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現れた婚約者

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■□


そして、月日は流れ、私はもうすぐこの学園を卒業する。

王太子殿下が去年の今頃卒業して、あっという間に次は私の番なのだから驚いてしまう。


ユーリへの答えは未だに出ていない。




「カティ、おはよ~」

「…おはようユーリ」


最近では、彼にどことなく気まずさを感じてしまって目を合わせることもあまりできなくなっていた。



きっとそんな私に気づいているはずなのに、何も言わないのは彼の優しさからだ。



足早に過ぎていく時間、穏やかな日々。


今日も、いつもと変わらない平穏な一日になるはずだった。



彼女が私の元を訪れたのは、お昼休憩の時。



「カティア様ですよね?公爵家の、カティア・アボット様」


ユーリと共に庭園のガーデンテーブルでお昼ご飯を食べていると、少し高い可愛らしい声が私の耳に届いた。


公爵家の家名をやけに強調する言い方が不思議で首を傾げる。


声をかけてきたのは、少し幼さを残した顔立ちの綺麗な女性だった。



「失礼ですが、どなたです?」


「私はトリスタン男爵家の次女、マリアンヌ・トリスタンですわ!」


トリスタン男爵家…?

聞きなれない家名だった。



「確か、長女のマルガレータ様が最近バート伯爵家に嫁がれたとか?」


私の代わりにそう返したのはユーリだった。


「ええ、そうですの!バート家にはすごく良くして頂いておりますのよ!」


バート伯爵家のことは何度か耳にしたことがある。

国境に領地を持っていて、伯爵家でありながら辺境伯としてあなどれない権力を手にしている伯爵家だ。


…そして伯爵領は、グレン兄様の治めるカワイティルと隣接した領地だったはずだ。



「トリスタン男爵家の方が、私に何か御用ですか?」


「まあ!私の様な家格が下の者が公爵家の方に軽々しく声をかけるなということですか?」


……違いますけど。


わざとらしく悲しそうな表情を浮かべる彼女が私を気に入っていないことだけははっきりと理解出来た。



「ご用件をうかがっても?」


「挨拶ですよ」

「挨拶…?」


わざわざ接点もない私にどうして…



「グレン様の元妹だから一応声をかけとこうと思って…今は何の関係もないんでしょうけど、グレン様のことは何でも知っておきたかったんですよね」


急に出てきたグレン兄様の名前に思わず眉間にしわが寄ってしまう。

…どうしてこの人がグレン兄様の妹だったという理由で私に会いに来るのか。


その疑問は次の言葉で明かされた。



「だって私、グレン様の婚約者なので」


「っ…!?」


「だからグレン様の身近にいたっていう女がどんな女なのか気になっちゃって」


不躾な言い方だった。

そばに座るユーリまで顔を顰めているのが見て取れる。



グレン兄様の婚約者…この人が…


彼は新しい領地で随分と充実した生活を送っているようだ。



私がユーリとの婚約を悩んでいる間にもグレン兄様は自分の幸せを見つけてしまっているのかと、少しだけ胸がざわついた。


完全に八つ当たりではあるが、苛立って仕方がなかった。



最後までグレン兄様とは何のわだかまりも解消できなかったというのに、彼は私のことなんて忘れて他の誰かと婚約してしまったのかと、がっかりした気持ちになった。



「お言葉ですが、彼女は公爵家ですよ?あなたがそんな口を聞いていい方ではありません」


珍しく硬い口調でそんなことを言うユーリは怒っているようだった。



「あら、ごめんなさい。田舎の男爵家からこの学園に入学してまだ日が浅いものですから」


彼女はバート伯爵家との婚約を期に融資を受けてこの学園に入ってきたのかもしれない。

日が浅いのはそのせいか。



「本当は早くにもグレン様と正式に籍を入れたかったんですけど、学園くらいは経験しておいた方がいいとグレン様が…本当にお優しい方ですわ」

「グレン兄様とは、どのような経緯で婚約されたのですか?」


気になって、そんなことを聞いてしまった。



「あら、それをあなたにお話する必要ありす?それと、その呼び方…あなたはもうグレン様とは他人ですわよ?私の前で親しげな呼び方はやめてくださいまし。リシャール侯爵と呼んでくださいな」

「っ…不快な思いをさせたみたいでごめんなさい」


ぎゅっと握りこんだ拳が震える。

絶えてしまった繋がりを感じて切ないような、悲しいような…決して良い気分ではなかった。



「いいこと?あなたにはもうグレン様を心配する権利も、グレン様を想う権利も、これっぽっちも有してないことを自覚してくださいまし!いい加減そこのシュゼット伯爵とでも婚約したらよろしいのでは?」



「……勝手なことを言わないでください」


随分と不作法な物言いにそこはかとない怒りが込み上げる。


何も知らない人間にわかったようなことを言われるのは我慢ならなかった。



「勝手なことも言いますわ!私の大切な婚約者に、赤の他人が得意げに家族面されてはたまりませんわ!」


そんな言葉を制するように、口を開いたのはユーリだった。


「失礼にも程がありますよ。あなたは自覚しているのですか?」

「自覚…?」


「あなたは今、アボット公爵家とシュゼット伯爵家、この両方を敵に回している」


その言葉に先程まで威勢の良かった彼女は目を見開いて表情を歪めた。

ユーリの言葉は止まらない。



「あなたがおっしゃるところの、田舎の男爵家が、辺境伯と言えども伯爵家の援助を少々受けたところでたかが知れていますよ。シュゼット伯爵家の次期当主である僕と、アボット公爵家が一丸となれば、ひとたまりもないでしょうね」

「っ、私…」


「それに、あなたがこんな振る舞いを公爵家にしているとなれば…報復を恐れてバート伯爵家に初めに切り捨てられるのは、いったい誰でしょうね」


段々と顔を青ざめる彼女に、同情の気持ちが湧くことはなかった。



「あ…っ、ごめん、なさい。申し訳ありません、でした…」


「僕らの前からさっさと消えてください」


ユーリの言葉に、逃げるように去っていく彼女の背をぼんやりと見つめていた。




グレン兄様がカワイティルに旅立って、一年以上も経ったのだ。


こんな日が来ることも有り得ない話ではなかった。

どこかで慢心していたのかもしれない。



グレン兄様はずっと私を想ってくれているのだと。

そんなこと私の妄想に過ぎなかったのに。


ずっと燻っていた気持ちに区切りをつける時が来たのかもしれない。



自分が誰と生きていきたいかなんて、よくわからない。


だけど、グレン兄様との道は、初めから存在しなかったのだ。

私の心残りは、優しかった彼の心の闇を見抜けず、私を貶めるために手を汚させてしまったこと。


それが私だけのせいでないことは、ユーリやフィリップ殿下、公爵家のみんなのおかげで理解できているつもりだ。


しかし、要因は紛れもない私自身で…彼を踏みとどまらせることができたのも、私しかいなかったのではないかと思う。


だけど、今ようやくグレン兄様も幸せになれるのかもしれない。

兄妹なんてしがらみもない、誰からも祝福されるそんな幸せな未来を手にするのだ。



だったら私が選ぶべきなのは…


どうしようもない私を支えて、愛してくれる彼なのではないか…



「ユーリ、守ってくれてありがとう」


「うん、僕の大切なカティを傷つける人を放ってはおけないしね?」



私は、ユーリと…

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