5 / 14
毒華の嫉妬
しおりを挟むどのくらいバルコニーに居たのだろうか。
柵の上に両手を置いてぼんやりと遠くに見える庭園を眺めていた。
「ハンナ嬢!?まさかずっとそんなところに居たのか!?」
そんな焦ったような公爵様の声が聞こえて我に返る。
「いくら春だと言っても夜はまだ冷えるだろう!ほら、こんなに冷たくなっている!」
彼は少しだけ怒った様に声を荒らげながら、そのしなやかな手を私の頬にあてるのだった。
公爵様のじんわりと温かい体温を感じる。
「顔が少し赤い。もう今日は帰った方がいいだろう」
そう言うと彼は自身が着ていた上着を私の肩にかけ、バルコニーから中に連れ戻した。
「私の馬車で送っていこう」
「…あの、大丈夫ですから」
せっかく覚悟を決めた彼の大切なパーティを邪魔したくなんかなかった。
「平気な様には見えない。ホーリィ嬢に伝えてくるから君はここで待っていてくれ」
いきなり彼の口からホーリィの名前が出てきて少しだけ驚いてしまう。
そうも簡単に彼女に声をかけることができるほど親しくなってしまったのだろうか。
「…ハンナ嬢?」
気がつくと条件反射の様に彼の袖口をきゅっと掴んでしまっていた。
「あ…」
「やっぱり様子がおかしい。ちょっとだけ我慢してくれ」
公爵様をそう言うとそっと私を抱き抱えた。
俗に言うお姫様抱っこというやつだ。
「っ!公爵様!?」
「すまない、だけど今の君を一人にさせてはいけない気がした。倒れでもしたら大変だ」
「別に体調が悪いわけではありませんから、あの、公爵様…少し恥ずかしいです」
もう何を言っても無駄だった。
心配性で優しい公爵様は結構頑固なのだ。
「ホーリィ嬢、ハンナ嬢は体調が悪いようだから私が送り届けてもいいだろうか」
彼はあれだけ緊張していたくせに、躊躇なくホーリィに声をかける。
…変わってしまった彼に喜ぶべきなのに、なんだか寂しくなる。
「えっ、お姉様大丈夫ですか?」
「熱はなさそうだが心配だから今日はもう帰らせたい」
「そうですね、お姉様をよろしくお願いしますカイゼル様」
…カイゼル様?
親しげに名前を呼ぶホーリィに目の前が真っ暗になってしまうようだった。
なんだかとっても良い雰囲気なのだ。
「ハンナ嬢?」
公爵様は突然胸元に顔を寄せた私に不思議そうに声をかける。
二人の応援をするふりをして、私はどこまでも自分のことしか考えていないのだ。
こんな醜い自分、知らなかった。
「あらあら、体調が悪くて公爵様に甘えたくなってしまったのですね。お姉様は本当に可愛いです!」
「そうなのか…?」
「そうに決まってますわ!早くお姉様を送って差し上げてくださいな。あら、ここからだと我が家よりも公爵邸の方が近かったかしら?お姉様もつらそうだし、もし良ければ公爵様のお家に連れ帰ってくださいませんか?」
何を言ってるの、ホーリィ…!?
楽しそうにクスクスと笑いながら告げられる言葉にびっくりしてしまう。
もしかすると彼女は私の気持ちに気づいてしまっているのではないか。
だとしたら、私は公爵様の恋を完全に邪魔するだけの存在に成り下がってしまう。
「あの、やっぱり私一人で帰れますから…」
「ダメだ。ではホーリィ嬢私達はこれで失礼する。今日は話せて良かった。良ければまた話を聞いてくれるだろうか」
公爵様は少しだけ頬を染めてホーリィにそんなことを言う。
「ええ、勿論です!」
「ありがとう。ではまた」
彼はそれだけ言うと私を抱えたまま会場を後にするのだった。
ああ、こんなことならパーティーなんて来なけれ良かったのかもしれない。
公爵様の恋を応援するつもりだったのに、これでは完全な足でまといだ。
「ごめんなさい、公爵様」
「君が謝ることなんて何も無いよ」
彼は自らの馬車に乗り込むと、私を抱えたまま帰路につくのだった。
0
お気に入りに追加
775
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】君は友人の婚約者で、どういう訳か僕の妻 ~成り行きで婚約者のフリをしたら話がこじれ始めました。いろいろまずい
buchi
恋愛
密かにあこがれていた美しい青年ジャックと、ひょんなことから偽装結婚生活を送る羽目になったシャーロット。二人は、贅を尽くした美しいホテルの組部屋に閉じ込められ、二人きりで過ごす。でも、ジャックは冷たくて、話さえしてくれない。実は好き同士のじれじれ物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
完)今日世界が終わるなら妻とやり直しを
オリハルコン陸
恋愛
俺は、見合い結婚をした妻のことが嫌いな訳ではない。
けれど今まで、妻に何ひとつ自分の気持ちを伝えてこなかった。多分妻は、俺のことを妻に興味のない、とても冷たい夫だと思っているだろう。
でも、それは違うんだ。
世界が終わってしまう前に、これだけは伝えておかなければ。
俺は、ずっと前から君のことがーー
------
すっかり冷え切ってしまった夫婦。
今日で世界が終わると知って、夫が関係修復の為にあがきます。
------
オマケは、彼らのその後の話です。
もしもあの日、世界が終わらなかったら。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
拝啓、大切なあなたへ
茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。
差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。
そこには、衝撃的な事実が書かれていて───
手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。
これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。
※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。
【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす
春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。
所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが──
ある雨の晩に、それが一変する。
※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人
通木遼平
恋愛
アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。
が、二人の心の内はそうでもなく……。
※他サイトでも掲載しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
嫌われ王妃の一生 ~ 将来の王を導こうとしたが、王太子優秀すぎません? 〜
悠月 星花
恋愛
嫌われ王妃の一生 ~ 後妻として王妃になりましたが、王太子を亡き者にして処刑になるのはごめんです。将来の王を導こうと決心しましたが、王太子優秀すぎませんか? 〜
嫁いだ先の小国の王妃となった私リリアーナ。
陛下と夫を呼ぶが、私には見向きもせず、「処刑せよ」と無慈悲な王の声。
無視をされ続けた心は、逆らう気力もなく項垂れ、首が飛んでいく。
夢を見ていたのか、自身の部屋で姉に起こされ目を覚ます。
怖い夢をみたと姉に甘えてはいたが、現実には先の小国へ嫁ぐことは決まっており……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる