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カンノン(完結)
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「当機はまもなく離陸いたします。」
定刻から30分遅れて機内に出発のアナウンスが流れると、飛行機はようやく滑走路へと移動を始めた。出発が遅れている理由をハッキリと説明されないまま長々と待たされていたので、あちこちから文句がブツブツと聞こえていたのだが、とにかく飛ぶことが伝わると痺れをきらしていた乗客たちは一転して機嫌を取り戻していった。
結局、私の隣の席は空席のまま誰もこなかった。誰かが予約していたんだろうが、搭乗時間に間に合わなかったのか、それとも直前になってキャンセルでもしたのだろうか。機内はほとんど満席なのに、窓側の席が初めから空席だったなんていうことはないはずだ。
すっかり肩透かしを食ってしまった。フライトが遅れているのは隣の乗客の遅刻が原因なんじゃないかと思っていたが、見込み違いだったらしい。てっきり、チェックインに遅れてきた奴が、搭乗ゲートで図々しく「乗せろ乗せろ」とゴネ続けていたために出発が遅れているんじゃないかと推理していた。そして、そいつが悪びれることなく機内に乗り込んできて、いけしゃあしゃあと隣の席にこようものなら、私は大げさに足を組んで寝たふりでもしながら通せんぼして、座るのを邪魔してやろうかと構えていたが、無駄だったらしい。私は鬱憤をどこにもぶつけられないまま、余計にモヤモヤした気持ちになった。
こんな幼稚な嫌がらせをしたくなるなんて、いよいよ余裕がなくなっている。よく、無差別殺傷事件とかを起こすキチガイ犯が「誰でもよかったから」とか「イライラしていたから」などと身勝手な動機を語ることがあるが、この時の私の精神状態はそれに似ていたのかもしれない。何でもいいから、頭の中にまとわりつく毒ガスみたいな鬱憤を少しでも晴らしたい。普段なら何とも思わないような些細なことも気分が淀んでいると、つい腹を立ててしまうことがある。それくらい私の心は荒れていた。
こうなってくると周囲の何もかもが煩わしくっていけない。この便の行先は世間では人気の観光地であるため、機内は旅行者と思われる乗客が多く、聞こえてくるのはバカンス気分のお気楽呑気な話し声ばかりで私にはこの上なく耳障りだった。すぐ後ろの席の二人組の若い女はOLか何かだろうか。休暇をとって旅行を満喫しているのか知らないが、ぺちゃくちゃと職場の愚痴やら男の話やらで盛り上がっていて、その無神経な話し声がまた五月蝿いこと。聞くまい聞くまいと思うほど、話し声が私の耳に割り込んできた。
彼女たちの喋る言葉は「ヤバイ」とか「ウケル」とかいう単細胞な言葉ばかりで、よくそれで会話ができるなと嫌味を言いたくなってくる。ほかにも通路を隔てた隣横の座席には中年の男女が年甲斐もなくイチャイチャと馴れ合っていて、その聞こえてくる粘っこい声は生温かく私の横頬に触れてきて気持ちが悪かった。
いっそのこと、機内中に響き渡るくらい大声で「うるさい!黙れっ!」と怒鳴りあげたらどんなに気が晴れるだろうか。そうすれば、周りの賑やかな雰囲気は一変して凍りつくだろう。そして、私のことを頭のオカシイ奴か何かだと思って気味悪がるに違いない。周囲の乗客たちはこの異常者を刺激しないように勝手に大人しくしてくれるわけだから、それはさぞかし気分がいいことだろうと思う。そんな爆弾を、いつでも炸裂させることができるんだと自分に言い聞かせて、私は心の中に少しだけ余裕を作った。
これ以上気が立たないよう、私はこの場から離れたい気持ちで視線を窓の外に向けた。飛行機はちょうど滑走路に進入するところでUターンするくらい深く曲がって方向転換すると、こちら側の窓から西日がサーッと流れ込んだ。陽気な光線が窓ガラス一杯に輝いているのをみて、「いい天気だな・・・」と純粋に思った。どこまでも青く晴れた空に、のどかに雲がポツポツと漂っていて、私の気持ちとは裏腹にすっきりとした空模様だった。
できることなら、この暖かい光の中で何も考えずにずっとまどろんでいたい。そうして、そのまま眠り落ちて、現実のことなど気にせずに、いつまでも夢の中にいることができたならどんなにかいいだろう・・・、と頭の中で叶わない願いを虚しく唱えていた。
飛行機が離陸の準備にさしかかったようで座席前方のモニターが展開して、機内での注意事項や緊急時における行動マニュアルなどの説明ビデオが上映された。酸素マスクの付け方とか緊急着陸した時の脱出方法とか毎度おなじみのやつである。
これを見るのも、もう何回目であろうか。私は肘掛の上に頬杖ついて、飽き飽きしながらも惰性でモニターを見ていた。初めて飛行機に乗った時はこんな形式的な案内ビデオでも新鮮で面白かったが、さすがに何度も繰り返し観ているとウンザリする。こんなのを見るために何度も飛行機に乗っているんじゃない、と自分に嫌気がさしてくる。
ハアー・・・と、私は渇いたため息をつき、うちあげられたクラゲみたいにぐったりと座席にもたれて脱力した。
楽な体勢をとろうとしてちょっと体を横向きにしてみたり、隣の席の方まで足を伸ばしてみたりと、色々試してみたのだが、全然リラックスすることはできなかった。きっと、この着慣れていないスーツと革靴のせいだろう。こんな窮屈なものを着ている限り体が休まるわけがない。大人たちはよくこんな動きにくいものを着て仕事をしているなと感心を通り越して呆れてくる。私は徐にネクタイを引っ張りほどいてシャツの1番上のボタンを外し、首を回したり伸ばしたりしてストレッチした。首回りだけ、ほんの少しくつろげた気がした。
-こんなことがいつまで続くのだろうか。
そう思うと、不安がまた肥大して胸がぎりぎりと押し潰されるような重苦しい嫌な気分になった。
この時、私は生まれて初めての就職活動に苦戦していた。
来る日も来る日も企業訪問したり、セミナーなどに足を運んでいたが、もう春も過ぎて就活も終盤だというのに、未だ内定はおろか内内定すら得ることができていなかったのである。結果がでない焦りと慣れない空気の連続で、すっかり神経がまいってしまい心身ともに疲れきっていた。
不採用の通知を受取る度に友人や家族は励ましてくれたが、その励ましがまた、逆に重たくのしかかってくる。息抜きに仲のいい友人に誘われて遊びにでてみても、不安が頭から消えることはなかった。以前は、夜時間にカラオケ店や洒落た居酒屋が立ち並ぶような賑やかな通りを闊歩するだけで雰囲気につられてウキウキと楽しくなったものだが、もう、そんな気分にはなれなかった。むしろ、そんなことで単純に浮かれていた自分や周りをバカバカしく思った。
