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シュゼット伯爵家の長男
しおりを挟む伯爵家に訪れる直前まで、エクルはごねてごねてごねまくっていた。
シュゼット家は、爵位こそ侯爵家である私達の家より低いものの、海や山に囲まれた自然豊かな領地を持っており、下手をするとそこらの侯爵家よりも良い暮らしぶりかもしれない。
それに何より、シュゼット家の息子達は何より美形で知られている。
誠実で正義感溢れる長男のウォルターは私より一つ上、グレン兄様と同じく今年十七歳にる。甘いマスクで女性を翻弄する次男のユーリは私と同い年で今年十六歳になるそうだ。
正反対の二人は、それぞれ女の子がため息をつくほどの綺麗な顔立ちだと社交界でよく耳にする。
エクルがだだをこねるわけだ。
十五歳のエクルは近々社交界デビューの予定ではあるが、今はまだお留守番。
…はあ、あの子がデビューしたらまたいろいろと面倒なことが起こりそうだな。
グレン兄様と二人で、家紋の着いた立派な馬車に揺られる。
窓の外を眺めるお兄様の横顔をぼうっと見つめていた。
(グレンが今日のカティの格好可愛いな~って思ってるよ~)
(さっき盗撮されてたねっ!)
(また夜な夜なキスするの~)
そんな妖精さん達の声が響いてげんなりしてしまった。
…黙っていたらそんな変態な兄には到底見えないのに。
グレンの父親譲りなのか、義母とも義妹とも違うキラキラと輝く銀色の髪に、少し冷たそうにみえる深い藍色のアーモンド型の瞳。
どこからどう見ても美形のグレン兄様の裏の顔なんて私は一生知りたくなかったよ。
「着いたぞ。あまり締りのない顔するな」
「申し訳ございません。少し気を抜いていましたわ」
淡々と謝罪を述べて、先に降りたお兄様にエスコートされながら伯爵家に入った。
やはり、 シュゼット家は他の伯爵家など到底及ばない程立派な御屋敷だった。
「リシャール家のグレン様だわっ」
「はぁ…相変わらずお美しい」
「婚約者も作らずにまたカティア様のエスコートよ」
グレン兄様に魅了される令嬢達の中には、私に対する敵意を剥き出しにする方々も一定す存在する。
これは今に始まったことではない。
婚約の申し出をグレン兄様に蹴られた令嬢と、エクルとお茶会などで親しくしている令嬢達だろう。
派手好きな母が主催する茶会ではいつもあの子は私の醜聞を母親達に連れられて参加する令嬢達に広めているようだから。
エクルは小さな頃から人を貶めるために尽力するような子だった。
私がだだをこねてグレン兄様を独占しているとでも吹聴しているのだろう。
「じゃあ、あまり目立たず大人しくしておけよ」
いつもの様に命令口調でそれだけ言うと、兄は颯爽と社交の場へ向かっていった。
人脈作りも貴族の立派なお勤めだ。
私達は兄妹であって、兄には兄の、私には私の役目がある。
まあ、家を継ぐでもなんでもない私は流れに任せて生きるだけだから兄程の重圧はないのだが。
傍を離れるのは主に兄の邪魔にならないようにするためだ。
きちんと挨拶回りを進める兄を横目に、私は最低限の交流を終え壁の華に徹する。
グレン兄様にも目立たぬよう釘を刺されたことだし、安心して突っ立ていられるのだ。
(来たよ~カティに向かって一直線~)
(男がカティに近づくの久しぶりなのねっ!)
(シュゼット家の息子なの~!)
妖精さん達の声に慌てて気を引きしめると、確かにこちらに近づくシュゼットの長男が見えた。
「初めまして、カティア様。シュゼット家が長男、ウォルター・シュゼットと申します。以後お見知りおきを」
「カティア・リシャールですわ」
にこやかな挨拶に、カーテシーを返す。
「このような立派な舞踏会にご招待頂き光栄ですわ」
「私の方こそ、リシャール家のご子息、ご令嬢に来ていただき大変光栄です」
何故か(心当たりは十二分にあるが)、令嬢以上に殿方の方に敬遠されている私にとって、こんな風に優しい笑顔で声をかけてもらえることは珍しいことだった。
実はエクル以上に私から他人を遠ざけているのは、グレン兄様だったりする。
嫉妬なのか、どうなのか…
遠ざけるために妹の醜聞を自分が悪く思われない程度に巧妙に流していく様は、鮮やかすぎて逆に感心してしまう。
悪口というより、妹の困ったエピソードを語っているような、そんな雰囲気を醸し出すお兄様を咎める人間なんて誰もいない。
その割に、そんな困った捏造エピソードを語られた私の評判は右肩下がりだが。
「噂と違って、素敵な方なんですね」
しばらく二人で話していると、ウォルター様がそんなかとを漏らす。
「噂、ですか」
「あっ…申し訳ございません」
慌てて謝罪するウォルター様は随分と素直な人のようだった。
真っ直ぐで、噂通り誠実そうな人柄だ。
「だけど、カティア様の噂が事実無根だということが今日ではっきりとわかりました。これからも、仲良くして頂けたら嬉しいです」
「もちろんですわ。その様に言ってくれた方は初めてです」
私をしっかり見て判断してくれたことが、思いのほか嬉しかった。
「私と一曲踊ってくれますか?」
「ええ、もちろんで…す、わ?」
差し出された手に自分の手を乗せようとした時だった。
「カティア、家に帰るぞ」
そんなグレン兄様の声が聞こえた。
行き場を失い宙を彷徨う手を、背後にいたお兄様がぎゅっと握って、体ごと引き寄せられる。
「申し訳ない、ウォルター殿。妹は今朝から少し調子が悪いようで、そろそろお暇させて頂く」
同じ石鹸を使っているはずなのに、私とは違うグレン兄様の香りが鼻先をくすぐる。
「グレン様…わかりました。では、カティア様、ダンスはまた次の機会に」
「ええ、失礼しますわ。ウォルター様」
私はそのままお兄様にエスコートされ、伯爵家の屋敷を後にした。
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