俺はニートでいたいのに

いせひこ

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第一章:剣姫の婿取り

賢姫の襲来

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 今日は午前中から畑の様子を見に行く。
 麦の方はまだ全然だろうけど、ジャガイモはそろそろ手を入れてやらないといけない筈だ。

「うん、まずまずかな?」

 目の前に広がるジャガイモ畑。
 等間隔に並んだ緑の葉を見て、俺は呟いた。

 草丈は大体8センチくらいだから、やっぱり長年かけて土壌を改良したエルダードの農地と比べると育ちが悪いな。
 と言っても、俺もそこまで詳しい知識がある訳じゃないからね。
 へたにここから違う事をして、ジャガイモそのものをダメにしちゃったら本末転倒だ。

「これは、どのくらい育っているの?」

 流石に見た事の無い作物の生育状態はわからないらしく、同行しているイリスが尋ねて来る。

「まぁ、この時期だと順調かな? あと二ヶ月程度で収穫できると思う」

「二ヶ月って……そんなに短いの!?」

「ああ。しかも、あれ一房で大人2~3日分の食料になるはずだ」

「ええ!?」

「まぁ」

 俺の説明にイリスだけでなく、同じように同行しているアウローラも驚く。
 まぁ、基本小麦くらいしか作物の知識がないとそうなるよな。

 ジャガイモ一つで一食計算だから、物足りないだろうし、間違いなく栄養不足だろうけどな。
 とは言え、ソルディーク領内の食料事情はその程度か、それ以下だからな。

 正直、元気なのは伯爵家と騎士団くらいというかなりヤバイ状況だ。
 
 王室からの援助と、エルダード家からの支援で周辺から食料を買い込み、領内の市場に格安で流してなんとかギリギリ食いつないでいる。

 それにしたって、王国全土で食料が不足気味だからな。限界はやっぱりあるんだ。

 これ、エルダード領内の生産量増加させてなかったら、ヤバかったんじゃないかな。
 戦争が長すぎたんだよ。

「それで、これからどうするの? 確認して終わり?」

「いや、間引きを行うよ」

「折角育ってるのに抜いてしまうんですか?」

「育ちの悪いものを放っておくと、結局全体の収穫量が落ちちゃうからね」

「どの領地でも、農地内に植えられるだけ植えていましたけど、この作物だけの特徴でしょうか?」

「小麦でもなると思うよ。開拓、開墾は大変だけど、土地が余っているようなら植え付け量を変えずに農地を広げるべきだね」

「はぁ~」

 アウローラが感心したように溜息を吐く。
 エルダードで農業改革を行う時も、この辺りの誤解を解くのには苦労したからなぁ。

 まずは与えられた狭い農地で実験して、その結果を基に父さんを説得したっけ。
 懐かしい。

 今はエルダードでの実績とデータがあるお陰で、みんなすんなり納得してくれるから楽でいいわ。
 よくわからないけど、俺が言うならとりあえずやってみよう、的な感じだけどな。

「それじゃ、昼までに終わらせてしまおうか。このあと肥料と土の追加を行うからな」

「うぃーーーす」

 すっかり俺の護衛兼農業従事者が板についたソルディーク家騎士団の皆さんが、特に異論をはさまず返事をして畑に向かって行った。



 ジャガイモの間引きと肥料と土の追加を行ったのち、ライ麦と大麦の畑も見に行く。
 気候が違うお陰で、この季節の種蒔きでもしっかり芽を出してくれているのは助かる。

 大麦は雑草の除去と虫の排除だけだったが、ライ麦はいい感じに育っていたので麦踏みを行った。

 科学的な根拠は流石にこの世界、時代だと判明してないけれど、ある程度麦が育ってから、一月ごとに4~5回麦踏を行うとよく育つ、という知識は広まっていた。
 多分、経験によって発見された栽培方法だな。



「それじゃ、リバーシのルールを把握できてるかどうか、確認のために一度勝負してみるか」

 農地の視察を終えて数日後、二つ隣の領地で出没したらしい山賊退治を終えて帰って来たイリスに俺はそう提案した。

「いいわよ。私も確認したい事があったしね」

 イリスもイリスで何か狙いがあるらしく、快く引き受けてくれた。
 翌日、ランニングを終え、朝食を摂ったのち、俺の部屋にイリスとリーリアがやって来た。

 アウローラもついて来たけど、まぁ気にしないでおく。

「じゃあ早速始めましょうか。考案者の実力、見せて貰うわよ」

 そう言って不敵に笑うイリスは、何故かテーブルを挟んで俺と垂直の位置に座るイリス。
 そして俺の対面に座ったのは、笑顔を浮かべたアウローラだった。

「お手柔らかにお願いしますね、お義兄様」

「……まぁ、いいけどさ。ただ、2~3回はイリスともやるぞ? お前がルールちゃんと把握してるかどうかの確認のためなんだからな」

「ええ、いいわよ」

 どうやら、俺がイリスの実力を測ろうとしていたように、イリスも俺の実力を知りたがっているみたいだ。

 兵に聞いた限りだと、アウローラは『賢姫』と呼ばれているそうだし、強そうだなぁ……。

 さてどうするか。
 決闘でイリスに勝つ確率を上げるには、ここで本気を見せるのは良くないよなぁ。
 序盤の定石だけ崩せば、ある程度誤魔化せるか?

「では、お義兄様からどうぞ」

「ああ」

 俺の実力を見たいからだろう、先攻を譲ってくれるアウローラ。

「さて……」

 俺は黒駒を手に取り、まずは縦5横6の位置に置き、縦5横5の白駒をひっくり返す。
 ちなみに、最初の置き駒が交差しているのはオセロの初期配置なんだけど、名前のこじつけが面倒だったのでオセロルールでリバーシを名乗っている。

「んふふ」

 アウローラは縦6横6の位置に置き、黒駒を一つひっくり返す。
 流石に、縦4横6に置いては来ないか。

 オセロの定石や有利に手を進める方法は幾つかあるけど、やっぱり角、そして端を取る事が重要だ。
 けれど、いきなり狙いにいってもそうそう簡単には取らせて貰えない。
 角や端を巡る攻防は、中盤から終盤にかけて行われる事が多い。

 じゃあ序盤はどうするのかって言うと、色々定石の形はあるから大雑把に言えば、相手の内側に潜り込む事を考えるといい。
 リバーシは相手の駒を、自分の駒でひっくり返すルールだからね。
 中央を自分の駒で押さえる事ができれば、極論、相手はこちらの駒をひっくり返せず、こちらは相手の駒をひっくり返し放題、という状況を作る事ができる。

 それと、リバーシには解放値理論というものがある。
 自分が相手の駒をひっくり返すという事は、相手にひっくり返せる可能性のある駒を一つ増やすという事でもある。
 そのため、これから自分がひっくり返す相手の駒に隣接した、空きマスを数え、少ない方が有利になる。
 これを解放値理論というんだ。

 当然、駒群の外側をひっくり返すより、内側をひっくり返した方が、隣接する空きマスの数は減る。

「このくらいは理解してるか……」

 俺がアウローラの陣地の内側へ入るよう駒を置けば、相手もその更に内側をひっくり返すように駒を置く。
 そのため、盤面が中々端へと進まない。
 お互い、最初に端に駒を置くのを嫌っているみたいだ。

 ちなみに、俺とアウローラが駒を置くたびに、

「え?」

 とか、

「あれ?」

 とか声を発しているイリスがいたけれど、これが演技だったなら大したもんだ。

「35対29か……。意外と差がついたな」

「んふふ。流石はお義兄様。お強いですわ」

 そして遂に決着の時。
 結果はそんな感じになった。

 俺は手の内を見せないようにしていたし、アウローラは俺を探っていたからね。
 お互いこれが相手の実力だと思っていない感じだ。

「じゃあ次、イリス、やろうか」

「え、ええ。相手になってあげるわ」

 どうしてそう強気なのか。
 俺とアウローラの攻防についていけてなかったのに……。

「ちょっと!」

「だめ!」

 そして今度は、アウローラがイリスが駒を置く度に声を発するのだった。
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