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夢。
叶う夢。
忘れたい夢。
望まなかった夢。
昼間にノームがいたベンチの上には、誰かの血で汚れたパンの包み紙すら残っていなかった。勿論、そこにいた謎の人物もいなくなっている。
「よおモヤシっ子。こんな夜中に歩いてたら、通り魔に殺られるぞ」
ぼんやりと眺めていると、後ろから不意に声をかけられた。
「あぶねぇじゃねえか。よりにもよってこんな場所で……ノームとすれ違ったらオダブツだぜ?」
俺を襲った通り魔、クロスだった。身の丈よりも長い槍を担いだ中年太りの通り魔に心配される俺。
まあ、弱いから仕方ない。
「あんた、ノームの事をどの位知ってる?」
「あ?何にも知らねえよ。運良く夜のアイツに遭遇出来たら殺し合いしてみたいとは思ってるが、未だ叶わずってとこだ。顔も知らねえしな」
どうやら、クロスは戦闘狂らしかった。
「全く、獲物不足ここに極まりだ。腕が鈍っちまう」
「俺が昨日ボコボコにされてやったのに、まだ満足しないのか」
「お前なんざ獲物になる資格すらねえよ。蟻を潰して満足するなら、快楽殺人なんて存在するかっての」
「全くだな」
思わず苦笑いしてしまう。まあ、そのお陰で俺はここに自分の脚で立っていられるのかもしれない。
「で、あんたは何してるんだ?まさか蟻から金せびろうなんていうんじゃないだろ」
「んー、昨日のお侘びとして蟻に酒ぐらいご馳走してやろうとか考えてるんだが、今から暇か?」
「この町ではパン屋の働き蟻も夜は暇らしい。大丈夫だ」
暇潰しがてら、通り魔についていくことにした。
案内されたのは、ちょっとした空き地の桜の木の下。椅子の代わりに丁度良さそうな岩が三つ置いてあり、そのうち一つに先客が一人腰掛けていた。
街灯は無かったが、月の明かりだけで随分と明るい。先客の容姿がはっきりと掴める。
「おい陰険眼鏡、コイツだ。連れてきてやったぜ」
先客の男は確かに眼鏡をかけている。その奥の冷たい眼は手元の本を眺めていて、わざわざ外でそれを読む意味は無さそうな気がした。勿論、そんなことを口にはしない。
陰険眼鏡と呼ばれた男は氷のような視線をこちらに寄越し、メガネの奥で少し目を細め、
「……そう年老いてはいないのか」
と呟いた。人種はヨーロッパにいそうな感じの色白の人種だが、年齢は同じくらいだろうに。
「さっきも言ったが、お前が他人に興味を持つことはあまりない。弱くないのか」
「いいや、ドブネズミの方が強いんじゃねえかって感じだな」
「冗談だろう。僕はお前の獲物を奪うつもりはない。嘘はつかなくていい」
「ホントだよクソ野郎。試してみるか?すこぶるつまんねえけどな」
勝手に話を進める二人。別になんという話でもなく、俺が変なだけなんだろう。そういうことはよく言われるので、その辺は慣れている。ただ、事実だとしても弱い弱いと言われるのは、あまり気分の良い事ではない。
全くどうでもいい話だ。何にもならない。
「なるほど。確かに強くはないらしい」
背後からの声に気がついた時には、岩の上から人影が消えていた。
「そうなると、それこそあり得ない話だろう。お前が強くもない他人に興味を持つなんて、そう有り得た話ではない。が、それは知った事ではないか」
眼鏡の男は、初めからそこにいたかのように背後から俺を見ていた。本は既に閉じられている。
「君、名前はなんというんだ」
眼鏡の男のそんな言葉に、クロスは思い出したかのように手を叩いた。
「ああ、俺も聞いてなかったな。まあ名前なんて贅沢品なんだろうが、お前は持ってるんだろ?」
名前は贅沢品、か。確かに、そうかもしれない。俺にこのラベルは重過ぎる。
「鶴木だ」
全部は重すぎたので、半分だけ名乗る事にした。
「ツルギか。僕はブライトだ。別に覚えなくても構わない」
「俺はクロスだ。泣く子も黙る狂い槍……っても知らねえか。お前この辺の奴じゃないらしいし」
「化け猫から聞いたから知ってるさ。それよりも、なんで俺がこの辺の奴じゃないってことを知っているんだ」
自分のことを知らない間に知られているのは、あまり気持ちのいいことではない。
