8 / 23
8
「36」℃の揺らめき
しおりを挟む
「到着~!」
ケイタがそう言いながら自転車をコンビニの前で止めると、
やや間が空いてから、シンジが自転車の後ろからぎこちない動作で降りた。
今日、シンジと初めて話をした。
それから約2時間。ケイタが話すばかりで、シンジはそれを聞いているだけだ。
そして、ケイタが何か質問をすると、若干の間をおいて、
シンジは一言二言、必要最低限の返答をする。
まるで、ニュース番組の中継レポートみたいだ、とケイタは思う。
自分がスタジオにいて、シンジは中継先。
中継先に問いかけると、不自然な空白の後に、端的な答えが返ってくる。
そんな言葉のキャッチボールに、ケイタは慣れない。
「じゃあな、バイト頑張れよ。」
ケイタがそう言うと、シンジはぽつりと、ありがとう、とだけ言い、
くるりと背を向けて、とぼとぼと歩きだした。
少しずつ離れて行くシンジの頼りない背中を見ていたケイタだったが、
自分とコンビニの入り口との半ばまでシンジが歩いたところで声をあげた。
「おい、7!」
ピクッとシンジの背中が縮み、そのままゆっくりと身体が捻られて、
シンジの顔がこちらを向いた。
少し暗くなり始めた空の下で、シンジの透き通りそうなほど白い顔と
それとは対照的に真っ黒なメガネの縁がひっそりと浮かび上がっている。
「また明日な!3週間よろしくな!」
ケイタがそう言って手を振ると、シンジはこくりと頷き、
身体を正面に向け直して、再び歩き始めた。
シンジがコンビニの自動ドアに近づきドアが開くと、
店内の賑やかな音楽がケイタの元まで流れてきた。
そしてシンジが店内に入って行くと、ドアが閉まり、
また夕暮れ時のしんとした静けさがケイタを包んだ。
少しの間、シンジが消えていったコンビニの方をなんとなく見ていたケイタだったが、
なんだか急に可笑しくなり、ふふっと小さく笑って、自転車のペダルをこぎ始めた。
「愛想ねぇなー。」
笑みを浮かべ、独り言を言いながら、今来た道を戻り、自宅へと向かう。
この2時間で見たシンジの表情を思い出す。
どれも同じ顔。大きく見開かれた目がゆらゆらと揺れている。
その目とは対照的に、あまり動きを見せない口。
キュッと結ばれていて、見ているこっちまで肩に力が入りそう。
ケイタがこれまで接してきた友人たちとは明らかに違っていた。
周りの連中は、その感情がはっきりと表情に表れる。
嬉しい、悲しい、楽しい、悔しい、ムカつく。
まるでテレビのチャンネルをリモコンで変えていくように、
コロコロと変わるその色合い。
そのおかげで、相手が何を考えているのか、直感的にわかる。
でも、シンジの場合は違う。
まるで、いつまでも同じ映像。
そう、例えば焚き火の映像を映しているテレビ画面を見ている感じ。
ずっと同じに見えるけれど、その同じ映像の中で、柔らかな炎がゆらゆらと揺れている。
その変化を見つけだし、その意味を読み取ろうとするのだが、
もう次の瞬間にはその形がなくなっている。
それでも、映像全体は、相変わらず焚き火の炎。
その揺らめきが、穏やかな喜びを意味しているのか、
切ない悲しみを意味しているのか、もしくは何も意味していないのか。
どれだけ見ていてもわからない。
その炎は人肌の温度のように、触れてみても何も感じないような気がした。
人肌は確か、36℃。
掴み所のない、触れていても触れていないような、実感のない炎。
でも、ケイタはその炎の揺らめきをずっと見ていられる気がする。
意味はわからなくても、何故だか心が落ち着く。
わからないから、わかろうとするし、
わからないなら、わからなくてもいいや、とも思う。
「ま、なんだっていいや!」
また独り言を口にして、思いっきり立ちこぎをしてスピードを上げていく。
言葉にならない、むずがゆい感情を心の中に感じながら。
ケイタがそう言いながら自転車をコンビニの前で止めると、
やや間が空いてから、シンジが自転車の後ろからぎこちない動作で降りた。
今日、シンジと初めて話をした。
それから約2時間。ケイタが話すばかりで、シンジはそれを聞いているだけだ。
そして、ケイタが何か質問をすると、若干の間をおいて、
シンジは一言二言、必要最低限の返答をする。
まるで、ニュース番組の中継レポートみたいだ、とケイタは思う。
自分がスタジオにいて、シンジは中継先。
中継先に問いかけると、不自然な空白の後に、端的な答えが返ってくる。
そんな言葉のキャッチボールに、ケイタは慣れない。
「じゃあな、バイト頑張れよ。」
ケイタがそう言うと、シンジはぽつりと、ありがとう、とだけ言い、
くるりと背を向けて、とぼとぼと歩きだした。
少しずつ離れて行くシンジの頼りない背中を見ていたケイタだったが、
自分とコンビニの入り口との半ばまでシンジが歩いたところで声をあげた。
「おい、7!」
ピクッとシンジの背中が縮み、そのままゆっくりと身体が捻られて、
シンジの顔がこちらを向いた。
少し暗くなり始めた空の下で、シンジの透き通りそうなほど白い顔と
それとは対照的に真っ黒なメガネの縁がひっそりと浮かび上がっている。
「また明日な!3週間よろしくな!」
ケイタがそう言って手を振ると、シンジはこくりと頷き、
身体を正面に向け直して、再び歩き始めた。
シンジがコンビニの自動ドアに近づきドアが開くと、
店内の賑やかな音楽がケイタの元まで流れてきた。
そしてシンジが店内に入って行くと、ドアが閉まり、
