新生月姫

宇奈月希月

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出会いと雪解け

出会いは必然で・1

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 やっと着いたキョウノの屋敷は、とんでもなく大きかった。
 魔界両族長……所謂、領主の屋敷なのだから広くて当然ではあるが、サガナからは「ウーフ両族長は、ご両親を筆頭に身内を亡くしており、屋敷には使用人しかいないので」と聞いていたため、もう少しこじんまりしているものを想像していたのだ。
 ナギサ自身も、王女として王城に住んでいるため、大きい城や屋敷は見慣れているはずなのだが、キョウノがこれだけの広さの屋敷に、使用人がいるとはいえ一人で住み、屋敷の主人であるということに、改めて“魔界両族長”という立場がどれだけすごいのかを思い知らされた。

 執務室へと通され、キョウノと話をしていたのだが、ナギサはちらちらとドアを伺っていた。
「ナギサ、どうかした?何か気になる?」
 向かい側に座っていたキョウノが問えば、ナギサは腑に落ちないような表情でカップへと口をつけた。
「ずっと、視線が気になるのだけど」
 ナギサの言葉を聞き、キョウノもちらりとドアを見た。
 ドアはちょっと隙間が空き、そこから多数の人々が覗いていた。
 女性の目元であることから、屋敷で働くメイド達がみんな覗いているようだ。
「ああ、悪いな。主として詫びるよ」
 思わず、苦笑いを零しながら言うキョウノに、ナギサはそっとカップを置きながら口を開いた。
「いえ、悪意がある訳ではないし、大丈夫よ。視線浴びるのだって慣れてるし。でも……いつも、こんななの?」
 ナギサは、訪問時にメイドたちが色めきだったようにざわついたことを思い出し、問うた。
「いや、まさか。普段はみんな、仕事のできる奴らだよ。客人でこんなに賑やかになることは、今までなかったと思うけど。普段、女性の客人が来ないせいで、何かを勘違いしてるんじゃないか?こっちは、ちゃんと仕事してるってのにね」
 キョウノは、ナギサとの関係を勘違いされていることよりも、仕事をしてないと思われている方に、ぷりぷりと怒っている。
 しかし、ナギサは驚いたような表情でキョウノを見つめた。
「意外ね。伯爵は女遊びするかと思った」
「え?面白いこと言うねー。どうしてそう思ったわけ?」
「顔は良い方でしょう?友好的な話し方をするから話しやすいし、モテると思うんだけど?」
「おや。プリンセスにそこまで言っていただいて、光栄だなー」
 キョウノがにやりと笑いながら言えば、ナギサはムッと口を尖らせた。
「その呼び方止めてって言ってるでしょ!……あっ、そう言えば。顔が良いと言えば、来る途中にとんでもないイケメンに遭遇したわ」
「ふーん。どれぐらいのイケメンレベル?」
「その場にいた女性全員が、彼に見惚れていたわ。確かに、綺麗な顔立ちではあったけど……私のタイプではないわね」
 そうバッサリと切り捨てるナギサに、キョウノは「ナギサってば、厳しいー」と笑って返した。
「それよりも、本題に入ってもいいかしら?」
 ややムスッとした表情で問うナギサに、キョウノは「ごめんごめん」と言いながら、書類をナギサに渡した。
「これ。とりあえず、いろいろ調べて、有効そうなものは全てまとめたから、書類に目を通してくれれば、うまくいくんじゃないかと思うんだ」
 そう言われ、ナギサはぺらぺらと書類をめくったが、流し見しただけでも綺麗にまとまっており、驚いた表情をした。
「さっと見た感じだけど、とても見やすいわね。伯爵にこんなスキルがあったのも驚きだわ」
「え?そう?領主って意外と書類仕事多いから、なんだかんだで慣れてるのかも。調べても、聖力を体力に変える方法はなかったけど、魔力で筋力を補ったっていう資料があってさ、魔力と聖力って力を貸してる精霊が違うだけで、原理は一緒だから応用できると思って、それをまとめたんだ。とは言え、俺も剣術はわからないから、あってるか不安なんだけど……剣術の先生と一緒に見てもらっていいかな?」
 さらっと述べるキョウノに、ナギサはきょとんとした。
「え、ええ。むしろ、そこまで考えてもらって悪いわね」
「そんな気にするなって。もし、先生と見てもわからないとかあれば、言ってくれれば改めて調べるし。とりあえずは、これで大丈夫そうかな?」
「もちろん!とても助かるわ。ありがとう」
 ナギサが笑顔で礼を述べると、キョウノも「どういたしましてー」と笑顔を向けた。

 ナギサは玄関口でさっと身なりを整えると、「じゃあ、失礼するわね」とキョウノに振り向いた。
「本当に一人で大丈夫か?やっぱり、送って行くけど」
「大丈夫よ!来れたのだから、帰れるわ」
 ナギサが頑なに拒むため、キョウノは困った顔をするが、それに気付かないのかナギサは奥にいる使用人たちの方に視線を向けた。
「使用人の皆さんもご馳走様。お茶とお菓子が美味しかったわ」
 そう礼を述べれば、再び使用人たちがざわつき、黄色い悲鳴が聞こえた。
「ナギサ様に褒められたわ!」「さすが、お姫様として完璧だわ!」「キョウノ様に相応しいと思うの!」などと声が響き、キョウノとナギサは苦笑を零した。

 キョウノの屋敷を出て、ナギサは再び魔界を歩き始めた。
 この辺りは王都とはいえ、両族領ということもあり、噴水広場を中心としたメインストリートのような賑やかさはない。どちらかと言えば、静かで穏やかな時間が流れる住宅地、と言う方が近いだろう。
 魔界は好きになれないが、悪い土地ではない。魔界には魔界のいいところがある。
 ナギサはそう思いながら微笑むと、突然目の前に男が現れた。
 驚きのあまり、ナギサは目を見開き、立ち止まった。
 突然のことで声も出せず、ナギサは目の前の男を凝視し、はたと先程の記憶が蘇った。
「あなた、さっきの……」
 キョウノの屋敷に行く前に出会った例のイケメンで、ナギサは言葉を失った。
 それとは正反対に、男はにんまりと口角を上げた。
「やっと会えた!」
 ぱあっと満面の笑みを浮かべ、ナギサの元に駆け寄る。
 驚きのあまり、一瞬出遅れたナギサの目の前までやって来た男は、ナギサの頬に手を添えた。
「何するのよ!?気安く触らないでちょうだい!!」
 パシンと軽い音を立てながらその手を払うナギサだが、男はそれにも怯まず、ナギサの髪を一房取り、口づけを落とした。
 その行動にぞっとし、ナギサは殴ろうとしたが、それはかすっただけだった。
「おっと……武闘派だって聞いてたけど……それはそれで可愛いな!その愛らしい外見に似合わず、強気な性格とか、むしろ守りたくなっちゃうじゃん!」
 あまりにも気持ち悪い発言をする男に、ナギサは嫌悪感を覚えた。しかし、こういうパターンは初めてで、どうしようかと困惑していた。
 結果、それは隙を生み、瞬きする間に気付いたら男はナギサの真後ろに立っていた。
「え!?な、なんで……っ」
 ナギサが全部問う前に、男が再びナギサの頬に触れる。同時に、バチッと大きめの静電気が起こったような音と、弾かれた感覚がナギサを襲い、ナギサの視界は徐々に暗くなっていった。
「愛してる。俺のそばにいて」
 その言葉だけが耳に入り、ナギサの意識は完全に暗転した。
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