「エノラから聞いたぜ。魔法に失敗して飛んできたとか何とか」
化け猫はお喋りらしい。アイツには大事な事を話さないようにしようと思った。
「魔法使いか。直接戦えない人間がここで生き延びられるとは思えないが……まあ、それも知った事ではないな」
何かに興味を持つ事が少ない二人らしい。
「まあ何でもいいんだよ。とりあえず花見で一杯と洒落込もうぜ?その為にこの貧弱野郎を呼んだんだからよ」
この大男、恐らく一杯では済まないんだろうなと思った。まあ、これはただの揚げ足取りだ。
「……まともじゃないな」
飲み始めて数十分後にクロスが飲み潰れ、結局ブライトというよく知らない男と二人で酒を交わすことになっていた。
「全くだ。俺を呼んでおいて外で一人酔い潰れるなんて、どうかしてる。通り魔に襲われたらどうするつもりなんだろうな」
「そうじゃなくて、君がまともじゃないと言っているんだ」
「俺は普通だよ。テレポートなんて出来ないし、普通の生活を送っていた人間でしかないさ」
「普通の人間は魔法でこんな場所に飛ばされることもないだろう」
まあ、正論。俺もまともに答えていた気はない。
「それに……君はどうも普通の生活を送っていた人間には見えない。なんだろうな……」
ブライトはしばらく言葉を選ぶように月を見ていた。そして、
「……目が普通じゃない。絶望的に、濁っている」
とてもつまらないことを言った。
「クロスは本能的に気がついて興味を示した様だが、まともじゃない目だ……こちら側の人間でも、そんな目をしているのは殆どいない。……それも、僕の知った事では無いんだろう」
失礼な話をされている様だ。変な奴だと言われる事はあっても、ここまで露骨に侮蔑された経験は殆ど無い。
だからといって、どう思うとかどうしようとか、そんな事は全くない。ここでは激昂するフリなんて何の意味もない。
「……君は、他人を殺めた事があるか」
「無いね」
俺は首を横に振り、投げやりに答えた。そして、こう続けた。
「ただ、悪魔と契約を交わした事ならある」
「……君はドラッグでもヤッているのか?ドラッグは駄目だ。高いだけで得がない。ドラッグを誰かに教わるくらいなら、僕と生きる意味について語り合う方がマシな位だ」
「……両方お断りだ」
どうやらブライトはドラッグが嫌いらしい。
「昔、恋人が事故に巻き込まれて死んだんだ。その数日後だよ。悪魔から力を貰ったのは」
酒の入った湯呑みを口の上で逆さにして、中身を空にした。
「それが真実である証明は出来るか?」
「『悪魔の証明』は『不可能』って意味だぞ」
「知った事では無い。腑抜けが言う不可能は可能という意味だろう」
日本語みたいな言い回しをするものだ。
「出来ない事はないけど、それをしたらアンタは裸で分身の術でもしてくれるのか?」
「それがお前の何の得にもならないだろう。もっと役に立つことを要求しろ」
全くだ。そう思いつつも今はそういった願いは無い。貸一つという事にしておいてやろう。
そういう訳で、おれは上半身だけ裸になった。
「……僕はそういう趣味じゃない」
ブライトは目をそらしながら困惑している。そういう意味ではなかったので、かなり不本意だった。
「証拠見せろって言ったのはお前だ……背中に刺青があるだろ。これが魔法のモトみたいなもんらしい」
右肩に刻まれた、欠けた歯車と時計の針の様な小さな刺青。
「……証拠にならない。ただの刺青じゃないか」
「……こういうの、見ても何も感じないモノなのか?ほら、禍々しい魔力が、みたいな」
「感じる訳無いだろ。僕は魔法使いじゃない」
なんて投げやりな話だろう。コイツ、もしかして知性派に見えるだけの馬鹿じゃないだろうか。
まあ、馬鹿にはそれっぽく見せる手段なんていくらでもある訳で。
「……俺がここにいる事が証明にはならないのか。こんな場所にいる一般人なんていないだろ」
「それは君が一般人じゃないことの証明だろう」
「そういえばそうか」
案外頭は良いのかもしれない。いや、俺が馬鹿なだけか。
という訳で、馬鹿っぽい事を言ってみる事にした。
「醤油味のバナナ」
「は?」
「なんだと思う?」
「……ウニ?」
「……悪い、説明不足だった。とりあえずそれだけ覚えといてもらえればいい。すぐ分かる」
