私は今日、勇者を殺します。

夢空

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1章

水面に響くは手がかりの音 1

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「役得役得~」

取調べを終えた真昼は朝と違ってニマニマとしたキモイ笑顔で廊下を歩いていた。
しかしこれはしょうがない事なのである。
昨日のうちから、『めんどくさい、怖い、嫌だ』と胃がキリキリしてたのだが、いざ始まればなんという事だ。
取調べの担当者がコスプレをした美少年であったのだ。
何を言ってるか分からないだろうが、私もわからなかった。
そのせいで何を質問されたのか、全然覚えてないし。

もう昨日の疲れも登校の疲れも、GWがまた一日潰されたなど不幸な感情が綺麗に浄化されていく真昼であった。



神代高校は今休校という形をとっている。
しかし、立ち入り禁止って訳ではないので、正門前には雨だと言うのに、新聞社の人が壁によりかかってネタを待っている。
ちなみに部活動は市民体育館などで今はやっているらしい。

だから今の神代高校は人がおらず、雨の天気も相まって校舎内は真っ暗なはずだったんだが。
今歩いていると、どうやら朝とは違って何人か生徒がいるらしい。

所々の教室には電気がついていて、本が読める図書室やイベント時に借りれる会議室、風紀委員が活動する風紀室、今警察がいる応接室、教師のいる職員室などが、暗い廊下をより明るく主張している。

(っていうかみんな学校に来すぎでしょ、大好きか)

今世の中はGWだ。そんな大事な休みの中学校に来てまで何をしているのか、そんな疑問を持ちつつ真昼は電気のついているもう1つの部屋に戻ってきた。

パソコン室。
そのドアの前で表情筋を揉んでニマニマ顔を治し、ドアを開けると、

「あ、会長お疲れ様でーす」

部員たちは終わりを決めたのか、各々荷物を纏め帰る準備をしていた。
すぐに8人生徒たちは一二三ひふみに挨拶をすると、

「会長、もし部長に変なことされそうになったら大声出しなよ。風紀委員が飛んでくるから」

ケラケラ笑って部員たちは帰っていき、そしてドアが閉まった。
ひと息をつく一二三ひふみはPCのデータをまとめつつ、しばらく無音の間があったが、それを真昼が破る。

「で? どうして呼び出したの、一二三くん」

朝に置いておいた疑問、それを解消すべく尋ねるが、呼んだ本人はあまりいい顔をしない。
一二三ひふみはしばらく悩んで、唸って………諦めたようにため息をついて言った。

「PJだよ」

真昼が早く忘れたい事件、その俗称を言った。

「PJって、あのテレビの?」

パーフェクトジャックの略。
それは真昼も知っていた。昨日の晩御飯中、しずくが楽しそうに話していたからだ。
あの映像が流れ終わる約5、6分間テレビ局の人達は何も出来ず、それを皮肉る命名。
ネットからの用語らしいが趣味が悪い、と真昼はうんざりしているそれを言った一二三は怪訝な顔になって、

「うん、あのテレビジャック会長が起こしたんじゃないだよね?」

寒気がした。
警察から疑われるもの、探偵に聴取されるのも真昼の元の世界に無かったもの。半ばドラマのようだと楽しんでいる自分もどこに確かにいたのだ。しかし、ここは真昼の日常の中であり、そこからの疑惑は真昼に別の恐怖を感じさせる。
つまり、日常みんな私を疑っているのでは無いのか、という疑惑である。

その恐怖は日常を人一倍楽しんでいた真昼だからこそ、周囲にバレたくないという恐怖はかさを増す。なので、一二三ひふみのこの質問に変な答え方をしてはいけない。
ドアの開く音すら大きくなる鼓動により聞こえず。
恐ろしいが、しかし黙っているのは自分で認めているようなものだ。だから真昼は内心がバレないよう笑った。

