新生月姫

宇奈月希月

文字の大きさ
上 下
33 / 38
出会いと雪解け

誓うは絆・3

しおりを挟む
 かなり時間はかかったものの、やっと着いた軍本部内を、セイズを先頭にして歩いていた。
 セイズは、本部の説明はもちろん、軍の説明もしながら進んで行く。
「軍はこの本部を中心に、四つの地方にそれぞれ支部を置いています。本部同様、支部にもそれぞれ、指揮官と補佐官を置いています。また、特別部隊として、サーラが所属している、王家護衛隊が存在しますが、本当に一握りの軍人にしか打診されていないため、エリート街道と呼ばれていますね」
 そう苦笑いを浮かべるセイズに、ナギサは首を傾げた。
「つまり、本部の指揮官であるあなたが軍のトップ、っていう認識でいいの?」
「そうですね。本部の指揮官と補佐官においては、各支部をまとめている立場になりますので、“総指揮官”“総補佐官”という役職になります」
 セイズは答えながら、廊下の突き当たりの大きな扉の前で立ち止まり、手をかけた。
 開かれた先は広い執務室で、それだけで総指揮官であるセイズの仕事部屋なのだとわかる。
 その部屋の端の方に置かれた机に人影を見つけ、ナギサは首を傾げた。
 茶の髪は緩くウェーブがかかり、それを緩く結った女性の姿に、サーラはぴしりと背筋を伸ばした。
「あ、アグイ総補佐官!」
 サーラの驚きの声に答えるように、女性はすっと立ち上がると、三人の方に視線を向けた。
「メイル副隊官。……と、ミレル総指揮官ですか。それにナギサ様?……ミレル総指揮官、どういうことです?」
 疑わしげな表情を向ける彼女に、セイズは肩を落とした。
「疑うところから入るの止めようか、キレア」
 セイズが思わずツッコむが、それよりも早く彼女はナギサの前まで来ると深々と頭を下げた。
「総指揮官が失礼をしたようでしたら、申し訳ありません」
「なんでそうなるのかな?何もしてないけど?私が、陛下に呼ばれて王城に出向いてたの、知ってるよね?伝えてから出たはずだし」
 セイズの言葉に、彼女は白々しくぽんっと手を打つ。
「確かに、そんなことを言ってましたね」
「はあ。キレアにも関わることだから、先に伝えるけど、軍の最高責任者が女王陛下からナギサ王女に変わったんだ。だから、軍の説明のために連れてきたし、キレアにも挨拶してもらおうと思ってたんだけど」
「そういうことでしたか。総補佐官をしております、キレア=アグイと申します」
 キレアはそう言って、再びナギサに頭を下げた。
 ナギサは、先程までのセイズとキレアのやり取りに、ぽかんとしていたが、すぐにハッとすると、キレアの手を取った。
「まだまだ勉強中の身だけど、いろいろ教えてくれると助かるわ。よろしくね。総補佐官ってことは、セイズの次に偉いのよね?」
「そういうことになりますね。ただ、あまり気になさらなくて大丈夫ですよ。本当に補佐しているだけですから」
 キレアはさらっとした表情で答えるが、横で聞いていたセイズが冷めた目で見たのを、サーラが見つめていた。
 ナギサはそんな様子に気付かず、サーラとセイズとキレアを交互に見ながら、口を開いた。
「でも、こうやって三人並ぶと、軍服って違うのね」
 ナギサの疑問に、セイズはすぐに「ああ」と頷きながら、返事をした。
「そうですね。パッと見て、階級や所属がわかるようになってるんですよ。軍服の色は、軍全体での地位を表しています。総指揮官は白、新人は紺で、グラデーションみたいになっており、色の濃さで大体の地位がわかります」
 その言葉の通り、セイズは白の軍服、キレアは青みがかった白、サーラは明るい水色を着ている。
 サーラは自分の左腕を指差しながら、「あと、これね」と言う。二の腕にはベルトが二本付いており、そこを差していた。
「これで、所属先がわかるんだよ。三本なら本部、二本なら王家護衛隊、一本なら地方支部。たまにないのあるけど、それは所属決まる前の新人たちね」
「ん?支部より王家護衛隊の方が、ベルトの本数多いの?」
 ナギサが首を傾げると、セイズが苦笑いを浮かべた。
「そうですね。王家護衛隊はエリートと言われるだけあって、特別部隊ですので、支部より本数が多くなっています。そして最後に、襟元のチェーンで所属場所での階級がわかるようになっています」
 彼らの軍服は、左襟と右襟を繋ぐように、チェーンがついている。
 三人を見た感じ、色も本数もバラバラで、それで階級分けがされているのは容易に判断できた。
「意外と違いが多いのね。いつもサーラ達を見ていると思っていたけど、そこまでちゃんと見ていなかったってことね」
「まあ、軍服の色以外はちょっとした差だし、気付かないと思うよ。軍内部で所属とかわかればいいレベルだし」
 サーラがそう返事をすれば、キレアも頷いた。
「そうですね。軍の人間が多いため、我々がパッと見で確認できればそれで十分ですので」
「でも、私が最高責任者に任命されたってことは、そういうのも覚えた方がいいでしょう?」
 ナギサの問うに、セイズは顎に手を当て考えた。
「確かにそうですが……ただ、慌てて覚えなくても大丈夫かと。その辺りは、サーラに任せてもいいかな?」
 セイズの言葉に、サーラも「はーい」と返事をする。それを聞きながら、セイズは「あと一つ」と話を続けた。
「最高責任者ということで、ナギサ様の軍服も必要になります。ただ、あくまで役割のため、我々の軍服ほど厳しい規定がないため、基本的には希望に合わせて変更しております」
 そう言うと、セイズは写真を二枚出した。
「こちらは、前月王であるシュルネード様が着用していた軍服。そして、こちらが現在の月王であるキメミ様が着用している軍服になります」
 その言葉通り、確かに装飾品などの変更箇所があった。
「まあ、キメミ様に至っては、極力シュルネード様に併せたいという希望でしたので、比較的似通っている方ですが。今回、ナギサ様に変わるため、軍服の希望を出していただきます」
 セイズの言葉に、ナギサは困惑した表情で見つめた。
「そ、そんな急に言われても」
「もちろん、考える時間は必要ですので、今月までに希望を出していただければ大丈夫です。こちらが、規定箇所などが載っている資料になります。不明点もあると思いますので、この作業をサーラも一緒に手伝ってください」
「わかった。任せて!」
 サーラがそう答えると、セイズは頷いた。
「では、今日はここまでにしましょう。改めて、ナギサ様。今後とも、よろしくお願い致します」
 セイズがそう言って腕を出すと、キレアも同じように「よろしくお願い致します」とナギサに手を差し出した。
 ナギサは「こちらこそ」と二人の手を取り、握手をした。