私は、だんだんと親しい人との音信を避けるようになっていった。話をすれば慰めや励ましを聞かなければならないし、会えば無理に笑顔を作らなければならない。人付き合い自体が面倒になり、企業訪問しない時などは部屋に閉じこもることが多くなっていった。じわじわと追い込まれていくストレスを一人で抱え込み、私は取り憑かれたように苛立っていたわけであるが、結局のところ一番嫌になるのが自分の無力さである。
この時も面接を受けてきた帰りだったのだが、手ごたえは全くなかった。というよりも今までの面接で手ごたえがあったことなんて1つもないと言ったほうが正しい。資格や特技でこれというものはなく、学歴も並大抵である私にはとりたてて売り込みできるような魅力がない。だから、面接試験はいつも劣等感をもって臨んでいた。中身の乏しい履歴書を書く度に自分の薄っぺらさをひしひしと感じて、消えてしまいたい気分になった。
また、私にはやりたい仕事とか憧れの職業などいうのもあるわけではなかった。そのため、志望動機などを聞かれても通り一遍等な答え方しかできなかったのである。
活かす技能はない、就きたい仕事があるわけでもない。けれど、とりあえず就職はしたい。節操のない話だが、こんな考え方の就活生はきっと私だけではないはずだ。
私と同じように彼らもまた、落ちぶれてしまうのが怖いのだ。職を得て社会人として人並みに生きていけるか、職に就けず何者にもなれないまま終わるのか、まさに今が人生の瀬戸際なのだ。ここで内定を得られず、あぶれてしまったら今後さらに不利になることはわかっている。だから、なんとしても今この時に結果を出さなければならない。そう思えばこそ余計に焦ってしまうのだが、できることは「頑張って働きます」という単純な主張を色々な言葉で装いながら、ひたすら数を打っていくということだけである。すごく非効率的だけど、私にはこのやり方しかできなかった。
すっかりマイナス思考に陥って考え込んでいると、気がつけば案内ビデオはもう終わろうとしていた。飛行機は滑走路に到着したようで一度静止すると、一層エンジン音を響かせていよいよ離陸しようとしていた。
この、離陸する時は私の唯一のささやかな楽しみであった。あの勢い凄まじい加速に身を委ねるのが妙に好きなのである。他の乗り物では決して体感することはできない速力。大きな推進力にぐーっと押されて体全体が座席に埋まっていくような感覚に面白さを覚えていた。遊園地のアトラクションに乗った時のような気分になり、ほんの少しの時間だけ嫌なことを忘れられた。
機体が飛び立とうとして走り出し、一気に加速すると、私の体にあの特別な重力が伝わってきた。私はいい心持ちで座席にもたれながら、ふと何の気なしにまた窓の外を見ると打ち付けに異様な光景を目にした。
私の座席はちょうど左翼の付け根のあたりに位置していて、窓からは斜めに延びる機翼の全体が見渡せたのであるが・・・。そこに人が一人、立っていたのである。
まさに今、飛行機が飛び立とうとして、ゴオーッと風を切る中、機翼の中心部に若い風の男がこっちを向いてぽつねんと立っていたのである。ひどくくたびれたスーツ姿で、背広やズボンも遠目でもわかるくらいヨレヨレだった。頭髪もくしゃくしゃに乱れており、少しうつむいていて前髪が目元までかかっていたので、顔はよく見えなかったが、やはり疲れきった様子が窺えた。
そして、何よりも気味悪かったのが、男は腹に大怪我を負っているらしく、白いシャツは胸から下が血で真っ赤に染まっていたのである。また、だらしなくズボンからはみ出たシャツの下からは、何か赤茶けた帯状のものがぶらんと垂れ下がっていたのだが、グロテスクにもそれは腑が露出しているのではないだろうか。それでも、その男は痛がったり苦しんだりしている様子はなく、ユラーっと立ってるだけで、その姿はまるでゾンビのようだった。
私は物理のことや飛行機のことに詳しいわけではないけれど、人間があの激しい風圧の中で、どこも固定せず何の支えもなしに立っていられるわけがない。しかし、男は髪の毛や服、腹から垂れ下がる腑を少しばかりなびかせるだけで激風に煽られているようにはまるで見えなかった。というか、あれだけの大怪我で立っていること自体、実に奇怪なことである。不気味にジーっとこっちを向いている様は、まるで、この飛行機に何か恨みでもあるかのようであった。
他の乗客にはこのゾンビ男の姿は見えていないらしく、異常を訴えるような声は全然聞こえてこなかった。何故か私にだけ見える奇怪な光景。幻覚にせよ、幽霊にせよ、普通なら突然こんな不気味な、物恐ろしい光景を目にすれば、ちょっとは気が動顚しそうなものであろうが、以外にも私は冷静であった。というのも私はその不気味な男よりも、もう一つの奇妙なものに目を奪われていた。
その男よりも後方にいる、機翼の端っこにちょこなんと見える黒くて小さいもの。ツンと尖った耳、にょろりと伸びた尻尾・・・。それは一匹の黒猫だった。黒猫といってもその毛色は真っ黒ではなく濃い群青色をしていて、日の光を浴びて綺麗に青みがかっているのがわかった。その猫も激しい横風の影響を受けている様子はなく、じいっと座りこんでいた。
猫は真っすぐ私の方を見ていて、私もその円らな瞳に誘いこまれるように目を合わせていると、何だか妙な懐かしさを感じた。
「あれは・・・カンノン・・・?」と、湧いて出たように私は心の中で猫の名を呟いた。それと同時にアッと声をあげそうになった。頭の中で何かが弾け、一瞬のうちに埋もれた記憶が閃き広がった。数々の記憶が電光のように脳内を駆け巡り、私は、何もかも思い出して目を見開いた。耳の中がシィィンと響いて、さっきまで煩かった周りの雑音はかき消されて、まるで走馬灯のように頭の中で懐かしい記憶が光速度で展開を始めた。
カンノンとは、私が子供の頃に飼っていた猫の名前である。私が4歳か5歳くらいの時に母と買い物帰りに立ち寄ったペットショップで出会ったのが始まりであった。
その猫は成猫で売られていて、今考えると保護猫だったのかもしれないが、私は一目見てすごく気に入ったのである。一見すればただの黒猫なのだが、よーく見ると、その毛色は薄っすらと青みがかっていて、やはり素敵な群青色をしていた。また、毛並みに光が当たるとエナメルみたく滑らかな光沢を帯びて、うっとりと魅入ってしまうのだった。それにちょこんと座っているだけでも何だか様になっていて、まるで絵本に出てくる魔女猫が空想世界からやって来たような、そして、なにか不思議な力でも持っているのではないかしらと思ってしまうような、そんな魅力を感じていた。
すぐに私は両親にこの猫を飼いたいと哀願した。父も母もあまりペットを飼うことには賛成的ではなかったけれど、私がしつこくねだって何とか了承してくれた。恐らく、私が一人っ子だったことと、この頃によく弟か妹がほしいと言って、両親を度々悩ませていたことが後押しになったのだと思う。ちなみにカンノンという名前は母が付けたもので、由来は単純に私たち家族の名字の『カンノ』をモジっただけである。すごくいい加減な名付け方であるが、初めてペットを飼うことに夢中で嬉しくて全然気にはならなかった。
こうして、私達家族はほとんど何の準備もしないまま唐突に猫を飼うことになった。最初は両親も、犬と違って吠えないし散歩をさせる必要もないから、と楽観していたが、いざ飼い始めると毎日が忙しなかった。爪研ぎで家の壁を掻きむしっては父は絶句して手で顔を覆い、トイレを覚えずにそこいらで排泄しては母が金切り声をあげていた。
けれども、その場で両親が叱りつけても、当のカンノンは悪びれる様子もなく、窓辺でゴロゴロと呑気に日向ぼっこして悠々と欠伸をしているのだから、子供ながらにヒヤヒヤしたものである。それでも、さすがに躾けを繰り返していくと粗相はだんだんとなくなっていった。こっちの言うことをちゃんと守るようになると益々かわいくって、一緒に陽当たりのいいところでゴロンと寝転がっては、綺麗な毛並みをうっとりとなでなで触るのが幼い私の習慣だった。
カンノンは私がベタベタとじゃれていても嫌がるでもなく、喜ぶでもなく、全くリアクションはないのだが、頭をぎゅうぎゅう撫でると顔が何となく笑っているようにも見えて気持ちが通じ合っているような気がした。
この頃の日常にはいつもカンノンが隣にいたのだが、私が成長するにつれて、この愛着は次第に変わっていくのである。
小学校にあがると、私はカンノンのことよりも友達と外で遊ぶことに夢中になっていった。家にいてもテレビを見てるかゲームをしてるかで、以前のようにカンノンにべったりとくっついていることはしなくなった。また、カンノン自身も、いかにも猫らしい、さばさばした性格だったので、私が遊び相手をしなくとも寂しがる様子はなく、こっちにすり寄ってきたりすることもなかった。
自然と私とカンノンは触れ合うことが減り、スキンシップといえば、朝夕にエサをあげる時に挨拶程度に頭をポンポン撫でることくらいだった。だからといって、別に嫌いになったとか、飼うことが面倒くさくなったというわけじゃない。この頃の子供心が少しませていて、まだ思春期ではなかったが、見栄や格好を気にし始めていたのだと思う。
なんというか、男なのにデレデレとペットを溺愛するのは格好悪いと暗に意識していたのだ。
こんな状況が続くと、猫を飼っているというよりは、まるで家の中に野良猫が住みついているかのようだったが、これはこれで自由好きの猫の性に合っているんじゃないのかなと都合よく考えていた。もはや放置することが常態化し、カンノンに気持ちが向くこともなくなって、恐らくカンノンもそれを感じ取っていたのだと思う。
ある時、カンノンが窓辺にポツンと座ってジっと外を眺めている姿を見かけたことがあった。外はしとしと雨が降っていて、この雨の中、散歩でもしたいのかなと思ったが、そうではなさそうだった。何となくその後ろ姿が妙に寂しげで、何かを待っているようにも見えたし、どこかに帰りたがっているようにも見えて、いたたまれない気持ちになったことを覚えている。
その翌朝のこと、カンノンは家から忽然と姿を消した。初めはどこかに隠れているのかと思ったが、夕食時になっても姿を現さなかったので、ようやく事態の深刻さに気付いたのである。父と手分けして家の中を隈なく探したり、近隣を歩き回って捜索してみたが、何も手掛かりはでてこなかった。もしかしたら、交通事故にあったのではないかと思い、交番に問い合わせたが、そうした情報は届いてなかったようで、少しだけ安心した。
結局、その交番に迷い猫の届け出をして、チラシを方々に掲示してもらったのだが、見つかることはとうとうなかった。父は、「死期が近づいて、姿を消したのではないか」と言っていたが、私はそれは違うような気がした。
思ったのは、やはり失踪前日のカンノンのあの寂しげな後ろ姿である。あの奔放猫は狭い居場所から抜け出そうとして、どこかに旅立っていったんじゃないだろうか。そして、自由気ままに色々なところを放浪しているのではないのかと、そんな気がしたのである。
当時の私は、悲しいという気持ちより、勝手にそんな解釈をしていたのだが、真相はどうだったのだろう・・・。
もしかしたら、あの時にもっと粘り強く捜索を続けていたらカンノンは見つかったのだろうか・・・。
懐かしい記憶に浸りながら、朧げにカンノンのことを思い返していると、「ポーン」「ポーン」というビープ音が聞こえ、私はハッと我に返った。
気がつけば、飛行機はとっくに離陸していて、シートベルト着用のサインは消えていて、そのアナウンスが流れていた。私は最前と変わらず、ぐったりと座席にもたれて外を眺めていたのだが、不思議なことに、窓の外の2つの怪影はいつのまにか跡形もなく消えていた。
白昼夢というものか。眠っていたわけではないけれど、夢でもみていたような変な気分だった。私は、無意識に回想にふけるあまり、前後の記憶がすっかり途切れていた。ずっと目を開けていたため、思わず瞼を閉じて張り詰めた両眼を指で揉みほぐした。
―あれは何だったのだろう。
と反芻しながら、目をこすりこすり、「疲れて幻覚を見たのだろうか」とか「結局カンノンはどこへ消えたんだろうか」などと、答えの出ないことをぐるぐると考えていた。
そのうちに、疲れもあいまってか、今度は本当に眠たくなって、そのまま私はうつらうつらと傾眠していった。
それから、どれくらい眠っていたろうか。
急に、ドスン!という鈍い音と共に機体が激しく揺れて、私はビクッと目を覚ました。
あまりの衝撃に乗客たちの中には悲鳴をあげる者もいた。悪い気流にぶつかったのだろうかと思ったが、すぐまた機体が大きく揺れた。右へ傾いたかと思えば左へ傾き、時々機首がガクっといきなり落ちるように揺れて、その度にまた悲鳴があがった。機体の揺れは落ち着く様子はなく、激しさを増し、飛んでいるというよりも鉄の塊が落ちていっているような、そんな感覚であった。
すぐにシートベルト着用のサインが灯り、ほどなくして上から緊急時の酸素マスクが上から一斉に降ってきた。
乗務員が乗客たちを落ち着かせようと必死になっていたが、悲鳴が止むことはなく、もはや尋常一様ではない状況であることを全員が察知していた。もしかすれば、機体はいつしか完全にバランスを失って、メリメリと砕けながら無抵抗に墜落するのではないか、という恐怖を皆が感じていた。
私の両手は自然と座席の手すりに必死にしがみついていた。恐怖で体中が硬直して動くことができず、至るところから、たらたらと冷たい汗が吹き出した。できることといえば叫び声を噛み殺すくらいで、奥歯が折れるくらい力いっぱいに歯を食いしばっていた。