釈然としなかったらしいが、首を捻りながらもまあいいさと吐き捨てた。
「君は嘘をつくのが下手じゃないようだ。嘘つきなんてこの街にも腐るほどいるが、君の嘘は実に分かりにくい。いや、君の言葉の中の真実が何なのか見えない。誤解されやすくはないか?」
「それは言いがかりにも程があるだろう。俺は善良な一市民だ」
「その嘘は分かり易いにも程が無いか?いや、わざとやっているんだろうが……」
湯呑みに酒をつぎ直しながら、目を合わせることなく、話を続ける。
「さっきのは嘘だろう?」
「そう思うならそれでも構わない。まあ実際問題悪魔と契約したなんて、聞いただけだとちゃんちゃらおかし……」
「死んだ彼女、君が殺したんだろう」
俺は答えなかった。
「別に答えなくてもいい。別に証明しなくてもいい。勿論、嘘をつかなくてもいい。君が何を言おうと何をしようと僕はそうだと確信している。君は、明確な意志で、恋人を殺した」
つまらない話だった。今までで一番つまらない。
「後ろめたくなったりでもしたのか?人を、ましてや恋人を殺した事が。そんな嘘を吐いても仕方がないだろう」
「せめてもの償いだ。嘘つきに殺されたなら、その殺人は間違っていたって……」
らしくもなく言葉に詰まってしまった。
「……そう言えたほうが、気が楽なんだ。俺が悪いだけで済むから」
正しくなかった。
初めから正しくなんてなかった。
誰かを助けようなんて、誰かを救おうなんて、正義の味方気取りじゃないか。
「良くない人間性だな。そうしか生きていけないのか」
「いや、そもそも生きていくことすら……」
……ああ、そういえばそろそろだ。そろそろなので語るのをやめた。
「どうかしたか?まさか飲み過ぎて吐くなんてないだろう……ない、よな?」
「ああ、吐いたりはしない。ただ、そろそろそこの通り魔が寝ぼけて跳ね起きる時間だ」
「は?お前、何を……」
「醤油味のバナナッ?」
跳ね起きたクロスは、その巨体に似合わない速さで跳ね起きて、予想通りの寝言を叫んだ。ちょうどいい時間だった。
叶う夢。
忘れたい夢。
望まなかった夢。
昼間にノームがいたベンチの上には、誰かの血で汚れたパンの包み紙すら残っていなかった。勿論、そこにいた謎の人物もいなくなっている。
「よおモヤシっ子。こんな夜中に歩いてたら、通り魔に殺られるぞ」
ぼんやりと眺めていると、後ろから不意に声をかけられた。
「あぶねぇじゃねえか。よりにもよってこんな場所で……ノームとすれ違ったらオダブツだぜ?」
俺を襲った通り魔、クロスだった。身の丈よりも長い槍を担いだ中年太りの通り魔に心配される俺。
まあ、弱いから仕方ない。
「あんた、ノームの事をどの位知ってる?」
「あ?何にも知らねえよ。運良く夜のアイツに遭遇出来たら殺し合いしてみたいとは思ってるが、未だ叶わずってとこだ。顔も知らねえしな」
どうやら、クロスは戦闘狂らしかった。
「全く、獲物不足ここに極まりだ。腕が鈍っちまう」
「俺が昨日ボコボコにされてやったのに、まだ満足しないのか」
「お前なんざ獲物になる資格すらねえよ。蟻を潰して満足するなら、快楽殺人なんて存在するかっての」
「全くだな」
思わず苦笑いしてしまう。まあ、そのお陰で俺はここに自分の脚で立っていられるのかもしれない。
「で、あんたは何してるんだ?まさか蟻から金せびろうなんていうんじゃないだろ」
「んー、昨日のお侘びとして蟻に酒ぐらいご馳走してやろうとか考えてるんだが、今から暇か?」
「この町ではパン屋の働き蟻も夜は暇らしい。大丈夫だ」
暇潰しがてら、通り魔についていくことにした。
案内されたのは、ちょっとした空き地の桜の木の下。椅子の代わりに丁度良さそうな岩が三つ置いてあり、そのうち一つに先客が一人腰掛けていた。
街灯は無かったが、月の明かりだけで随分と明るい。先客の容姿がはっきりと掴める。
「おい陰険眼鏡、コイツだ。連れてきてやったぜ」
先客の男は確かに眼鏡をかけている。その奥の冷たい眼は手元の本を眺めていて、わざわざ外でそれを読む意味は無さそうな気がした。勿論、そんなことを口にはしない。
陰険眼鏡と呼ばれた男は氷のような視線をこちらに寄越し、メガネの奥で少し目を細め、
「……そう年老いてはいないのか」
と呟いた。人種はヨーロッパにいそうな感じの色白の人種だが、年齢は同じくらいだろうに。
「さっきも言ったが、お前が他人に興味を持つことはあまりない。弱くないのか」
「いいや、ドブネズミの方が強いんじゃねえかって感じだな」
「冗談だろう。僕はお前の獲物を奪うつもりはない。嘘はつかなくていい」
「ホントだよクソ野郎。試してみるか?すこぶるつまんねえけどな」
勝手に話を進める二人。別になんという話でもなく、俺が変なだけなんだろう。そういうことはよく言われるので、その辺は慣れている。ただ、事実だとしても弱い弱いと言われるのは、あまり気分の良い事ではない。
全くどうでもいい話だ。何にもならない。
「なるほど。確かに強くはないらしい」
背後からの声に気がついた時には、岩の上から人影が消えていた。
「そうなると、それこそあり得ない話だろう。お前が強くもない他人に興味を持つなんて、そう有り得た話ではない。が、それは知った事ではないか」
眼鏡の男は、初めからそこにいたかのように背後から俺を見ていた。本は既に閉じられている。
「君、名前はなんというんだ」
眼鏡の男のそんな言葉に、クロスは思い出したかのように手を叩いた。
「ああ、俺も聞いてなかったな。まあ名前なんて贅沢品なんだろうが、お前は持ってるんだろ?」
名前は贅沢品、か。確かに、そうかもしれない。俺にこのラベルは重過ぎる。
「鶴木だ」
全部は重すぎたので、半分だけ名乗る事にした。
「ツルギか。僕はブライトだ。別に覚えなくても構わない」
「俺はクロスだ。泣く子も黙る狂い槍……っても知らねえか。お前この辺の奴じゃないらしいし」
「化け猫から聞いたから知ってるさ。それよりも、なんで俺がこの辺の奴じゃないってことを知っているんだ」
自分のことを知らない間に知られているのは、あまり気持ちのいいことではない。
「エノラから聞いたぜ。魔法に失敗して飛んできたとか何とか」
化け猫はお喋りらしい。アイツには大事な事を話さないようにしようと思った。
「魔法使いか。直接戦えない人間がここで生き延びられるとは思えないが……まあ、それも知った事ではないな」
何かに興味を持つ事が少ない二人らしい。
「まあ何でもいいんだよ。とりあえず花見で一杯と洒落込もうぜ?その為にこの貧弱野郎を呼んだんだからよ」
この大男、恐らく一杯では済まないんだろうなと思った。まあ、これはただの揚げ足取りだ。
「……まともじゃないな」
飲み始めて数十分後にクロスが飲み潰れ、結局ブライトというよく知らない男と二人で酒を交わすことになっていた。
「全くだ。俺を呼んでおいて外で一人酔い潰れるなんて、どうかしてる。通り魔に襲われたらどうするつもりなんだろうな」
「そうじゃなくて、君がまともじゃないと言っているんだ」
「俺は普通だよ。テレポートなんて出来ないし、普通の生活を送っていた人間でしかないさ」
「普通の人間は魔法でこんな場所に飛ばされることもないだろう」
まあ、正論。俺もまともに答えていた気はない。
「それに……君はどうも普通の生活を送っていた人間には見えない。なんだろうな……」
ブライトはしばらく言葉を選ぶように月を見ていた。そして、
「……目が普通じゃない。絶望的に、濁っている」
とてもつまらないことを言った。
「クロスは本能的に気がついて興味を示した様だが、まともじゃない目だ……こちら側の人間でも、そんな目をしているのは殆どいない。……それも、僕の知った事では無いんだろう」
失礼な話をされている様だ。変な奴だと言われる事はあっても、ここまで露骨に侮蔑された経験は殆ど無い。
だからといって、どう思うとかどうしようとか、そんな事は全くない。ここでは激昂するフリなんて何の意味もない。
「……君は、他人を殺めた事があるか」
「無いね」
俺は首を横に振り、投げやりに答えた。そして、こう続けた。
「ただ、悪魔と契約を交わした事ならある」
「……君はドラッグでもヤッているのか?ドラッグは駄目だ。高いだけで得がない。ドラッグを誰かに教わるくらいなら、僕と生きる意味について語り合う方がマシな位だ」
