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番外編
公爵様
しおりを挟む公爵様と想いが通じあってすぐ、私達は正式に婚約を結んだ。
社交界は、あの悪魔と毒華が一緒になったことに騒然としていたが、私達は特に反響を気にすることなくのんびりとした毎日を過ごしている。
「公爵様、お茶どうぞ」
「……ああ、ありがとう」
紅茶の入ったソーサーを公爵様に渡すと、少し間を空けてお礼を述べた彼は何か言いたげに横目で私をちらりと見つめてカップを受け取る。
「公爵様、どうかされました?」
不思議に思ってそう訪ねると、彼は小さく唇を尖らせてどこか拗ねたように顰めっ面を浮かべていた。
こういうところは、可愛いと思う。
烏の濡れ羽色のような漆黒な髪に、闇夜に光る深紅の瞳だって、そんな子どものような表情では型なしだ。
こんな少年のような彼のどこが悪魔だというのだろうか。
「君は…いつになったら私の名を呼んでくれるんだ」
「え?」
ぽつりと呟かれた公爵様の言葉に呆気にとられて目を見開いてしまう。
もしかしてこの人、そんなことで拗ねてたの?
「私は君を伯爵令嬢なんて呼んだことはないのに、どうして君はずっと公爵様呼びなんだ」
「ええと、どうしてと言われても…」
最初から公爵様と呼んでいた分、今更呼び名を変えるのはなんだか気恥しいのだ。
チラッと彼の表情をを伺うと今度はぷっくりと頬を膨らませているのだから、本当にもう…可愛い人だ。
「君は私と結婚して公爵夫人となっても、私のことを公爵様と呼ぶつもりか」
「…いえ、そんなことはありませんが」
「だったらこれからは私のことは名前で呼ぶといい。ほら、練習してみてはどうだ?」
コホンと一つ咳払いを落とした公爵様は、なんだかとってもわくわくしたご様子。
これは、呼ぶまで諦めない感じだ。
「……あの、公爵様」
「私は公爵様なんかではない」
いえ、あなたは紛れもない公爵様ですよ。
小さくため息をついて口を開く。
「名前は、ほら、結婚してからでも遅くないと思いますよ?」
「遅い。君は私のことを名前で呼びたくない理由でもあるのか?それとも、私の名前なんて忘れてしまったのだろうか…」
そんなわけがないのに、しょんぼりとしてそう言う公爵様に私まで眉が下がってしまう。
本当にくるくると顔色が変わる人だ。
こんなに感情が豊かなのに、公爵様は私や接し慣れた人間以外には驚くほどそれを伝えるのが下手な人だった。
「…カイゼル様、ですよね」
「なんだ、てっきり忘れていると思っていたのに」
照れくさくて頬を赤らめながら口を開いた私に、彼は心底嬉しそうに憎まれ口を叩いた。
「でも、様はいらないんだが」
「カイゼル様だって、私のことハンナ嬢って呼ぶじゃないですか」
「それもそうだな。では、ハンナ、これからは君をそう呼ぶことにする」
やけにあっさりとしたカイゼル様に少しだけ驚いてしまうが、目ざとく捉えた彼の耳はほんのり赤く染まっていてなんだか安心してしまう。
「照れ隠しがお上手ですね」
「っ、何を言って…」
「やっぱり私には敬称まで外してしまうのは少しハードルが高いのでカイゼル様と呼ばせて頂きます」
私達にはそのくらいが丁度いい。
「っ、なら…たまにでいいから、その、敬語も、やめてほしい」
「ええ、わかったわ」
笑顔で頷くと手を引かれてそのままぎゅっときつく抱きしめられてしまった。
温かい体温がほんわかと心地よい。
「私はたまに君の手のひらで踊らされているような気持ちになる…ハンナ」
耳元で囁かれた自分の名に胸の鼓動がうるさいくなるのを感じた。
どの口がそんなことを言うのか。
「ふっ、君の心臓の音が私にまで伝わってきそうだ」
「…うるさいです、恥ずかしいんですから黙っててください」
「もう敬語に戻ってしまったのか?残念だ」
からかうような声のトーンに悔しくなりながらもその背に腕を回す私に、彼の小さな笑い声が聞こえた。
「ははっ、私の婚約者は本当に可愛い」
「…どうして口下手なくせにそんな言葉ばかりスラスラと出ちゃうんです」
「私は思ったことを口にしているだけだ。社交界ではその様な素直な言動は慎むべきだとされている」
だから嘘が苦手な公爵様は苦労しているわけだと知っているけど、それでも…
「私にも少しは自嘲してくださいませ!」
「婚約者に愛を囁いて何が悪い」
「っ、もう…」
気持ちが通じる前は、うじうじとしたカイゼル様の悩みを聞いていることが多かったのに、どうして今ではこうも立場が逆転してしまったのだろうか。
…惚れた弱み?
私ばかりドキドキしているみたいで恥ずかしいのに…
それでも私と結ばれてちょっとだけ自信を取り戻した愛しい人の眩しい笑顔に、私は心の底から幸せを感じるのだった。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫
公爵様は心を開いた人間には甘ったれになってすぐ拗ねてしまいます(´・ ・`)
構ってもらったらすぐにご機嫌は直ります。
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