激しく揺れる度に後ろの女二人は泣き叫び、通路隣の中年のカップルは身を寄せ合って手をとり合い祈るように屈んでいた。ほかにも半狂乱に叫ぶ声、神仏に助けを乞う者など、機内はおぞましい恐怖の色で渦巻いていた。
周囲の狂気にのまれ、私も、もうパニックに陥ろうかという刹那、急にゾッと、後ろから首筋を氷の手で掴まれたような悪寒がした。
・・・何かが私を視ている。
窓の方から、何かが、禍々しい強烈な眼差しで私を視ているのを感じた。まるで大蛇にでも睨まれたような心地で、下手に動けば一瞬で取り殺されてしまうのではないかと、そんな冷たい殺気を感じたのである。
絶対に振り向いてはいけない、ということは直感でわかった。けれど、その魔力の誘いに抗えず、私は、意思に関係なく誘われるがままにその視線の方へ反射的に目を向けてしまった。
・・・それと目が合った瞬間、私の身の毛は一斉に逆立った。
窓にあの男。最前、機翼に立っていたあのゾンビ男が、窓ガラスに顔と手をへばりつけながら、血走った眼をいっぱいにむき出して真っすぐに私を視ていたのである。
「うわぁっ!」と、ついに私は、たまらず悲鳴をあげて身を翻した。男は餓鬼のような形相で力づくにでも窓を突き破って、私に飛び掛かかろうとしている。
「アっ!、アー…、アっー!」と、男は断末魔の呻き声をあげていた。窓の外の音が聞こえるわけがないのだが、その声は確かに私の耳の奥に直接聞こえてきた。
こいつだ・・・。私は、一瞬間の内に全ての元凶がこの男にあることを直覚した。
この男の呪いで飛行機が墜落しようとしているんだと理屈抜きでそう思えた。
いよいよ私は正気を失った。呼吸をすることもままならいで、はばかることなく発狂した。その男から逃げようと座席から離れようとしたが、シートベルトをしていることも忘れていて、立ち上がろうとしても立ち上がれなくて、ますます錯乱した。
だんだん視界がグチャグチャになり、それから、家族のこと、友達のこと、子供の頃のこととかが断片的に脳裏に浮かみ現れた。今度こそ走馬灯がぐるぐると頭の中で繰り広がって、「もう、ダメだ・・・」ということを悟ると、私は只々むせび泣いた。
もう何も考えることができなくなって、呆然となったその時、突然、耳のそばで「フギャアッ!」と、獣の鳴き声のようなものが聞こえた。
とっさに窓の方を見ると、あの男の顔に横から黒い小さいものが飛びかかっていた。
カンノンだ・・・!。カンノンがゾンビ男の顔面にしがみつき、目に、鼻に、口に爪をたてて頭に噛みつき、獰猛に攻撃していた。男はたまらず後退りして、両手でカンノンを引き剥がそうとしたが、カンノンは執拗に顔を捉えて放さない。
男は、足取りがおぼつかなくなり、右へ左へフラフラしだして、とうとう機翼から足を踏み外して、そのままカンノン共々空の彼方へ落ちていった。
飛行機からゾンビ男が消え去ると、機体はたちまち安定を取り戻していった。そして、そのまま最寄の空港まで飛行して、無事に緊急着陸することができた。
墜落の一歩手前から無事に生還したことで、乗客たちは皆「ホウっ」という安堵のため息を漏らしていた。ほとんどの者は緊張状態から解放されたことで、安心し、放心状態で憔悴していた。
機体が着陸して完全に静止すると、離陸前に見た安全ビデオのとおり、緊急出口から脱出用スライドが展開して、乗客たちは次々に地上に滑り降りていった。そして、乗務員の指示の下、すぐに機体から離れるよう所定のところまで急ぎ移動した。
私の順番になって外に滑り降りた時、私は、ついカンノンやあの男がいた機翼を下から見上げたが、何も見当たらなかった。その場でまじまじと見てる余裕はなく、乗務員に早く機体から離れるよう指摘された。
私は走りながら、「カンノンが助けてくれたんだ・・・」と半ば放心状態でそう思った。体中の血液がスーッと温かくなり、目頭が熱くなってきて、自然と涙がこぼれた。生きているのに安心したことや、カンノンに対する感謝とか、そして何よりもあの時のこと、カンノンが行方不明になった時、見つけてやれず、見放してしまったことへの申し訳なさの涙が、今になってポロポロとこぼれ落ちた。
結局、乗客乗員のうち重症なケガ人はなく全員無事であることが認められた。この時のことはニュースでも放送されたが、エンジントラブルのため緊急着陸したということが大まかに報じられただけで、実際の、機内のあの緊迫した恐怖は、あの場で経験しないとわからないだろうと思う。
ただ、私はそのニュースよりも別の記事で気になるものを見つけた。
それは、ある男の交通事故の記事だった。記事の内容は、ある会社員の男性が横断歩道も無い直線道路で突然車道に飛び出して、後ろから迫っていたトラックに轢かれ、死亡してしまったというもので、完全にその男の不注意によって起きた事故だった。トラック運転手も不意のことで反応できず、男は一瞬のうちに車体に押し倒され、飲み込まれるように消えていったそうだ。手の施しようがなく、死体はぐざぐざな状態で道路に転がっていたらしい。
何故、そんな記事が目に留まったのかというと、実はその亡くなった男は、あの日、私と同じあの飛行機に乗る予定だったのである。彼は仕事で出張するため、どうしてもあの便に乗らなければならなかったが、空港行きのバスに乗り遅れそうだったため、なりふり構わずに急いでいて無茶な道路横断を繰り返すうちに、とうとう事故が起きてしまった、というふうに報じられていた。
この記事をみた時、私の中で全て繋がったような気がした。
その轢死した男というのが、実は私の隣の席に座る予定の乗客だったのではないか。
そして、機翼にいたボロボロの風体をしたゾンビ男も同じくその男で、死んだことも気付かずに仕事に遅れまいと無我夢中で飛行機に乗ろうとしていたのではないか。と、私はそんなことを直感した。
きっと、彼は一所懸命だったのだろうと思う。仕事に追われ、責任感に呪われて、真面目さが怨念になって、あの時、あそこにいたのではないか。
なぜ、カンノンがあそこにいたのかはわからないが、風来坊のような気まぐれ猫であるから、理由なんかないのかもしれない。
・・・だけど、もしかしたら。落ち込んでいるかつての飼い主のピンチを察知して、助けるために遠いところから駆けつけてくれたのではないだろうか、と勝手ながらそう思いたかった。
もちろん、これらは全て私の想像である。
だから、私はこの不思議な体験を超常体験として人にひけらかして話そうと思わない。
この時起こった出来事は、私にしか理解できない真実なのだから。
それから後、私はあの日面接を受けた会社から内定をもらい、そこに就職することができた。
そこは大手企業の系列子会社で、社員は無数の歯車のうちの一つといったような感じで働いている。
仕事は忙しく、目を回すくらいであるが、何とか落ちぶれずに食い下がっている。
きっと、これからも辛いことにぶつかることは多々あるだろうが、強くなろうと思う。