また夕暮れ時のしんとした静けさがケイタを包んだ。
少しの間、シンジが消えていったコンビニの方をなんとなく見ていたケイタだったが、
なんだか急に可笑しくなり、ふふっと小さく笑って、自転車のペダルをこぎ始めた。
「愛想ねぇなー。」
笑みを浮かべ、独り言を言いながら、今来た道を戻り、自宅へと向かう。
この2時間で見たシンジの表情を思い出す。
どれも同じ顔。大きく見開かれた目がゆらゆらと揺れている。
その目とは対照的に、あまり動きを見せない口。
キュッと結ばれていて、見ているこっちまで肩に力が入りそう。
ケイタがこれまで接してきた友人たちとは明らかに違っていた。
周りの連中は、その感情がはっきりと表情に表れる。
嬉しい、悲しい、楽しい、悔しい、ムカつく。
まるでテレビのチャンネルをリモコンで変えていくように、
コロコロと変わるその色合い。
そのおかげで、相手が何を考えているのか、直感的にわかる。
でも、シンジの場合は違う。
まるで、いつまでも同じ映像。
そう、例えば焚き火の映像を映しているテレビ画面を見ている感じ。
ずっと同じに見えるけれど、その同じ映像の中で、柔らかな炎がゆらゆらと揺れている。
その変化を見つけだし、その意味を読み取ろうとするのだが、
もう次の瞬間にはその形がなくなっている。
それでも、映像全体は、相変わらず焚き火の炎。
その揺らめきが、穏やかな喜びを意味しているのか、
切ない悲しみを意味しているのか、もしくは何も意味していないのか。
どれだけ見ていてもわからない。
その炎は人肌の温度のように、触れてみても何も感じないような気がした。
人肌は確か、36℃。
掴み所のない、触れていても触れていないような、実感のない炎。
でも、ケイタはその炎の揺らめきをずっと見ていられる気がする。
意味はわからなくても、何故だか心が落ち着く。
わからないから、わかろうとするし、
わからないなら、わからなくてもいいや、とも思う。
「ま、なんだっていいや!」
また独り言を口にして、思いっきり立ちこぎをしてスピードを上げていく。
言葉にならない、むずがゆい感情を心の中に感じながら。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

変態高校生♂〜俺、親友やめます!〜
ゆきみまんじゅう
BL
学校中の男子たちから、俺、狙われちゃいます!?
※この小説は『変態村♂〜俺、やられます!〜』の続編です。
いろいろあって、何とか村から脱出できた翔馬。
しかしまだ問題が残っていた。
その問題を解決しようとした結果、学校中の男子たちに身体を狙われてしまう事に。
果たして翔馬は、無事、平穏を取り戻せるのか?
また、恋の行方は如何に。
ちょろぽよくんはお友達が欲しい
日月ゆの
BL
ふわふわ栗毛色の髪にどんぐりお目々に小さいお鼻と小さいお口。
おまけに性格は皆が心配になるほどぽよぽよしている。
詩音くん。
「えっ?僕とお友達になってくれるのぉ?」
「えへっ!うれしいっ!」
『黒もじゃアフロに瓶底メガネ』と明らかなアンチ系転入生と隣の席になったちょろぽよくんのお友達いっぱいつくりたい高校生活はどうなる?!
「いや……、俺はちょろくねぇよ?ケツの穴なんか掘らせる訳ないだろ。こんなくそガキ共によ!」
表紙はPicrewの「こあくまめーかー😈2nd」で作成しました。
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──



笑わない風紀委員長
馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。
が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。
そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め──
※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。
※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。
※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。
※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。
早く惚れてよ、怖がりナツ
ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。
このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。
そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。
一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて…
那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。
ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩
《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる