私は今日、勇者を殺します。

夢空

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1章

水面に響くは手がかりの音 2

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「なに……あれ……」

頭に赤いヘルメット、そして足には先端だけが異様にすり減ったアンバランスな靴、服には白Tシャツに熱血と書かれていて、だけど見た目は真逆のヒョロガリたちが4人、こちらに歩いてくる。
その歩き方が、さながら歴戦の勇者のようで、次の刺客たちが只者ではないと感じさせるのであった。


「あー忘れてました。椅子レース部の皆さんですよ。そういえば近々京都で行われる『いす-1グランプリ』に出るって噂聞きました。その練習でパソコン室の椅子を借りたいって感じですかね?」

「ちょ、ちょっと待って。何から突っ込めば良いのか分からなくなってきた」

容姿の異端さ、部活名の異色さ、そしてここに来る目的の意味不明さ。
部活全てを把握していない真昼が悪い部分もあるが、しかし今の話とこの光景に混乱しない人がいるだろうか、いやぜっったいにいない。
どこから突っ込むべきか頭を悩ましていると、4人のうちの先頭の1人がパソコン室に到着し、キラリと歯を光らして言った。


「يا رفاق لطيف. لماذا لا تفجر نفطك بجهاز الحفر الخاص بي 」



………………………なんて?



普段聞きなれない何かが彼の口から出る。
日本人にしか見えない彼は、日本語じゃ絶対に使わない舌の巻き方で挨拶あいさつをかましてきた。
すると後ろから、HAHAHAと笑いながらもう1人男が現れる。

「おいおいマイケル、最初から下ネタで攻めるからガールズがビックリしているだろう?」

挨拶ですらなかった。ただのセクハラだったらしい。
現れた男が続ける。

「ここは俺に任せろ。相手は敏感な年頃の女だ。こういうのは発情してる子猫をあやす様に、まず頭を撫でてから──」

「あの、椅子なら持ってっていいんで、早くどっか行ってください」

頭上にきた手を払い除け冷たい言葉で追い返す。男たちの発言が不愉快だったからか全く罪悪感は起こらない。手を叩かれた男は、やれやれ、といったジェスチャーを加えながらパソコン室から椅子を持ち出す。

(なんだろう、まるで私たちが駄々を捏ねる子供で、それを離れたところから見る親のような)

また無性にイラつきつつ、キャスター付きの椅子をコロコロと運ぶ彼らの背中を見て先頭の彼を思い出す。

見た目日本人、母国語はアラビア語、名前はアメリカ系。

「情報量が多すぎる。あんな生徒うちにいたんだ」

「知らないのもしょうがないですよ~。彼最近母国のアラビアから帰国した帰国子女ですし」

横から情報のつけ加えをしてくれる舞花。
さすが新聞部。その諜報力、情報網は神代学園内でも最たるものだ───────いや、どこから取り寄せてんのその情報。

これを突っ込もうかどうか考えてると、さっきまでの刺客たちのある事が思い浮かぶ。

「もしさ、私たちが今日いなかったら、ラグビー部と図書委員と椅子レース部が被ってたってこと? カオスだなここ!ちょっと見たかったよ!」

キャラの濃すぎる人達の会合、それを奇しくも止めてしまった真昼は少し後悔を感じた。






そうして、最後にボスがやってきた。
授業科目『情報』担当でありパソコン部顧問でもあるこのパソコン室の主、一 怘にのまえ かためである。
思わぬ大敵に怯む真昼。真昼も一 怘にのまえ かためがここの主だということは知っているし、だからこそ他の教室への誘導も追い払う事も出来ないことを察した。
なにも案も思いつかない真昼だったが、しかし時は流れていき、とうとう先生が到着する。

「千年原さん、何か用ですかな?」

「えーと……その、用って程の物でもないんですけど……」

予想もしてなかったイレギュラーに、とっさの判断ができない。どうしたら先生をどっかに行かせれるのか、どうしたらパソコン室に入る事を諦めるのか、そんな事ばかりが頭をぐるぐるしていき────そんな時、

「はい! 先生に質問したいことがあって、授業の内容で」

隣の舞花がそんなホラをつく。

「ゴールデンウィークに? いやそもそもきみ僕の授業取ってたっけ?」

「授業中に出てきた、ええと、フィヨルド?の意味が分からなくて」

「氷河の侵食作用によって形成された複雑な入り江のことだね。あとそれは地理ね、僕の担当は情報だ」

「あ、すみません! それじゃなくてもう一つの問題でした! 五賢帝でローマ最大領地を作った人なんですけど」

「ハドリアヌスだね。でもそれは世界史。僕の担当は情報だから」

「枕草子って誰が?」

「清少納言だけど……それ日本史ね。僕の担当情報…何でさっきから社会科で攻めてくるの?僕の顔ってそんなに社会顔かな。なんか最後とか適当だったし」

「先生流石ですね~!」

拍手する女生徒二人。適当に思いついた問題、その全てを答えられて本気で褒めているが、先程までの行動から完全におちょくってるようにしか見えない。
2人並ぶ生徒の意図が分からず疑問符の一 怘にのまえ かためは息を着くと、

「先生はパソコン室に用事があるんだけど、どいてくれない?」

そう言った。それに対抗出来る手札はもう真昼たちにはない。
苦肉の策だった舞花の質問攻めも、もう効かないだろう。
しかし何か言わないと、と言葉を出そうとするが何も出ず無言の間が横たわり、それに一 怘にのまえ かためが痺れを切らした。

「ほらどきなさい」

先生は手を伸ばして。
その瞬間、舞花の雰囲気が一変した。

「いいんですか、先生。それ以上近づけば胸触られたって大声出しますよ」

舞花が低い小声でとんでもないジョーカーを取り出した。続いて腰の辺りから小型カメラをチラつかせる。恐らくそのアングルだと、先生の伸ばした手が舞花の体に当たってるように映るだろう。
それを先生も理解したのか、一気に青ざめる。

「別に先生をおとしめたい訳じゃないので、今は出来れば職員室に戻って頂けませんか?その方がお互いに幸せですよ~」

「「な、、、」」

狼狽うろたえたのは先生だけではない。隣の真昼もそれはすごい形相で驚きまくっていた。
先生を脅迫、更には証拠の写真を撮って口止め。
なんて、なんて恐ろしい子だ、小鳥遊舞花。


***


「もうあんな事したらダメだよマイ」

「だって会長がもう無理って顔してたから助け舟出したくなったんですよー。
まあ最後のは私もやり過ぎたかなって思ってるのでもうしないですよ。あとで先生にも謝っときます」

その言葉に安心する。
一瞬、見たことも無い舞花が見えた気がして怖かったが、根は優しい普通の女の子だ。
それだけ確認できると、真昼は壁を背に座り込み、あることを考える。

「なんでにのまえ先生がこんな時間に、しかもゴールデンウィークに……」

「昼は12時から13時まで、夜の20時からはパソコン室閉める規則だからな。ゴールデンウィーク中もしてるとは思わなかったけど」

真昼の疑問には、パソコン室からようやく登場した一二三ひふみが答える。

「できた?」

「うん、こっちに来て」

完了のセリフとともに部屋の中へと手招いた。
部屋へ入ると、パソコン室特有の匂いから印刷紙の匂いへと変わってることに気づく。

「これ新聞委員私たちがした全生徒アンケートだ!」

匂いに気を取られていると、後ろから入ってきた舞花がとんでもない紙の束を見つける。
恐らくこれを印刷するのに時間がかかったのだろう。真昼は1番上の紙を取って内容を見る。
そこには生徒に対するアンケートが色々書かれており、例えば趣味だったり、性別、部活、好きな物、嫌いな物、血液型、座右の銘、利き手、一言コメントなどなどあり、もちろん名前も書かれていた。

「確かにこれなら筆跡と生徒名が一致してるけど、でもこれを全部調べていくの?400弱はあるよ……」

「でもこれぐらいしか一生徒に出来ることはないよ。これだって先生の許可なしにしたら怒られるレベルだし」

確かに一二三の言っている事も分かる。彼は危険を犯してこのヒントたちを集めてくれたのだ。ただしその物量が真昼の思っていた数十倍あるため気が遠くなりそうになる。
しかしそこに彼女が現れた。

真昼の横から顔を出した舞花は手紙の写真を手に持ちながら、

「これあれじゃないですか。まずここ、文字が右に掠れてます。左利きの証拠ですよ! 確か新聞委員私たちがアンケートで利き手の調査をしてたはずですから、そこから合わせていきましょ」

それは真昼にとって予想外の手助けだった。
舞花と真昼はお互いに友人関係だが、舞花のスタンスはネタ集めの新聞委員という立ち位置。
今回も蚊帳の外から苦悩している真昼を見て楽しんでるのかと思っていたから、その助けに呆然としてしまう。

「会長? 早くやりましょうよ」

「あ、うん……ありがとマイ!」

絶望しきったところでのとんでもないヒントだ。救世主のような舞花に抱きつきお礼を言う。まあ扱いやすい女と捉えられれば否定はできないのだが。
しかし舞花の言った、右に掠れているという理由だけで大半を処分してもいいのかという疑問はある。でもそうでもしないと400という数は捌ききれない。
とりあえず、とアンケートの利き手に集中して分別を始めた。

「だとしても50は残ったな」

左利き、という情報で8分の1にまで削った。大きな収穫だ。
あとはここから、文字の大きさ、形、特徴、全部を考えていく。

「文字の形は完全に女子…だよね?」

「いや、分からないよ。今どき男子でもこんな文字のやつはいるし」

「女の子らしい男子もいますからねー。蛍さんとか」

無理でした…

「じゃあこんなの無理じゃん! 50ってなに? 容疑者50人とかホームズもパイプで殴る勢いだよ!」

「まあ仕方ないよ。1枚1枚調べる他ないんだし」

「だからってこんなのきりが…」

きりがない。そう言おうとして止まった。
ある生徒のアンケート調査、それを見た途端に最近の出来事が点と点が結ばれていくように繋がっていく。
今考えても不自然な行動、それが真昼の答えを後押ししてくれた。

「なら……あそこにいるはず」

小さく呟きパソコン室を飛び出した。途中履いていない校内シューズに気を取られるが、頭を振って思考のすみに追いやる。

 「会長!?」 「会長、どうした!?」

「まだ、まだ生きてて!」

ちゃんとした確証はない。別人の可能性は大いにある。
それでも、と走るのを止めない。
だって彼女はまだ生きているはずなのだから。

「次こそは、助けるんだ……!」




─────────────────


「今回もやってきました『謎解』のコーナー……ってなんだこれ」

「タク! 最初は俺に任せろって言っといてその掛け声はなんだ! それでは私たちに任された会長の顔に泥を塗ってしまうだろう!」

「って言ってもこのコーナーの名前がわりぃって。なんだよ謎解って。もうちょい良いの考えようぜ」

「会長はな、このコーナー名を考えるために日々鍛錬を積んでいるのだ
お前みたいな」

「いや、真昼だってコーナー名考えるために頑張ってるんじゃねーと思うぞ」

「まあそんな事はいいんです。さて、今回の話についてとりあえず私たち二人が語るぞ」

「なんでそんな堅っ苦しいんだよ。こんなんテキトーに答えてったらいいんだよ」

「そんなの許されるわけないでしょう。会長が任せてくださったのですから、私だけでも簡単に感想をお伝えさせていただきます」


「おほん、まず私が思うことは……パソコン部部長クソひふみ消え去れということです。」

「ほんっと高須賀ってあいつの名前が出ると人格変わるよな」

「ただ頭がいいからって調子に乗ってるんですよ!しかも会長の庇護下に入ろうと何度も媚びを売ってきて……
会長の初パソコンを奪われた時は、もう腸が煮えくり返りました」

「初パソコンってなんだよ。
そういえば前日にお前がパソコンの使い方勉強してたよな」

「当然です。私が教えるはずだった使用法、その全てをあいつに奪われたんですから!」

「でもあいつお前よりかは便利そうだけどな」

「なんですと!?それは聞き捨てなりません!一体どこがあいつに負けているのか一つ一ついって」

「そーゆーとこだよそーゆーとこ。
てかこの話じゃ俺たちの頑張りが全く出てきてねーじゃねーか!」

「頑張りってなんの頑張りです?」

「なんのって全部だよ! 例えば少数の部活の奴らに部活規定変更を納得してもらうのだって色々な戦いがあったじゃねーか。
羽毛布団研の吹っ飛んだ対決
陰陽星座研の悪霊憑依対決
草相撲部のガチ張り手対決
奇料理研なんて三途の川渡りかけたんだぜ?納得いかねーよ」

「確かに。しかしこれは会長目線ですし、その話公開したの1月12日ですよ。もう皆さん忘れてますって」

「いーや納得いかねぇ、ちょっと異議を言ってくるわ。俺たちのあの戦いを話にしろって!」



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