そして、あの時の飛行機の中で起きたことを努々忘れずに、カンノンのことを時々思い出すようにしている。
定刻から30分遅れて機内に出発のアナウンスが流れると、飛行機はようやく滑走路へと移動を始めた。出発が遅れている理由をハッキリと説明されないまま長々と待たされていたので、あちこちから文句がブツブツと聞こえていたのだが、とにかく飛ぶことが伝わると痺れをきらしていた乗客たちは一転して機嫌を取り戻していった。
結局、私の隣の席は空席のまま誰もこなかった。誰かが予約していたんだろうが、搭乗時間に間に合わなかったのか、それとも直前になってキャンセルでもしたのだろうか。機内はほとんど満席なのに、窓側の席が初めから空席だったなんていうことはないはずだ。
すっかり肩透かしを食ってしまった。フライトが遅れているのは隣の乗客の遅刻が原因なんじゃないかと思っていたが、見込み違いだったらしい。てっきり、チェックインに遅れてきた奴が、搭乗ゲートで図々しく「乗せろ乗せろ」とゴネ続けていたために出発が遅れているんじゃないかと推理していた。そして、そいつが悪びれることなく機内に乗り込んできて、いけしゃあしゃあと隣の席にこようものなら、私は大げさに足を組んで寝たふりでもしながら通せんぼして、座るのを邪魔してやろうかと構えていたが、無駄だったらしい。私は鬱憤をどこにもぶつけられないまま、余計にモヤモヤした気持ちになった。
こんな幼稚な嫌がらせをしたくなるなんて、いよいよ余裕がなくなっている。よく、無差別殺傷事件とかを起こすキチガイ犯が「誰でもよかったから」とか「イライラしていたから」などと身勝手な動機を語ることがあるが、この時の私の精神状態はそれに似ていたのかもしれない。何でもいいから、頭の中にまとわりつく毒ガスみたいな鬱憤を少しでも晴らしたい。普段なら何とも思わないような些細なことも気分が淀んでいると、つい腹を立ててしまうことがある。それくらい私の心は荒れていた。
こうなってくると周囲の何もかもが煩わしくっていけない。この便の行先は世間では人気の観光地であるため、機内は旅行者と思われる乗客が多く、聞こえてくるのはバカンス気分のお気楽呑気な話し声ばかりで私にはこの上なく耳障りだった。すぐ後ろの席の二人組の若い女はOLか何かだろうか。休暇をとって旅行を満喫しているのか知らないが、ぺちゃくちゃと職場の愚痴やら男の話やらで盛り上がっていて、その無神経な話し声がまた五月蝿いこと。聞くまい聞くまいと思うほど、話し声が私の耳に割り込んできた。
彼女たちの喋る言葉は「ヤバイ」とか「ウケル」とかいう単細胞な言葉ばかりで、よくそれで会話ができるなと嫌味を言いたくなってくる。ほかにも通路を隔てた隣横の座席には中年の男女が年甲斐もなくイチャイチャと馴れ合っていて、その聞こえてくる粘っこい声は生温かく私の横頬に触れてきて気持ちが悪かった。
いっそのこと、機内中に響き渡るくらい大声で「うるさい!黙れっ!」と怒鳴りあげたらどんなに気が晴れるだろうか。そうすれば、周りの賑やかな雰囲気は一変して凍りつくだろう。そして、私のことを頭のオカシイ奴か何かだと思って気味悪がるに違いない。周囲の乗客たちはこの異常者を刺激しないように勝手に大人しくしてくれるわけだから、それはさぞかし気分がいいことだろうと思う。そんな爆弾を、いつでも炸裂させることができるんだと自分に言い聞かせて、私は心の中に少しだけ余裕を作った。
これ以上気が立たないよう、私はこの場から離れたい気持ちで視線を窓の外に向けた。飛行機はちょうど滑走路に進入するところでUターンするくらい深く曲がって方向転換すると、こちら側の窓から西日がサーッと流れ込んだ。陽気な光線が窓ガラス一杯に輝いているのをみて、「いい天気だな・・・」と純粋に思った。どこまでも青く晴れた空に、のどかに雲がポツポツと漂っていて、私の気持ちとは裏腹にすっきりとした空模様だった。
できることなら、この暖かい光の中で何も考えずにずっとまどろんでいたい。そうして、そのまま眠り落ちて、現実のことなど気にせずに、いつまでも夢の中にいることができたならどんなにかいいだろう・・・、と頭の中で叶わない願いを虚しく唱えていた。
飛行機が離陸の準備にさしかかったようで座席前方のモニターが展開して、機内での注意事項や緊急時における行動マニュアルなどの説明ビデオが上映された。酸素マスクの付け方とか緊急着陸した時の脱出方法とか毎度おなじみのやつである。
これを見るのも、もう何回目であろうか。私は肘掛の上に頬杖ついて、飽き飽きしながらも惰性でモニターを見ていた。初めて飛行機に乗った時はこんな形式的な案内ビデオでも新鮮で面白かったが、さすがに何度も繰り返し観ているとウンザリする。こんなのを見るために何度も飛行機に乗っているんじゃない、と自分に嫌気がさしてくる。
ハアー・・・と、私は渇いたため息をつき、うちあげられたクラゲみたいにぐったりと座席にもたれて脱力した。
楽な体勢をとろうとしてちょっと体を横向きにしてみたり、隣の席の方まで足を伸ばしてみたりと、色々試してみたのだが、全然リラックスすることはできなかった。きっと、この着慣れていないスーツと革靴のせいだろう。こんな窮屈なものを着ている限り体が休まるわけがない。大人たちはよくこんな動きにくいものを着て仕事をしているなと感心を通り越して呆れてくる。私は徐にネクタイを引っ張りほどいてシャツの1番上のボタンを外し、首を回したり伸ばしたりしてストレッチした。首回りだけ、ほんの少しくつろげた気がした。
-こんなことがいつまで続くのだろうか。
そう思うと、不安がまた肥大して胸がぎりぎりと押し潰されるような重苦しい嫌な気分になった。
この時、私は生まれて初めての就職活動に苦戦していた。
来る日も来る日も企業訪問したり、セミナーなどに足を運んでいたが、もう春も過ぎて就活も終盤だというのに、未だ内定はおろか内内定すら得ることができていなかったのである。結果がでない焦りと慣れない空気の連続で、すっかり神経がまいってしまい心身ともに疲れきっていた。
不採用の通知を受取る度に友人や家族は励ましてくれたが、その励ましがまた、逆に重たくのしかかってくる。息抜きに仲のいい友人に誘われて遊びにでてみても、不安が頭から消えることはなかった。以前は、夜時間にカラオケ店や洒落た居酒屋が立ち並ぶような賑やかな通りを闊歩するだけで雰囲気につられてウキウキと楽しくなったものだが、もう、そんな気分にはなれなかった。むしろ、そんなことで単純に浮かれていた自分や周りをバカバカしく思った。
私は、だんだんと親しい人との音信を避けるようになっていった。話をすれば慰めや励ましを聞かなければならないし、会えば無理に笑顔を作らなければならない。人付き合い自体が面倒になり、企業訪問しない時などは部屋に閉じこもることが多くなっていった。じわじわと追い込まれていくストレスを一人で抱え込み、私は取り憑かれたように苛立っていたわけであるが、結局のところ一番嫌になるのが自分の無力さである。
