俺はニートでいたいのに

いせひこ

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第一章:剣姫の婿取り

婿取り12番勝負:害虫駆除 決着編

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「私とお義兄様が結婚すればいんですよ」

 獲物を見つけた狐の目をしてそう笑ったアウローラ。
 その言葉の奥にあるのが愛情でないことは俺にだってわかる。

 王国最強を謳われるソルディーク伯爵家。
 その家で重視されるのは、やはり武力だ。
 個人的武力であり、軍を指揮する力だ。

 多分、勉強すればアウローラは稀代の知将に成り得るだろう。
 イリスありきとは言え、『賢姫』と呼ばれているのは伊達じゃない。

 けれど、これまでのアウローラの言動や、ゲームのプレイングなどから、その指揮能力がこの家と合わない事もわかっていた。
 
 彼女は勝利のためならどんな悪辣で卑劣な事でもやってのける人間だ。
 貴族の子女として躾られたから、倫理観や道徳心は育っているけれど、それらが何の役にも立たない戦場で、それらをあっさりと捨てられる人間だ。

 そこに勝利はあっても栄光は無い。

 暗殺者が英雄として讃えられないのと同じ理由。
 戦功は得られても、栄誉は得られない。

 アウローラはそういうタイプの指揮官だ。

 ソルディーク伯爵家が限界にあるのをアウローラは気付いている。
 本来なら軍事費を削って、国や他の領地からの支援で領地を開発するべきだ。

 王国最強であり、国境に位置するソルディーク家が軍備を縮小するとなれば、王室だけじゃなく、近隣の領主も慌てるだろう。
 自分の所の軍備を増強しなければならないのは勿論だけど、自分達が矢面に立たされる可能性が出て来るからだ。

 戦で手柄を立てたいのは兵士も騎士も変わらない。
 けれどできれば戦には出たくない。

 それが領主の偽らざる気持ちだ。

 言ってしまえば、戦後二十年。
 国境の警備を王国はソルディーク家に押し付けて来た。

 周辺の領地では次々と軍備を縮小し、支出を減らしてその分を開発に回している。

 それができるのも、王国最強たるソルディーク伯爵家が健在だからだ。

 だからその伯爵家が、

「俺もう国境守らないから。だって金無いし」

 なんて言ったら、王室や周辺の領主は支援を厚くするだろう。

「もう巡回だけじゃ無理かも」

 なんて言って私戦を匂わせれば、中央や南方の貴族は慌てて支援するだろう。

 武力を商品にするんじゃなくて、武力を駆け引きに使う。
 それがソルディーク家の威光を最も効率よく使える方法の筈だ。

 けれどソルディーク家はその道を選ばない。
 気付いていようといまいと、その道は選べない。

 そういう事・・・・・をしないから、得られた名声の基にソルディーク家は成り立っているからだ。

 威風堂々、清廉潔白。
 高潔な理想的な武人。

 それがソルディーク家をソルディーク家たらしめている。

 だからアウローラは、ソルディーク家から逃げ出したいんだろう。
 ソルディーク家を救う事のできる頭脳と計画を持ちながら、それを振るえない環境から抜け出したいんだろう。

 だから、俺と結婚したいんだ。

 そこに愛情なんてない。
 まさに仮面夫婦。

 けれどそれこそ、俺がイリスとの間で最も望まない関係性だ。

「悪いが俺はお前と結婚できないよ」

「どうしてですか? まさか、婚約破棄の原因を作った相手なんて御免だ、なんて言いませんよね?」

「それもある」

 というか割とそれが大きい。

「この婚約は確かにエルダード家から申し込んだものだ。けれど、婿入りとは言え差し出したのは三男だ。普通は、家格が下の家とでないと成立しない婚姻だ」

「それだけこちらが困窮しているという事では?」

「それはその通り。けれどそれはそっちの事情だ。こっちの事情じゃない」

「どういう事でしょうか?」

「三男を婿に出す程度の家に、娘が嫌がっているからという程度の理由で婚約を破棄されて、果たして誼を結びたいと思うだろうか?」

「それは……」

 対面を重んじるのが貴族というものだ。
 だからこそ爵位の高低に拘るし、家格の差にも拘る。

 侯爵家さえも凌ぐと言われるほどの発言力を、南方限定とは言え持っているのがエルダード家だ。
 北が戦で疲弊した現在、王国の心臓であると言っても過言ではないほどの経済力を持っているのがエルダード家だ。

 そのエルダード家が、気に入らない、なんて理由で袖にされたとあっては、面子は丸潰れだろう。

 普通はそう・・・・・考える・・・はずだ。

 多少は貴族としての常識に則って抗議かなんかするかもしれないけど、うちだとふーん、で済ませそうなんだよな。実際。
 けれどそんな事は知らないアウローラからすれば、王国一金持ちであるエルダード伯爵家と言う大貴族が、面子を重視しないなんて思う訳がない。

