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第十三話 幸村と前田利家と鶏料理・前編
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——ビュオンッ!
上段の構えから素早く振り下ろされた物干し竿の切先が空を斬った。
「おらおらぁ!」
横払いの動作から次々に繰り出される無駄のない動作。
ゆうに四メートルは超える物干し竿を軽々と振り回す姿はまさに圧巻なのだよ。
凶器と化した物干し竿を振り回す利家さんを相手するのは、真田幸村さんである。
「あまい!」
激しい物干し竿の攻撃を幸村さんは紙一重の差で避けつつ、利家さんの隙を狙うように反撃の一撃を繰り出している。
——ビュオン!
幸村さんの物干し竿が利家さんの頭上目掛けて空を斬った。
「なんの、これしきの攻撃余裕!」
物干し竿を横に構えて幸村さんの攻撃を受けようとした利家さんに、幸村さんが不敵な笑みを向けた。
「——油断大敵ですよ!」
「なっ!?」
幸村さんの物干し竿が上段からの攻撃じゃなかった。
突然蛇のように変則的に動きを変えると、利家さんの左脇に狙いにいく。
「——ぐっ!?」
バキっ!っと物干し竿が砕けそうな音を上げ、利家さんの物干し竿が幸村さんの物干し竿を弾いた。
「今度はこちらの番だ!」
すぐに体制を立て直すと、利家さんは幸村さんに物干し竿の切先を向けて突然していく。
「ふひぃ……あんな変則的な物干し竿の攻撃、利家さんよく避けれたなぁ。すご……」
——前田利家さん
若い頃から信長さんに仕える織田家の重臣の一人である。
傾奇者と呼ばれていたやんちゃな時代もあったものの、頭角をメキメキと現して織田家には無くてはならない存在となっていくのだよ。
そんな利家さんの字名は「槍の又左」と呼ばれる槍の名手である。
明朗快活で竹を割ったような人で、兄弟のいないわたしにはお兄ちゃんのような存在なのだよ。
相手をしてるのは幸村さんだ。
云うまでもなく彼も槍の名手である。
その二人が今、我が家の庭で攻防戦を繰り広げられているのだけれど。
「くふぅ~た、たまんないぃ」
二人の攻防戦を記憶に留めておくだけなんてもったいないのだよ。
この戦いはしっかりとスマホで録画させていただいておりますとも!
智巳と日和に後で送ってやるのだけれど。
智巳は興奮するだろうし、日和は悶えるだろうな。
親友二人がそうなること想像に難くない。
「というか……これいつまで続くんだろ?」
まだ二人の攻防は続けてるし。
そもそもどうしてこうなったのか。
今日は洗濯を干すには持ってこいの、まさに雲ひとつない秋晴れ。
そこへ幸村さんがやって来て洗濯を干すのを手伝っていてくれていたのだよ。
幸村さんの手伝いもあって、洗濯物も無事干し終わったタイミングを見計らったよう、利家さんまでやって来て、物干し竿を見るなり——
「いい物干し竿だ。なあ、あんた良ければオレと一手、交えてくれねえか」
と幸村さんに言い放ったのだ。
利家さんは幸村さんとは当然面識なんて無いのにだよ。
いきなりそんなことを言うのだから、びっくりする。
幸村さんも挑発に乗るかのように。
「ええ、構いませんよ」
とか言って、物干し竿を手にして迎え撃つ準備しちゃうし。
「まあ良いもの見れたし……洗濯も終わってるしいいんだけどね」
二人はまだまだ終わる様子はないけれど。
「ま、冷たいお茶でも用意しておきますか——ん?」
踵を返して家の中へと向かおうとしたわたしの額にぽつっと何かが当たった。
「へ——?」
わたしが空を見上げ、あっと思った次の瞬間。
ゴウっと雷鳴と共に大粒の雨が降ってきたのだよ!
