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やっと貴方のものに
しおりを挟む雲ひとつない青空の下、私達の式は執り行われた。
お互いの家族や友人、カイの騎士仲間など、多くの人の笑顔に包まれる温かい式だった。
「カイ…」
たくさんの祝福に少し照れくさそうな微笑みを浮かべるカイ。
耳元に唇を寄せ、小さく名前を呼ぶ。
「…どうしたのアーシェ?」
くすぐったそうに目を細め、カイは優しい声で私に返事を返す。
ちょっとだけほっぺたが赤い。
ウブなところは全然変わんないなぁ。
「私ずっと、カイと結ばれることはないって諦めてたの。王太子との婚約が私の人生の務めだって思ってた。…ううん、もしかしたら自分自身に言い聞かせてたのかも」
言葉を紡ぎ続ける私を、カイは慈愛のこもった表情を浮かべじっと見つめていた。
深い藍色の瞳と視線を合わせる。
「だけど…最愛の人の傍にいることをこんなにたくさんの人に認められて、祝福されることはこんなにも幸せなことなのね」
「アーシェ、僕もすごく幸せだよ」
カイはおもむろに私の頬に手を伸ばした。
しなやかで、少し固い、剣士の指。
私の隣で幸せだと言う彼を、心の底から愛しく思った。
つーっと一筋流れる涙が彼の指に掬われる。
「今日から私…やっと貴方のものね」
「っ、どうして今そんな可愛いこと言うのさ」
顔を真っ赤にして怒ったような、拗ねたような顔をするカイ。
やっぱり彼はとびきり可愛い。
「だって本当のことでしょう?違うの?」
「違わないっ、けど…ずるいよアーシェ」
カイは頬に手をあてたまま少し屈んで、
そっと私の額に唇を落とした。
「僕ばっかりアーシェにドキドキさせられてる」
「…カイの方がずるい」
私のことが心から愛おしい、そんな表情を浮かべたままキスなんてされたら…私の心臓今にも破裂しちゃいそうだよ。
「僕の奥さんが、世界で一番可愛い」
蕩けそうな瞳でそんな言葉を囁かれ、ぽうっとカイを見つめ返した。
…いつか私、カイのことが大好きすぎて頭がおかしくなっちゃうんじゃないかな。
「愛してるよ、アーシェ」
「うん…私も愛してるよ、カイ」
誰にも隠すことなく、愛しい人に堂々と自分の想いを告げることができることに、
愛しい人が、私だけを見つめて、愛してくれることに、
この上ない程の幸せを感じた。
_____私は、大好きな彼と生きていく。
「二人の世界に入るのは結構ですが、今日は皆様あなた方のために集まってくれているんですのよっ」
いきなり聞こえたそんな声に、思わずむうっと唇を尖らせる。
せっかくカイとの甘い時間を過ごしていたのに。
仁王立ちするグレイスさんは本当に空気が読めない方だ。
「…姉さん、何か用?」
カイも同じことを思ったのか、いつもより一層冷たい声で言葉を返した。
「っ、お邪魔でしたわね!」
「わかっていてどうして邪魔をするんです…」
予想以上に棘のある言葉が口から滑る。
さすがに言いすぎたかな、と口に手を当てると、カイにぽんぽんと頭を撫でられた。
「それはっ、だけど…私だって」
しどろもどろに言葉を紡ぐグレイスさん。
顔を赤らめて涙目になる彼女が言いたいことは、これまでの付き合いでなんとなく予想できる。
「私だって…あなた達に、祝福の言葉くらい…っ、言いたいんですわ」
「はいはいありがとうございます」
「あなたはまたそんなにあっさりと!!」
しれっとしてお礼の言葉を返した私に、グレイスさんは違う意味で顔を真っ赤にする。
だって、なんだか恥ずかしいじゃない。
グレイスさんとは長い間険悪な仲だったのに、今更こんな、仲の良い友達みたいに…
「アーシェ、照れてるの?」
「照れてないっ」
「可愛いね?」
からかうようにそう言うカイ。
そっぽを向くとぎゅっと肩を抱き寄せられた。
「またお二人でイチャイチャと…!」
「別にいいじゃないですか、結婚式なんだし」
ジト目でグレイスさんを見つめると彼女はぐっと唇を噛み締めて黙り込んでしまった。
「あんまり私の妻を虐めてくれるな」
いきなりやって来て白々しくそんな言葉を口にするのは、私の元婚約者様だった。
グレイスさんを妻と呼んでいる通り、二人は私達よりも早く正式に籍を入れていた。
ちなみに子どもはまだできていないようだ。
この様子じゃ、秒読みだろうな。
「あら、私が嫌がらせをされていた時は放置していたくせに…どういう風の吹き回しです?」
「本人が気にもしていないのに、私が助ける必要があったか?」
「気にはしていませんでしたが、あなたには助ける義務があったのでは?全てあなたのせいだったのですから」
私の言葉に殿下は肩を竦めて、まるで駄々を捏ねる子どもを相手にするように、困ったような顔で笑った。
…本当に腹の立つ人間だ。
「アーシェ、あんまり他の男と仲良くしてたら僕妬けちゃうな」
「私が愛しているのはカイだけよっ!こんな人今も昔も好きでもなんでもなかったわ」
「うん、知ってるよアーシェ」
ふう、良かった。
カイに変な誤解をされたらたまったものではない。
「…言葉の節々に私に対する悪意があるような気がしてならないのは私だけか?」
「ディラン様も、あんまりアーシェばかり気にかけてたら…私だって、妬けますわっ」
「あんまり可愛い顔でそんなことを言うな。私も男だ、下半身にくるものがあるぞ」
「っ!?!!?」
この国の時期王がこんなに下品な男でいいのか。
と言うか、私もって…殿下以上に見境ない節操なし男なんて存在しないわ。
その点…
「ん?どうかした、アーシェ」
私の天使は、一途で優しくて、私になんて勿体ないくらいの素敵な人だ。
笑顔が眩しいよ、カイ。
「ううん、カイと結婚できて、私は世界で一番の幸せ者だなって思ってただけ」
「…っ、ありがとう。だけど、一番の幸せ者は僕だと思うよ?」
はい、きゅん。
「相変わらず、反吐が出そうな程甘いなお前達は」
殿下がげんなりとした顔でそう言う。
「だったらもう王宮に帰られた方がよろしいのでは?」
「お前らは私に冷たすぎるんじゃないか?」
にこにこと微笑みながら進言するカイに、殿下が言葉を返す。
「殿下のことを思ってのことですよ」
「せっかくのカイの優しさを…最低ですわね、ディラン殿下」
「…お前らなあ」
「ディラン様、この方達は仕方ありませんわ」
悟ったように言うグレイスさんだった。
「はぁ、何はともあれ、今日は友人のめでたい門出の日だ。…おめでとう、二人とも」
「…いつになく素直ですわね」
「殿下、気でも触れたのですか?」
私達の言葉に殿下は心底嫌そうに顔を歪めた。
「お前らは本当に。もう勝手に二人で幸せにでもなっていろ」
「既に幸せですわよ?」
「アーシェの婚約破棄に素直に応じて頂きありがとうございました。殿下のことを憎むことはあっても、心から感謝する日が来るとは夢にも思いませんでしたよ」
満面の笑みでそう言う私達に、遠い目をした殿下はもう何も返さず、あたふたとするグレイスさんの肩を抱いて去っていった。
「え、あの、ディラン様…?私まだお二人にお祝いの言葉を…」
「私がもう十二分に伝えただろう?」
「それはあなたの言葉で…っ、お二人とも、結婚おめでとうございますっ。それと、アーシェさん…本当に、たくさん酷いことをして、申し訳ありませんでしたわっ」
殿下の腕から必死に逃れたグレイスさんが、私達に向き直りそう言葉を紡ぐ。
…もう、いいのに。
あんな些細な嫌がらせで傷つく程繊細な心は持ち合わせていない。
「いつまでもそんなことを気にしていたら、あなたの望む友人になんて到底なれませんよ?」
「っ…そうね。ごめんなさい。ありがとう、アーシェさん」
「これからよろしく、お義姉様」
「…こんな生意気な妹なんて、ゾッとしますわ」
グレイスさんはそう言っていつも通りの勝ち気な笑顔を浮かべていた。
グレイスさん達を皮切りに、たくさんの人が次々と祝福の言葉を言いに来てくれる。
嬉しいけど、結婚式って結構大変なのね。
「アーシェ、大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも…」
「ちょっと控え室で休む?」
心配そうなカイの優しさに少しだけ回復した気持ちになった。
「ううん、平気。カイが隣にいてくれたらどんな疲れも吹っ飛んじゃうわ」
「…僕はアーシェが可愛くて今すぐどこかに隠しちゃいたいな」
「もう、カイったら」
今日も最愛の人が尊いです神様。
ずっとずっと、カイの隣で笑っていたい。
私の隣で、カイに笑っていて欲しい。
見つめい、どちらからともなくそっと唇を合わせた。
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