兄が度を超えたシスコンだと私だけが知っている。

ゆき

文字の大きさ
上 下
47 / 56

通い妻

しおりを挟む


週末、学園が休みの今日はカワイティルに兄を訪問しようと決めていた。

学園を卒業するまで待てとは言ったが、休日に彼を訪ねるくらいは構わないと思う。

…喜んでくれそうだし。


「カティ、気をつけて行ってきなさい」

「はい、お義父様」


公爵家の家族は兄との婚約をことのほか素直に喜んでくれている。

勝手に決めてしまった手前、怒られることは覚悟していたが、私が望むのならと皆はすんなりと認めてくれたのだった。



「姉様、僕も行くっ!」

「こらマルティン、カティを困らせないのよ?」


お義母様が義弟のマルティンを諌めながら私にも柔らかい微笑みを向ける。


「カティ、本当に手土産は持っていかなくていいの?」

「ええ、グレン兄様にそこまで気を回す必要はありませんから!」


きっぱりと断る私にお義母様は困ったように眉を下げていた。

会いに行ってあげているだけ感謝して欲しいくらいだ。



「マルティン、いい子で待っててね」

「……早く帰ってきてください、姉様」


私のドレスの袖をきゅっと掴んでそう言うマルティンに私はメロメロだった。

お姉様はあなたの為に秒で帰ってきますわ。



見送ってくれた家族に挨拶を告げて、私は馬車に乗り込んだ。


カワイティルまでの道のりは長い。

先程も言ったが、本当にお兄様には感謝してもらいたい。


わざわざこんなところまで会いに来てくれる婚約者なんてなかなかいないのでは?


…知りませんけど。



本を読んで時間を潰すことにする。

ペラペラとページを捲っていくと、どうやらこの本は当たりだったみたいで、私はことのほか熱中してしまうのだった。



そして馬車に揺られること数時間。



「…面白かったわ」

興奮してついつい独り言を洩らしてしまった。



本を閉じたタイミングで、馬車が止まる。



……タイミングも素晴らしくて、この本はいろんな意味で優秀な本だと思った。



馬車か、降りる際、私はようやく気づく。

馬車の振動と、並んだ活字を見続けたことで…私はすっかり酔ってしまっていたのだ。



「うぇぇ…具合悪い」

そんな情けない言葉が出る。



「…カティ!」

門から出てきて私の姿を発見した彼が、嬉しそうに駆け寄ってくるのが見える。


「グレン、兄様…」

「おかえりカティ!」


…おかえりって、私の家は他にしっかり存在していますが。


嬉しく感じてしまった自分がいたことは黙っておこう。



「カティ、もしかして酔ったのか?」

「…少しだけ」


本当は今にも朝食を戻してしまいそうな程だったが、なんとなく見栄を張ってそう答えた。


するとグレン兄様は、

「大変だ…」

そう一言呟くと、次の瞬間私を両手ですくい上げるように抱き上げるのだった。


急な浮遊感に思わず彼の首にしがみつく。

…鼻息がどこか荒いように感じるのは気の所為だと信じたい。



「ちょっと、グレン兄様…」

「大人しく掴まっておくといい。顔色が悪い」


恥ずかしいのですが…



それに、


ゆらゆら揺れて一層気持ちが悪い。



彼が侯爵家の邸宅に入り、以前泊まった客間のベッドに私を降ろそうとした時



「う、うぇぇ」


私は我慢できず、彼の胸元にしっかりと吐き出してしまうのだった。

しかも汚れたのは彼の服だけで、私には少しの被害もない。

…なんだか、すごく悪いことをしてしまった。



「カティ!?大丈夫か!?」

自分よりも私の心配をする姿には好感が持てますが…お願いですから早急に湯浴みをして着替えてきてください。


恥ずかしさと気まずさに耐えられそうにありません。



そんな私の気持ちなんて露知らず、使用人に水や薬を頼むと、ベッドに私を寝かせて心配そうにオロオロと私を見つめていた。



「あっち行ってください」

「どうしてだ…!やっぱり俺の事嫌いに…」

「面倒くさいこと言わないでください!こんな醜態を晒してしまって…今は兄様の顔を見ていられませんから」


どこまでも自信の無い彼は、ほんの些細なことでも私に嫌われたのではないかと勘違いしてしまう。

具合は悪いし恥ずかしいし、彼は面倒くさいし…もう、私にどうしろと言うのだ。



「俺はこんなことくらいでカティに何か思ったりしないぞ?心配はしても、カティにがっかりしたり嫌いになったり…そんなことは絶対に有り得ないから安心して欲しい。寧ろ、カティがつらい時にそばにいられない方が嫌だ」


……もう、本当にあなたは誰なの。

少しだけ慣れてきたが、やはり以前の彼とのギャップが大きすぎて混乱しそうだ。


今の彼が嫌だと言えば嘘になるけれど。



「…そうですか」

照れてそっぽを向くと、グレン兄様はそっと私の手を握ってくれた。



しばらくすると侯爵家に使えているであろう使用人がやってきて、私に薬や水を用意すると、グレン兄様に湯浴みを勧める。


「すぐに戻ってくるから…寂しいだろうけど、待っててくれ」

「…早く行ってください」


彼は足早に部屋を去っていく。


うがいをして薬を飲むと、彼が戻ってくる頃には少しだけ気分も快復していた。


しおりを挟む
感想 142

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪

山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。 「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」 そうですか…。 私は離婚届にサインをする。 私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。 使用人が出掛けるのを確認してから 「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

処理中です...