「せ、せんたくものがぁ!」
再び轟いた雷鳴に、わたしの絶叫はかき消されていた。
◇
「おーおー、まるで滝みたいな土砂降りだな、こりゃ」
縁側から外を覗いていた利家さんが感慨深そうに呟いた。
「……はぁ。また洗濯やり直しだよ」
その横でわたしは、かごの中でぐっしょりと濡れた洗濯を見て、絶望のため息を吐くことしかできない。
「また洗えばいいだけだろう? そんなに細かいことを気にしてどうなるってんだ、倫?」
「まあ、そうなんですけど……」
言ってることは至極当然のことなんだけれど。
それでも洗濯のやり直しは、わたしにとってそれなりにショックなのだよ。
「倫殿。洗濯であれば俺が手伝ってやりますから」
「——本当ですか、幸村さん!」
「ええ。ですからそんなに落ち込む必要はありませんよ」
はああ……ほんとに幸村さんは優しいなぁ。
掃除や洗い物とか、いつも家事を手伝ってくれるから感謝しかないよ。
それに引き換え——
「しっかしなんだな。これだけの土砂降りを見てると、あの日の桶狭間を思い出しちまうな」
まだ感慨深げに雨を見てるし。
「……なんだよ、倫。そんな恨めしそうな顔でオレを睨んで……?」
「いーえーなんでもありませんけど」
まったく利家さんは!
少しは幸村さんを見習ってほしいよ。
「ねえ、幸村さんも何か言ってください——よ?」
「あの、もしや前田殿も桶狭間に!?」
ええと。
幸村さん、ずいっと身を乗りだして利家さんとの距離を詰めているし。
「……あんた桶狭間の合戦のことを知ってるのか?」
「ええ、その話は有名ですからね。俺は人伝いにしか聞いたことがありませんから……是非、合戦に加わった人から直接話を聞いてみたかったのです」
「へえ、そんなに有名かぁ……ならオレが合戦の話を一から十まで詳しく話してやるからよ」
「では、前田殿。是非お聞かせください」
「おおよ」
利家さん、自慢げに幸村さんに桶狭間の戦いを語り始め出しているけれど……あれ?
たしか利家さんは桶狭間の合戦って——
わたしが少し考え事をしている間にも、利家さんの話は佳境を迎えているようだ。
利家さんは興奮を抑えられないのか高揚したまま、すくっと立ち上がって身振り手振りをして必死に語っているのだよ。
「それでだな。オレは早朝の戦いでひとつ、今川の陣地に飛び込んで相手を二人倒して功を上げたんだがな——」
途中まで今まで熱く語っていたのに突然——
「けどよぉ……」
しょんぼりとした面持ちになって、弱々しく肩を落としてへたり込んでるし。
「いくら功を上げても殿はオレを許してくれねえんだよな……」
あーあー利家さん、床に「の」の字をなぞりだしちゃったし。
ここまで落ち込みすぎると、見ているこっちが辛くなってきてしまうわ。
「いったいオレはいつ殿の下に戻れるんだぁ……」
「あの倫殿。前田殿はいったい……?」
幸村さんも困惑するわよね。
利家さんは、さっきとはまるで別人みたいになってるわけだし。
「まあ実はですね——」
桶狭間の合戦より約一年前。
利家さんは織田家で刃傷沙汰を起こしていたのだ。
しかもよりによっても信長さんが気にっていた拾阿弥って云う茶坊主相手に人情沙汰を起こしたものだからね。
信長さんの相当な怒りを買って、利家さんは織田家追放されてしまったのだよ。
つまり今ここにいる利家さんは織田家家臣ではなく、浪人なのである。
「それで信長さんの許しを得るために勝手に合戦に参加しちゃった訳なんですよね」
「なるほど……では前田殿がここまで落ち込んでいる理由はもしや——」
何か言いかけた幸村さんの視線は利家さんに向けられている。
「……まあそれだけ頑張っても、まだ信長さんから許してもらえていないんですよね」
「やはりそうですか……」
幸村さん、少し話を聞いただけでよく理解できたな。
幸村さんも浪人みたいな状況だから、利家さんの気持ちが理解できるのかな?
