
そして入ってきたのは赤いジャージ姿で竹刀を肩に担いだゴリ公が─────否、そこに居たのはスーツで身を固めた偉丈夫な剛力武信だった。

真昼も気づいたのはついさっきなのだが、この教室で行われた一部始終をゴリ公はドアの前で聞いていたらしく、申し訳なさとかやるせなさとか安堵感とか、色々なものが混ざった表情だ。

「先生……すみません。バレてしまいました」

そう謝る大甕にゴリ公は首を振って止める。
やはりこの2人は協力して掲示板への書き込みを行ったらしい。
剛力は言いたいことが色々あるのかどれから言おうか迷っていて、1番気になったであろうそれを聞いた。

「千年原は初めから気づいていたのか? 俺たちが掲示板を使う計画だったと」

「いいえ、分かったのはついさっきですよ」

「じゃあ本当に写真と手紙だけでここまで考えたのか」

感心する剛力の言葉に再びいいえ、と首を振る。

「確かにあの2つがきっかけではありましたけど、決め手は先生の言動でした。
どうしてゴールデンウィーク直前にあんな急かしてきたのか」

不必要なまでの強制。
GW中の数日程度、作ったって相談事は来ないと愚痴っていたが、剛力にとって大事なのはそこでは無かったのだ。

「私たちのためですよね。
私たちを面倒な事件に巻き込まないために」

だからあの時先生はすごく驚いていた。
普通なら学校に居ない私たちが体育館にいる状況に。
剛力は口に出そうになった言葉を1度飲み込んで、静かに事の顛末を話し始めた。

「最初の予定じゃゴールデンウィークの初日に送る予定だった。
場所がバレる危険も考えてパソコン室から書き込むつもりだったんだが、確認すればGWのパソコン室にパソコン部員が入ることになってな。
そこで使えばパソコン部に疑いの目が行く。
だから休みの始まる前までに送りたくて、お前たちが帰るのを待って送信したんだ。まさか通知を付けていたなんてな、パソコン室を閉める時間が来ていたこともあって焦りすぎていた」

確か一二三くんが言ってたっけ。20時~はパソコン室が締められる。確かあの時、メールが来た時間は19:58だったはず。
知らなかったヒントのピースが当てはまり、ようやく事件のパズルが埋められる。悲しき被害者が作り出した大事件、PJ事件とは別の須川告発事件。その全容が明らかとなったのだ。

「だけど、これで俺も迷いなく辞められる」

吹っ切れたような言い方に、その言ってる言葉に耳を疑う。

「辞めるって、どういうことですか?」

「唯一の心残りは今の大甕おおがめだけだったが、それも千年原お前に任せれば何とかなるだろ」

「答えてください! なんで辞めるなんて言うんですか!?」

理由が分からない。意味が分からない。
今回の事件で、恐らく大甕の相談相手だったのが剛力だったのだろう。でもそれは良い事なはずで悪い所なんて1つも見えない。

「何言ってんだ。今話した事を教師である俺がやったんだぞ。
1人の生徒を叱る訳でもなく、説得する訳でもなく、ただ告発する為に加担した。それは教師としての矜恃きょうじを捨てている。
他の先生方に言っても聖職者のやることでは無いって怒られるだろうしな」

そうだ。剛力は良い事をした。しかしその良い事こそが教師にとって悪いことだったのだ。
剛力の言ってる事は正しい。何も間違いじゃない。
いつも通り芯が通ってて正論で、言い返す所なんて1つもない。
剛力本人も納得しているし、真昼も言い返せない。
ならば彼の決断は揺るがぬ事はなく。

そうして、剛力武信は神代学園から居なくなった。

───ダメだ

心が重かった生徒役員会も無くなり、生徒指導室の使用頻度も下がって、

─────言え。これは間違っている。

校門前と様々な行事に少し寂しい風を残して、

───────だって、彼は

日常は過ぎて────

──────────彼は何も間違っていないのだから!