「あ、はは、むりむり、私なんて一二三くんが教えてくれなかったら初期設定すらまともに出来てなかったんだよ? 無理に決まってるじゃん」

「……そりゃそうだね」

一二三ひふみは元々そんなに疑っていなかったのだろう。鎌かけ程度であったんだろうが、その質問の有り得なさ、つまり真昼にテレビジャックが出来るかどうかなんて一二三ひふみ自身が1番知っているのだから。
下手に誤魔化すよりも、相手の知見に任せる答え。真昼が無意識に言ったそれは、最も疑いを晴らしやすい答えであった。

一二三の顔から疑惑が無くなったのを見ると、真昼はさらに踏み込む。

「ちなみになんでそう思ったの?」

それが今真昼が1番気にすることである。
既に日常の中の1人にバレている。これが一体どこから、そしてそれはどこまで広がっているのか確認する必要があったのだ。
その質問に一二三は「あー……」と言いながらパソコンを操作し検索、パソコン画面を指さす。

「これ、確認してたからだよ」

それは何度も見たサイト。真昼の精一杯の手をかけて作った『なんでも相談掲示板』であった。

「確認したら非公開が1つ。その次の日にPJが起きて神代高校の生徒が暴行で捕まった。
『大事件の前にはそれに相応しい予兆がある』ってのが僕の好きな探偵の言葉なんだけど、この掲示板の非公開が小さいけれど予兆かなって。あの掲示物を会長が誰かに渡してあの事件が起きたって予想だよ」

真昼が犯人だと推測した論理を広げる。些か暴論にも近いけれど実際その推測は当たっている。
しかしその推測の中にある1つの疑問がどうしても納得できない。

「なんで掲示板に気づいたの?」

それはPJ事件後の体育館、警察に呼ばれた時にも湧き上がった疑問だ。未だに解けず、しかし警察に聞くのは恐ろしい質問。それを一二三に聞くと、

「会長が確認してって言ったんだろ?」

あっけらかんとそう言った。
目をパシパシとして疑問を浮かべる真昼に一二三は付け加える。

「掲示板作るから完成したら確認してって言ったのは会長だろ。帰りし生徒会室覗いたら血なまこになってやってる会長見たから今日中に作るのかって夜確認したんだよ」

そう言えばと思い出す。パソコンの操作法を習った時、「パソコンで作った後怖いから部長よろしく!」と言ったような覚えがモヤ上に浮かぶ。
じゃあ一二三くんが掲示板を確認したのは真昼の仕事確認作業を押し付けたせいだったとして、ではなぜ警察は掲示板に気づいていたんだろう。
未だ理由が分からない疑問にまた頭を悩ましていると、

「でも会長じゃなかったのかぁ」

一二三くんは肩を落としていた。知り合いが犯罪者じゃないと分かったのになんだろうこの残念感。

「ちょっとーそれじゃあ私が犯人なら良かったって感じの言い草じゃん」

「会長じゃなくても会長の知り合いが犯人なら良かったよ。だって

「か、かっこいい?」

「うん、日本のテレビ局のセキュリティは世界でも有数。それを乗っ取るなんて生半可じゃないんだよ。1つの国が裏で糸引いてるってネット上じゃ言われてるほどだしね」

「え、そんなにテレビジャックって大変なの?」

あの日。真昼がハクの手を取った後、PJが起こるまでは20分未満だ。
しかもハク自身は楽しげにふわふわ浮いていたから、パソコン系に知識のない真昼にとって一二三くんが言っている事の難易度にギャップを感じてしまう。

「そりゃそうだろ。優秀な機材と優秀な人材だけでも2クラスじゃ足りないレベルだ。もちろん費用も馬鹿にならない」
 
(ハクは簡単そうに言ってたけど実はすごいことしてたんだ……後でもっと褒めよう)

ポケットに入れてるスマホを指で撫で、また眠っているだろうが、その存在に頬を緩めそうになる。
少し惚気けていると、すぐに一二三が新たな情報を口にだす。

「会長はあの映像を見たか知らないけど、あれは須川自身が暴行中に撮った映像だ。そして、それは須川のスマホの中に保存されていた。
僕のもつとある情報網を使ってある情報を掴んだんだけど、須川猛はPJが起こる10分程前にアップデートと称してる訳の分からないソフトをダウンロードしてるんだ。多分それが須川猛の暴行映像を盗んだんだと考えてる」

それは初耳だった。警察もさっきのショタ探偵も知らない情報のはず……だ。
では、この少年はどこから手に入れたのか、ともちろん気になった。

「そのとある情報網って?」

「極秘情報だ。名前は漏らさないって条件で聞けたんだから」

「パソコン部の部費下げるよ」

「……………その時須川と一緒にアプリゲームをしていた高野信介だ」

職権乱用のようなセリフで脅す様は酷い人間のようだが、パソコン部の部費数千円の為に約束を反故にする一二三も一二三である。
と、お互いに悪い部分が出た所で一二三は続ける。

「つまり僕達の出番ってわけだ。
須川は勝手にこの学校の校内LANを使っていたからその時のアクセス履歴を辿れば……」

止まらないタイピング音が、真昼を少し不安にさせる。
真昼に知識がない分、一二三くんのこの行動からハクを送った生徒会パソコンに繋がるのではないのか、そう危惧していた、のだが。
しかしそれは杞憂で済んだ。
急に止まったタイピングは、一二三が肩をすくめることで止まる。

「うん、まあここまでなんだけど。思えば僕にそんな技術なかったし」

技術不足というより知識不足のおかげでややこしい事態にはならずに済んだ。
そのセリフに安堵の溜息をつきそうになって、

「ほうほう~、それで?」

「うわぁぁ!」 「いつからいた!?」

探偵帽を被り手帳とペンを持った小鳥遊舞花の急登場に驚きのけぞった。
その御本人はペンを片手で回しながら驚いている私たちを見て、

「へ?いつからって、最初からですよ~
細かく言うなら、『あのテレビジャック会長が起こしたんじゃないですよね』ってドアの外で聞こえまして、そこから中に入って隠れ取材を行ってました!」

1番聞かれてだめな所をしっかりと聞き逃さない諜報力、それを空気を読まずにサラッと打ち明ける頭のお花畑感、これが小鳥遊舞花であった。
加えて、その時から居るのであればさっき一二三くんが言っていた極秘の情報提供者も聞かれてるわけで。

「……さっきの話、新聞にするなよ」

「私は会長専用の新聞委員ですよ~! そんな情報貰ったって新聞にしません。私は、ですけど」

「腹黒花畑……」

極秘が周知になる瞬間であった。
あははー、と笑う舞花と苦虫を潰したような顔の一二三くん。
真昼は、不思議と安堵していた。最初から最後まで聞かれていたのなら、逆に真昼が犯人ではないという事も聞かれているはずだからだ。
だから、それを踏まえて2人に『あるお願い』をする為打ち明けようと思った。

「ねぇ、マイは私の事だけをネタにするんだよね? なら、今からのことは全部内密にってできる?」

「専門分野以外は新聞委員としてでは無く友人として聞きますよ会長~」

「じゃあ一二三くん! お願いがあるの!」

「え、おれ?」

「うん、お願い!」 

戸惑う一二三に真昼は言った。
今回の大事件、真昼の中でそれを終わらせる為に1番必要なものを。

「筆跡の鑑定、出来る装置作って!」



***



「どういうこと?」

戸惑う一二三は問い返す。筆跡鑑定を作って、という荒唐無稽の依頼。それは真昼が今最も求めている物であり、そしてこれを頼むにはあの掲示板にも触れないといけなくなる。

「実はあの掲示板に掲示されてたのは須川くんが起こした事件の被害者からの手紙の写真なの。だから一二三くんが推理してたのはちょっと当たってた、まあ私がPJを起こしたんじゃないけどね。で、その筆跡から書いた人を探そうと思って」

真昼は昨日一二三からメールを貰った際に筆跡鑑定の事を考えていた。
だから今言ったセリフの内容もその時考えていたのだ。出来るだけ誤解を与えず、でも嘘はつかない。

「よく分からないけど、とりあえず見してよ、その手紙」

「それはダメ…なの。私でもアホじゃないって思うけど、それでもこの人の事をあんまり言いふらしたくなくて」

それは真昼のただの我儘であり、そして最初から決めていること。勝手に一人で決めた約束のようなもの。
その真昼の返答にやはり困惑を浮かべる一二三は、

「手紙を見なきゃ筆跡うんぬんの話にすらならないよ? それに、ここで俺らに説明してて言いふらすも何もないし」

ご最もな発言をする一二三と痛い所を突かれる真昼。その二人の間に舞花が割って入った。

「よく分からないんですけど、会長は手紙を書いた人を探したいんですよね? って言う事は手紙自体にはその人を知る要素は無いんじゃ?」

「そうなんだけど、でも、ううううう……」

「あー、だから『探して』じゃなくて『作って』か」

的確なポイントを突く舞花と言われた依頼内容に納得する一二三、そして項垂れてる真昼。

舞花が言っている事は正しい。正直、あの手紙自体、掲示板に貼られていたものだから名前も書かれてないし他に見られても大丈夫だろうと真昼も思う。
でも、と躊躇するのはやはり真昼の面倒臭いほどの思いやりと、過去に植え付けられた因縁のようなものだからである。
ここで広めてしまえば私はアイツらのようになる、と心のどこかで思ってしまってるから変にこだわってしまう。

「会長の言いたい事は分かったけど、それこそ安心してよ。会長の今の話聞いて外に広めようなんて思わないよ、俺は」

「その言い方は心外ですっ!マイだって会長に嫌われる危険を冒してまでやりませんよーだ」

二人の言っていることは合っているのだが真昼的にはズレていた。この2人に言う事は、広めている事になるのか、と悩んでいるのだ。
それは友人が流布するという危惧ではなく、広めたという結果への危惧。
しかし、このまま1人でやって被害者探しを進展させれるのか。それはここ数日一人で考えて何も得られなかった真昼にはよく分かる。
もう真昼だけでは手詰まりなのだ。だから手伝ってほしいと頼んで、それでもし彼女を救えるのなら。

「………分かったよ。でも、本当に口外しちゃダメだからね! 絶交だからね!」

助けて貰うのだからこちらも相手を信用しないといけない。
そんな当たり前のことと、被害者を助けるためという建前を置くことで何とか目を瞑り印刷した手紙写真を手渡した。


***


「うわぁ、エグいですねこの内容」

手紙写真を手にもつ舞花はその文面に不快そうな顔になる。
文という媒体では、映像がない分その内容を想像で補う。想像力が豊かであればあるほど、この手紙の悲惨さは大きくなる。だからか真昼にはPJで映った映像や合成写真を見た時のような絶望感はこの手紙からは感じなかった。
一二三ひふみに関しては途中から目線を逸らして読まないようにしている。いや、どこ向いてんのそれ。

「読んだらわかると思うけど、この人は多分自殺しようとしてる。私はこれを止めたいの!」

「止めたいっていうか、もうこれ死んでないですか?」

少しナイーブになっている舞花が身も蓋もない言葉を言うが、しかしそれも否定できない。もしここに芥子が居たのなら「シュレ猫のようだよ」と今の状況に笑っていただろうが、真昼にそんな余裕はない。

「だからちゃんとこの人が生きているのか、私は確かめたい。あんな男のために死んじゃうなんて、間違ってるから」

「今のセリフいただきます!」

「これホントに新聞に載せちゃダメだからね!」

笑ってる舞花を見ると本当に載せることはないだろうが、心臓に悪い。
そうやって今回のPJ事件を真昼の中で終わらせる方法を2人に明かした。
すると先程まで目線を逸らしてた一二三は薄目で文末まで読み、

