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ぶっ飛ばしに行くか?
しおりを挟む図書館に行くと、殿下はすでに来ていて、半ば指定席のようになっている窓側の席に座っていた。
「こんにちは、殿下」
「ああ、待ってたぞ」
今日に限ってそんな言葉を口にする殿下を不思議に思って僅かに眉を寄せる。
「待ってた、とは?」
「今日はカティア嬢に聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと、ですか」
「ユーリ・シュゼットに婚約を申し込まれたそうだな?」
………耳が早すぎるのでは?
あの場に人気はなかったと記憶しているのだけど。
「どうして知っているのですか?」
「本人から聞いた」
「…ユーリと、そんな話をするほど仲が良かったのですね?」
正直少し驚いた。
殿下とユーリに接点があるようには思えなかったし、仲が良いとは聞いたこともなかったから。
「王宮のパーティー以来、ユーリ・シュゼットとは度々話すことがあってな。まあ、言ってしまえばカティア嬢繋がりだな」
「…私、繋がり」
「お互いカティア嬢の友人だからな、うまが合うというのか…まあ、私の包容力にあいつもいろいろ相談したくなったのだろう」
自分で言うところが少し残念だが、確かに殿下は私達とそう歳も変わらないのに、誰よりも大人で落ち着いた人だ。
婚約の件まで話していたとは驚いたが、ユーリにも頼れる人がいるのだと安心した。
…私は、どうしたらいいのだろうか。
時間はまだあると言えど、一年でちゃんと答えが出せるのか。
自分の選択がユーリの将来へも大きな影響を与えてしまうことにどう向き合うと良いのかわからなかった。
「悩んでいるのだろう?」
「ええ、まあ…そうですね」
「ふうん?」
どこか他人事のように私を一瞥する殿下が何を考えているのかよくわからなかった。
「別に、どっちでも良いと思うけどな」
しばらく間をおいて、殿下が口にしたのはなんとも気の抜けたそんな言葉だった。
……どっちでも、とは?
「ユーリ・シュゼットでも、グレンでも、カティア嬢の好きなように決めるといい」
「…どうしてそこでグレン兄様の名前が出てくるのですか」
ジト目で殿下を見つめると、殿下が呆れたような笑みを浮かべる。
「さあ、どうしてだろうな?」
「グレン兄様とはただの兄妹で……っ、今は、もう兄妹でもありませんが、グレン兄様をそのような目で見たことなんてありません」
「だが、グレンがカティア嬢のことを想っていたことは、気づいていたんだろう?」
そう言う殿下に言葉が詰まる。
確かに、私はグレン兄様の気持ちを知っていたのだ。
知っていたのに、見ないふりをして…
そんな態度がグレン兄様を傷つけていたのかもしれないと今更になって思う。
「何を考えているのか、なんとなくわかるが…カティア嬢が悩む必要はないと思うぞ」
「…そうでしょうか」
「あれは間違いなくグレンの責任だ。カティア嬢は自分を傷つけてきた男をどうしてそこまで気にする?」
どうしてと言われても、それはずっと兄としてそばで生きてきた人だからとしか言えない。
それに、過去の思い出だって僅かに思い出して来たところだ。
だけど、グレン兄様と違ってエクルや父達のことは大して気にならないことが不思議だった。
された事と言えばほとんど変わらない様に思えるのに、グレン兄様のことはどうしてか気になるのだ。
「……グレン兄様が私のことを気にかけていたから、だと思います」
「そうか。だったら、悩むなぁ。俺からしたら、ユーリもグレンも、同じくらいカティア嬢のことを想っているように見えるよ」
グレン兄様のことで悩んでいるわけでは無いと言っているのに、殿下もしつこい。
それに、グレン兄様とは別れの挨拶を済ませたのだ。
「最後まで気持ちを告げてもくれなかった人のことを考えていてもしょうがないじゃないですか」
「……あいつは何も言わなかったのか?」
私にそう問うフィリップ殿下は、どこか苛立たしげな様子だった。
「離れる時、グレン兄様はもう私のことで悩むこともなくなるので清々しいとすらおっしゃってましたわ」
「あの馬鹿…」
「そして、あっさりと新しい領地に行ってしまわれました」
私への気持ちはその程度だったのかと、
その程度の気持ちで散々汚名を着せられたのかとしばらくは悶々としていた。
「あー、なんだ?グレンも、うーん、不器用なやつではあるから…いや、まあ…最後にぶっ飛ばすくらいしても良かったと思うぞ?」
「そうするべきでしたわ」
「………ぶっ飛ばしに、行くか?」
「へ?」
冗談で言った言葉に、殿下がそんなことを言うので驚いてしまった。
「もし、カティア嬢がそうしたいなら、いくらでも連れて行くぞ?」
「そうですね…」
私は、グレン兄様をぶっ飛ばしたいのか、
確かにスッキリはしそうだけど…別にそんなことがしたいわけではない気がする。
自分の気持ちがわからなかった。
「考えておきます」
「そうか、わかった」
私の答えに殿下は眉を下げて笑う。
「一つだけ言えることは、カティア嬢はもう自由なんだ。堂々と自分の道を決めるといい。カティア嬢の選択に文句を言う人間なんて誰もいないよ。時期国王の俺が言わせない」
「ふふっ、ありがとうございます。フィリップ殿下」
頼もしい殿下に擽ったい気持ちになる。
お礼を言うと彼は口角を上げて私の頭を軽く撫でた。
「…こんな可愛い妹がいたら、グレンの様に暴走してしまう気持ちもわからなくはないな」
「何を言ってるんですか」
馬鹿なことを言う殿下を横目で睨むと、からかう様な笑みを返された。
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