「それで倫殿。前田殿のこと、なんとかなりませんか?」
「むぅ……なんとかと言われても……」
わたしは事の顛末は知っているんだよね。
実は今から約一年して、利家さんはある合戦で功績を上げて信長さんにようやく許しをもらえるのだけれど——
——ぎゅおおおおおおん!
「う……」
振り返った利家さんは呆れた面持ちをして、わたしを見ている。
「……お前なぁ。こんなに悩んでるオレの前でよくもまぁ」
「いや……ええと……ごめんなさい」
空気読んでよね、わたしのお腹!
と、自分の腹にツッコミを入れても、お腹の欲望には勝てないものだよ。
頭を下げたわたしに向かって利家さんは快活に笑い——
「まあいい。お前の腹の虫の鳴き声を聞いたら、オレもなんだか腹が減ったな」
「ええと……ええと……」
顔は笑ってるけど、無理してるのが丸わかりだよ。
見てるわたしが胸をきゅうっと締めつけられて辛くなるけれど……!
「じゃあとびっきり美味しい料理を期待しててくださいね、利家さん!」
——おう、と利家さんの返事を背にしてわたしはキッチンへと向かった。
わたしなんかが利家さんに助言なんて出来ないし、今後のことなんて説明するのも難しい。
だから今のわたしが出来ることって、利家さんに美味しい料理を食べて貰って元気を出してもらうことなのだよ!
◇
キッチンの前に立ち、わたしはパァンと両頬を叩いて気合いを注入!
「ぃよしっ! 気合いも入ったところだし……作っちゃおう!」
今日作る料理は一品だけじゃなく複数作るつもり。
だからいつも以上に気合いを入る必要があったわけなのだよ。
まずは『骨つき鶏もも肉の照り焼き』から取り掛かるとしますか。
まずは冷蔵庫から漬けタレの入ったビニール袋を取り出す。
「うーん。いい感じに浸ってるわね」
漬けタレの入ったビニール袋の中には、下処理した骨つき鶏もも肉だ。
骨にそって切り込みを入れて、皮目にフォークで数カ所穴をあける。
次に鶏もも肉に軽く塩胡椒を振っておく。
醤油、みりん、おろしニンニクをビニール袋に入れた作った漬けタレを作って、骨つき鶏もも肉を入れてよく揉み味を染み込ませるのだけれど。
わたしはこの工程をすでに完了せておいたのだよ。
二時間ほど冷蔵庫に入れて置いた漬タレに浸された鶏もも肉をビニール袋ごと取り出して、あとはオーブンで焼くだけだ。
「オーブンの準備よしっと!」
230°までに熱したオーブンに入れて、四十分くらい焼くだけで完成待つばかりだよ。
「それじゃあ次の料理に取り掛かっちゃいましょうか」
次に作るのは『鶏つくね』だ。
まずは鶏の挽き肉と塩とマヨネーズをボウルにみじん切りをした玉ねぎを加える。
それを手でよく練り混ぜて、六等分に丸めて形を整えていく。
形を整えた鶏つくねを、サラダ油をひいて温めていたフライパンに乗せてる。
しばらくすれば、ジュゥジュゥっと表面が焼ける音と一緒にいい匂いが立ち昇ってくる。
「たまらないなぁ、もう! この匂いだけでもご飯が三杯はいけそうよね!」
ご飯と一緒に食べるのを想像しただけで、お腹が全力でキッチンに鳴り響く。
片面を焼いたらひっくり返して、もう片面を焼く。
両面に焼き色がついて来たら、最後に鶏もも肉で使った漬けタレを入れて、中火で加熱してっと。
「とろみがついて照りが出たら——完成!」
三人分のお皿それぞれに大葉を一枚敷いて、その上に出来上がったばかりの鶏つくねを盛りつけていく。
オーブンの方もそろそろ焼き終わりそうだし、こっちも盛り付けの用意をしなきゃね。
「っと……アレを忘れるところだったよ」
今回は鶏料理を利家さんと幸村さんに食べてもらうのだけれど。
この二品だけではなく、とっておきのサプライズまで用意しているのだよ、わたしは。
「くふふ……絶対に驚くぞぉ、利家さんと幸村さん」
驚く二人を想像して、わたしは一人で静かにほくそ笑むのだった。
上段の構えから素早く振り下ろされた物干し竿の切先が空を斬った。
「おらおらぁ!」
横払いの動作から次々に繰り出される無駄のない動作。
ゆうに四メートルは超える物干し竿を軽々と振り回す姿はまさに圧巻なのだよ。
凶器と化した物干し竿を振り回す利家さんを相手するのは、真田幸村さんである。
「あまい!」
激しい物干し竿の攻撃を幸村さんは紙一重の差で避けつつ、利家さんの隙を狙うように反撃の一撃を繰り出している。
——ビュオン!
