兄が度を超えたシスコンだと私だけが知っている。

ゆき

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断罪

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「っ、ウォルター」

視線をさ迷わせたエクルは、こちらに注目する貴族達が私から自分へと疑惑の矛先を変え始めたのを捉えると、今度は味方である婚約者へと助けを求めた。


「エクル…」

「ウォルターは、私のことを信じてくれるわよね!?皆さんお姉様に騙されていらっしゃるの!!」


ウォルター様は困ったように眉を下げてエクルの肩にそっと手を乗せた。


「信じるよ、もちろん」

「ウォルター…!」


見つめ合う二人にユーリは片手を額にあててため息をついた。


「君たちはお互いしっかり話をした方が良いのだと思う。もしかすると、エクルはカティア様のことを誤解しているのかもしれないよ?」

「何を言っているの!?」


ウォルター様の言葉にエクルが信じられないといった顔をして声を荒らげる。

私も少し意外だった。


正直ウォルター様はエクルの言葉を信じきって、私のことを避難したことも少なくはない。

盲目だと思っていたが、唯一無二の弟であるユーリの言葉には耳を貸すのかもしれない。



「私はお姉様にずっと意地悪をされてきたのよ!?ウォルター様は、婚約者の言葉よりも私を虐げてきたお姉様の方が信用できると言いたいの!?」

「エクルを信用していないわけではないよ。ただ、もしも君達にすれ違いがあるのなら一度しっかり話して見た方がいいのではないかと思って…このままでは君が悪者にされてしまう」


ウォルター様の言葉はどこまでもエクルを気遣うものだった。

この人は、誠実な人なのかもしれない。


一度は苦汁を飲んだ相手だが、妹に真摯に向き合う姿は好感をもてる。

女狐とか、散々に言われたことは今でも根に持っているが。


「どうして私が悪者なんて!そんなのおかしいですわっ、悪いのはお姉様なのに!」

「…エクル」

話を全く聞かないエクルにウォルター様は眉を下げて困った顔を浮かべていた。



「何の騒ぎだこれは?」


よく知った、そんな声が聞こえた。



「殿下…」

ぽつりと呟いた私に、フィリップ殿下はちらりとこちらを見て小さく口角を上げた。


(フィリップ来た~)

(今日の格好は王子様みたいねっ)

(フィリップ助けにきたの~)


頭上の妖精さん達が沸き立つ声が聞こえる。



(僕らが出るまでもなかった~)

(余計なお世話ねっ)

(一気に反撃するの~)


今日はいつもより喋る量が多い気がする。


本来妖精さんは話すことが好きなようだか、こういう場面はひらひらと飛びながら見守ってくれていることがほとんどだった。

もちろんエクルや義母に何かされて怪我をしたりすると瞬時に治してくれるわけだが、それでも誰かに不審に思われるようなことはしない。

何事もこっそりとだ。


これは昔私が目立つことはしないで欲しいとお願いしたせいもある。

母が、言っていたのだ。


私のこの、妖精さん達と話すことが出来る力は素晴らしいものだけど、無闇に披露すると返って自由を失うことにつながるのだと。

幼い頃はその意味がよくわからなかったが、今ならよくわかる。


殿下は妖精の愛し子を無理に保護することはないと言っていたが、周りがどう思うかは正直未知数なのだ。

国の重役の中には私を縛り付けることを望む者が出てるかもしれないし、エクルや義母はより一層私を厭うだろう。



「フィリップ様!助けてくださいませっ」

「エクル嬢…」 


ウォルターがだめだった今、より大きな後ろ盾を得ようと必死なのだろう。

エクルは殿下の側により、あろうことかその胸に抱きついたのだった。


「エクル!さすがに不敬だ!」


これにはウォルター様も焦って声を荒らげた。


「私よりもお姉様を信じるウォルターなんてもういいわっ、フィリップ様、またお姉様が私を虐めるんですの!」


この子は、どこまで愚かなのだろう。


フィリップ様は胸の中のエクルを少し乱暴な手つきで剥がすと、見たことも無い冷酷な顔をして、

笑った。


「エクル嬢、王家主催の舞踏会でこんな騒ぎを起こされては困る」

「フィリップ様…?」


冷たい笑みだった。


「王家に泥を塗る行為は許さない」

「そんなっ、私はただお姉様が私を虐めるから…騒ぎを起こしたのはお姉様ですわ!見てください、ドレスに葡萄酒をかけられましたのっ」

そう言ってエクルは必死にドレスの裾を殿下にアピールする。


「…その葡萄酒を、カティア嬢が?」

「そうですわっ!」

正確には自分が持っていた葡萄酒をエクル自身が自分のドレスの裾にかけただけだ。


「おかしいな。カティア嬢は違う飲み物を持っているようだが?二つも飲み物を持っていたというのは少し変に思えるが」

「殿下、発言の許可を頂きたいのですが」


ユーリが口を開く。


「許可する」


「ありがとうございます。私は本日カティア様をエスコートしておりましたが、カティア様が飲み物を手に取ったのは、先程私がとってきたシャンパンのみです。私が一番近くのウェイターに飲み物を取りに行った短い間にカティア様が葡萄酒をとってエクル様にかけることができるとは思えません」

断言するように言ったユーリは怒っているように思えた。

私のために怒ってくれているのだろうか。



「なるほど。それは確かに難しそうだな」


「ぶ、葡萄酒は私が持ってきたのですっ。お姉様は私から葡萄酒を奪い取ってそのままっ…」

「いつ戻ってくるともわからない彼の近くでそのような暴挙に出るとは思えないが?」


確かにそうだ。

もしも仮にエクルに葡萄酒をかけるとするならば、ユーリに見つかるようなリスクをわざわざ犯すとは思えない。


「エクル…」

妹の名を小さく呼ぶウォルター様の表情はどこか疲れを感じさせるようで、盲目的にエクルを信じ私に毒を吐いた彼と同じ人物には思えなかった。


「エクル、もうやめないか…」

「ウォルターは黙っててっ!!」


「婚約者の言うことにも耳を貸さないのか。ふっ、君は本当に高慢だな」

「うるさいですわっ!!」


ウォルター様同様、エクルもまた、姉に虐げられるか弱い妹などという仮面は完全に取り払ってしまっているように見える。


「エクル嬢、そなたはカティア嬢に虐められていると言っていたが、一体何をされたと言うのだ」


「っ、お姉様は私の根も葉もない噂をいろんな方にっ」


「それは今のそなた自身の姿ではないか?」


殿下の言葉にエクルは唇を噛み締めた。

…その通りだわ。


「お姉様は私のドレスやアクセサリーをいつも奪ってきましたわっ!!」


(ちがうよ~奪われてたのはカティだよ~)

(今日もカティのネックレスつけてるのねっ!)

(あとでとりかえすの~)


奪われてきたものは妖精さん達が元に戻してくれたから、妹は私が自分のものを奪ったと主張しているのだろうか。

だったら本当に頭がおかしいのかもしれない。


もちろん妖精さんの声は殿下にも聞こえている。


「そなたのネックレス、珍しい石が使われているな」

「っ、なんですの!」


確かに、妹が今つけているネックレスは特殊な宝石があしらわれているものだった。

光あたり方によって色が変わる石。


これは母の生家の公爵家から私のために送られてきたものだった。


「その石は、アボット公爵家領でしかとれない貴重な物だったような気がするが?」


アボット公爵家…母の生まれ育った家だ。


「どうしてそんなネックレスを、そなたが持っているのだ?」


「っ、これは…お姉様にもらったんですわ!」

この後に及んでそんなことを口にする妹。


「おかしいな。そなたの口から聞くカティア嬢は、妹に贈り物をするような人柄ではないのだと思ったが」

「そ、それは…でも、」


「いい加減、観念するがよい」


気がつけば、ホール中の人間がこちらを注目しているようだった。

殿下がいるなら当たり前かもしれないが。



「エクル・リシャール、」


凛とした声でフィリップ殿下は言葉を続ける。


「罪を犯せば、いつか必ず裁かれる」


「っ、私は罪なんて犯してませんわ!殿下はお姉様に騙されていますっ!正しいのは私ですわっ!殿下はおかしくなってしまわれているのですっ、お姉様にたらしこまれてしまったのですね…お可哀想にっ」


自分がどれだけ不敬なことを言っているのか、この妹はきっと理解していないのだろう。


「これ以上言葉を重ねても自分の首を締めるだけだぞ」

そんな冷静な声もエクルには届かない。



「私はただ、本当のことを…!どうして!?どうして皆様そんな目で私を見るのです!?」

味方を探そうとキョロキョロ視線を彷徨わせるエクルだが、もうこの場に彼女の味方はいない。


ホールの隅の方に、以前教室で私を避難したキャサリン様が見えた。

彼女は泣きそうなような怒ったような、よくわからない顔をしてぐっと唇を噛み締めていた。


エクルに騙されていたことに気づいたのだろう。

彼女も哀れな人だと思った。


信じていた人に裏切られるショックを私は知らないが、きっと辛いはずだ。



「貴様の罪は暴かれた。これまでの姉に対する名誉毀損や侮辱、そして窃盗まで。本来ならば私が出る幕でもないが、この場に居合わせたのも何かの縁だろう。王太子の権限を持って、今ここで貴様の罪を裁いてやろう」


「何ですの、それ!?どうして私が!全部お姉様が悪いのです!!殿下は頭がおかしくなったのですわ!でなければこんな…!こんなことなさらないはずです!!」


同じような言葉ばかり吐くエクル。

尋常ではない様子に、この子は随分と前からもう狂ってしまっていたのかもしれない。


思えば、この子の私への執着は異常だった。



「この様子では、不敬罪も追加だな。エクル・リシャール、罪は追って報せる」


ピシャリとそう切り捨て、殿下はホールの警備に目配せをすると、エクルは数人がかりで取り押さえられる。


「連れて行け」


そして、そのまま引きずられるようにホールを出ていった。

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