「見せてもらった後に言うのもアレなんだけど、手紙で身元を隠しているのにバラしちゃ元も子もないだろ」

その根本の問題を言った。
隠したそれを暴こうとしているのだから、真昼だってそんな事は理解している。しかし、それでも探す事を止めないのはそれ相応の理由が真昼にもあるからだ。

「確かにそうだね。でも彼女は気づいて欲しいんだよ。名前も書かれてない手紙だけど、でも私は分かるの。彼女は第三者に気づいてほしがっている」

「ちゃんとした理由があるんですね?」

「うん」

考えをくみ取った舞花の質問に自信ありげに頷く真昼。真昼にはいくつか確証がある。この被害者自身が見つかって欲しいと願ってる理由が。
その真昼の様子に、とうとう一二三ひふみも観念したのかため息をついて、

「筆跡鑑定に信用のあるソフトなんて無い。特にそんな手紙みたいに所々文字が震えてたんじゃソフトがあってもまともな結果なんか出ないよ。でも1つ考えがある」

そう言って、でもその考えを手を前に出すことで言うのを止めた。

「でもその前に取引だ。手伝う代わりにパソコン部の部費あげてくれ」

「それは無理! でもお願い!」

「……あの、交渉するつもりあるの会長は」

即答する真昼に、頭を悩ませる一二三。
ダメ元で言っては見たもののここまで瞬殺だと笑う気も起きない。しょうがないと諦めて、

「わかった、じゃあこうしよう。生徒会後期の選挙で千年原さんがまた生徒会長に立候補する。それでいいなら手伝うよ」

「………へ?」

意外すぎる交渉材料に真昼は呆然としてしまう。生徒会長を続けること、それが手伝う条件だと一二三は言った。彼の言ったことを飲み込めずにいると、

「かいちょう~やっぱ支持率ありますねぇ」

「違う。こうしてちゃんと見返りを貰うことでこの約束を強固なものにしてるんだ。その方が会長も俺たちのこと信じられるしね」

冷やかす舞花とそれを否定する一二三。
彼は彼なりに真昼に信じて貰えるよう考えてくれていたということだ。そう思うと、さっきまで建前とか建てて純粋に彼らを信用出来ていなかった自分が不甲斐なくなって、申し訳なくなる。

「じゃあ今から繋いで作業をするから外で見張ってて。絶対先生を入れないでよ」

「……うん、任せてよ! 筋肉お化けみたいなのが来ても絶対に入れないから!」

ドアに振り返り、真昼はそう言った。泣きそうで、でも自然と上がる口角とにやけ顔を晒したくなかった。

友人を信用出来なかった不甲斐なさ、それに加えて生徒会長として認められている事。次もやってくれと頼まれたこと。
グチャグチャの感情が顔に出そうになって、それを抑えることに必死だから。

「私も行きます会長ーっ!」

後ろから来る友人にも見られたくないと追いつかれる前に足を早めた。


***


パソコン室は普段なら情報という授業をする為に毎日誰かがいる。
ただ、今はGWゴールデンウィーク最中さなか、教師もわざわざパソコン室には来ないだろう、と高を括っていた。
だからだろう。パソコン室を出て5分、今のこの光景に真昼は絶句していた。

パソコン室の前、真っ直ぐの廊下には筋骨隆々の男たちが30人以上溢れてこっちに来ていたのだ。

「言ったよ、確かに言った。筋肉お化けが来ても通さないって……でも、なんで!?この人たち誰なの」

「あーそういえば、ラグビー部地区大会の練習とミーティングがあるって言ってましたよ」

狼狽する真昼に隣から適切な説明を入れてくれる舞花。確かによく見れば部費説明会で見たラグビー部の部長が先頭だ。後続もみな頭丸刈りでタンクトップを揃えて着ていて、まるでどこかの部隊のよう。