この時も面接を受けてきた帰りだったのだが、手ごたえは全くなかった。というよりも今までの面接で手ごたえがあったことなんて1つもないと言ったほうが正しい。資格や特技でこれというものはなく、学歴も並大抵である私にはとりたてて売り込みできるような魅力がない。だから、面接試験はいつも劣等感をもって臨んでいた。中身の乏しい履歴書を書く度に自分の薄っぺらさをひしひしと感じて、消えてしまいたい気分になった。
また、私にはやりたい仕事とか憧れの職業などいうのもあるわけではなかった。そのため、志望動機などを聞かれても通り一遍等な答え方しかできなかったのである。
活かす技能はない、就きたい仕事があるわけでもない。けれど、とりあえず就職はしたい。節操のない話だが、こんな考え方の就活生はきっと私だけではないはずだ。
私と同じように彼らもまた、落ちぶれてしまうのが怖いのだ。職を得て社会人として人並みに生きていけるか、職に就けず何者にもなれないまま終わるのか、まさに今が人生の瀬戸際なのだ。ここで内定を得られず、あぶれてしまったら今後さらに不利になることはわかっている。だから、なんとしても今この時に結果を出さなければならない。そう思えばこそ余計に焦ってしまうのだが、できることは「頑張って働きます」という単純な主張を色々な言葉で装いながら、ひたすら数を打っていくということだけである。すごく非効率的だけど、私にはこのやり方しかできなかった。
すっかりマイナス思考に陥って考え込んでいると、気がつけば案内ビデオはもう終わろうとしていた。飛行機は滑走路に到着したようで一度静止すると、一層エンジン音を響かせていよいよ離陸しようとしていた。
この、離陸する時は私の唯一のささやかな楽しみであった。あの勢い凄まじい加速に身を委ねるのが妙に好きなのである。他の乗り物では決して体感することはできない速力。大きな推進力にぐーっと押されて体全体が座席に埋まっていくような感覚に面白さを覚えていた。遊園地のアトラクションに乗った時のような気分になり、ほんの少しの時間だけ嫌なことを忘れられた。
機体が飛び立とうとして走り出し、一気に加速すると、私の体にあの特別な重力が伝わってきた。私はいい心持ちで座席にもたれながら、ふと何の気なしにまた窓の外を見ると打ち付けに異様な光景を目にした。
私の座席はちょうど左翼の付け根のあたりに位置していて、窓からは斜めに延びる機翼の全体が見渡せたのであるが・・・。そこに人が一人、立っていたのである。
まさに今、飛行機が飛び立とうとして、ゴオーッと風を切る中、機翼の中心部に若い風の男がこっちを向いてぽつねんと立っていたのである。ひどくくたびれたスーツ姿で、背広やズボンも遠目でもわかるくらいヨレヨレだった。頭髪もくしゃくしゃに乱れており、少しうつむいていて前髪が目元までかかっていたので、顔はよく見えなかったが、やはり疲れきった様子が窺えた。
そして、何よりも気味悪かったのが、男は腹に大怪我を負っているらしく、白いシャツは胸から下が血で真っ赤に染まっていたのである。また、だらしなくズボンからはみ出たシャツの下からは、何か赤茶けた帯状のものがぶらんと垂れ下がっていたのだが、グロテスクにもそれは腑が露出しているのではないだろうか。それでも、その男は痛がったり苦しんだりしている様子はなく、ユラーっと立ってるだけで、その姿はまるでゾンビのようだった。
私は物理のことや飛行機のことに詳しいわけではないけれど、人間があの激しい風圧の中で、どこも固定せず何の支えもなしに立っていられるわけがない。しかし、男は髪の毛や服、腹から垂れ下がる腑を少しばかりなびかせるだけで激風に煽られているようにはまるで見えなかった。というか、あれだけの大怪我で立っていること自体、実に奇怪なことである。不気味にジーっとこっちを向いている様は、まるで、この飛行機に何か恨みでもあるかのようであった。
他の乗客にはこのゾンビ男の姿は見えていないらしく、異常を訴えるような声は全然聞こえてこなかった。何故か私にだけ見える奇怪な光景。幻覚にせよ、幽霊にせよ、普通なら突然こんな不気味な、物恐ろしい光景を目にすれば、ちょっとは気が動顚しそうなものであろうが、以外にも私は冷静であった。というのも私はその不気味な男よりも、もう一つの奇妙なものに目を奪われていた。
その男よりも後方にいる、機翼の端っこにちょこなんと見える黒くて小さいもの。ツンと尖った耳、にょろりと伸びた尻尾・・・。それは一匹の黒猫だった。黒猫といってもその毛色は真っ黒ではなく濃い群青色をしていて、日の光を浴びて綺麗に青みがかっているのがわかった。その猫も激しい横風の影響を受けている様子はなく、じいっと座りこんでいた。
猫は真っすぐ私の方を見ていて、私もその円らな瞳に誘いこまれるように目を合わせていると、何だか妙な懐かしさを感じた。
「あれは・・・カンノン・・・?」と、湧いて出たように私は心の中で猫の名を呟いた。それと同時にアッと声をあげそうになった。頭の中で何かが弾け、一瞬のうちに埋もれた記憶が閃き広がった。数々の記憶が電光のように脳内を駆け巡り、私は、何もかも思い出して目を見開いた。耳の中がシィィンと響いて、さっきまで煩かった周りの雑音はかき消されて、まるで走馬灯のように頭の中で懐かしい記憶が光速度で展開を始めた。
カンノンとは、私が子供の頃に飼っていた猫の名前である。私が4歳か5歳くらいの時に母と買い物帰りに立ち寄ったペットショップで出会ったのが始まりであった。
その猫は成猫で売られていて、今考えると保護猫だったのかもしれないが、私は一目見てすごく気に入ったのである。一見すればただの黒猫なのだが、よーく見ると、その毛色は薄っすらと青みがかっていて、やはり素敵な群青色をしていた。また、毛並みに光が当たるとエナメルみたく滑らかな光沢を帯びて、うっとりと魅入ってしまうのだった。それにちょこんと座っているだけでも何だか様になっていて、まるで絵本に出てくる魔女猫が空想世界からやって来たような、そして、なにか不思議な力でも持っているのではないかしらと思ってしまうような、そんな魅力を感じていた。
すぐに私は両親にこの猫を飼いたいと哀願した。父も母もあまりペットを飼うことには賛成的ではなかったけれど、私がしつこくねだって何とか了承してくれた。恐らく、私が一人っ子だったことと、この頃によく弟か妹がほしいと言って、両親を度々悩ませていたことが後押しになったのだと思う。ちなみにカンノンという名前は母が付けたもので、由来は単純に私たち家族の名字の『カンノ』をモジっただけである。すごくいい加減な名付け方であるが、初めてペットを飼うことに夢中で嬉しくて全然気にはならなかった。
こうして、私達家族はほとんど何の準備もしないまま唐突に猫を飼うことになった。最初は両親も、犬と違って吠えないし散歩をさせる必要もないから、と楽観していたが、いざ飼い始めると毎日が忙しなかった。爪研ぎで家の壁を掻きむしっては父は絶句して手で顔を覆い、トイレを覚えずにそこいらで排泄しては母が金切り声をあげていた。
けれども、その場で両親が叱りつけても、当のカンノンは悪びれる様子もなく、窓辺でゴロゴロと呑気に日向ぼっこして悠々と欠伸をしているのだから、子供ながらにヒヤヒヤしたものである。それでも、さすがに躾けを繰り返していくと粗相はだんだんとなくなっていった。こっちの言うことをちゃんと守るようになると益々かわいくって、一緒に陽当たりのいいところでゴロンと寝転がっては、綺麗な毛並みをうっとりとなでなで触るのが幼い私の習慣だった。
カンノンは私がベタベタとじゃれていても嫌がるでもなく、喜ぶでもなく、全くリアクションはないのだが、頭をぎゅうぎゅう撫でると顔が何となく笑っているようにも見えて気持ちが通じ合っているような気がした。
この頃の日常にはいつもカンノンが隣にいたのだが、私が成長するにつれて、この愛着は次第に変わっていくのである。
小学校にあがると、私はカンノンのことよりも友達と外で遊ぶことに夢中になっていった。家にいてもテレビを見てるかゲームをしてるかで、以前のようにカンノンにべったりとくっついていることはしなくなった。また、カンノン自身も、いかにも猫らしい、さばさばした性格だったので、私が遊び相手をしなくとも寂しがる様子はなく、こっちにすり寄ってきたりすることもなかった。
自然と私とカンノンは触れ合うことが減り、スキンシップといえば、朝夕にエサをあげる時に挨拶程度に頭をポンポン撫でることくらいだった。だからといって、別に嫌いになったとか、飼うことが面倒くさくなったというわけじゃない。この頃の子供心が少しませていて、まだ思春期ではなかったが、見栄や格好を気にし始めていたのだと思う。
なんというか、男なのにデレデレとペットを溺愛するのは格好悪いと暗に意識していたのだ。
こんな状況が続くと、猫を飼っているというよりは、まるで家の中に野良猫が住みついているかのようだったが、これはこれで自由好きの猫の性に合っているんじゃないのかなと都合よく考えていた。もはや放置することが常態化し、カンノンに気持ちが向くこともなくなって、恐らくカンノンもそれを感じ取っていたのだと思う。
ある時、カンノンが窓辺にポツンと座ってジっと外を眺めている姿を見かけたことがあった。外はしとしと雨が降っていて、この雨の中、散歩でもしたいのかなと思ったが、そうではなさそうだった。何となくその後ろ姿が妙に寂しげで、何かを待っているようにも見えたし、どこかに帰りたがっているようにも見えて、いたたまれない気持ちになったことを覚えている。
その翌朝のこと、カンノンは家から忽然と姿を消した。初めはどこかに隠れているのかと思ったが、夕食時になっても姿を現さなかったので、ようやく事態の深刻さに気付いたのである。父と手分けして家の中を隈なく探したり、近隣を歩き回って捜索してみたが、何も手掛かりはでてこなかった。もしかしたら、交通事故にあったのではないかと思い、交番に問い合わせたが、そうした情報は届いてなかったようで、少しだけ安心した。
結局、その交番に迷い猫の届け出をして、チラシを方々に掲示してもらったのだが、見つかることはとうとうなかった。父は、「死期が近づいて、姿を消したのではないか」と言っていたが、私はそれは違うような気がした。
思ったのは、やはり失踪前日のカンノンのあの寂しげな後ろ姿である。あの奔放猫は狭い居場所から抜け出そうとして、どこかに旅立っていったんじゃないだろうか。そして、自由気ままに色々なところを放浪しているのではないのかと、そんな気がしたのである。
当時の私は、悲しいという気持ちより、勝手にそんな解釈をしていたのだが、真相はどうだったのだろう・・・。
もしかしたら、あの時にもっと粘り強く捜索を続けていたらカンノンは見つかったのだろうか・・・。
懐かしい記憶に浸りながら、朧げにカンノンのことを思い返していると、「ポーン」「ポーン」というビープ音が聞こえ、私はハッと我に返った。
気がつけば、飛行機はとっくに離陸していて、シートベルト着用のサインは消えていて、そのアナウンスが流れていた。私は最前と変わらず、ぐったりと座席にもたれて外を眺めていたのだが、不思議なことに、窓の外の2つの怪影はいつのまにか跡形もなく消えていた。
白昼夢というものか。眠っていたわけではないけれど、夢でもみていたような変な気分だった。私は、無意識に回想にふけるあまり、前後の記憶がすっかり途切れていた。ずっと目を開けていたため、思わず瞼を閉じて張り詰めた両眼を指で揉みほぐした。
―あれは何だったのだろう。
と反芻しながら、目をこすりこすり、「疲れて幻覚を見たのだろうか」とか「結局カンノンはどこへ消えたんだろうか」などと、答えの出ないことをぐるぐると考えていた。
そのうちに、疲れもあいまってか、今度は本当に眠たくなって、そのまま私はうつらうつらと傾眠していった。
それから、どれくらい眠っていたろうか。
急に、ドスン!という鈍い音と共に機体が激しく揺れて、私はビクッと目を覚ました。
あまりの衝撃に乗客たちの中には悲鳴をあげる者もいた。悪い気流にぶつかったのだろうかと思ったが、すぐまた機体が大きく揺れた。右へ傾いたかと思えば左へ傾き、時々機首がガクっといきなり落ちるように揺れて、その度にまた悲鳴があがった。機体の揺れは落ち着く様子はなく、激しさを増し、飛んでいるというよりも鉄の塊が落ちていっているような、そんな感覚であった。
すぐにシートベルト着用のサインが灯り、ほどなくして上から緊急時の酸素マスクが上から一斉に降ってきた。
乗務員が乗客たちを落ち着かせようと必死になっていたが、悲鳴が止むことはなく、もはや尋常一様ではない状況であることを全員が察知していた。もしかすれば、機体はいつしか完全にバランスを失って、メリメリと砕けながら無抵抗に墜落するのではないか、という恐怖を皆が感じていた。
私の両手は自然と座席の手すりに必死にしがみついていた。恐怖で体中が硬直して動くことができず、至るところから、たらたらと冷たい汗が吹き出した。できることといえば叫び声を噛み殺すくらいで、奥歯が折れるくらい力いっぱいに歯を食いしばっていた。
激しく揺れる度に後ろの女二人は泣き叫び、通路隣の中年のカップルは身を寄せ合って手をとり合い祈るように屈んでいた。ほかにも半狂乱に叫ぶ声、神仏に助けを乞う者など、機内はおぞましい恐怖の色で渦巻いていた。
周囲の狂気にのまれ、私も、もうパニックに陥ろうかという刹那、急にゾッと、後ろから首筋を氷の手で掴まれたような悪寒がした。
