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罠
しおりを挟むSide グレイス
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私よりもじっと冷静で聡明な弟からその話を持ち掛けられた時は、驚きすぎて思わず自分の耳を疑った。
「私が、ディラン殿下に…媚薬を?」
「姉さんは殿下が好きなんですよね?はっきり言ってこのままでは姉さんは一生王太子とお近付きになんてなれませんよ」
カイの言葉に胸がズキリと痛んだ。
自分でも理解していたことだったが、他者の言葉で聞くのはキツいものがある。
「ですが、この方法を試せばまず間違いなく王太子の婚約者の座は姉さんのものです」
自信満々に言うカイだったが、媚薬を持ったところで一夜の関係に終わってしまうだけではないのか。
「殿下が一度そういう行為をしたくらいでその気になるとは思えないわ」
「既成事実を残すんですよ」
「それこそ無理よ!殿下には魔法が使えますのよ?女性に浄化魔法をかけるとまず殿下の子種が身体に入ってくることはないと聞くわ」
私がどんな嘘をついたところで、魔法を使える殿下がそんな戯言を信じるとは思えない。
「これが何かわかりますか?」
そう言ってカイは、キラキラと輝く金色のブレスレットを私に差し出す。
「…ブレスレット?」
「耐魔法ブレスレットです。これを付けた人はつけている間どんな魔法も無効化することができます」
「そんなものどこで…」
私が知る限りではうちにこんな道具はなかった。
「アーシェが貸してくれたんです」
「……アーシェ、さん?」
弟の口から出たアーシェという見知った名前により一層わけがわからなかった。
アーシェさんと知り合いなの?
そう言えば以前はよくアーシェさんへの嫌がらせに苦言を呈していたくせに、今回ばかりはどうしてか殿下とアーシェさんの仲を壊すようなことを進言する弟。
「…あなたまさか、アーシェさんと」
「そのまさかです。アーシェと殿下は婚約者ですが、恋仲でもなんでもないんですよ。だから姉さんがこの作戦に乗っても誰も傷ついたりなんかしません」
そんな言葉に揺らぎそうになる自分に思わず顔を顰めた。
どう考えても、いけないことなのはわかりきっている。
「このまま一生見向きもされず、好きでもない男と結ばれるか…殿下と子を成して、殿下と結婚するか。二つに一つですよ、姉さん」
「っ、もしも上手くいって殿下とそういうことになっても、子どもができるとは限らないじゃない」
「子どもができた可能性があれば充分です」
楽しげに笑う弟に背筋がゾクリとした。
…末恐ろしい弟だと思った。
「殿下の女関係の評判はとても良いとは言えません。もしも媚薬を盛られたと公言しても、殿下の言葉を信じるものは少ないでしょう。見ず知らずの人間の子よりも、婚姻関係のある女性の子である方が風聞がいい。姉さんはすぐに王家や殿下にも受け入れられますよ」
カイの言葉が、それこそ媚薬のようにじわじわと私の思考を麻痺させる。
「アーシェが首尾を整えてくれます。媚薬を盛られた殿下の前に、姉さんは偶然現れてくれればそれでいいのです。簡単でしょう?」
「偶然って…殿下にばれないわけが…」
「勿論ばれます。たまたま耐魔のブレスレットをつけている姉さんなんて不自然すぎますからね。だけど、ばれるかばれないかは関係ありませんよ。殿下と姉さんが関係を結んだという事実だけで全て上手くいきます」
下手をしたら、一生嫌われることになるだろう。
だけど、これが私の最後のチャンス…
「どうします?姉さん」
「………やりますわ」
私の返事に、カイは私が今まで見た中で一番の笑顔を見せた。
■□▪▫■□▫▪
作戦が決行されたのは、放課後の学園だった。
こんなところでそういう行為をすることに抵抗はあったが、ご丁寧に空き教室にソファまで運び込んでいることに用意の周到さが伺えた。
…最早アーシェさんと弟には、恐怖しかない。
アーシェさんが放課後殿下をお茶に誘って、即効性の媚薬を紅茶に混ぜて飲ませたあと、バトンタッチという寸法だ。
人生で最も緊張した時間だった。
そして、結果から言うと
その作戦は大成功をおさめて幕を下ろした。
ディラン殿下はしっかり私を抱いたし、行為の最中には熱にうかされ甘い言葉を囁いてくれたりもした。
それはもう愛しあっているのではないかと勘違いするレベルには幸せな一時だった。
正気を取り戻した殿下にブレスレットのことや妊娠の可能性について話している最中は生きた心地がしなかったが。
「うわあ、あの女いつかやらかしてくれると思ったけど…すごいな本当、いろんな意味で」
遠い目をしてそう口にする殿下に、どうしてそんなに冷静でいられるのか逆に驚いてしまった。
アーシェさんが普段どのような破天荒な接し方をしているのか気になるところだ。
「…ここまでやられちゃ、責任取るしかないか」
「えぇ!?」
あっさりとそんなことを言う殿下に思わず正気かとツッコミそうになったが、驚きすぎて最早それすらも口に出すことは叶わなかった。
王太子レベルになるとちょっとやそっとの事では動じないように教育されているのかもしれない。
「お前、名前は?」
「…グレイス、ボスマンです」
「ボスマン公爵家か。いつも遊んでる後腐れないような家柄じゃなく、しっかり計算された人選に感心すら覚えるな」
殿下は一つ息をついて、凛とした表情で私を見つめた。
「改めて、あのバカ女に巻き込まれた人間どうし、仲良くしようグレイス。とりあえずは婚約者として、これからよろしく頼む」
そんな言葉にどうしようもなく嬉しくなって、私はバカみたいにぽたぽたと涙を零し続けた。
「っ、はいっ…はい、よろしく、おねがいします…殿下」
「泣くほど嬉しいのか?」
ぼやける視界で見つめた殿下は、面白いものを見つけたように悪戯な笑みを浮かべていた。
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