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カイゼル・ハディソン視点
妹君にご挨拶
しおりを挟むホーリィ嬢は数人のご令嬢と楽しげに談笑していて、なかなか声をかけづらかった。
彼女の髪は緩く巻かれているが、その色はさらさらストレートなハンナ嬢と同じミルクティで、なんだか先程別れたばかりのハンナ嬢が恋しくなってしまう。
…いや、ここで男を見せるのだ。
きっとハンナ嬢だって陰ながら見守っていてくれているはず。
じっとホーリィ嬢を見つめていると気を利かせてくれたのか、彼女の周りのご令嬢達がそそくさと離れていくのが見える。
チャンスは今しかない。
「…っ」
………言葉がつまる。
急に近寄った私に気がついた彼女と視線だけがばっちりと噛み合ってしまっているのがなんとも気まずい。
オロオロと焦っているうちに、先に口を開いたのはホーリィ嬢だった。
「カイゼル・ハディソン公爵様ですよね?お初にお目にかかります。姉がいつもお世話になっているようで…」
そう言ってにっこり笑った彼女に少しだけ目を見開く。
「あ…その、私が怖くないのか…?」
「ふふっ、お姉様がいつもすごく楽しそうに公爵様のことをお話してくれるんですもの。お姉様の大切にしている方を怖がったりなんてしませんわ」
そんな言葉に顔面に熱が集まるのがわかる。
ハンナ嬢が私の事をどんな風に話聞かせているのか気になって仕方がない。
ホーリィ嬢の様子では悪く言っているわけではないはずだ。
……そうか、楽しそうに私の話を。
………そうかそうか。
緩む口元を抑えられずにいると、目の前の彼女がクスクスと笑い声をもらし始める。
「本当に、噂なんてあてにならないものですね。お姉様と公爵様はそっくりです。姉はいつも公爵様がどんなに優しくて素敵な方かそれはもう熱く熱く語ってくれるんですよ?」
「っ…ハンナ嬢は本当に…」
どこまで私を幸せにしたら気が済むのだろうか。
きっと彼女はホーリィ嬢が私を少しでも気に入ってくれるようにそんな話をしたのだろうが、それでも私は彼女が自分をそんな風に評価してくれていたことが嬉しかった。
「…ホーリィ嬢、私は…そなたの姉君を特別に思っている。…ハンナ嬢に、恋い焦がれているのだ」
「ええ、そのようですね」
舞い上がってしまった私はいても立ってもいられず、ホーリィ嬢に自分の気持ちを打ち明けてしまった。
なおもにこにこと微笑ましそうに笑っているホーリィ嬢は何を思っているのだろう。
例え本来の私がそうでなくとも、やはり悪魔などと称される男が大切な姉に好意を向けることなど認められないのではないか。
どんどん悪い考えばかり浮かんでくる。
そんな私をじっと見つめて彼女が口を開く。
「では、さっさとお姉様をものにしてきてくださいませ!お姉様は社交界のおバカ共のせいでものすごーーーく自己評価が低くなってしまっているんです。本当のお姉様はそれはもう可愛くて優しい天使のような方なのにっ…私はお姉様が誤解されたまま自分を封じ込めてしまう姿なんてもう見ていられませんの!!!」
ホーリィ嬢は、ぎゅっと拳を握り、思いっきり眉を寄せてそんなことを言った。
…彼女はきっと今まで、ハンナ嬢の一番の理解者でいてくれたのだろう。
ホーリィ嬢だけが本当のハンナ嬢をみつめて、傍で支えてきたのかもしれない。
…そんな事実を唐突に理解し、なんだか胸がちくりと痛んだ。
妹だからと言って少しずるいのではないだろうか。
私だってもう少し早く出会っていたらホーリィ嬢に負けないくらい彼女と深い信頼関係を築けていたはずだ。
…うらやましい。
だけどそれでも、ホーリィ嬢の存在に私は心の底から感謝した。
最愛の彼女が少しでもその苦悩を分かち合える相手がいてくれて本当に良かった。
「私も…そなたと共に…ハンナ嬢を支えてもいいだろうか」
「勿論です。きっとそんなあなただから、お姉様もあれ程心を開いてしまっているのでしょうね。ふふっ、これからもよろしくお願いします……お義兄様」
最後の言葉だけ愉しそうに口角を上げて口にするホーリィ嬢に空いた口が塞がらない。
「くっ…お義兄様は、まだ早いっ…私はまだこの気持ちすら伝えていないのに…」
「そうですね、今はまだカイゼル様と呼ぶことにいたします。この呼び方が定着しないうちにビシッと男を見せてくれることを期待しておりますわ」
「……努力する」
ホーリィ嬢はふわふわとした見た目の割に案外ずばずばとものを言う。
そんなところはハンナ嬢と似ているようだ。
…ハンナ嬢のはただの強がりもあるが。
ホーリィ嬢と別れて、青いドレスを来た彼女の姿を探すが、会場を見渡してもどこにもいない。
帰ってしまったのか…?
