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カイゼル・ハディソン視点

自覚した想い

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その日から私は、ホーリィ嬢のことを尋ねたり、ひたすら話相手になってもらったりと、ハンナ嬢を何度も公爵邸に呼び出した。


「ホーリィ嬢は何の菓子が好きなんだ?」

ハンナ嬢へ何かお礼がしたくて足を運んだカフェを思い出してそんなことを尋ねる。

ショーケースには豊富な種類のケーキやタルトが並んでいて、男の私まで惚れ惚れしてしまった程だ。


あんなところに入るのは初めてだったが、ハンナ嬢の喜ぶ姿を想像してケーキを選ぶのは悪くなかった。

自分が買って来ると言ってきかない執事を押しのけてわざわざ女性ばかりのあんな店に足を運んだかいがある。

勿論店内にいた人間は私の容貌を見るなり顔を青くしたり小さな悲鳴を上げたりと居心地は良いとは言えなかったが。


「ホーリィは甘いものがあまり得意ではないのでプレゼントならお菓子類は避けた方が懸命ですね」


そう答える彼女に目を丸くしてしまった。

女性ならば皆甘いものが好きだという説は間違いだったらしい。


「もしもホーリィと親しくなったら、甘いものが人気なカフェなんかより美味しいレストランにでも連れて行ってあげてください」

彼女は平然とそう言うが、私はそんなことを気にしてなんていられないほど、内心ではひどく狼狽えていた。


「そうか、頭に置いておこう。それにしても、甘いものが嫌いな女性もいるのだな」

「好みは人それぞれですから」

だけどやはり、姉妹ならば好みも似ているのではないだろうか。

だとしたら、


「君も菓子は苦手なのか?」

せっかく選んだフルーツタルトも、ハンナ嬢にとっては迷惑だったかもしれない。

恐る恐るハンナ嬢の様子をうかがうと、彼女はキョトンとした顔をして口を開いた。


「え?いえ、私は…どちらかと言うと、大好きな方ですよ」


……そうか、大好きなのか!


「それは良かった。今日はいつも相談に乗ってくれているお礼に最近人気だというカフェのフルーツタルトを用意したんだ」

「フルーツタルト!?」


表情を緩めて話す私に、彼女はキラキラした瞳を大きく見開き感嘆の声を上げる。

興奮したような姿が可愛らしかった。


もっとハンナ嬢を喜ばせたい。

どうしてかそんな考えが頭をよぎる。



「喜んでくれたようで何よりだ。今準備させよう」

「ありがとうございます、公爵様」


使用人がタルトと紅茶を用意すると、わくわくを抑えきれないといった表情でこちらをチラチラと見てくる。

「どうぞ、ハンナ嬢」

「いただきますっ」


彼女はフォークを使って一口台にしたタルトを上品な所作で口元に運んだ。


「美味しい…!!!」


……表情がゆるみすぎじゃないだろうか。

いつものさっぱりとした態度からは想像もできない。

まるで子どもみたいに素直に感情を表すハンナ嬢に、なんだかこのまま彼女をずっと見守っていたいような、そんな気持ちになった。


「いつも凛としたハンナ嬢のこんな無邪気な姿が見れるなんて思わなかった」

「こんなに美味しいタルトの前では誰しもこんな風に我を忘れてはしゃいでしまうものです!」

「ふっ、そうか。満足していただけたようで良かった」


この様子では、美味しいお菓子を用意していれば毎日でも私に会いに来てくれるのではないだろうか。


「ありがとうございます公爵様。すごく美味しかったです」

「礼を言う必要はない。いつも話を聞いてもらっている礼だと言っただろう」


それに、今の私はきっとハンナ嬢よりもずっと満足してしまっているのだ。

彼女が喜んでくれたことで、店内で感じた憤りなど吹っ飛んでいってしまった。


人に何かをして自分が嬉しくなるなんて経験は初めてのことだった。

ハンナ嬢はこれからも私にいろんな感情を教えてくれるはずだ。そんな予感がする。



そうして時は流れ、彼女がこの屋敷を訪れはじめてもうすぐ半年が経つ。

その頃には、ホーリィ嬢へのものとは全く違う自分がハンナ嬢に向ける想いの正体に少しずつ気づき始めていた。


ホーリィ嬢への気持ちは、シンプルに言えば愛玩動物に抱くようなもので

それに対してハンナ嬢への想いは…


一緒にいると楽しくて、たまに胸が痛くなって…だけどそんなのも全然苦ではなくて。

ずっと側にいて、私の手で幸せにしてやりたい。


ホーリィ嬢が誰と幸せになろうと素直に祝福できるのに、ハンナ嬢が自分以外と幸せになる姿なんて死んでも見たくない。

そんな気持ちだった。

ハンナ嬢にも、ずっと私だけを見つめていてほしいのだ。


ハンナ嬢と過ごしていくうちに、私の気持ちはどんどん大きくなっていって、もしかすると彼女にもバレてしまっているのではないかと、そんなことを心配していた矢先のことだった。


「では、そろそろ公爵様の晴れ舞台について作戦を練っていきましょうか」

…ハンナ嬢からそんなことを言われたのは。


「…晴れ舞台?」

「これだけホーリィと仲良くなるために努力しているのですから、そろそろ本番に移るべきです」


思いもしなかった言葉にポカンと口を開けて驚いてしまう。

それもそのはずだ、私はもうホーリィ嬢のことなんて全く気にもしていなかったのだから。


「公爵様は何のために今まで練習していたんですか?」

「それは、まあ…せっかく習得し始めたコミュニケーション能力を誰かに試したい気はするが…」

それは別にホーリィ嬢とではなくても良かったのだけど。

「きっと今の公爵様なら大丈夫ですよ」


彼女に他の誰かとの恋を応援されるのはすごく複雑だったけれど、せっかくの気持ちを無下にすることもできない。

…それにホーリィ嬢と仲良くなって、ハンナ嬢とのことを協力してもらえたらすごく心強い気がする。

打算的な考えが湧いてきて、少しだけ前向きになれた。


「公爵様にも、来週行われるパーティーの招待状は届いていますよね。ホーリィはそれに参加すると言っています」

「それは君も参加するのか?」


そう尋ねると、彼女は少し迷った様子で考え込み、こくりと頷いた。


「そうですね、私も公爵様の晴れ舞台しっかり見守らせていただきます」

「…ふっ、なんだそれ」

「公爵様と私は一蓮托生ですから」


そんな言葉に、彼女にとって自分が特別な存在になれたようで嬉しかった。


ハンナ嬢以外とうまく話せる自信はないが、ホーリィ嬢と仲良くなれたらきっと私達の関係を進展させる足がかりとなることだろう。


頑張らなければならない。


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