私は今日、勇者を殺します。

夢空

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1章

閑話2-4 死神探偵の追従 END

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「すみません……!別に変なことを考えてた訳じゃなくて、ただ『裸にした』ってはっきり聞こえて……」

「いえ……大体はこちらが悪いですので気にしないでください」

聴取が始まる前から気まずい雰囲気が漂っている応接室にて、芥子、小鳥遊と対面する形で真昼は席に座る。
一つ手を叩いて、芥子は空気を変えた。

「僕は芥子風太、探偵をしてるんだ。今回の聴取の担当になってるからよろしくね。こっちは小鳥遊紡、僕の弟子だよ」

「改めて自己紹介を。小鳥遊紡です。先程は大変失礼を、申し訳ございませんでした」

「い、いえいえ!えっと千年原真昼、です。……えーと小鳥遊さん、ですか?」

「ええ、そうです」

「もしかして妹さんがいるとか、って」

「? いえ、一人っ子ですが」

「あ、すみません。私の友人にも同じ苗字の子がいまして、珍しい苗字だから」

「小鳥遊くんってここら辺じゃ珍しいよね。たしか北海道姓じゃなかったっけ?」

「先生脱線してます」

そのやり取りにクスッと笑ってしまう真昼。
少し空気が和んだそれを芥子が狙っていたのか、少し小鳥遊は考えるが有り得ないと切り捨てた。

「じゃあいいかい小鳥遊くん」

芥子は小鳥遊に合図を送り、準備の完了を確認する。
それを確認すると、笑顔の探偵は質問した。

「では単刀直入に。あの朝、テレビジャックのあった午前中何をしてたのかな」

「えっと、那々木さんと一緒に勉強していました」

絶対に聞かれると思っていたから、ちゃんと心の用意をして決めておいた台詞を言う真昼。
実は昨日の晩に嘘をつく良い方法をネットで調べておいたのだ。
ハクには『ウソはダメだよ、まひるはしないよね』と、言われて胸が苦しかったが。
しかしその方法はちゃんと出来てる。視線は揺らさず、胸を張って答えること。今から行われる質問全てをこれで答えて、真昼は今日でこの事件から離れたいのだ。

「ではいくつか質問していきますので、お答えください。もしかしたら昨日行った質問も含まれているかもしれないですけど同じ様にお答えくださいね」

そうして、聴取は始まった。



***



「じゃあこれは最後の質問なんだけどさ────犯罪浄化執行会って知ってる?」

「浄化………? いえ、分からないです」


その質問を最後に、聴取は40分ほどで終わり、別に残す必要も無いので真昼には帰ってもらった。

内容は最後の質問以外は昨日と同じ。だから答えも同じで意味の無いように見えるが、しかし昨日と違うのはここに小鳥遊紡がいること。

「先生、これが視た結果です」

1枚の紙、それには質問の内容と、その下に色々な記号が書かれている。
丸に三角にバツ。
それぞれに意味があり、例えば丸は真実、バツは嘘、そして三角は曖昧を表し、つまり誤魔化しているということだ。

そうこれが小鳥遊の能力。
特別なイヤホンを着け周囲の音を遮断。
その上で持ち前の超絶的聴覚を用いることで、周囲の人物の低周波の心拍音を拾いその乱れから情報を抜き取る、生きた嘘発見器である。

では普通に嘘発見器を使えばいいのでは、と大概の人は思うかもしれない。
しかし、一般に嘘発見器を使用するのは相手の同意を得る必要があるため難しく。
また、考えて欲しい。
犯人だと疑われ、嘘発見器を取り付けられれば大抵の人は混乱し興奮、まともな数値なんて取れるはずもなく結局嘘も真実もごちゃ混ぜになってしまう。