幸村さんの物干し竿が利家さんの頭上目掛けて空を斬った。
「なんの、これしきの攻撃余裕!」
物干し竿を横に構えて幸村さんの攻撃を受けようとした利家さんに、幸村さんが不敵な笑みを向けた。
「——油断大敵ですよ!」
「なっ!?」
幸村さんの物干し竿が上段からの攻撃じゃなかった。
突然蛇のように変則的に動きを変えると、利家さんの左脇に狙いにいく。
「——ぐっ!?」
バキっ!っと物干し竿が砕けそうな音を上げ、利家さんの物干し竿が幸村さんの物干し竿を弾いた。
「今度はこちらの番だ!」
すぐに体制を立て直すと、利家さんは幸村さんに物干し竿の切先を向けて突然していく。
「ふひぃ……あんな変則的な物干し竿の攻撃、利家さんよく避けれたなぁ。すご……」
——前田利家さん
若い頃から信長さんに仕える織田家の重臣の一人である。
傾奇者と呼ばれていたやんちゃな時代もあったものの、頭角をメキメキと現して織田家には無くてはならない存在となっていくのだよ。
そんな利家さんの字名は「槍の又左」と呼ばれる槍の名手である。
明朗快活で竹を割ったような人で、兄弟のいないわたしにはお兄ちゃんのような存在なのだよ。
相手をしてるのは幸村さんだ。
云うまでもなく彼も槍の名手である。
その二人が今、我が家の庭で攻防戦を繰り広げられているのだけれど。
「くふぅ~た、たまんないぃ」
二人の攻防戦を記憶に留めておくだけなんてもったいないのだよ。
この戦いはしっかりとスマホで録画させていただいておりますとも!
智巳と日和に後で送ってやるのだけれど。
智巳は興奮するだろうし、日和は悶えるだろうな。
親友二人がそうなること想像に難くない。
「というか……これいつまで続くんだろ?」
まだ二人の攻防は続けてるし。
そもそもどうしてこうなったのか。
今日は洗濯を干すには持ってこいの、まさに雲ひとつない秋晴れ。
そこへ幸村さんがやって来て洗濯を干すのを手伝っていてくれていたのだよ。
幸村さんの手伝いもあって、洗濯物も無事干し終わったタイミングを見計らったよう、利家さんまでやって来て、物干し竿を見るなり——
「いい物干し竿だ。なあ、あんた良ければオレと一手、交えてくれねえか」
と幸村さんに言い放ったのだ。
利家さんは幸村さんとは当然面識なんて無いのにだよ。
いきなりそんなことを言うのだから、びっくりする。
幸村さんも挑発に乗るかのように。
「ええ、構いませんよ」
とか言って、物干し竿を手にして迎え撃つ準備しちゃうし。
「まあ良いもの見れたし……洗濯も終わってるしいいんだけどね」
二人はまだまだ終わる様子はないけれど。
「ま、冷たいお茶でも用意しておきますか——ん?」
踵を返して家の中へと向かおうとしたわたしの額にぽつっと何かが当たった。
「へ——?」
わたしが空を見上げ、あっと思った次の瞬間。
ゴウっと雷鳴と共に大粒の雨が降ってきたのだよ!