「……両方お断りだ」
どうやらブライトはドラッグが嫌いらしい。
「昔、恋人が事故に巻き込まれて死んだんだ。その数日後だよ。悪魔から力を貰ったのは」
酒の入った湯呑みを口の上で逆さにして、中身を空にした。
「それが真実である証明は出来るか?」
「『悪魔の証明』は『不可能』って意味だぞ」
「知った事では無い。腑抜けが言う不可能は可能という意味だろう」
日本語みたいな言い回しをするものだ。
「出来ない事はないけど、それをしたらアンタは裸で分身の術でもしてくれるのか?」
「それがお前の何の得にもならないだろう。もっと役に立つことを要求しろ」
全くだ。そう思いつつも今はそういった願いは無い。貸一つという事にしておいてやろう。
そういう訳で、おれは上半身だけ裸になった。
「……僕はそういう趣味じゃない」
ブライトは目をそらしながら困惑している。そういう意味ではなかったので、かなり不本意だった。
「証拠見せろって言ったのはお前だ……背中に刺青があるだろ。これが魔法のモトみたいなもんらしい」
右肩に刻まれた、欠けた歯車と時計の針の様な小さな刺青。
「……証拠にならない。ただの刺青じゃないか」
「……こういうの、見ても何も感じないモノなのか?ほら、禍々しい魔力が、みたいな」
「感じる訳無いだろ。僕は魔法使いじゃない」
なんて投げやりな話だろう。コイツ、もしかして知性派に見えるだけの馬鹿じゃないだろうか。
まあ、馬鹿にはそれっぽく見せる手段なんていくらでもある訳で。
「……俺がここにいる事が証明にはならないのか。こんな場所にいる一般人なんていないだろ」
「それは君が一般人じゃないことの証明だろう」
「そういえばそうか」
案外頭は良いのかもしれない。いや、俺が馬鹿なだけか。
という訳で、馬鹿っぽい事を言ってみる事にした。
「醤油味のバナナ」
「は?」
「なんだと思う?」
「……ウニ?」
「……悪い、説明不足だった。とりあえずそれだけ覚えといてもらえればいい。すぐ分かる」
釈然としなかったらしいが、首を捻りながらもまあいいさと吐き捨てた。
「君は嘘をつくのが下手じゃないようだ。嘘つきなんてこの街にも腐るほどいるが、君の嘘は実に分かりにくい。いや、君の言葉の中の真実が何なのか見えない。誤解されやすくはないか?」
「それは言いがかりにも程があるだろう。俺は善良な一市民だ」
「その嘘は分かり易いにも程が無いか?いや、わざとやっているんだろうが……」
湯呑みに酒をつぎ直しながら、目を合わせることなく、話を続ける。
「さっきのは嘘だろう?」
「そう思うならそれでも構わない。まあ実際問題悪魔と契約したなんて、聞いただけだとちゃんちゃらおかし……」
「死んだ彼女、君が殺したんだろう」
俺は答えなかった。
「別に答えなくてもいい。別に証明しなくてもいい。勿論、嘘をつかなくてもいい。君が何を言おうと何をしようと僕はそうだと確信している。君は、明確な意志で、恋人を殺した」
つまらない話だった。今までで一番つまらない。
「後ろめたくなったりでもしたのか?人を、ましてや恋人を殺した事が。そんな嘘を吐いても仕方がないだろう」
「せめてもの償いだ。嘘つきに殺されたなら、その殺人は間違っていたって……」
らしくもなく言葉に詰まってしまった。
「……そう言えたほうが、気が楽なんだ。俺が悪いだけで済むから」
正しくなかった。
初めから正しくなんてなかった。
誰かを助けようなんて、誰かを救おうなんて、正義の味方気取りじゃないか。
「良くない人間性だな。そうしか生きていけないのか」
「いや、そもそも生きていくことすら……」
……ああ、そういえばそろそろだ。そろそろなので語るのをやめた。
「どうかしたか?まさか飲み過ぎて吐くなんてないだろう……ない、よな?」
「ああ、吐いたりはしない。ただ、そろそろそこの通り魔が寝ぼけて跳ね起きる時間だ」
「は?お前、何を……」
「醤油味のバナナッ?」
跳ね起きたクロスは、その巨体に似合わない速さで跳ね起きて、予想通りの寝言を叫んだ。ちょうどいい時間だった。
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