「部活って市民体育館とかでやってるって話だよね……なんでここなの!?」

彼らは前から迷うことなくこのパソコン室へと来ている。彼らの外見とパソコン室という場所があまりにもギャップがありすぎて困惑しか起きない。

「たしか、近くで安く練習出来るとこがなくて、特別に学校内での練習が許可されたらしいですよ。あと、相手チームの試合映像を大人数で確認出来る所がプロジェクターのあるパソコン室だかららしいです。私の友達が言ってました」

さすが新聞部。その諜報力、情報網は神代学園内でも最たるものだ。
真昼が感心してると、とうとうラグビー部たちがパソコン室前に到着してしまった。

「ここ今から部活で使うんだけど、大丈夫かな?」

先頭にいたラグビー部部長はその見た目筋骨隆々、強面でありながら意外にも優しい口調で聞いてくる。
真昼は思考を巡らして、そして思い出す。全教室に設備されている機材、加えて今の時間帯と彼らの人数。出来るだけ棘の無いように、そして伝わりやすく言葉を決めると、真昼は頭を下げた。

「すみません。ここは諸事情で使っていまして。別の所で変更お願いできませんか?」

「すまないがそれは出来ない。俺たちも大会が目前になっていてね、ミーティングにプロジェクターを使いたいんだ」

やはり舞花の言った通りらしい。
後ろに並んでいる部員たちから「早くどけよ」という雰囲気が伝わってくる。あまり長居させてはいけない。

「私達も今使ってまして……本当にすみません。プロジェクターでしたら技術室にも同じものがありますよ。あと向こうの方が運動場と近いですし、そこで代用できませんか?」

「…………あるのか」

先頭のラグビー部長は小さく呟き、少し考えてから、

「それは生徒会で使ってるのか?」

「いえ、私と友人たちで使ってます。ある作業が必要でして」

「……そうか。お前ら技術室の方に行くぞ。急げ、時間伸びてるからな」

少し間を空けてからの部員たちに命令。ラグビー部の部員たちは不満をボヤきつつ去っていき、最後に部長が残って、

「つまり借りは作れないって事だな」

「生徒会にはですけど、私はすごく感謝してますよ。ありがとうございます、柳田やなぎだ部長」

ようやく記憶から出てきたラグビー部部長の名前を言う。それを聞くと鼻で笑いその部長も去っていった。

「……はぁぁ………」

「生徒会の名前を出したらいいのに。そしたら口答えは出来ないですよ?」

「本当に生徒会の活動ならそうするけど、ここで言ったらみんなに顔向け出来ないよ」

交渉なんて言うほど大袈裟なものでは無いが、やはりほぼ初対面の相手と会話をするのは疲れる。結局、部長は兎も角としても部員たちには不満を抱かせたかもしれない。また大会前に差し入れでもして好感度を上げておこう。



そう画策を建てていると、すぐに新たな障害が向こうからやってくる。
ラグビー部が消えていった真っ直ぐの廊下から眼鏡をかけた集団が1人何冊か本を持ってやってくる。その数は先程よりも少ないが10人ほど。

「ちょ、ちょっと、なんでこんなに生徒いるの今日!? ゴールデンウィークだよ!?」

「あーそういえば図書委員会の全国ビブリオバトルがあるって言ってましたね。確か最初は大阪で行う予定だったはずですけど、今コ〇ナ禍でしょう? ネット上で行う事になって、パソコンのあるここに来た感じですかね」

「その事情コ○ナってこっちと連動させていいの!? 時系列とか私たちの状況とかめちゃくちゃに……っじゃなくて、またよくその情報持ってたね!」

また隣の舞花から相手の情報を受け取る。
さすが新聞部。その諜報力、情報網は神代学園内でも最たるものだ。
また感心してると、1番前にいた眼鏡をかけた女生徒がやってくる。

「あの。すみませんが、退いて頂けますか?」

「すみません。私達も今ここを使ってまして、別の所に変更お願いできませんか?」

頭を下げて丁重に断る。が、しかし今回はそんな簡単に話は済まないらしい。
眼鏡女はポケットからある紙を取り出す。

「私達、先生からここの使用許可貰ってるんですけど、貴方たちはここで何してるんですか?」

「それは……っ!」

たかが紙ペラ1枚。だがそれは生徒会長という名前を使っても変更できない絶対権力。
彼ら図書委員会に場所変更の選択肢なんて初めから無かったのだ。

「よく分かりませんが、通させて貰いますよ」

打つ手が無くなり黙ってしまった真昼を無視。横を通ってパソコン室のドアに手をかけて──────

「ラグビー部、集合!!!」「「「「「おう!!!」」」」」

響く野太い男たちの激昂。
その時、神は真昼に微笑んだのだ。

「な、なによこれ!」

急に響く男たちの号令。それは次に作戦会議へと移ったのか、チームの短所や長所などが大声の男声でパソコン室の前に木霊する。
ここは第三棟の2階。そして先程真昼が提示した技術室は第2棟の1階。
これは真昼にも意図していなかったことだが声が漏れるなんてよくある事だ。
そして、それこそが今の状況をひっくり返す一手となる。

「これは近くでミーティングをしているラグビー部員の声ですね。さっきからここずっっっと響いてるんですよ。
たしか図書委員会の人たちって今日ビブリオバトル、つまり本の紹介とか評論をするんですよね」

モニター越しで全国の図書委員たちが評論する。その場所で、ラグビー部の声を垂れ流すなんて普通に考えて許されないだろう。

「私、ちょっとクレーム入れに行ってきますわ!」

そうなると当然このように動くもの予想済みだ。真昼は次の一手を打つ。

「それは無理だと思いますよ。彼らラグビー部も全国大会を間近にしています。貴方たちのビブリオバトルと自分たちの全国大会、どっちを取るかなんて簡単に分かります」

嘘をつく時は視線はゆらさず、胸を張って答えること。昨日調べておいた嘘つき法がこんなに役立つとは思いもしなかった。
心臓が跳ねていて息も浅くなりそうになる。しかしそれを無理やり押さえ込んだ。
そのお陰か図書委員たちは完全に信じきっており、どうしよう、という戸惑いの雰囲気で空気が変わる。
それを逃さないよう最後の一手を打った。

「実は私、いい場所知ってるんですよ。周りは静かだし、パソコンも20台ですがちゃんとある所を。特別会議室って言うんですけど、もし使うのでしたら、私が許可を貰ってきましょうか?」

「…え、いいんですか?」

「はい、皆さんのビブリオバトル私期待していますから!」




***




「真昼会長ってそんなにやり手だったんですね。まあ仕事柄よく見る光景ですけど」

「はぁ、はぁ……本当は私だってこんなの慣れたくなかったよ。でもあんな場面嫌ってほど生徒会してたら出会うし、口八丁だけでも身につけないとやってけないの」

「ふーん、でもホントの気持ちは?」

「1生徒がこんなに迷惑かけてすみません……嘘までついて本当にすみません」

風が舞うぐらいに頭を振って謝る姿にケラケラと舞花は笑った。

「でも最終的にみんないい方向に収まったじゃないですか。会長の最後セリフ、図書委員の人たち喜んでましたよ」

「うぅやめて、自責の念で吐きそうになる……帰ったらネットで発表ちゃんと聞こ……」

嘘はつけてもやはり根は真面目な真昼。
かれこれ20分は経ってそうなのにパソコン室から何のアクションもない。
もう真昼の体力はボロボロであり、頭にモヤがかかり始めた頃、3つ目の刺客たちがやってくる。

「なに……あれ……」

頭に赤いヘルメット、そして足には先端だけが異様にすり減ったアンバランスな靴、服には白Tシャツに熱血と書かれていて、だけど見た目は真逆のヒョロガリたちが4人、こちらに歩いてくる。
その歩き方が、さながら歴戦の勇者のようで、次の刺客たちが只者ではないと感じさせるのであった。
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