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自覚した想い

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「これはいったいどういうことなんですの!?」

早朝から先触れも出さずやって来た彼女は、私と私にぴったり寄り添うグレン兄様をみて真っ赤な顔で喚き散らしていた。


マリアンヌ・トリスタン男爵令嬢だ。


「私という婚約者がいながら、元妹と言えども、女性をご自分の家に泊めるなんてどうかしてますわ!!」

「婚約者を語り、こんな朝早くに先触れもせず訪問するあなたこそどうかしていると思いますが?」


あくまでも冷静に言葉を返す。


彼女はこれ以上なく眉を釣り上げて私を睨みつけていた。

淑女らしからぬ表情ね。



「まあっ、まるで私が嘘をついているような言い方ね!」

「グレン兄様はあなたとはそんな関係ではないとはっきり否定してくださいました」


「ふんっ、私とグレン様の婚約はバート伯爵家も認めてくださいましたわ!」

彼女の言葉に思わず首を傾げる。


「だから、どうしたのです?グレン兄様の婚約にバート伯爵家は関係ありませんよね?」

「あらっ、何も知りませんのねぇ。グレン様はカワイティルの領地経営で、バート伯爵家にたくさんの借りがあるんですのよ?そんなバート伯爵家と懇意にしている私を無下になんてできませんわ」


あまりにも身勝手すぎる主張に私は思わず彼女の方に一歩踏み出す。


すると、後ろにいるグレン兄様にぐっと腕をひかれ引き戻されてしまった。


「俺が相手をする。ありがとうカティ」


ふんわりとした笑みを向けられ少しだけトキめいてしまった。



「バート伯爵には確かに世話になったが、トリスタン男爵令嬢と婚約した覚えはない」

「っ、だけどグレン様は私が婚約したいと言ったら貴族社会をしっかり学んだ方がいいと学園に通うことを進めましたわよね!?それは婚約者としてグレン様を支えて欲しいということでしょう!?」


「それはあまりにも貴女が強引に婚約を推し進めようとしていたから、学園にでも入ってもう少し淑女の嗜みや協調性を身につけると良いのではと思っただけだ。他意はない。まさか本当に入学するとも、そこでカティに戯言を吹き込むこむとも思ってもみなかったが」


グレン兄様の言葉にトリスタン男爵令嬢は一層顔を赤くしてわなわなと震えていた。

気の毒だが、はっきりと拒絶を示す兄様に安心する自分がいることも否めない。


「バート伯爵家が黙っていませんわ!」

「黙るも何もこんな茶番に巻き込まれる伯爵が不憫でならないな。俺の知る彼は俺がこの地に来た背景など気にもせず、ただ俺自身の考えに賛同して支援を申し出てくれた人格者だ。トリスタン男爵令嬢、貴女との婚約など彼にとっては塵ほども興味がないはずだ」

「っ、」

図星なのか、彼女はぐっと眉間に皺を寄せて苦虫を噛み締めたような表情を浮かべた。



「それに」

グレン兄様は口元に小さく笑みを乗せて言葉を続ける。


「この領地の経営もやっと軌道に乗ったところだ。仮に貴女と婚約しなかったせいで伯爵との親交が絶たれたとしても、十分やっていける程の地盤は固めることが出来た」


彼の堂々とした態度にそれがはったりなどではないことを目の前の令嬢も理解出来たようだ。

…約一年ばかりで、本当にすごい人。



「わかったら、さっさとお引き取り願おう」


グレン兄様は私の肩を抱いて蠱惑的な笑みを浮かべた。



「っ、嫌よ!!婚約者がいないのなら、私でもいいじゃない!元妹といつまでも仲良くして気持ち悪いっ」


「婚約者ならいる」


「はぁ?そんな話…」


訝しげな顔をしてこちらを見つめるマリアンヌさんにグレン兄様はゆっくりと口を開いた。



「ここにいるカティアが俺の婚約者だが?」


「何言って…だって、元妹とそんな…」


「そういうことなので、あなたの入る隙間なんて一ミリもありませんからっ」


ムキになってそう言う私をグレン兄様が愛おしそうに見つめていた。

私の肩を抱く手にきゅっと力が篭もる。



「…意味わかんないっ、こんな女選ぶなんてどうかしてるわ!」


彼女にこんな女呼ばわりされる筋合いなんてなかった。

もう、何なんだこの人。



「だって、この女はグレン様の家族を犯罪者にした原因でしょう!?そうよ、こんな女と婚約なんて亡くなったグレン様のお母様だって悲しみますわ!即刻婚約を解消してくださいませっ」