・・・何かが私を視ている。
窓の方から、何かが、禍々しい強烈な眼差しで私を視ているのを感じた。まるで大蛇にでも睨まれたような心地で、下手に動けば一瞬で取り殺されてしまうのではないかと、そんな冷たい殺気を感じたのである。
絶対に振り向いてはいけない、ということは直感でわかった。けれど、その魔力の誘いに抗えず、私は、意思に関係なく誘われるがままにその視線の方へ反射的に目を向けてしまった。
・・・それと目が合った瞬間、私の身の毛は一斉に逆立った。
窓にあの男。最前、機翼に立っていたあのゾンビ男が、窓ガラスに顔と手をへばりつけながら、血走った眼をいっぱいにむき出して真っすぐに私を視ていたのである。
「うわぁっ!」と、ついに私は、たまらず悲鳴をあげて身を翻した。男は餓鬼のような形相で力づくにでも窓を突き破って、私に飛び掛かかろうとしている。
「アっ!、アー…、アっー!」と、男は断末魔の呻き声をあげていた。窓の外の音が聞こえるわけがないのだが、その声は確かに私の耳の奥に直接聞こえてきた。
こいつだ・・・。私は、一瞬間の内に全ての元凶がこの男にあることを直覚した。
この男の呪いで飛行機が墜落しようとしているんだと理屈抜きでそう思えた。
いよいよ私は正気を失った。呼吸をすることもままならいで、はばかることなく発狂した。その男から逃げようと座席から離れようとしたが、シートベルトをしていることも忘れていて、立ち上がろうとしても立ち上がれなくて、ますます錯乱した。
だんだん視界がグチャグチャになり、それから、家族のこと、友達のこと、子供の頃のこととかが断片的に脳裏に浮かみ現れた。今度こそ走馬灯がぐるぐると頭の中で繰り広がって、「もう、ダメだ・・・」ということを悟ると、私は只々むせび泣いた。
もう何も考えることができなくなって、呆然となったその時、突然、耳のそばで「フギャアッ!」と、獣の鳴き声のようなものが聞こえた。
とっさに窓の方を見ると、あの男の顔に横から黒い小さいものが飛びかかっていた。
カンノンだ・・・!。カンノンがゾンビ男の顔面にしがみつき、目に、鼻に、口に爪をたてて頭に噛みつき、獰猛に攻撃していた。男はたまらず後退りして、両手でカンノンを引き剥がそうとしたが、カンノンは執拗に顔を捉えて放さない。
男は、足取りがおぼつかなくなり、右へ左へフラフラしだして、とうとう機翼から足を踏み外して、そのままカンノン共々空の彼方へ落ちていった。
飛行機からゾンビ男が消え去ると、機体はたちまち安定を取り戻していった。そして、そのまま最寄の空港まで飛行して、無事に緊急着陸することができた。
墜落の一歩手前から無事に生還したことで、乗客たちは皆「ホウっ」という安堵のため息を漏らしていた。ほとんどの者は緊張状態から解放されたことで、安心し、放心状態で憔悴していた。
機体が着陸して完全に静止すると、離陸前に見た安全ビデオのとおり、緊急出口から脱出用スライドが展開して、乗客たちは次々に地上に滑り降りていった。そして、乗務員の指示の下、すぐに機体から離れるよう所定のところまで急ぎ移動した。
私の順番になって外に滑り降りた時、私は、ついカンノンやあの男がいた機翼を下から見上げたが、何も見当たらなかった。その場でまじまじと見てる余裕はなく、乗務員に早く機体から離れるよう指摘された。
私は走りながら、「カンノンが助けてくれたんだ・・・」と半ば放心状態でそう思った。体中の血液がスーッと温かくなり、目頭が熱くなってきて、自然と涙がこぼれた。生きているのに安心したことや、カンノンに対する感謝とか、そして何よりもあの時のこと、カンノンが行方不明になった時、見つけてやれず、見放してしまったことへの申し訳なさの涙が、今になってポロポロとこぼれ落ちた。
結局、乗客乗員のうち重症なケガ人はなく全員無事であることが認められた。この時のことはニュースでも放送されたが、エンジントラブルのため緊急着陸したということが大まかに報じられただけで、実際の、機内のあの緊迫した恐怖は、あの場で経験しないとわからないだろうと思う。
ただ、私はそのニュースよりも別の記事で気になるものを見つけた。
それは、ある男の交通事故の記事だった。記事の内容は、ある会社員の男性が横断歩道も無い直線道路で突然車道に飛び出して、後ろから迫っていたトラックに轢かれ、死亡してしまったというもので、完全にその男の不注意によって起きた事故だった。トラック運転手も不意のことで反応できず、男は一瞬のうちに車体に押し倒され、飲み込まれるように消えていったそうだ。手の施しようがなく、死体はぐざぐざな状態で道路に転がっていたらしい。
何故、そんな記事が目に留まったのかというと、実はその亡くなった男は、あの日、私と同じあの飛行機に乗る予定だったのである。彼は仕事で出張するため、どうしてもあの便に乗らなければならなかったが、空港行きのバスに乗り遅れそうだったため、なりふり構わずに急いでいて無茶な道路横断を繰り返すうちに、とうとう事故が起きてしまった、というふうに報じられていた。
この記事をみた時、私の中で全て繋がったような気がした。
その轢死した男というのが、実は私の隣の席に座る予定の乗客だったのではないか。
そして、機翼にいたボロボロの風体をしたゾンビ男も同じくその男で、死んだことも気付かずに仕事に遅れまいと無我夢中で飛行機に乗ろうとしていたのではないか。と、私はそんなことを直感した。
きっと、彼は一所懸命だったのだろうと思う。仕事に追われ、責任感に呪われて、真面目さが怨念になって、あの時、あそこにいたのではないか。
なぜ、カンノンがあそこにいたのかはわからないが、風来坊のような気まぐれ猫であるから、理由なんかないのかもしれない。
・・・だけど、もしかしたら。落ち込んでいるかつての飼い主のピンチを察知して、助けるために遠いところから駆けつけてくれたのではないだろうか、と勝手ながらそう思いたかった。
もちろん、これらは全て私の想像である。
だから、私はこの不思議な体験を超常体験として人にひけらかして話そうと思わない。
この時起こった出来事は、私にしか理解できない真実なのだから。
それから後、私はあの日面接を受けた会社から内定をもらい、そこに就職することができた。
そこは大手企業の系列子会社で、社員は無数の歯車のうちの一つといったような感じで働いている。
仕事は忙しく、目を回すくらいであるが、何とか落ちぶれずに食い下がっている。
きっと、これからも辛いことにぶつかることは多々あるだろうが、強くなろうと思う。
そして、あの時の飛行機の中で起きたことを努々忘れずに、カンノンのことを時々思い出すようにしている。
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