「せ、せんたくものがぁ!」
再び轟いた雷鳴に、わたしの絶叫はかき消されていた。
◇
「おーおー、まるで滝みたいな土砂降りだな、こりゃ」
縁側から外を覗いていた利家さんが感慨深そうに呟いた。
「……はぁ。また洗濯やり直しだよ」
その横でわたしは、かごの中でぐっしょりと濡れた洗濯を見て、絶望のため息を吐くことしかできない。
「また洗えばいいだけだろう? そんなに細かいことを気にしてどうなるってんだ、倫?」
「まあ、そうなんですけど……」
言ってることは至極当然のことなんだけれど。
それでも洗濯のやり直しは、わたしにとってそれなりにショックなのだよ。
「倫殿。洗濯であれば俺が手伝ってやりますから」
「——本当ですか、幸村さん!」
「ええ。ですからそんなに落ち込む必要はありませんよ」
はああ……ほんとに幸村さんは優しいなぁ。
掃除や洗い物とか、いつも家事を手伝ってくれるから感謝しかないよ。
それに引き換え——
「しっかしなんだな。これだけの土砂降りを見てると、あの日の桶狭間を思い出しちまうな」
まだ感慨深げに雨を見てるし。
「……なんだよ、倫。そんな恨めしそうな顔でオレを睨んで……?」
「いーえーなんでもありませんけど」
まったく利家さんは!
少しは幸村さんを見習ってほしいよ。
「ねえ、幸村さんも何か言ってください——よ?」
「あの、もしや前田殿も桶狭間に!?」
ええと。
幸村さん、ずいっと身を乗りだして利家さんとの距離を詰めているし。
「……あんた桶狭間の合戦のことを知ってるのか?」
「ええ、その話は有名ですからね。俺は人伝いにしか聞いたことがありませんから……是非、合戦に加わった人から直接話を聞いてみたかったのです」
「へえ、そんなに有名かぁ……ならオレが合戦の話を一から十まで詳しく話してやるからよ」
「では、前田殿。是非お聞かせください」
「おおよ」
利家さん、自慢げに幸村さんに桶狭間の戦いを語り始め出しているけれど……あれ?
たしか利家さんは桶狭間の合戦って——
わたしが少し考え事をしている間にも、利家さんの話は佳境を迎えているようだ。
利家さんは興奮を抑えられないのか高揚したまま、すくっと立ち上がって身振り手振りをして必死に語っているのだよ。
「それでだな。オレは早朝の戦いでひとつ、今川の陣地に飛び込んで相手を二人倒して功を上げたんだがな——」
途中まで今まで熱く語っていたのに突然——
「けどよぉ……」
しょんぼりとした面持ちになって、弱々しく肩を落としてへたり込んでるし。
「いくら功を上げても殿はオレを許してくれねえんだよな……」
あーあー利家さん、床に「の」の字をなぞりだしちゃったし。
ここまで落ち込みすぎると、見ているこっちが辛くなってきてしまうわ。
「いったいオレはいつ殿の下に戻れるんだぁ……」
「あの倫殿。前田殿はいったい……?」
幸村さんも困惑するわよね。
利家さんは、さっきとはまるで別人みたいになってるわけだし。
「まあ実はですね——」
桶狭間の合戦より約一年前。
利家さんは織田家で刃傷沙汰を起こしていたのだ。
しかもよりによっても信長さんが気にっていた拾阿弥って云う茶坊主相手に人情沙汰を起こしたものだからね。
信長さんの相当な怒りを買って、利家さんは織田家追放されてしまったのだよ。
つまり今ここにいる利家さんは織田家家臣ではなく、浪人なのである。
「それで信長さんの許しを得るために勝手に合戦に参加しちゃった訳なんですよね」
「なるほど……では前田殿がここまで落ち込んでいる理由はもしや——」
何か言いかけた幸村さんの視線は利家さんに向けられている。
「……まあそれだけ頑張っても、まだ信長さんから許してもらえていないんですよね」
「やはりそうですか……」
幸村さん、少し話を聞いただけでよく理解できたな。
幸村さんも浪人みたいな状況だから、利家さんの気持ちが理解できるのかな?
「それで倫殿。前田殿のこと、なんとかなりませんか?」
「むぅ……なんとかと言われても……」
わたしは事の顛末は知っているんだよね。
実は今から約一年して、利家さんはある合戦で功績を上げて信長さんにようやく許しをもらえるのだけれど——
——ぎゅおおおおおおん!