「そして当然、家にそんな恥をかかせた俺を、エルダード家が許すと思うか?」

「う……」

 まぁ、実際許すだろうな。
 そうか、じゃあどこか適当な家に嫁げ、くらいの反応だろう。

 けれどそれを知らないアウローラ以下略。

「良くて勘当。最悪処刑。間を取って幽閉か? どのみちお前と結婚できるのは、勘当された場合だけだけど、お前はそんな俺と結婚したいと思う?」

「…………」

 多少は俺に愛情を抱いていたとしても、貴族としての地位を捨ててまでついて来れる程のもんじゃないだろう。
 ソルディーク家から逃げ出した先で、今よりひどい暮らしを強いられるかもしれないとなったら、彼女はそれを選ばない筈だ。

「俺とお前の知識があれば、とか思うなよ? エルダード家が追放しただけで放置する訳ないんだから」

 まともな貴族なら、間違いなく俺が成り上がれないように圧力をかけるだろうな。
 可能性があるとすれば国を捨てての亡命くらいだろうけれど、それだってどうなるか。

 なんて事を、常識的な貴族なら理解する筈だ。

「だから俺はお前と結婚できない。いや、イリスとの婚約を破棄できない」

 婚約が破棄されても多分家は俺に何もしない。
 どこか別の貴族へ婿入りさせるか、それこそ適当な領地を分譲して、俺とアウローラを住まわせるくらいはしてくれるかもしれない。
 けれどそれじゃ俺の望みは叶わない。
 叶う可能性が低い。

 自分でもそろそろ忘れそうになるけれど、俺ってニートを目指してる筈なんだよね。
 前世で染みついた社畜根性が、中々抜けないんだけど。

 正直、一日寝て過ごせる人間をある意味で尊敬する。
 いや、一日二日なら可能だけど、それがずっととなると俺には無理だ。

 前世のニートだって多分できないんじゃないか?
 だってここにはネットもゲームも漫画もラノベもないんだぜ。

 ゴロゴロするのにも飽きるって。

 まぁ、今やってるのはニートになるための土壌造りだ。
 土壌の改良。新しい作物の栽培。
 それ以外にも色々と計画しているけれど、一度軌道に乗れば、後は担当を決めて俺は後ろに引っ込む事ができる。
 ソルディーク伯爵家という名声があれば、王室や実家、更に周辺領地からの支援が望める。
 そして婿という立場なら、俺はソルディーク家の当主になる事はないだろう。

 俺が伯爵家の長男だとか、侯爵や公爵の出というなら、結婚後に当主の座を譲られるかもしれないけど、あくまで貴族の三男だ。
 ユリアス伯爵もまだ健在であるし、このままならあと二十年は現役でいられるはず。

 つまり、当主の座を継ぐのは俺じゃなく、俺の子供になるんだ。

 立場が上がって責任は増えるけれど、実家に居た頃とそう大差ない生活ができるって事だ。
 俺が目指すのは一日寝ているような生活じゃない。

 好きな時に起きて、好きな事をして過ごし、好きな時に寝る。
 そんな生活だ。

 俺が領主になるとそれは叶わないからね。

「そ、それならどうしてこのような決闘をなさっているのです!? 最初の決闘に勝っただけで十分では……?」

「初夜の時に寝首を掻かれて永眠だなんて冗談じゃないんでね」

 まぁイリスの性格ならそんなことはしないだろうってのは、これまで接してきてわかってる。
 ただ逆に、初夜を終えて次の日目覚めたら、隣で自害して果ててる可能性が出て来てるんだよね。

 それはそれで寝覚めが悪い。文字通りね。

 あと、唇を噛んで覚悟を決めた女性相手にやる気を出せるかって言われると、ちょっと微妙だ。
 前世での性癖は極めてノーマルだったからね。
 試す訳にもいかないし。

 普段ぐーたらしてて、嫌がる少女を手籠めにするとか。
 完全にろくでなしの貴族だ、それ。

「お姉様がそのような事をなさるとお思いですか?」

「恋は女性を狂わせるというからな」

 そう言えばそんな話もあった。
 ミリナ達に聞いた限りじゃ一方的みたいだし、騎士とは言え、大きな武功を上げた訳でもない一兵士が、伯爵家令嬢と恋仲になるなんて許される事じゃない。
 少なくとも、相手はそれを弁えてるみたいだし、幼いころから知っている少女の淡い想いを本気にするほど純情じゃないっぽい。
 イリスと共謀して家を乗っ取ろうなんて野心家でない事も、噂レベルだけど確認済み。