「いいじゃないですか、それぐらい……!」

その日常を否定した。

教師の矜恃が? 聖職者のやる事ではない?
それがなんなのだ。それはただ正しいだけじゃないか。
それに解決の後押しである剛力がいなければ大甕は死んでいたし、
それに、それに、それに……

必死に弁明の言葉を探すうち、真昼は気づいた。
真昼が頑張って取り戻したい日常には、ゴリ公もいたのだ。
普段から嫌だ嫌だと思ってた割に、その日常を真昼は尊く大事に思っていた。
だから、このままトゥルーエンドなんて迎えない。迎えてたまるものか。
最後はいつだってハッピーエンドでなければ真昼は許せない。

「完璧じゃない人間が先生でも、私はすごく嬉しかったです。確かに汚い方法ですけど、それぐらい本気で生徒の相談にのってることは、きっと正しいだけの先生より難しいと思います。
だから私たちに申し訳ないと思っているのなら続けてください。生徒想いの先生としてまた困ってる生徒を助けてあげてください。
このことは、私たちだけの秘密です」

いつもゴリ公と話す時は誤魔化したり流したり。そんな真昼は今ここにはいない。
自分の意思を真っ直ぐぶつけて、それに面食らっている剛力。
最後に伝えたい言葉を一息置いて言った。

「だって先生は間違ってることなんてしてないんですから」

にこりと微笑む。
彼自身は間違いだと思っているのだろうが、それが生徒にとってどれほど有難かったのか。男性に恐怖を感じていた大甕が信頼出てきている事でそれはよくわかる。
剛力は少し目蓋を閉じ、少し間が空いてから息をついた。

「………生徒に言いくるめられるなんて久しぶりだ。辞表はもう出している。だから取り消しになるかどうかは学園長の采配だから、無理だったとしても怒るなよ」

「はい! ありがとうございます!」

彼の返答に笑顔で応え頭を下げる。

この選択は剛力を救ったのだろうか。
それとも教師の矜恃を蔑ろにした事でこれから悪い方向へ進むのだろうか。
先の分からない選択肢は必ず後悔を生むが、真昼はその日常という後悔だけは送りたくなかった。
結局、最初から最後まで真昼のわがままだったのだが、それでいい。だって真昼たちは聖人ではないのだから。


***


天気は完全に晴れ、遠くからうっすらとラグビー部の声が聞こえる。
そろそろ帰るか。そんな雰囲気が出た頃、先程の会話から一つ気になった事を口に出す。

「先生、もしゴールデンウィークまでに私が終わらせてなかったらどうするつもりだったんですか?」

単純な疑問。この作戦は真昼がGW前までに作ることが前提として存在する。
そこを他人に任せて、その土台を不安だと感じなかったのか。
そんな疑問を剛力は鼻で笑って言った。

「いや千年原に限ってそれは無い。
まずゴールデンウィークに学校に来たい生徒なんて部活以外でいないだろ」

互いが互いの性質を把握しているみたいで言葉が詰まる。やはり互いにいがみながらも1年間付き合っただけはあったらしい。
そしてお返しに、と剛力が口を開いた。

「ちなみにだな千年原。お前の推理一つだけ違ったぞ」

「……え、どこ、どこがですか?」

「俺の掲示板の催促が決め手だったって所だ。掲示板の催促を言った時に俺たちはこの事を思いついてもなかった。つまり逆だ。校門前で掲示板って名前を大甕が聞いてこの方法を思いついたんだ」

だからあの催促を疑問に思ったようだが違うぞ、と付け加える。

「ではなぜ、あんなに急かして来たんですか?」

理由の分からない催促。真昼がゾンビになりながらも死に物狂いで守った納期は、須川告発を他人に迷惑が掛からないようにする為という真昼の推理は間違いだと言った。
では、真の理由はなんなのか───?

「単純に長期休みまでにあの掲示板が欲しかったんだ。長期休み明けが1番自殺率が高いからな」

「……………そう、なんですか」

結局、最後の最後まで剛力の株は上がり続けた。
あの無理強いも理由あっての事。それを知らなかった、いや知ろうともせず愚痴を言っていた真昼に非がある。
しかし、と少し眉をひそめる。
なんか、揚げ足を取られたまま終わらせるのが癪だったので、

「ちなみに、あの送ってきた写真の画像って誰が選んだんですか?確かSとM終わらない戦いって書いてたんですけど」

一二三から悪魔だ、と言われた笑みでは大甕に笑いかける。

「え……あれは先生が……」

さあ外堀は埋まった。
こうなると2人の女子生徒の視線はゴリ公へと集まり、最後のとどめの一撃を真昼が放つ。

「まさか、あれ先生の私物だったり……します?」

「ばかやろ……!あれは、たまたま検索で出てきたのを渡しただけでだな!」

目を開いて首をブンブンと振るゴリ公。
今までの堅物で時代遅れで何を考えているか分からなかった1年間とのギャップ。
その見たことも無いゴリ公の慌てぶりに笑ってしまう。
お腹を抱えて笑って、あまりにおかしくて笑っていたから隣にいた大甕の顔もすこし緩んだように見えた。