 ナギサとサーラは肩を並べながら、帰り道を歩いていた。
「どうなることかと思ったけど、みんないい人で良かったわ」
「そんな気負わなくてもいいんじゃないかな?責任者って言っても、指揮を執ったりするだけでしょ?」
「え?私は、前線に出てもいいけど?」
 ナギサの言葉に、サーラはぎょっとした。
「やめて!?それはそれで、こっちも大変だから!そもそも、今回の件、リナにどう伝えるの?絶対、発狂するよ?ナギサがそういう発言するのわかってるだろうし」
「リナだって、月王の仕事だって言えばわかるでしょ?そこまでバカじゃないと思うけど」
 ナギサが苦笑いをしながら答える。自分に言い聞かせるような物言いで、自信はあまりないらしい。
 サーラも、「それはそうかもしれないけど」とぼやくが、想像をして言葉を詰まらせた。
「……何か、わたしが責められそうじゃない?」
「……私から説明するわ。ただ、隣にいてフォローしてちょうだい」
 すんっとした表情を浮かべるナギサに、サーラも頷くことしかできない。
「ま、まあ、でもさ!リナってあんなだけど、心配性なだけだし。ナギサを守りたいって気持ちは、大きいんじゃないかな。わたしも同じだけど!」
 その言葉に、ナギサはちらりとサーラを見た。
「そ、そう?ありがとう。こっちに来てからずっと支えてくれてるし、私が友達として見てって我が儘言ってて、申し訳ないとは思ってるのよ?」
 ナギサが眉を下げながら言うと、サーラはぴたりと足を止め、思わずナギサの肩を掴んだ。
「ちょっと待って!わたし、友達として見てって言われたから、友達のノリでいるんじゃないよ!?ちゃんと主従なのは弁えてるけど、やっぱり……ナギサは友達でしょ!?」
 サーラの真剣な表情と言葉に、ナギサは目を大きく見開いた。
「それは、わたしはもちろん、リナも同じだと思うの!わたしやリナが、ナギサの側に仕えているのは、主人だからとか王女だからとかじゃなくて、友達だから一緒にいるの!それは覚えておいて!」
 思わずわっと言葉を紡いだサーラは、言い終えると肩で息をしていた。
 ナギサは驚いた表情をくしゃりと歪ませると、そのまま笑みを浮かべた。
「ありがとう。でも、それは私も同じだわ。私はこの世界を、王族として守らなければならないとは思ってる。だけど、やっぱりそれは、友達がここにいるから守りたいんだと思うの」
 その言葉に、今度はサーラが「ナギサー!大好きー!」とナギサを抱きしめた。
 ナギサも「ちょっと。大袈裟よ」と笑い、二人は笑顔で帰路を歩むのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

処理中です...