いや、きっと彼女は私に黙って一人で帰ってしまうようなことはしない気がする。
もしやと思いバルコニーを覗くと、ハンナ嬢は手すりにそっと腕をかけてぼんやりと宙を見つめていた。
「ハンナ嬢!?まさかずっとそんなところに居たのか!?いくら春だと言っても夜はまだ冷えるだろう!ほら、こんなに冷たくなっている!」
最後に見た時と変わらない場所にぽつんと立っている彼女。
焦ってその頬に手をあてるとひんやりと冷たくなっていた。
「顔が少し赤い。もう今日は帰った方がいいだろう」
着ていた上着を彼女の肩にかけ、バルコニーから中に連れ戻す。
「私の馬車で送っていこう」
「…あの、大丈夫ですから」
少し様子のおかしい彼女を休ませてあげたくてそう提案するが、やんわりと拒否されてしまう。
「平気な様には見えない。ホーリィ嬢に伝えてくるから君はここで待っていてくれ」
「…ハンナ嬢?」
彼女を室内に入れ、すぐさまホーリィ嬢の元へ急ごうとすると、小さく袖口を掴む感覚があった。
「あ…」
彼女がどこか気まずそうに視線を逸らす。
「やっぱり様子がおかしい。ちょっとだけ我慢してくれ」
最早一時でも一人にさせることさえ不安だった。
私は彼女を横抱きにするとそのままホールに足を進める。
「っ!公爵様!?」
「すまない、だけど今の君を一人にさせてはいけない気がした。倒れでもしたら大変だ」
「別に体調が悪いわけではありませんから、あの、公爵様…少し恥ずかしいです」
体調が悪いわけでなくとも明らかに不調なハンナ嬢は、どうにか平静を保とうと必死なように感じた。
頼って貰えないことに悲しくなるが、だからこそ私が少しくらい強引に行った方がいいのかもしれない。
か弱く抵抗するハンナ嬢を諌めながらホーリィ嬢の元へ向かった。
「ホーリィ嬢、ハンナ嬢は体調が悪いようだから私が送り届けてもいいだろうか」
すんなりと声をかけることができたのは、先程話したばかりであったというのもあるが、ハンナ嬢を心配する気持ちが大きかったのだと思う。
「えっ、お姉様大丈夫ですか?」
「熱はなさそうだが心配だから今日はもう帰らせたい」
「そうですね、お姉様をよろしくお願いしますカイゼル様」
妹君であるホーリィ嬢にハンナ嬢を任されたことが嬉しくて表情が緩む。
そんな私は完全に油断していたのだ。
「ハンナ嬢?」
突然胸元をくすぐる感触に衝撃で固まりそうになった。
みるとハンナ嬢が私の胸に顔を寄せてその小さな頭をそっとこすりつけている。
「あらあら、体調が悪くて公爵様に甘えたくなってしまったのですね。お姉様は本当に可愛いです!」
「そうなのか…?」
本当に私に甘えてくれいるのだろうか。
…嬉しい。
「そうに決まってますわ!早くお姉様を送って差し上げてくださいな。あら、ここからだと我が家よりも公爵邸の方が近かったかしら?お姉様もつらそうだし、もし良ければ公爵様のお家に連れ帰ってくださいませんか?」
楽しそうにクスクスと笑いながら告げられる言葉に目を見張る。
それはさすがに…私も男だし…
自分の姉のことに関してもっと警戒心を持つべきだと思う。
「あの、やっぱり私一人で帰れますから…」
ぐるぐると考え込んでいるうちに腕の中の彼女がそんなことを言い始める。
「ダメだ。ではホーリィ嬢私達はこれで失礼する。今日は話せて良かった。良ければまた話を聞いてくれるだろうか」
できればハンナ嬢に繋がるこの縁は大切にしたい。
…ハンナ嬢について聞きたいことだって、相談したいことだってまだまだたくさんある。
「ええ、勿論です!」
「ありがとう。ではまた」
それだけ言うと私はハンナ嬢を抱えたまま会場を後にするのだった。
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