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プロローグ
あるサラリーマンの最期
しおりを挟む俺、田中翔太は半ブラック企業に勤めるサラリーマンだ。
早朝に出社して深夜に帰宅する。
一応週五日勤務だが、休日出勤は当たり前。
日曜日が休みなんて月に一回あるかないかだ。
これでどこが『半』ブラックなのかと言えば、金はきっちり払われるからだ。
残業代は勿論だが、休日手当も早朝手当もしっかり出る。
金は払うからしっかり働け、がうちの会社のモットーだった。
三六協定? 何それおいしいの?
とは言え労組に訴える人間はいない。
それで業務が改善されても誰も得しないからだ。
人数が増えるにしろ仕事が減るにしろ、会社が倒産するのは間違いないだろう。
それで残るのはなんだ?
会社の業務内容に不満を持ち、訴えを起こして会社を潰した三十前の無資格の無職だ。
果たして再就職できるだろうか?
そんなリスクを負うくらいなら、おとなしく働いて小銭を稼いでいた方が良い。
ああ、こうして社畜はできあがっていくんだな。
今日も終電間際に帰宅した俺は、そのままベッドにダイブする。
暫くそのまま倒れた後、夕食を摂り、風呂に入るのがいつものルーティーンだ。
ゆっくりと息を吐き、そしてゆっくりと吸い込む。
それを繰り返すと、疲れた体に活力が戻って来るように感じられた。
だが、今日はいつもと違っていた。
体が、動かない。
あれ? これってまずくないか?
起き上がろうと思っても体に力が入らない。
そして頭のどこか
本能を司る部分が俺に教えてくれる。
このまま寝ていると、死ぬ、と。
やばいやばいやばい。
過労死? 過労死しちゃうのか?
やばいやばいやばい。
ん? やばいか?
いや、確かに死んじゃうのはやばい。
それは間違いなくやばいだろう。
けど、死ぬ事に何か問題があるか?
俺は半ブラック企業に勤めるサラリーマン。
社長の次が課長の小さな会社。
潰れるとは思わないが、劇的に大きくなるとも思えない。
四十を過ぎても平社員のままの同僚先輩は周囲に大勢いる。
勤続年数により多少色がつくとは言え、結局は平社員の給料だ。
長く働けるが上に行ける会社ではない。
長く働く事に関しても、こんな勤務形態ではいつ体か心を壊してもおかしくない。
あれ? 別にここで死んでも問題なくね?
恋人も家族もいない。
親はいるが、もう何年も会ってない。
別に仲が悪い訳ではない。
成人して一人暮らしをしていればそんなもんだ。
盆暮れ正月も普通に仕事で忙しいからな。
俺が死んだら悲しむだろう。
でもそんなもんだ。
悲しんで、終わり。
後追いで自殺するとか、何も手がつかなくなるほど落ち込むとか、そんな事はないだろう。
一年に一回、俺の命日に少し悲しくなるだけ。
多分、そんなもんだろう。
果たしてここで死ぬ事に問題あるだろうか?
このままなら眠ったように死ねるだろう。
痛くも苦しくもなく逝ける。
これはかなり良い死に方なんじゃないか?
うん。
じゃあいいんじゃないかな?
俺の人生ここまで。
何かを成した訳でも、何かに成れた訳でもない。
童貞ですらないからな。思い残すような事もないんだよな。
じゃあ、今回の人生はこんな感じで。
もしも生まれ変わりというものがあるのなら。
来世はできれば、ニートがいいなぁ。
せめて一日の勤務時間が十時間を超えないような仕事で生きていけたらいいな。
あれ? 明るい?
なんだよ、死ななかったのかよ。
来世はできれば、とか言っちゃって結局生きてるとか。
かなり恥ずかしいんですけど。
まぁ、生きてるんならそれはそれでいいや。
俺の人生まだ続きまーす。
ん、でもなんか体がうまく動かないな。
あのまま寝ちゃったから風邪でも引いたか?
まぁ、あんな事になったんだ。体が休めって言ってるのかもな。
流石に病欠の連絡をした人間に対して、這ってでも出てこいなんて言う程ひどい会社じゃない。
お大事に、の前に少々嫌味を言われるかもしれないがその程度だ。
今日は会社を休んで病院へ行こう。
それとも今日は家でゆっくりして、明日病院へ行こうかな?
有給の消化はくどく言われてるからな。
入社から四年、一度もきちんと有給を消化できた事なんてないけど、まぁ丁度良い機会だ。
振って湧いた連休、堪能させてもらおうじゃないか。
とりあえずもう一回眠ろう。
ふふ、二度寝なんて何年ぶりだろうな。
あ、ちゃんと布団で寝ないとまずいな。
スーツも脱がないと。
ん、でも体がうまく動かないからなぁ。
まぁ、このままでもいっか。
それじゃ、お休みなさーい。
なんかうるさいなぁ……。
隣で騒いでんのか?
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