兄が度を超えたシスコンだと私だけが知っている。

ゆき

文字の大きさ
上 下
18 / 56

ユーリとグレン

しおりを挟む

sideグレン

■□▪▫■□▫▪■□▪


エクルが入学して、より一層カティの評判が悪くなっていくのがわかる。

以前は俺がカティと親しくなるような人物ができない程度の噂話を流して印象操作をはかっていたが、今ではもうそんなことする必要もない。


俺が動かなくても勝手にカティの印象は悪くなっていく。


概ね上手くいっていると言える。


…概ねは、な。


昼休憩の時間、校舎の窓から見下ろした中庭に、あの男の姿が見えた。

彼は、俺の計略に歪みを与える存在だ。


シュゼット伯爵家が次男、ユーリ・シュゼット。


理由は様々だが、学園中から敬遠されるカティに、唯一普通に接している彼は、きっとカティの心の拠り所になりかけている。

…ダメだ、そんなことにはさせない。


気がつくと俺の足は一直線に中庭に向かっていた。



気だるそうにベンチに腰かけるユーリ・シュゼットは、普段社交界で見かけるような愛想の良さなど微塵も感じなかった。

一人でいるのだから当たり前だが。



「こんにちは、ユーリ殿」


「これはこれは、グレン様。ちゃんとご挨拶するのは初めてですね。お初にお目にかかります、シュゼット伯爵家が次男、ユーリ・シュゼットです」

声をかけると、普段の軽薄そうな印象とは打って変わってしまりのある落ち着いた挨拶を返した。


「そのような堅苦しい態度ないよ。ユーリ殿は行く行くは私の親戚になるのだろう?」

「まあ、そうですねえ?…ですが、年齢でいっても僕の方が下なので、これくらいの砕けた口調でお許しください」

「ならば心を開いてもらえるよう、これから努力することにしよう」


思ってもない事ばかりスラスラと口から飛び出していくのだから面白い。

昔から感情を隠すことは得意だと思っていたか、いつも以上に饒舌な自分は少し動揺しているのかもしれない。


数回言葉を交わしただけでわかる。

ユーリ・シュゼットは曲者だ。


浮かべられた笑顔の中、全く笑っていない瞳は“お前なんか信用してないぞ“とでも告げているかのように冷ややかに思える。


「ユーリ殿は、妹と同じクラスだとか」

漸く切り出した本題にも、ユーリ・シュゼットが表情を変えることはなかった。


「ええ、そうですよ」

「恥ずかしい話、あれは性根に問題があるようなのだが、迷惑をかけられたりはしていないか?」

わざとらしく、声に心配の色を混じえながら話す。

俺が妹を嫌っているのではなく、純粋に心配しているように思われることが肝心だ。

その方が信憑性も増してくる。


「彼女は優しい良い子ですよ。それは侯爵家の方々のほうがよくご存知なのでは?」


至極真面目に返された言葉は、俺にとってすごく不愉快なものだった。

カティが優しい良い子だと?


…当たり前だろう。

あの子は誰よりも聡明で、冷静さと冷たさを誤解されがちだが、とても綺麗な心を持っている。

誤解させている要因は、俺や他の家族にあるのだが。


しかし、俺以外の人間がカティの本質を見抜くことは如何せん腹立たしい。

たかだか数週間の付き合いでカティをわかった気になられては困る。


そんなエゴな思いばかり頭によぎった。


「どうしてカティにはあんなに悪い噂ばかり流れているのですかねえ?」

「普段の行いの結果だと思うが?」


きっとこの男は気づいている。

ユーリ・シュゼットは、カティの現状が俺やエクルのせいだと確信を持っているくせに、わざとらしく首を傾げるのだった。


「ユーリ殿は妹と知り合って日が浅い。まだ妹の知らない面もたくさんあるだろう」

「そうかもしれませんね~」


「一人に肩入れせず、様々な人間の話に耳を傾けてみるといい」

「これこれは、ご忠告ありがとうございます」


自分で言っていて馬鹿らしくなる。

カティ以外の話など、全て戯言であるのに。



「そろそろ、午後の授業が始まりますね」

「そうだな」


もう、俺からこの男に声をかけることもないだろう。

今まで出会ったことの無い人間だった。

社交界で生きていく連中は、人の話に敏感なぶん、悪い噂の立った人間を切り捨てるのも早い。

家名を背負っている分、リスクマネジメントに力を入れるからだ。

触らぬ神に祟りなし、そんな諺を無意識に実行している人間ばかりなのだ。



「あ、最後に聞いときたいんですけど」

ユーリ・シュゼットが思い出したように口を開いた。



「あなたは、カティのことが嫌いなんですか?」


「さあ、どうだろうな」

濁した言葉に、目の前の男はどこか意外そうな顔をしていた。


「私は教室に戻る」

「はい、ではまた」


少なくとも俺は、またの機会が無いことを願っているよ。

この男との会話は少し疲れる。


しおりを挟む
感想 142

あなたにおすすめの小説

異世界に召喚されたけど間違いだからって棄てられました

ピコっぴ
ファンタジー
【異世界に召喚されましたが、間違いだったようです】 ノベルアッププラス小説大賞一次選考通過作品です ※自筆挿絵要注意⭐ 表紙はhake様に頂いたファンアートです (Twitter)https://mobile.twitter.com/hake_choco 異世界召喚などというファンタジーな経験しました。 でも、間違いだったようです。 それならさっさと帰してくれればいいのに、聖女じゃないから神殿に置いておけないって放り出されました。 誘拐同然に呼びつけておいてなんて言いぐさなの!? あまりのひどい仕打ち! 私はどうしたらいいの……!?

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

敗戦して嫁ぎましたが、存在を忘れ去られてしまったので自給自足で頑張ります!

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 魔族 vs 人間。 冷戦を経ながらくすぶり続けた長い戦いは、人間側の敗戦に近い状況で、ついに終止符が打たれた。 名ばかりの王族リュシェラは、和平の証として、魔王イヴァシグスに第7王妃として嫁ぐ事になる。だけど、嫁いだ夫には魔人の妻との間に、すでに皇子も皇女も何人も居るのだ。 人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。 そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。 ※※※※※※※※※※※※※ 短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。 お付き合い頂けたら嬉しいです!

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

処理中です...