新生月姫

宇奈月希月

文字の大きさ
上 下
10 / 31
出会いと雪解け

二つの思い・1

しおりを挟む
 ナギサは上機嫌に鼻歌を歌いながら、自室を歩き回っていた。そして、その度にベッドの上には、彼女の服が山のように積まれていく。
「………。ナギサ様、何ですか?これ」
 思わず声をかけられ、ナギサはビックリして振り向いた。
「あ、リナ。来てたの?もう、ノックしてよ」
「何度もしました。気付かなかったのはナギサ様です」
 リナがバッサリと返事をしたが、ナギサには届いてないのか、再び鼻歌を歌いながら服を選び始めた。
「ナギサ様、私のことは無視ですか?一体、何があると言うのです?」
 リナがムッとしながら問うが、ナギサは手を止めないまま、にんまりと笑ってみせた。
「ふふっ、聞きたい?実はね、今日はナギと約束してるんだよ!」
「ナギ様と、ですか?」
 予想外だったようで、リナは眉を顰めながら聞き返すが、ナギサは気付いていないようで「うん!」とウキウキ気分で頷いた。
 しかし、その様子にリナは顔を曇らせる。
「あの、どこか悪いのですか?それとも、先日の件で早くも冥界から連絡があった、とか」
 心配そうな声で問われ、今までウキウキだったナギサからスッと笑顔が消えた。
「……ちょっと、リナ。いくら相手がお医者様だからって、医師と患者の関係だけだと思わないで」
「そうですが……いえ、仲良くなられたのなら、良かったです。確かに、彼女も年が近いので、話が合うかもしれませんね」
 リナの言葉に、ナギサはリナをじっと見つめた。
「ねえ、リナ。彼女に、お兄さんがいるの知ってる?」
 ナギサの問いに、リナは再び眉を顰めた。
「え、ええ。しかし、彼は……」
 リナは思わず口を噤んでしまった。
 ナギの兄は特殊な生まれで、神官内ではそこそこ有名な話であった。
 ナギサは服が決まったようで、身支度をしながら話を続けた。
「この前、ナギのお兄さんに会ってみたいって話をしたの。そしたら、今日お兄さんが来るから、一緒にお茶でもいかがですか?って連絡が来たのよ」
「なりません!」
 ナギサの言葉を遮るように、リナは叫んだ。その大声に驚き、ナギサが目を真ん丸くして、リナを見つめ返した。
「彼は……サガナ=リュートは一応、聖界者ではありますが、魔界に住む卑しい存在ですよ!?」
 その言葉に、ナギサは眉間に皴を寄せた。
「ちょっとリナ。そんな言い方ないでしょう?確かに、彼は魔界に住んでるっていうのは聞いたけど、でも理由があるんでしょう?その理由も聞かないで差別するのは、ただの偏見でしかないじゃない。だからこそ、それを見極めに行くのよ」
「しかし……」
 リナは口籠った。ナギサの言っていることが正論なのと同時に、ナギサがこうと決めたら頑なに動かないことがわかっているからだ。
「そもそもナギのお兄さんだし、別に二人っきりで会う訳ではないのだから、危険なことはないでしょう?」
「……わかりました。止めはしません。しかし、サーラは連れて行ってください。危なくないのはわかっていますが、王女として護衛を付けてください」
 リナは溜め息を吐くと、これだけは譲らないとばかりに、ナギサにきっぱりと言い切った。
 ナギサは一瞬ムッとした表情をするが、すぐに「はーい」と気だるげな返事をした。

 部屋を出て行ったリナだったが、すぐにサーラが入って来た。
「ナギサー、サーラから聞いたよ?お出かけするんだって?」
 その言葉に、ナギサは思わず頭を抱えた。
「リナってば、仕事が早すぎない?」
「え?違った?リナに、ナギサ様に着いて行ってください!って言われたけど」
 物まねしながら答えるサーラに、ナギサは「……いえ、合ってるわ」と呆れながら答えると、そのまま席を立った。
「もう出かけられるから、お願いしてもいい?」
 その言葉に、サーラは何かを察しつつ、「任せて!」と返事をし、部屋を後にした。

「え?じゃあ、リナとそれで喧嘩したの?」
 道中、ナギサから話を聞いたサーラが、驚いたように聞く。
「喧嘩って……そんなに大袈裟じゃないけど」
 そう口籠るナギサに、サーラはうーんと腕を組みながら考え込んだ。
「まあ、リナは神官だから、大神様寄りの考えになるのは仕方ないことだと思うし。とは言え、ナギサの言ってることもわかるけど」
「それはそうなんだけど……サーラはどう思う?」
「え?わたし?」
 問われたサーラは、訝しげな表情でナギサを見た。
「魔界に住んでるって言っても、ご両親は聖界者なのだし、そこまで忌み嫌うことなのかしら」
「……生まれとか、血筋とか関係ないって思うけど?その人自身の考えがどうなのか、だと思うな」
 あっさりとした答えを言うサーラに、ナギサは一瞬驚いたような表情で見つめ返した。
「確かにそうだけども……サーラって、案外あっさりしてるわね」
「えー、事実じゃん。そもそも、それを確かめに会いに行くんでしょ?だったら、一人で考えたって無駄!ほら、さっさと行こう!」
 そう言うと、サーラはナギサの手を掴んで、足早に歩く。
 突然のことに、ナギサは「わっ!」と驚くが、すぐに笑顔を浮かべた。
「ふふっ。サーラ、ありがとう!」
 そう言うと、後ろからサーラを抱きしめるナギサ。
 後ろに引っ張られたことで、サーラも「わっ!」と驚くが、同じように笑みを浮かべた。
「どういたしまして。わたしもナギのお兄さん見てみたいし!美人のナギのお兄さんってことは、美形の可能性大ってことでしょ!?」
 そう意気揚々と言うサーラに、ナギサも思わず「面食いっ!」とツッコみを入れたが、二人は楽しそうに先を急いだ。