…ああ、彼女は苦手だ。


どうしてこうも他人の事情にズカズカと踏み込むことができるのだろうか。


これは私とグレン兄様の問題なのに。


いくらわだかまりが解けたといっても、第三者に触れられて気分が良い話ではない。


少しだけ不安になってグレン兄様に視線をやると、彼はすぐにそれに気づいて私を安心させるように微笑んでくれた。


優しい笑みだった。



「俺の家族はカティだけだ」


わかりやすく狼狽える彼女に、兄様はもう一度口を開く。



「カティしか、いらない」


こんなの、絆されないわけがなかった。



___私、グレン兄様が好きだ。



家族愛だけでなく、恋愛の好き。




「でもっ、そんなの…祝福なんてされるはずないわっ」

「祝福されるために結婚するわけではありませんので。私はグレン兄様と共に生きていきたいだけです」

私がそう言うと彼は心底嬉しそうに表情を綻ばせた。


背後からぎゅっと抱きしめられる。


いつもより早い心臓の鼓動に気づかれてないといいけど…



「当然俺もカティと同じ意見だ。だが、俺達の婚約はアボット公爵家は勿論、王太子殿下からも祝福されている」

「王太子殿下…!?」


「俺達の仲を取り持ってくれたのもフィリップ殿下だ。お前は殿下のご好意に泥を塗る気か?」


さすがにこの言葉にはマリアンヌさんも絶句していた。


…都合の良い時だけ殿下の名前を出すのだから、悪い人だと思う。



「王家や公爵家に反する意図がないのならば即刻この屋敷から出ていってくれ。今後俺やカティに悪戯に近づくことは遠慮願おう」

「…っ、わかりました!妹を愛する様な方はこちらから願い下げですわ!!」


彼女は最後に私たちを睨みつけて、慌ただしく屋敷を後にするのだった。



「…心配事は解消されたか?」

マリアンヌさんが去っていった後、グレン兄様は少し不安げに私に尋ねた。


「彼女については以前弁解してもらいましたから心配なんてしていませんでしたわ」

「そうか」


ほっとしたように息を吐く彼。

確かに彼女の言い草に苛立ちは覚えたが、兄様のことを今更疑おうなんて思いもしなかった。


…信用していたのだと思う。



「俺は、不安だった」

「不安?」


「あの女の言葉を信じて、カティがまた離れていかないか…」


グレン兄様がそんなことを言う。



「いい加減私の事信じてくれてもいいのでは?」

「…ごめん。俺はあの女の言い分も一理あると思ったんだ。俺が過去にカティにしてきたことは変わらないし、公爵家や殿下と違って周りの人間が俺達のことを受け入れてくれるとも限らない。俺のせいでカティが嫌な思いをしてしまうことになるかもしれない…」

「わかってくれる人にだけわかってもらえたら十分です」



「ああ、だから…嬉しかった。カティがそんな事実を考慮してもなお、俺を選んでくれて…本当に泣きたいくらい、嬉しかった」


そんなことを言いながら、やっぱり彼の瞳はうるんでいて…

本当に感情が豊かになったなぁ、なんてしみじみと思った。



「そうですね、今後のプランとしては、まずグレン兄様には自分に自信を持ってもらう必要があります」

「…何の話だ?」


「自分に自信がないから、私の気持ちにいちいち不安になってしまうんです!」


ゆくゆくは何があっても私を信じられるくらいになってほしい。

ちょっとしたことで揺らいでしまっては彼自身が苦しいだけだ。



「グレン兄様…」

「うん?」



「私、グレン兄様が好きです」

「ああ。…嬉しい」



「兄様としてじゃなくて、異性としてです。一人の男性として、グレン兄様が好きなんです」

「…っ」


大きな瞳をより一層見開いて驚くグレン兄様に私は困ったような微笑みを浮かべてしまう。

やっぱりグレン兄様は私が異性として彼を好きになるなんて予想もしてなかったのだろう。


「グレン兄様と同じくらい、私もあなたを愛したいんです…だから、少し待っててくださいね。多分、きっと、そんなに長くはかからないと思います…っ、わっ、ちょっと」


言うや否や背後にいた彼は、私をくるりと回転させて正面からきつく抱きしめる。

グレン兄様の温かい体温が私を包み込んだ。



…心地よい。



「カティ、ありがとう…うん、ゆっくりでいいから、もっともっと…俺を好きになって?」

「はい…」


「でも、ごめんカティ。多分カティの気持ちが俺と並ぶ日なんて永久に来ない」

「えっ、どうして…?」


不満に思って彼を覗き込むと、どうやら私が予想したような悪い意味ではなかったらしい。

グレン兄様は依然として嬉しそうに笑っていた。



「こうしている間も、カティへの想いはどんどん深く、強くなっていってるから」


「…それは、殺し文句です」

「愛してるよカティ」


「私も、愛してます…多分」

「…多分」

「愛してますっ」



ずっとこの甘い熱の中に囚われていたい。


私は、グレン兄様と生きていくのだ。



心からそう思った。


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