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侯爵家からの手紙
しおりを挟むside ユーリ
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■
「兄さんって、どうして急にバカになっちゃったわけ~?」
家に帰っていきなり繰り出されたぶしつけな質問に、兄は困った様に眉を下げた。
「なんだよ急に」
「気になっただけだよ~」
本当に、ただ疑問に思っただけだ。
僕としては、うちの兄上はなかなか聡明な人だと思っていただけに、数ヶ月前からの兄上の行動には驚かされるばかりだ。
…悪い意味で。
「カティア様のことか…」
「家ではしっかり敬称で呼ぶのに、どうして学園ではあんなに不敬な言葉ばかり並べてたわけ~?」
本当にバカになってしまったのだろうか。
「私はもう、カティア様を自分の目で見極めることを放棄してしまった身だから…後はもうひたすらに、エクルに誠実でいることに務めるしかないんだ」
切なげに言う兄上。
……ええ、すっごい兄さんの都合で暴言吐かれまくってるの?カティ。
「ちょっとカティが不憫すぎて泣けてくるんだけど?兄さんすごくセンチメンタルな雰囲気醸し出してるけど言ってること全然納得できないからね?」
「うぐっ」
まさか本当にそんな理由で自分より爵位が上の相手に対する不敬がまかり通ると思っていたのだろうか。
…愚か者め。
「カティア様は、ユーリの目からみて、どう映る?」
「良い子だよ…普通の良い子」
正直、社交界でも、兄上から聞いた限りでも、良い話は一度も耳にしたことがなかったら…最初はどんな悪女なのかと興味本位で近づいた。
だけど、実際に本人と接してみるとすぐにそんな噂が事実無根であることがわかった。
自分で言うのもなんだが、ルックス良し、身分もそこそこ、金もある僕に色目も何も使わないし、学園を案内して欲しいとお願いした時も最初はちょっと迷惑そうな顔してたし。
それに、現実問題、あの子が男を誘惑するような、妹から何かを奪いとることができるような手腕を持っているとは到底思えなかったのだ。
「兄上がどうしてカティじゃなくエクル様の方を選んだのか、僕には理解出来かねますね」
やれやれ、と肩を竦めながら言うと、兄さんは一度自室に戻り、小さな封筒を持って戻ってきた。
「婚約を申し込んだ後、侯爵家から返ってきた手紙だ」
「読んでいいの~?」
兄さんはこくりと頷き、封筒を僕に差し出した。
□年○月✕日
懇意にしていた〇〇家の令嬢の 髪飾りを奪い取って池に投げ捨てる。
□年○月✕日
茶会にて、エクルを貶める発言をし自分の非を認めず、エクルの大切にしていたぬいぐるみを切り刻む。
(中略)
□年○月✕日
〇〇家の令嬢の婚約者を弄んだ挙句、飽きたからと言いエクルへと責任を押し付ける。
□年○月✕日…
□年○月✕日……
□年○月✕日………
日付とともにびっしりと書き込まれた彼女が働いたとされる悪事。
罪状を読み上げる裁判官にでもなったような気分だった。
こんなものを婚約を申し出た相手に送るなんて、侯爵はいったい何を考えているのだろうか。
仮に彼女が本当にこのような人物であるのならば、なんとしてでも事実を隠し通してうちの家に押し付けるくらいやりそうなものだが。
「裏はとったわけ?」
「とりあえずここに書かれている令嬢達に話を聞きに行った」
彼女に会いに行く前に、確認だけは済ませていたようだ。
「みんな、全て本当だって証言していたよ」
「そんな馬鹿な…」
「証言を集めても、やはり俄には信じられず、侯爵家に足を運んだんだ」
そこから先は、以前兄さんに聞いた話に繋がるのだろう。
カティに対する不信感と、エクル様の涙で一気に揺らいで、選択を誤ってしまったのだ。
本人が誤ったと感じているのかは、よくわからないが。
「彼女は感情が豊かで、すぐに涙が零れるんだ。俺はそんな顔を見ていられなくて、いつも必要以上に彼女を責めてしまう。正直今でもあの罪の数々を思い出すと、彼女に対する嫌悪感すら湧いてくるよ…だけど、」
兄上が苦しそうに言葉を続ける。
「たまに、自分が本当に正しいことをしているのか、不安になる。だから、そんな弱さを振り払うように、俺はエクルの笑顔を守ることだけを考えて、カティア様が傷つくような言葉を敢えて並べてしまっていた」
「最低だね、兄さん」
「俺は人の涙に弱いのだと気づいた。俺の前では誰にも悲しい顔をしてほしくないんだ」
どこぞのヒーローのような台詞に頭が痛くなってしまった。
昔から人一倍正義感の強い兄らしいと言えばらしいのだが…
「だったらカティは、兄上の見ていないところで泣いてたのかもね」
それだけ言い残して、俺は兄上を後目に部屋を後にした。
右手はちゃっかり侯爵家から届いたという手紙を掴んだまま。
手癖の悪い弟でごめんね、兄さん。
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