 病院の受付で、院長と約束していることを伝えようと、ナギサが名乗っただけで、受付にいた男性が、ゆっくりと頭を下げた。
「お待ちしておりました、ナギサ王女。リュートからは話を伺っております。院長室にご案内致します」
 そう恭しく言われ、案内されるままに、ナギサとサーラは歩いた。
 やがて、“院長室”と書かれた部屋の前で止まり、男性がノックをするとナギの声が中から響いた。
「院長、ナギサ王女がいらっしゃったのでご案内致しました」
 その言葉を聞いて、ドアが中から開けられ、白衣をきっちりと着たナギが顔を出した。
「案内ありがとうございます。ナギサ様もご足労ありがとうございます。どうぞ」
 ナギに促され、ナギサとサーラが部屋に入ると、ナギは部屋のドアを閉めながらナギサたちに話し掛けた。
「ちょうど、兄も来たところだったのです」
 その言葉に促され、部屋の中央のソファに座っていた男性が立ち上がった。
 濃い青の長い髪を一つに束ね、青色の瞳をした男は、ナギサを見ると口角を上げた後、ゆっくりと頭を下げた。
 その美しい所作に、ナギサは思わず目を奪われた。
「ナギサ王女、お初にお目にかかります。サガナ=リュートと申します」
 そう声をかけられ、ハッとしたナギサは慌てて軽く腰を落とした。
「あなたがナギのお兄さんね?そんなにかしこまらないで。ナギにも、友人として招いていただいているから」
 そのナギサのフレンドリーな姿に、今度はサガナが驚いたのか目を丸くした。
「ありがとうございます。妹もお世話になっているようで、感謝致します」
「そんな!こちらこそ、お世話になっているわ。ナギがいなかったら、私も体調悪いままだっただろうし」
 慌てて首を振るナギサだったが、隣で聞いていたナギが「そのようにおっしゃっていただき、感謝いたします」と答え、ナギサはぎょっとし、サーラは苦笑いをこぼした。
「それより、みなさんおかけになってください」
 ナギがそう促しながら、テーブルに紅茶や茶菓子を並べて行く。が、ナギサはテーブルの真ん中に置かれた見たことないお菓子に釘付けになった。
「……ナギサ様、お行儀悪いですよ」
 サーラがリナみたいな言い方で諌めると、ナギサはハッとし、「ごめんなさい」と赤面した。
「兄が持ってきてくれたんですよ。珍しいでしょう?」
「冥界のお菓子です。ナギサ様が甘いものお好きだと伺ったので」
「わざわざ冥界から?」
 思わず聞いてしまったナギサに、サガナは苦笑いを浮かべた。
「妹に、冥界と連絡を取るよう言われていたので、行き来をしていまして」
 その言葉を受けて、ナギサは思わず口を噤んだ。
 彼が冥界を行き来している理由は、ナギがナギサの体質を改善するために、冥界と連絡するのを理解したからだ。
 同時に、リナに言われた言葉を思い出していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「聖女に丸投げ、いい加減やめません?」というと、それが発動条件でした。※シファルルート

ハル*
ファンタジー
コミュ障気味で、中学校では友達なんか出来なくて。 胸が苦しくなるようなこともあったけれど、今度こそ友達を作りたい! って思ってた。 いよいよ明日は高校の入学式だ! と校則がゆるめの高校ということで、思いきって金髪にカラコンデビューを果たしたばかりだったのに。 ――――気づけば異世界?  金髪&淡いピンクの瞳が、聖女の色だなんて知らないよ……。 自前じゃない髪の色に、カラコンゆえの瞳の色。 本当は聖女の色じゃないってバレたら、どうなるの? 勝手に聖女だからって持ち上げておいて、聖女のあたしを護ってくれる誰かはいないの? どこにも誰にも甘えられない環境で、くじけてしまいそうだよ。 まだ、たった15才なんだから。 ここに来てから支えてくれようとしているのか、困らせようとしているのかわかりにくい男の子もいるけれど、ひとまず聖女としてやれることやりつつ、髪色とカラコンについては後で……(ごにょごにょ)。 ――なんて思っていたら、頭頂部の髪が黒くなってきたのは、脱色後の髪が伸びたから…が理由じゃなくて、問題は別にあったなんて。 浄化の瞬間は、そう遠くはない。その時あたしは、どんな表情でどんな気持ちで浄化が出来るだろう。 召喚から浄化までの約3か月のこと。 見た目はニセモノな聖女と5人の(彼女に王子だと伝えられない)王子や王子じゃない彼らのお話です。 ※残酷と思われるシーンには、タイトルに※をつけてあります。 29話以降が、シファルルートの分岐になります。 29話までは、本編・ジークムントと同じ内容になりますことをご了承ください。 本編・ジークムントルートも連載中です。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

私ではありませんから

三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」 はじめて書いた婚約破棄もの。 カクヨムでも公開しています。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

みんながまるくおさまった

しゃーりん
恋愛
カレンは侯爵家の次女でもうすぐ婚約が結ばれるはずだった。 婚約者となるネイドを姉ナタリーに会わせなければ。 姉は侯爵家の跡継ぎで婚約者のアーサーもいる。 それなのに、姉はネイドに一目惚れをしてしまった。そしてネイドも。 もう好きにして。投げやりな気持ちで父が正しい判断をしてくれるのを期待した。 カレン、ナタリー、アーサー、ネイドがみんな満足する結果となったお話です。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...