***


そうして、真昼にとって、とてもとても大変な事件が終わったのでした。
大甕さんとも友達になり、ゴリ公の事を信頼でき、事件の終幕として蹴りを付けることが出来たのです。

東京全域のテレビをジャックしたPJ事件、その結末としてはなんてしょうもないものだろう。
とんでもないどんでん返しも、裏組織の介入も何も無い。ただ友人が一人増えたという結末。

でも、真昼にとってそんな些細な事がとても大事で、暖かな日常が帰ってきたようで。
たった数日の非日常の終焉が迎えられたのです。
やがて事件は下火になっていき75日経つ頃には平凡な日常が戻っていることでしょう。

「見てハク。すごく綺麗でしょ」

「わあぁ! キラキラして、風が気持ちよさそう。ここがまひるのイチオシの場所なんだね」

スマホ内の彼は外付けカメラで真昼の向く先の景色を見ている。

今いる場所は大きな川の土手だ。しかしただの土手と侮ってはいけない。朝や昼、夜は確かにただの土手なのだが、しかしそれが黄昏時たそがれどきとなれば話は変わる。
夕日は川に反射し、キラキラと煌めく。加えて周囲には溜まってる集団もいない。いてもランニング中の年配者や買い物帰りの親子など、その声すら安らぎのBGMとして働いてくれる。

当然、ハクは聴覚と視覚でしか感じられないが、それでも彼は充分感動しているようだ。

「うん。私もある人に教えてもらってね、前までは落ち込んだ時に来てたんだけど今日は別。
大甕さんを助けれたし、疑いも晴れたし、それにハクにちゃんとお礼してなかったしね」

「まひる?」

外カメラで覗いていた彼は後ろを振り返り画面を見ている真昼と目を合わせる。

「ありがとう、ハク。
君のおかげで私は助かったよ」

「えへ、えへへへへ、そんなことないよぉ
急に褒め出すのはずるいよ、まひる」

照れ笑いするハクは隠すように外カメラの方へ向いて景色を眺める。
時折ピョンピョンと跳ねながら、「ぼくも外に出られたらなぁ」なんて零して楽しんでいる。

考えうる限り最高の結果を出した真昼たちはまた戻ってきた日常を堪能していて──────
そんな時、背後から言われたのです。

「真昼ちゃんがPJの犯人でしょ?」

それは彼女への助け舟などではなく、彼女を追い詰める狩人でした。

そして、あとから気づくのです。これは後に起こる大事件のちょっとした1つの事件に過ぎなかったことに。



─────────────────



「はい、今回のナゾカイの担当です、ハクとまひるです!」

「あー!やっぱり可愛い!もう1回!もう1回言お!」

「ぼくはいいけど、たしか前に別の人に変わるってまひる言ってなかったっけ?」

「あ、うん。まあそうなんだけど、前回頼んだ2人が酷すぎてね。
見てみたら、一二三くんへの憎悪と活躍シーンが欲しいって愚痴しか言ってないし」

「うーん、ぼくたちも大差ないような気がする」

「いいのいいの。今回は伝えるお知らせがあるんだから次進めるよ。よし、手紙読みます!

『今回の17話に際して第1章は完結となります。ここまで読み進めてくれた皆様本当にありがとうございます。では、次から第2章が始まるのかと言われると少し違って、次話からは1.5章を始めようと思います。1.5章には大事な話だけど入れる所が難しい1話短編を投稿していきます。もちろん2章に繋がる話もありますし、タカタク執行部もそこに投稿したいと考えています。物語の性質上真昼とハクはあまり出て来ませんが、数話だけですのでお付き合い頂けると有難いです。これからもどうかよろしくお願いします。』
との事です。
いやーこの話も気づけば17話!長かったような短かったような」

「まひる、それって投稿数は少なくて短いように見えるけど投稿頻度が空きすぎて投稿期間長くなったっていうヒユかい?」

「まって私そんなこと言ってない! 確かにたった17話なのに1ヶ月以上かかってるのは長いと思うけど、私まだ言ってな───」

「あー………うん、次からはここの担当はまひる以外になるね。最後のはジゴウジトクだよ。
じゃあ終わりにぼくが締めるね。みなさん、1章全部読んでくれてありがとう。まだ続くけど空きすぎる投稿期間に負けずによろしくね」







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