上 下
7 / 23

「7」までの道のり

しおりを挟む
「お前のセブンってあだ名、俺は好きだな。」
シンジはケイタのその言葉を頭の中で何度も反芻しながら、
春のやわらかな夕日に染まった校門の脇に立っていた。

つい先ほど聞かされたばかりの自分のあだ名、「7」。
自分のバイト先の相性でもあるその数字。
これまで何の感情も抱いたことのない漠然としたその数字に、
今ではくっきりとした輪郭が生まれ、立体感さえ生まれた気がする。

この1時間あまりの間に決まったことを思い返しながら、
足元に落ちていた石ころを適当に転がす。

これから3週間、ケイタに勉強を教える。
そのお礼として、バイト先まで自転車で送ってもらう。

結局、今日はケイタがほとんどの時間を喋り続けて使ってしまったので、
勉強は明日から。
なぜ、こんなことになっているのか、自分でも分からないが、
嫌な気持ちが全くしていない自分を不思議に思うシンジだった。

キーっと耳障りな音がして、シンジが顔を上げると、
ケイタが自転車にまたがり、夕日を背にして右手を軽く上げていた。
校舎脇にある駐輪場まで自転車を取りに行っていたのだ。

「早く乗れよ。バイト、遅れるぞ。」
ケイタにそう言われ、シンジは慌てて自転車の後ろに回った。

一瞬ためらったが、ゆっくりと自転車の格子状で座りづらい荷台にまたがる。

思えば、自転車の後ろに乗るのは、
小3の時に父に乗せられて近所の小児科クリニックに行った時以来だ。
その日、シンジはひどい熱を出し、歩くこともままならなかった。
車を持っていない父は困り果て、やむなく自転車でクリニックまで連れて行くことにしたのだった。
タバコの煙を吐きながら、ぐったりとしたシンジを感情のこもらない目で見ていた母とは対照的に、
父はまるで壊れやすいガラス細工を扱うように、シンジを抱きかかえ、自転車の後ろに座らせてくれた。
その父は、それから1年経たないうちに、突然いなくなってしまい、
いまだにどこにいるかも分からないのだけれど。

「なんかお前、緊張してない?」
ケイタが振り向いてシンジに尋ねた。
シンジは小さく首を振って、自分の太ももと太ももの間にある、荷台の格子を握りしめた。
ケイタに、やっぱやめとこう、と言われるのがどうしても嫌だった。
なぜ、そんな風に思うのか、考えないように、さらに強く荷台を握る。

「大丈夫かよ。ほら。」
そう言うと、ケイタはシンジの両手を軽々と荷台から外し、
自分のへその前まで持ってくると、そこで組ませた。

ケイタの背中がぐっと顔に近づき、戸惑っているシンジの様子が伝わったのか、
「お前が落っこちて怪我したら、困るんだよ。勉強、教えてもらえなくなるだろ。」
とケイタは前を向いたまま早口で言い、ゆっくりと自転車をこぎ始めた。

ケイタがペダルを踏むだびに、シンジの手の平にケイタの腹筋の動きが伝わる。
薄い脂肪の柔らかさの内側で、分厚くて硬い腹筋が伸縮を繰り返す。
徐々にスピードを上げていく自転車の後ろで、シンジの心臓の鼓動も段々と早くなっていく。
シンジは口をキュッと結んで、ケイタの大きな背中を見つめていた。

流れてくる風に乗って、ケイタの学ランから洗濯洗剤か柔軟剤のいい香りが流れてくる。
それはシンジの家で使われている、格安の粉末洗剤とは全く違う種類の香りだった。
そして、そのふわりとした石鹸のような香りの中に、
ほんの少しだけケイタの汗の匂いが交じっていて、
シンジはどうしようもなくドキドキしていた。

それからバイト先に着くまでの間、ケイタはプロ野球の話をし続けた。
しかし、シンジの頭の中はケイタの腹の感触と、
大きな背中のたくましさと、汗の匂いの爽やかさで満ち満ちていて、
それ以外の情報が入る余地は全くなかったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

部室強制監獄

裕光
BL
 夜8時に毎日更新します!  高校2年生サッカー部所属の祐介。  先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。  ある日の夜。  剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう  気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた  現れたのは蓮ともう1人。  1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。  そして大野は裕介に向かって言った。  大野「お前も肉便器に改造してやる」  大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…  

チャラ男会計目指しました

岬ゆづ
BL
編入試験の時に出会った、あの人のタイプの人になれるように………… ――――――それを目指して1年3ヶ月 英華学園に高等部から編入した齋木 葵《サイキ アオイ 》は念願のチャラ男会計になれた 意中の相手に好きになってもらうためにチャラ男会計を目指した素は真面目で素直な主人公が王道学園でがんばる話です。 ※この小説はBL小説です。 苦手な方は見ないようにお願いします。 ※コメントでの誹謗中傷はお控えください。 初執筆初投稿のため、至らない点が多いと思いますが、よろしくお願いします。 他サイトにも掲載しています。

とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~

無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。 自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。

ボクに構わないで

睡蓮
BL
病み気味の美少年、水無月真白は伯父が運営している全寮制の男子校に転入した。 あまり目立ちたくないという気持ちとは裏腹に、どんどん問題に巻き込まれてしまう。 でも、楽しかった。今までにないほどに… あいつが来るまでは… -------------------------------------------------------------------------------------- 1個目と同じく非王道学園ものです。 初心者なので結構おかしくなってしまうと思いますが…暖かく見守ってくれると嬉しいです。

平凡くんの憂鬱

BL
浮気ばかりする恋人を振ってから俺の憂鬱は始まった…。 ――――――‥ ――… もう、うんざりしていた。 俺は所謂、"平凡"ってヤツで、付き合っていた恋人はまるで王子様。向こうから告ってきたとは言え、外見上 釣り合わないとは思ってたけど… こうも、 堂々と恋人の前で浮気ばかり繰り返されたら、いい加減 百年の恋も冷めるというもの- 『別れてください』 だから、俺から別れを切り出した。 それから、 俺の憂鬱な日常は始まった――…。

王道学園にブラコンが乗り込んでいくぅ!

玉兎
BL
弟と同じ学校になるべく王道学園に編入した男の子のお話。

真冬の痛悔

白鳩 唯斗
BL
 闇を抱えた王道学園の生徒会長、東雲真冬は、完璧王子と呼ばれ、真面目に日々を送っていた。  ある日、王道転校生が訪れ、真冬の生活は狂っていく。  主人公嫌われでも無ければ、生徒会に裏切られる様な話でもありません。  むしろその逆と言いますか·····逆王道?的な感じです。

元生徒会長さんの日常

あ×100
BL
俺ではダメだったみたいだ。気づけなくてごめんね。みんな大好きだったよ。 転校生が現れたことによってリコールされてしまった会長の二階堂雪乃。俺は仕事をサボり、遊び呆けたりセフレを部屋に連れ込んだりしたり、転校生をいじめたりしていたらしい。 そんな悪評高い元会長さまのお話。 長らくお待たせしました!近日中に更新再開できたらと思っております(公開済みのものも加筆修正するつもり) なお、あまり文才を期待しないでください…痛い目みますよ… 誹謗中傷はおやめくださいね(泣) 2021.3.3

処理中です...