 だからあとは、イリスの心さえ離してしまえば問題らしい問題はなくなる。

 イリスの心を掴みたいなら、武術を学ぶのが一番なんだけど、今学んだって相手と比べられて侮蔑されるだけ。
 同情されればマシって程度だろうからね。

「そういう訳だから、イリスと俺が婚約を破棄されたからと言って、お前と結婚すれば全てが丸く収まるなんて事はない」

「そうですか……」

「それでもまだ、お前がイリスと俺の婚約を破棄させるために彼女の味方をするっていうなら止めないよ。姉の望まない結婚を阻止するって心情も理解できるしな。今回負けてもまだチャンスはある訳だし」

 恐らく一対一の武術対決を決闘内容にしてくるだろうから、俺が勝つ要素はほぼないけどね。
 一応前にも言った切り札が残ってるとは言っても、確実じゃないからね。

「まぁ、そうなると勝ちを取り返すのはほぼ絶望的になるから、そんな状況に放り込んでくれた相手を愛せるようになるか、って言ったら、な……」




 そんな話をしてから望んだイリスとの決闘。
 ここまでアウローラは俺の味方をしているような節はない。
 まぁ、見た限り、イリスに強く肩入れしてるようにも見えないけれど。

 俺とアリーシャは符丁で互いのカードの種類を教え合っているけれど、相手にそんな素振りは無い。
 イリスがその手のやり方を嫌うから提案してないって事も考えられるけれど、是が非でも俺とイリスの婚約を破棄させたいなら、一方的であっても教えておくだろうし、プレイ中も伝える筈だ。

 情報を知ってしまえば、無視しようと思ってできるもんじゃないからね。

 このゲームは色々なところから情報を仕入れて、目の前にあるカードが嘘か本当かを見抜かないといけない。
 アウローラから齎される情報は、その思考のとっかかりになる。

 そしていよいよ大詰め。
 イリスがダブルリーチ、アリーシャがリーチ。俺とアウローラがリーチ一歩手前、という状況。

「イナゴです」

 アリーシャからカードが渡される。
 けれど俺はそれを確認せずにイリスに回す。

「イナゴだ」

 イリスを敗北させるには、イナゴかケムシを回してやればいい。
 あとは勝負の二択。

 仮に負けても俺には大したダメージじゃない。アウローラに回しても、符丁を決めてない以上、結局二択で敗北する。

 だから見る必要は無い。
 符丁のお陰でそれがイナゴだとわかってるのもあるけど、俺は敢えて確認せずにイリスに回してやった。

 プレッシャーをかけたんだ。

 こういうあからさまなプレイングをすれば、イリスだって気付く。
 目の前に置かれたカードが、イナゴかケムシであると気付く。

 気付けばイリスは勝負するか回すかを考える。考えてしまう。

 そして長考するって事は、イリスの手札にイナゴが無いって事を教えている事になるんだ。
 ひょっとしたらケムシも無いのかもな。

「…………」

 そして長い長い沈黙の末に。
 実際には数秒程度だけれど、俺達、特にイリスからすれば非常に長い思考の末に。

「イナゴよ」

 イリスはカードをアウローラに回した。

(勝ったな)

 俺は確信する。
 ゲームが始まった頃はどっちかわからなかったその心理。
 今でははっきりとわかってる。

 俺とアリーシャの決めた符丁は単純なものだ。
 というか、複雑な符丁なんて気付かれずに出せる訳がないし、覚え間違いだって怖い。

 だから本当に単純。

 カードを宣言して誰かに渡す時、どの位置に指を置いているかで区別していたんだ。

 そして、明らかに途中からアウローラがそれに気付いていた。
 気付いていながら、それを俺やアリーシャとの勝負に利用して来なかった。

 むしろ、イリスから回されるカードで、彼女にダメージを与えないために利用していたように見えた。

 どうでもいい所でイリスにダメージを与えたところで意味は無い。
 裏切るなら一度だけ。それも、必殺のタイミング。

 イリスにリーチがかかり、殺せるカードが出たタイミングで、イリスからカードが回って来たその時こそが。

 アウローラが刺す時だった。

「イナゴです」

 アウローラが宣言してカードを開いたそこに描かれていたのはイナゴの絵。

「けっちゃーーーーーーく!! イリス様のイナゴが四点に達した事によりイリス様敗北! そして、レオナール様より先にイリス様が敗北したため、一年連続決闘勝負の三番目の勝者はレオナール様に決定いたしました!!」

「流石のアウローラ様でも、そう何度も二択を当てられませんでしたね」

 アウローラの裏切りがイリスに感付かれないためのフォローもバッチリだしな。
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