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決心
しおりを挟むその日は、なかなか眠れなかった。
昼間のことが頭から離れず、目が冴える。
(カティ~、授業中眠くなっちゃうよ~?)
(夜更かしはお肌によくないのねっ!)
(カティ悩んでるの~)
妖精さん達が口々にそんなことを言う。
(悩んでは、ないの。答えは今日見つかったんだから…)
だけど、自信がなかった。
(僕らはカティに幸せになって欲しいな~)
(ユーリだったらカティを幸せにしてくれるわねっ!)
(カティが笑ってたら誰でもいいの~)
なんとも私至上主義の妖精さん達に思わず笑みが零れた。
どこまでも私の幸せを願ってくれる妖精さん達には本当に感謝しかない。
少しだけ気持ちが晴れた気がした。
(ありがとう、みんな。だけど、私ばかり幸せになって、ユーリに何を返せるのか全然わからないの…)
(ユーリはカティがいれば幸せだよ~?)
(余計な心配ねっ!)
(二人だったら幸せになれるの~)
…そうだったら、いいな。
ユーリが私を愛してくれるだけ、私もユーリを愛したい。
その気持ちは本心だ。
(((おやすみカティ)))
そんな優しい声と共に、私は夢の世界へ旅立ったのだった。
そして、次の日。
ようやく決心した想いを胸に、いつものように庭園のガーデンテーブルにユーリとお昼を食べにやってきた。
何かを察したのか、ユーリは食事には手をつけず穏やかな眼差しで私を見つめていた。
「話があるの」
「どうしたの?カティ」
緊張してうまく言葉がまとまらない私の話を、せかすことなく黙って耳を傾けてくれるユーリ。
そんな優しさに触れて、少し心が和んだ。
「婚約の話なんだけれど…」
「…うん」
「私、ユーリの申し出を受けようと思うの」
ついにそう口にして、私は思わずユーリから視線を外し下を向いてしまった。
しばらく無言の時間が続き、耐えられなくなった私はそっと顔を上げる。
「っ、ユーリ?」
目に入ったユーリは、どこか辛そうな、悲しそうな、そんな複雑な表情を浮かべていた。
……どうして、そんな顔をするの?
「ごめんね、カティ」
そう口にしたユーリの言葉は震えていた。
「婚約を望んだのは僕で、喜ぶべき言葉なのはわかってるんだ~」
泣きたくなるような辛そうな声なのに、いつもと変わらない緩い口調が不釣り合いで、よくわからない苦しさが胸を締め付けた。
「だけど…ははっ、なんでだろ~」
「ユーリ?」
「今日は、そんな言葉を聞いても…全然嬉しくないかも」
明らかな拒絶を含むそんな言葉をユーリの口から聞くことになるとは思ってもみなかった。
遅すぎたのだろうか。
もう随分彼を待たせてしまった。
いつの間にかユーリの心は私から離れていたのかもしれない。
だったら私は彼を責めるこなんてできない。
「そう、ごめんなさいユーリ」
「カティはやっぱり、そんな風に簡単に納得しちゃうんだよね?」
「長い間返事をしなかったのは私だから」
悪いのは私だと、そんな意味をこめて口にした言葉だが、ユーリは一層表情を歪めた。
「僕が言ってるのはそういう事じゃないんだよ、カティ」
「…?どういうこと?」
「僕は結構欲深いから、カティの心まで欲しがっちゃったんだ~」
ユーリは、そんなことを言って、おどけたように無理やり貼り付けたような歪な笑顔を浮かべた。
「カティが婚約を決めたのは、昨日グレン様に婚約者がいると知ったからでしょ?僕は消去法で選ばれても嬉しくないかな」
「っ、そんなつもりは…」
言葉が続かなかったのは、心のどこかで否定できない気持ちがあったからかもしれない。
身勝手な自分が心底恥ずかしい。
「ごめんなさい、ユーリ。私あなたに失礼なことをしてしまったわ」
「うん、とっても失礼だよカティ」
ユーリは笑みを浮かべたまま、そう言った。
「婚約を申し込んでから、僕はずっと焦ってたんだ…ねえ、カティ…カティが気づいてない本心を、僕が教えてあげようか?」
「私の、本心?」
「本当は、いつかカティがその気持ちに気づいてしまうことを僕は恐れてたんだけどね。でも、カティがあまりにも自分の気持ちに疎いから…僕が教えてあげる」
普段よりも僅かに低い声で淡々と言葉を紡ぐユーリに、冷や汗が背筋をつたう。
自分の気持ちなんて、知りたくなかった。
「カティはね、グレン様が好きなんだよ」
「っ、そんなことないわ!」
即座に否定するが、ユーリは全く信じていないように小さくため息をついた。
「私はグレン兄様のことなんて好きじゃない。それに、グレン兄様は私のことなんて簡単に忘れて、トリスタン男爵令嬢と婚約なさったじゃない…」
「僕にはそれが拗ねてるようにしか聞こえないよ、カティ。そうやって、カティが心を乱すのはいつもグレン様のことばかりなんだけど、自分で気づいてる?」
図星をつかれたようで、言葉を飲み込む。
「僕はカティのことを誰よりも愛してるけど、僕の愛情だけじゃ君を幸せにできないことはわかりきってる…そんなの、誰も報われないでしょ~?」
「でも、私は…」
「優しいカティが僕の気持ちに応えようとしてくれたことはわかってる。だけど僕は、カティを幸せにしたくて婚約を申し込んだんだよ…こんなんじゃ、意味が無い」
どれほどユーリが私のことを想ってくれていたのかが、言葉の節々から伝わってくる。
涙が、つーっと頬をつたった。
「もがいてもがいて、それでもカティが幸せになれなかったら…その時は、僕がうんと慰めて、甘やかしてあげるから」
「…っ、どうしてそんなに優しいの」
「好きな子には優しくしなさいって、シュゼット家の男はみんなそう教えられるからね~」
そう言って笑うユーリは、もういつも通りの彼だった。
「ありがとう、ユーリ…私、グレン兄様としっかりけじめをつけようと思う」
「どうなっても、僕はカティの味方だから」
優しい手つきで私の涙を拭うユーリに、私はいっそう泣けてしまった。
グレン兄様に、会いに行こう。
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