しかし、小鳥遊紡は、それを悟られない。
真実は真実のまま、嘘は嘘のまま、相手から教えられるのだ。

そして、芥子に手渡された紙にはその答えが記されている。
それはが三角マークで埋め尽くされていた。

「これは……」

これが示すのは彼女の潔白。
事件の概略に触れる質問は三角で、そして芥子が彼女に鎌掛けで言ったデタラメな質問にも三角。
嘘だった反応は最初の質問である朝の行動。
真実だった反応は最後の質問である犯罪浄化執行会との関係。
これらの反応に芥子は目を疑った。

簡単にこれらを説明するなら、この紙は真昼が善人だと知らせている。
裏の組織と関わりのない、なんなら犯罪というものに触れたことの無い善良な市民、その1人の反応だ。
そして、驚く探偵に展開は続く。

「出ました! 校内LANのWebサーバーから同様の空箱が確認されました!」

新たな情報が警官によってもたらされる。

「先生、これは……?」

「……………」

追い詰めるべき犯人である証拠がいま警官によって届けられた。
なので、真昼ちゃんは犯人である。
聴取前でなら、そう決めつけただろう。

手元の紙が示すのは潔白、警官が届けるのは犯人の証拠。

空箱を送ったのは千年原真昼であり、朝の行動に嘘をついていることからPJ事件の容疑者である事に変わりはない。
しかし、芥子の推測していた、真昼ちゃんは犯罪浄化執行会と繋がりがある、という説は無くなってしまった。

つまり、推測できる流れはこうだ。

まず、この掲示板で暴漢による助けを求める手紙が真昼ちゃんに届く。
それを善人である真昼ちゃんを、誰かがそそのかして、焚き付けて。
真昼ちゃんは何もしないまま、その誰かが生徒会のパソコンで空箱を使って全ての犯行を行った。
そして、犯罪浄化執行会はそれを外から利用した。
最終的に千年原真昼に罪を被せるため、探偵協会内部に潜ませてる人間を使って犯人へのリークをfaxで送った。

しかし、そうであるなら疑問が3つ。

・犯罪浄化執行会が真昼ちゃんを必要とした理由

・犯行を行った誰かとは一体誰なのか。

単純に考えれば、PJ事件を起こせる大きな組織の人間だと考えはつく。しかし、紙を見れば裏組織との関連性が薄い、いや自覚のない反応ばかり。
友人が、名を伏せた裏組織の人間でまんまと利用した?
まるでアニメのような設定が頭をよぎる。

・空箱は何処から来たのか。

犯罪浄化執行会は空箱なんて扱っていない。そんな情報撹乱が出来るなら僕達だって追いつけていないからだ。
だから、空箱自体は真昼ちゃんが持っているはずの物。
しかし───────

手元の紙、そのある1つの質問は、空箱という存在について聞いたものだ。
そして、その答えは、『三角』。
嘘をついている訳でもなく、誤魔化しているということ。

『空箱という存在は知らないが、しかし誤魔化さなければならない』

不明瞭なこの答えに、しかし芥子は何か気づきそうになる。

そもそも、空箱とは何なのか。
前に教えられたのは、見られたくないデータの1部を何かしらの方法で『抜き取る』事で空欄ができ、追跡も復元も出来なくなる、普通では有り得ない情報改ざんの事だそうだ。

「僕らは何か勘違いしてるのか?」

独り言を落とし、思考はさらに深く潜ろうとして─────

ゴロゴロゴロゴロ、ガッシャーン

ロッカーのドアが急に開き、そこから大人が回転しながら向かいにある棚にぶつかり登場する。
まだ顔は青ざめ、口元に泡を携えた室井隆二である。

「風太、どうだった!?」

「隆二………」

少し、考える。
この結果は曖昧だ。
白である証拠と黒である証拠。3つの疑問や、千年原真昼の空箱に対する不明瞭な答え。

これを隆二に伝えていいのだろうか。
いや、この事件をここで終わらせていいのだろうか。
真昼ちゃんは利用されていただけで、これ以上調べても犯罪浄化執行会ヤツらとの繋がりは出ないと、そうそうに決めつけていいのか。

───────考えて、決めた。

「いや、彼女は白だ。安心しなよ室井。それより小鳥遊くん、急いで準備して」

すぐさま隆二から小鳥遊に向き直す。
もう、ここにいても意味は無い。
やることは2つ、さっさと始めないと先を取られる。

「小鳥遊くん、君はB2と一緒に探偵協会に行って、内部調査の件調べてきてくれないかな?僕は捜査の準備の方を進めとくよ」

もうここは不要だ、そう言わんばかりに探偵たちは行動し始める。荷物をまとめ、警官たちに本部に戻るよう指示し、もう視点は次の謎へと移って───

「ちょっと待ってくれよ! 真昼は白って、なんで……それに、この事件の犯人は誰だったんだよ」

「……ここに犯人なんて居ないさ。昨日事情聴取してた人のやり方が間違ってたんじゃないかな。今日僕らがやったら齟齬も怪しい所も無かったよ」

室井隆二に嘘を見抜く方法はない。
でも、さすがの隆二でも分かる。この探偵は隆二に何かを隠している事を。

「なんで、誤魔化してんすか……昨日風太言ってたじゃないっすか! 真昼は利用されてるかもって。この事件だって真昼が白だって言うなら、誰かが真昼に罪をなすりつけようとしたってことだろ!」

昨日の会話を思い出して、奥歯を噛み締める。
その時の隆二は身を裂く様な思いだった。

だって数日前まではいつも通りの日常だった。
街中で会えば軽く言い合い、近くでイベントがある時は連れて行って、本当に妹みたいな真昼を大切に今まで守ってきたつもりだった。
なのに、知らないうちに真昼は追い詰められてて、ようやく助けられる立場になったら真実を教えられずに誤魔化されてる。

それに加えて隆二には、まだまだ分からないことだらけなのだ。

「真昼の所にあった空箱が、実は海外の大事件にもあって、しかもそれを警察にリークしてる奴もいて。犯人の須川って餓鬼の所にも空箱があって、テレビジャックの容疑者にもされそうになってて………そのどれも明かされていないのに、急に真昼が白だって言われて納得するわけないだろ!」

もう情報がありすぎて混乱している。
なのに、担当の隆二を放って先へ先へと行く二人に正直苛立ちを感じていた。
思う所全てを言い切ったのか、肩で息をする隆二に、ため息をつく芥子。

「……恐らく彼女は嘘を言っていない。はぐらかしてるだけだ。
僕の推理っていうかこれは予想なんだけど、あのテレビに映った暴漢映像。あの掲示板にはその相談が書かれていた。
テレビジャックと関係があるから誤魔化して、しかし、悪いことはしていないから嘘はつかない。彼女は悪人ではないです。
だから君は真昼ちゃんの近くにいてあげてください、室井さん」

室井さん、その呼び方が暗に伝えている。もう隆二とは一緒に捜査はしない、と。

「この事件は君の身に余る。
死ぬような目にあうし、それ以上の事だっていくらでもある。僕の友人は着いてきたばかりに、針千本飲まされて死んだよ。
──────だから、安心して欲しい。
君の真昼ちゃんが白かどうか、そして利用しているのは誰なのか、僕たち芥子探偵事務所が総力を上げて暴いてやるからさ」

「な、何言ってんだよ。俺はこの事件の風太の担当警官だ。着いていくぞ」

芥子がさらりと言った意味がわからない、いや知りたくもない。
だから目を背けた。
どうせ嘘だろうという軽い気持ちで流し、それに芥子は眉をひそめた。

「じゃあ担当警官へ最後の命令を出すよ、はい」

おもむろに投げられるそれを、隆二は慌ててキャッチ。
潰れてペッタンコになったそれには、果実の絵が描かれており、

「じゃあそれ、捨ててきてね室井」

紙パックのごみ捨て。
それが最後の命令だと彼は言った。





「場所まで指定しやがって!」

最後の命令と言われ、隆二は校内を走っていた。捨てる場所は、応接室から最も離れた食堂の外に設置されている自販機横のゴミ箱。
予想すると、隆二がこれを捨ててる間に芥子らは神代学園から離れようとしてる。

そんなこと分かってる。だから急いで捨てて戻ればギリギリ二人に追いつけるのではないか。
そう考えて校内を爆走し、食堂に着いて、そして………

『それでどうなる?』

そんな考えが、走って頭の冴えた隆二に浮かんでくる。

『追いついて、どうする?
それで風太が俺が着いていくのを認めてくれるのか?』

ゴミ箱の前に立ち、自分の今やってる事の無意味さに震える。
屋根はあるものの、風向きが変わったせいか、雨が立ち止まる隆二に降りかかる。
それが寒いからか、無力な自分が情けないからか、潰れている紙パックをさらに握りつぶす。

何が親代わりだ。
真昼を助ける為に警官になった?
捜査どころか、ごみ捨てを押し付けられてるのに?
結局は何も出来ていない。隠れて覗くあの時の俺と何も変わらないじゃないか!

「クソがッッ!!」

怒りの赴くまま、隆二は手に持った紙パックをゴミ箱に投げ捨てる。
すごい勢いで紙パックはゴミ箱内にあるほかのゴミとぶつかり、そして。

何かが聞こえた。

小さな機械音が響き、次に人の話し声だ。声が小さいから内容は分からないが、しかし何かが確かに聞こえる。
肩で息をついている隆二は少し息を潜め、声を辿る。

「………もしかして」

隆二が投げつけた紙パック。
声の主はその下から聞こえていた。

「なんだこれ?」

紙パックの下から出てきたのは猫の肉球を模したストラップであった。

****


「!」

「どしたの小鳥遊くん」

荷物をまとめ呼んでいた車に乗り込み、さあ出発だ、とそこで急に体を止めた弟子を奇妙に思う芥子。
小鳥遊は、少し迷う素振りがありつつ、話を始めた。

「い、いえ。えーと取引場所が新宿の方なら、赤丸一善ってとこの闇金のところですか」

「? うん、あそこら辺で取引場所ってそこしかないでしょ、元闇金のあった所で取引なんて粋だしね。っていうか早く出してよ、室井が追いついてきたら困るじゃん」

「室井隆二、やはり置いておくべきなんですかね」

「そりゃそうでしょ。わざわざ裏舞台に足入れて戻れなくなってちゃ遅い。裏舞台の事は裏舞台の人間がする。
それに室井は真昼ちゃんの隣にいた方がお互い幸せだ。死んでからそれに気づくなんて後味が悪いからね」

「………そうですね」

アクセルを踏み学園から出発する。
走ってすぐに、通信時の極小ノイズは消えた。

****

雨音が嫌に響く。

耳元に付けていた肉球からはもう何も聞こえない。おそらく通信範囲から出たからだろう。

「風太は俺達のことを……」

おそらくあの時芥子が言っていた死んだ友人は本当にいたのだ。
だからこそ隆二がそうならないよう断った。
風太は俺と真昼のことを想って言ってくれてたのだ。

「なのに俺は、ただ真昼を助けれるのは俺だけだと思い込んで、考えもせず……」

最後に言われた言葉を思い出す。

『──────だから、安心して欲しい。
君の真昼ちゃんが白かどうか、そして利用しているのは誰なのか、僕たち芥子探偵事務所が総力を上げて暴いてやるからさ』

隆二以外にも真昼を守ってくれる存在はいたのだ。それも隆二よりも優秀で頭も切れる2人組の探偵が。

「……クソッ!……俺は………」

隆二自身も考え直してきている。
俺は隣で真昼を守ればいいんじゃないのか、そんな正論に飲まれようとしていた。


***


幼き日の情景。
泣いてる君が、小さな体を震わせてる。



母親が死んだ子がいる。
最初はそんな噂からだった。

小学一年に噂のその子はいた。
最初は友達も居たらしいが、変に噂になった事で学校では一人になり、授業が終わるとすぐ家に帰っている。そんな印象の1年生。

放課後、俺は学校から友達の家に遊びに行く。
いつもの様にいつもの道を走っていると、スーパーの前でその子を見た。
1年生にしては大きなナイロン袋を、両手で必死に持つ女の子。
────────少し、罪悪感を感じた。

それから、たまに見かけるようになった。
暑い日も寒い日も、雨の日は黄色いカッパを着て、両手でふらふらと持って帰っている。
その姿が、よく分からないが堪らなくなって。
手伝おうと声をかけようとして──────やはり、かけれなくて。

結局その子の家の前まで隠れてついて行ってしまった。
何してんだろ、とそそくさ帰ろうとした時、その子がドアの先で楽しそうに笑っている声に、また、堪らなくなった。


母親が急に亡くなっても、幼き妹に見栄を張ってる彼女の強さに、室井隆二はいつの間にか惹かれていたのだ。


だから、近所のいじめっ子が、買い物をしている真昼にちょっかいをだしていて───

真昼の強さを知らないくせに、何も知らないくせに。

そんな想いが、きっと爆発したんだと思う。

俺は飛び出して、いじめっ子たちを殴り飛ばして、それから土下座させた。

それがその子との、真昼との出会いだった。
そこから幼なじみの澪とも仲良くなってしずくとも知り合いになって、それから2年経ったぐらいの頃。



「うわあああんりゅう兄ぃ……りゅうにぃ……」

小さな体を震わせて、君は泣いている。

あいつは俺よりも本当に凄くて、俺なんか敵わない。でも、それでも真昼は脆いんだ。

だから────、と俺は真昼に言った。


そんな情景を、今も思い出す。
胸に刻まれている。
あの時の約束を。


「うし!」

車内で起き上がる彼は、次の目的地へと覚悟を決めた。

***

調べるとそこはすぐに出た。

取引証券 赤丸一善 

そう大きく書かれた看板を車の窓から確認する。
廃墟が並ぶ街の郊外。
その内の廃ビル前に車を止める。

「ここ、だよな?」

たまたま盗み聞きできていてよかった。
が、芥子の姿は外にない。
1階ずつ上がって確かめるか、と車を降りた時、現れた。
金髪オールバック、ドクロチェーンにサングラス、変に着崩しているスーツ。
そんなヤンキー崩れのヤクザがスマホを耳に当てながら出てきた。

「すみません! 俺は室井隆二と言います。このビルにいる芥子風太に要件があって来たんですけど、入っても宜しいでしょうか?」

返答はない。ただし、隆二に届かない小声で男は電話越しに相談する。

「ッて言ってますけど、どうします?」

『……小鳥遊くんの仕業か……ちょっと脅して帰らせて。こっち側に来ちゃいけない人だ』

「あいよ」

相談が終わったのかスマホをポケットにしまい、グラサンを胸ポケットに仕舞う。

「悪ぃがここはテメェの来るようなトコじゃねェんだわ、さっさとイネや」

「……いや、話だけでも芥子風太とさせてくれ。………俺は警察だ、話を大きくさせたくなかったら……」

攻撃的な態度に虚をつかれたが、それでも隆二だって引き下がれない。
警察という名前を出して後ろに引かず前に歩いていく。

「なんだァ? もしかして脅してンのか? ここはオレらの縄張り見たいなモンなんよ。さっさ帰らないてこますぞ 」

「嫌だ!! お前みたいなチンピラには分からないだろうけどな、俺には意地でも守らなきゃいけない奴がいるんだ!……無理やりにでも通らしてもらうからな」

歩く速さを止めず、ヤンキー男の横を通り過ぎようとして─────肩を後ろに引っ張られ、思いっきり殴られた。

「ガァッ!」

頬に衝撃を喰らって、その勢いで倒れてしまう。

「これ以上痛い目あいたくなかったら、さっさ帰れヤ。こっちも仕事詰まっとンねん」

「ッッくそ!」

すぐに起き上がり、右腕を振り上げる。
ヤンキー男は見据えるようにこちらを見ていて、そんな顔に1発入れようと突進。
もう殴れる、その範囲のギリギリ前で右に曲がり階段へと走る。
しかし────