「う……」
振り返った利家さんは呆れた面持ちをして、わたしを見ている。
「……お前なぁ。こんなに悩んでるオレの前でよくもまぁ」
「いや……ええと……ごめんなさい」
空気読んでよね、わたしのお腹!
と、自分の腹にツッコミを入れても、お腹の欲望には勝てないものだよ。
頭を下げたわたしに向かって利家さんは快活に笑い——
「まあいい。お前の腹の虫の鳴き声を聞いたら、オレもなんだか腹が減ったな」
「ええと……ええと……」
顔は笑ってるけど、無理してるのが丸わかりだよ。
見てるわたしが胸をきゅうっと締めつけられて辛くなるけれど……!
「じゃあとびっきり美味しい料理を期待しててくださいね、利家さん!」
——おう、と利家さんの返事を背にしてわたしはキッチンへと向かった。
わたしなんかが利家さんに助言なんて出来ないし、今後のことなんて説明するのも難しい。
だから今のわたしが出来ることって、利家さんに美味しい料理を食べて貰って元気を出してもらうことなのだよ!
◇
キッチンの前に立ち、わたしはパァンと両頬を叩いて気合いを注入!
「ぃよしっ! 気合いも入ったところだし……作っちゃおう!」
今日作る料理は一品だけじゃなく複数作るつもり。
だからいつも以上に気合いを入る必要があったわけなのだよ。
まずは『骨つき鶏もも肉の照り焼き』から取り掛かるとしますか。
まずは冷蔵庫から漬けタレの入ったビニール袋を取り出す。
「うーん。いい感じに浸ってるわね」
漬けタレの入ったビニール袋の中には、下処理した骨つき鶏もも肉だ。
骨にそって切り込みを入れて、皮目にフォークで数カ所穴をあける。
次に鶏もも肉に軽く塩胡椒を振っておく。
醤油、みりん、おろしニンニクをビニール袋に入れた作った漬けタレを作って、骨つき鶏もも肉を入れてよく揉み味を染み込ませるのだけれど。
わたしはこの工程をすでに完了せておいたのだよ。
二時間ほど冷蔵庫に入れて置いた漬タレに浸された鶏もも肉をビニール袋ごと取り出して、あとはオーブンで焼くだけだ。
「オーブンの準備よしっと!」
230°までに熱したオーブンに入れて、四十分くらい焼くだけで完成待つばかりだよ。
「それじゃあ次の料理に取り掛かっちゃいましょうか」
次に作るのは『鶏つくね』だ。
まずは鶏の挽き肉と塩とマヨネーズをボウルにみじん切りをした玉ねぎを加える。
それを手でよく練り混ぜて、六等分に丸めて形を整えていく。
形を整えた鶏つくねを、サラダ油をひいて温めていたフライパンに乗せてる。
しばらくすれば、ジュゥジュゥっと表面が焼ける音と一緒にいい匂いが立ち昇ってくる。
「たまらないなぁ、もう! この匂いだけでもご飯が三杯はいけそうよね!」
ご飯と一緒に食べるのを想像しただけで、お腹が全力でキッチンに鳴り響く。
片面を焼いたらひっくり返して、もう片面を焼く。
両面に焼き色がついて来たら、最後に鶏もも肉で使った漬けタレを入れて、中火で加熱してっと。
「とろみがついて照りが出たら——完成!」
三人分のお皿それぞれに大葉を一枚敷いて、その上に出来上がったばかりの鶏つくねを盛りつけていく。
オーブンの方もそろそろ焼き終わりそうだし、こっちも盛り付けの用意をしなきゃね。
「っと……アレを忘れるところだったよ」
今回は鶏料理を利家さんと幸村さんに食べてもらうのだけれど。
この二品だけではなく、とっておきのサプライズまで用意しているのだよ、わたしは。
「くふふ……絶対に驚くぞぉ、利家さんと幸村さん」
驚く二人を想像して、わたしは一人で静かにほくそ笑むのだった。
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