「だから、行かせンゆうたやろ。聞こえてないんかワレ」

それさえもバレていたのか、服を捕まれ後ろに転ばされる。

「邪魔をするな!!」

あまり暴力はしたくなかったが、ここまで来たらしょうがない、と隆二は男に襲いかかった。
昔から喧嘩は強く、警察学校の頃は柔道に空手を修めた隆二はそれでも知らなかった。裏の世界にはその程度の人間は掠れるほどいることに。





それから10分程経ったぐらいである。
階段を上がり、芥子のいる部屋に入ってきたのは、ヤンキー男であった。

「電話あったんで自由にしてくれて構わないっス。あと、イラついたんでちょっと絞めた」

そう言って前に投げられるのは、見るも無惨な室井隆二であった。
正面から戦ってボコボコに返り討ちにあった敗者は時折声を漏らしつつ痛みを我慢している。

「はぁ………帰れって言ったのにさ、どしたのさ室井隆二さん」

うつ伏せに倒れた隆二。
その前でしゃがみ、ため息をつく芥子に、隆二は無理やり首を上げ目線を合わした。

「俺は……真昼を守るって、約束した。
でもそれは、近くにいることじゃ、ねぇよ!
俺は真昼の隣にいたいから、警官になったんじゃない。
あいつが虐められたら、虐めた奴をぶん殴る。もうしないと誓わせる。
それが……昔から俺の、りゅう兄の役目なんだ……!
だから、だからよぉ、絶対に……裏舞台にだって、何処までもついて行くぞ、風太」

赤く腫れ、鼻血で彩ったボコボコの顔で。しかしその眼光はブレず芥子を貫いてくる。
その瞳が何時ぞやのあの子にそっくりだったから、思わずため息が出てしまった。

「ほら、呼んでくれよ、俺の名前。
最初から、呼び捨てでムカついて、たんだぜ」

「じゃあ室井さんの方が、君はいいんじゃないのかい?」

「いいやダメだ。だって、これから君とは、長くなるんだから。呼びにくいだろ?」

皮肉をこめつつ無理やり笑顔を作ってやった。
その顔がブサイクだったからか、それとも隆二に何かを感じたのか、探偵は笑った。
お腹を抱えて、大きく笑って、そして、

「……はぁ、全く、参ったよ降参だ室井隆二。君にはほんとに驚かされるよ」

白旗を上げたのであった。
それを見て、糸が切れたのだろう。
気がどんどんと遠くなり、隆二は意識を失った。

隆二が気を失って、そして探偵は気づいたように言った。

「あ、それと幸次郎こうじろう。そう、室井をボコボコにした君。脅してって僕は言ったよね?」

笑顔の彼は、笑顔のまま。

「命令違反。後で罰があるから、待っとけよ」

言葉の圧だけが、怒りを如実に表していた。


***


「ここ、は……」

ボロボロの天井から始まるこの視界は初めての経験だ。
喧嘩に負けたのも、襟を持って引きずられるのも。
そして、

「あ゛゛ッッ……くっっそいてぇ」

体を起こそうとして、その激痛にまた倒れる。

寝起きの激痛も視界がボヤけるのも……はじ、めて……

「あ、起きたかい? ギリギリだね」

「風太! てぇぇぇ!」

笑顔で覗き込んでくる彼の姿に起き上がろうとして、また痛みで倒れる。

「何してんのさ」

痛みに耐えつつこちらも笑い返す。
何とか意識は保つ事ができ、そしてその時視界に彼が映った。

「なんで、あの人もボロボロなんすか」

隆二をボコボコにしたヤンキー崩れが壁に寄りかかるように座っていた。
血まみれだ。隆二の3倍ぐらい血まみれだ。

紅烙会こうろくかいに言ってやったんだよ。僕の助手が君の下っ端にリンチされたってね。そしたら詫びって事で君の治療と報復しつけをしてくれたんだ」

「へ、へぇ……」

芥子風太、絶対に敵に回しちゃいけないやつだ。そう恐怖を感じていて──────────そして、気づく。

「いま、僕の助手って……」

「……ああ、そうだ室井隆二。
君は僕に覚悟を示した。なら、それに応えないのはパートナーとして、探偵として、一人の人間として不甲斐ないだろう?」

笑顔で言った探偵は、次に口の端だけを上げ小悪魔的に笑う。
その笑顔に不安を感じるが、しかしそれ以上に認められた喜びと、そしてまだ真昼を助けられる事が嬉しかった。

「それじゃあ助手の室井。もう動けるかい? 実はもう時間が無いんだ」

最初目を覚ました時の会話を思い出す。たしか、ギリギリだ、とかなんとか。

「俺は、ああ、動ける。大丈夫だ」

「そ、じゃあ君に初任務だ」

顔をしかめながらそう言う隆二を笑って流し、そして声高々に命令を告げた。

「君にはこれから岐阜県に行ってもらう」



***



「今回の事件、追う方法は3つある。
1つは、真昼ちゃんに罪を被せようとした探偵協会の調査。これは小鳥遊くん達に任せてるからいいとして。
2つ目は、今回の最重要容疑者である真昼ちゃんの調査。これは僕が担当するよ。ここら一帯の調査権も貰ったわけだしね。
それで、3つ目はテレビジャックを行った本拠地に直接殴り込みに行くこと」

「は!? え、そんなこと出来るんすか?」

「日本のセキュリティもザルじゃないさ。ジャックされてた時から逆探知をかけて繋がっていた回線から既に居場所は特定している。明日の朝には礼状を持って強制捜査を行うとミヤザワ君から情報も来た。
そこで、君たちだ。君たちはそこで警察の監視と、何か新しい情報が無いか調査して来てくれ」

「警察の監視? っていうか君たちって俺の他に誰が来るんすか?」

元々俺たちは3人だった。芥子に小鳥遊に俺。
でも2人が別の捜査をするなら他は俺1人だけだ。
そう思って聞いてみると、不思議そうに疑問符を浮かべた芥子が親指で後ろを指した。

「そりゃそこで伸びてる鮫山 幸次郎さめやま こうじろうくんとだよ。何のために駒を貰ったと。ほらそこ、嫌な顔しなーい」

「だってついさっきボコボコにしてきた奴っすよ?」

「大人ならプライベートと仕事は割り切ってください。それに、彼は使えるよ。なにせ元警察庁特務一課の人なんだから」

「は?………はああああああ?」

大声で身体中が軋む。しかしそんな事気にしてられない。
警察庁特務一課、警察のエリート中のエリートが集まる場所であり、実の所、室井隆二が目標としていた場所である。

「うるさい隆二」

「いや、え、は? 」

指で耳栓している芥子と倒れてるヤンキー崩れを理解できず何度も見直す。
何度見ても、いや何度も見るからこそ、その姿(金髪オールバックドクロ大好き)に納得できない。

(俺はこんな奴を目標に………)

何度も見直した後は肩を落として落ち込む隆二。その姿に芥子はまた笑ってしまう。

「それだけ元気なら任せられるね。じゃあ後はよろしくー。詳しい場所はまた後で知らせるから」

「え、いや待ってくれ風太!」

芥子はそれだけ言うと、早々に部屋を出ていった。
倒れている血まみれエリートと2人っきり。
気まずい空気となんだこれ状態でまたもや混乱してきた隆二であった。
でも─────

「よし……やるぞ! 待っとけよ真昼!」

またいつか街中で楽しく言い合えるように。隆二は覚悟を決めた。
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目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

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