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出会いと雪解け
花を愛でて・1
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月界に帰って、二ヵ月ほど経ち、ナギサは早くも朝のルーティンが定まりつつあった。
毎朝同じ時間に起き、朝食はいつもと同じメニュー。簡単に身支度を整えると、書類に目を通し、秘書役もしてくれているリナから今日の予定を聞く。それが、ナギサにとって、いつも通りの一日の始まりであった。
その日もいつも通り、リナが来る前に書類に目を通していたのだが、突然耳元でパリッと音が響き、ナギサは首を傾げた。感覚的には静電気に近かったのだが、耳元で静電気が起こるのだろうかと不思議に思った。
しかし、ある程度書類を進めたところで、ナギサは再び首を傾げた。
「あ、れ?」
先程の静電気みたいな違和感が全身を駆け巡ると同時に、血の気が引いたような感覚に襲われ、気持ち悪さを覚えた。思わず、机に突っ伏してしまった。
世界が暗転する直前に見た光景は、リナの慌てた顔だった。
リナがいつも通り、ナギサに一日の予定を部屋に入ると、ナギサが机に突っ伏しており、リナはぎょっとして駆け寄った。
「ナギサ様!?どうなさいました!?」
リナの必死の呼びかけにも、ナギサは答えられないようで、「うぅっ」という呻き声しか聞こえず、リナは慌てて扉の前で控えているであろうサーラを呼んだ。
「サーラ!!そこにいますか!?助けてください!!サーラ!!」
その尋常じゃないリナの叫び声に、サーラが慌てたように扉を開け放つ。
「な、何!?リナ、どうかした!?」
慌てて入って来たサーラが目にしたのは、意識を失っているナギサと、ナギサの肩を抱いたまま慌てるリナで、サーラもそのままナギサに駆け寄った。
「サーラ、ナギサ様をベッドに運んでください!私は陛下とフウ様に伝えた上で、お医者様を呼んできます!」
「わ、わかった!」
リナは足早にそう伝えると、そのまますごい勢いで部屋を後にした。
それから数十分後、王家専属の医師が現れた。
ココアブラウンの長髪を下ろし、色素の薄そうな青色の瞳。着ている白衣は様になっているものの、王家専属医師にしては、随分と若い女性が現れたことで、サーラとリナは思わず目を見開いた。
「えっと……ナギサ様の主治医である、ナギサ=リュート様ですか?」
「はい」
リナの戸惑う言葉を気にもせず、彼女は肯定の返事を述べた。
同時に、初めて彼女の名前を聞いたサーラは、目を丸く見開いた。リナも先程、ナギサの母であり、月王代理であるキメミへ報告した時に彼女の名前を知り、サーラと同じような表情になったのだが。
「ナギサ様の症状は?」
彼女はリナに問うた。
リナは、先程までの状況を伝えた。とは言え、リナがナギサに駆け寄った時は、意識を失う直前であったため、ナギサがどんな状態で倒れたのかなどは知らないのだが、彼女はその話を聞くと、考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「キメミ様を呼んでいただけないでしょうか?あと、よろしければフウ様にカスリ様。そして、あなた方にも話を聞いていただきたいと思います」
突然、自分達も指名されたことに驚いたサーラとリナだったが、すぐに二人で手分けをし、慌てて部屋を出た。
「ナギサの容体はどうですか?」
集まった五人を代表するように、キメミはやや緊張した声で質問した。
「はい。薬が効いていて、今は眠っている状態です。少しすれば目覚めると思います。命に別状はないので、あまり心配なさらなくて大丈夫ですよ」
その言葉に、キメミはほっとしたように息を吐いた。
しかし、すぐに眉を顰める。問題ないとしたら、なぜこのメンバーが集められたのか。ナギサの母に姉、婚約者に従者たちまで呼ばれたのだ。本当に大丈夫なのかと、キメミは訝しげな表情で目の前の医者を見た。
その表情に彼女は察したのか、口を開いた。
「皆様に集まっていただいたのは、今度もこういうことがあると思うので、対処として知っていただきたかったからです。……月王家と月聖家に、体の弱い方が多いのは、知っていますね?」
その質問に、キメミは再び表情を硬くし、「ええ」と短く返事をする。
月王家は大神が生まれる家系であり、その血筋を守るために、同じ王族である月聖家と代々婚姻を結んできた。
結果的に血が濃くなり、体の弱い者が多くなってしまったのだが。実際に、キメミ自身も元は月聖家の生まれであり、若い頃は病弱で、一時は月王家に嫁ぐ話が無くなりかけたぐらいであった。
「ナギサ様もそれが原因だと思います。ただ……ナギサ様の場合、体が弱いというよりは、次期大神であるが故、その膨大な聖力がコントロールできず、結果体調に出てしまうのかと。しかし、聖力関連ですと、私の範囲外ですので、体調に合わせての対処しかできないのですが……」
その言葉を聞いて、今まで黙って聞いていたフウが眉を顰めた。
「つまり、病気ではなく、体質的なものだから、今度もある、ということかしら?」
「恐らくは……。しかし、聖力がコントロールできれば、問題なく生活できると思います。なので、まずは、その辺りのことが詳しくわかる方がいればいいのですが……」
「そう、言われても……わたくしたちはそんなに聖力が高い訳ではないし……。お母様、例えば大神様に聞いてみるのはどうかしら?」
フウの言葉に、キメミは困惑した表情を浮かべる。
「そう、ですね。一応、伺ってみましょう。リナ、大神様へ連絡をしておいてもらえるかしら?」
そう、突然声をかけられたリナは、一瞬肩を揺らしたが、すぐに「かしこまりました。神殿経由で申し出を致します」と返事をする。
が、それに反応して、医師であるナギサもリナに声をかけた。
「それでしたら、私からも一つよろしいですか?医学に関しては冥界の方が進歩しています。念のため、同じようなケースを確認したいので、冥界への連絡の許可をいただけると助かります」
「かしこまりました。やれるだけのことはやってみます」
リナは思わず、中途半端な返事になってしまった。
聖界以外に敵意を持つ大神・ルゥが、冥界への行き来、及び連絡を許可するか微妙なところではあるからだ。とは言え、ナギサが絡んでいる話なので、問題ないとは思うが、プレッシャーになっているのは確かではあった。
毎朝同じ時間に起き、朝食はいつもと同じメニュー。簡単に身支度を整えると、書類に目を通し、秘書役もしてくれているリナから今日の予定を聞く。それが、ナギサにとって、いつも通りの一日の始まりであった。
その日もいつも通り、リナが来る前に書類に目を通していたのだが、突然耳元でパリッと音が響き、ナギサは首を傾げた。感覚的には静電気に近かったのだが、耳元で静電気が起こるのだろうかと不思議に思った。
しかし、ある程度書類を進めたところで、ナギサは再び首を傾げた。
「あ、れ?」
先程の静電気みたいな違和感が全身を駆け巡ると同時に、血の気が引いたような感覚に襲われ、気持ち悪さを覚えた。思わず、机に突っ伏してしまった。
世界が暗転する直前に見た光景は、リナの慌てた顔だった。
リナがいつも通り、ナギサに一日の予定を部屋に入ると、ナギサが机に突っ伏しており、リナはぎょっとして駆け寄った。
「ナギサ様!?どうなさいました!?」
リナの必死の呼びかけにも、ナギサは答えられないようで、「うぅっ」という呻き声しか聞こえず、リナは慌てて扉の前で控えているであろうサーラを呼んだ。
「サーラ!!そこにいますか!?助けてください!!サーラ!!」
その尋常じゃないリナの叫び声に、サーラが慌てたように扉を開け放つ。
「な、何!?リナ、どうかした!?」
慌てて入って来たサーラが目にしたのは、意識を失っているナギサと、ナギサの肩を抱いたまま慌てるリナで、サーラもそのままナギサに駆け寄った。
「サーラ、ナギサ様をベッドに運んでください!私は陛下とフウ様に伝えた上で、お医者様を呼んできます!」
「わ、わかった!」
リナは足早にそう伝えると、そのまますごい勢いで部屋を後にした。
それから数十分後、王家専属の医師が現れた。
ココアブラウンの長髪を下ろし、色素の薄そうな青色の瞳。着ている白衣は様になっているものの、王家専属医師にしては、随分と若い女性が現れたことで、サーラとリナは思わず目を見開いた。
「えっと……ナギサ様の主治医である、ナギサ=リュート様ですか?」
「はい」
リナの戸惑う言葉を気にもせず、彼女は肯定の返事を述べた。
同時に、初めて彼女の名前を聞いたサーラは、目を丸く見開いた。リナも先程、ナギサの母であり、月王代理であるキメミへ報告した時に彼女の名前を知り、サーラと同じような表情になったのだが。
「ナギサ様の症状は?」
彼女はリナに問うた。
リナは、先程までの状況を伝えた。とは言え、リナがナギサに駆け寄った時は、意識を失う直前であったため、ナギサがどんな状態で倒れたのかなどは知らないのだが、彼女はその話を聞くと、考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「キメミ様を呼んでいただけないでしょうか?あと、よろしければフウ様にカスリ様。そして、あなた方にも話を聞いていただきたいと思います」
突然、自分達も指名されたことに驚いたサーラとリナだったが、すぐに二人で手分けをし、慌てて部屋を出た。
「ナギサの容体はどうですか?」
集まった五人を代表するように、キメミはやや緊張した声で質問した。
「はい。薬が効いていて、今は眠っている状態です。少しすれば目覚めると思います。命に別状はないので、あまり心配なさらなくて大丈夫ですよ」
その言葉に、キメミはほっとしたように息を吐いた。
しかし、すぐに眉を顰める。問題ないとしたら、なぜこのメンバーが集められたのか。ナギサの母に姉、婚約者に従者たちまで呼ばれたのだ。本当に大丈夫なのかと、キメミは訝しげな表情で目の前の医者を見た。
その表情に彼女は察したのか、口を開いた。
「皆様に集まっていただいたのは、今度もこういうことがあると思うので、対処として知っていただきたかったからです。……月王家と月聖家に、体の弱い方が多いのは、知っていますね?」
その質問に、キメミは再び表情を硬くし、「ええ」と短く返事をする。
月王家は大神が生まれる家系であり、その血筋を守るために、同じ王族である月聖家と代々婚姻を結んできた。
結果的に血が濃くなり、体の弱い者が多くなってしまったのだが。実際に、キメミ自身も元は月聖家の生まれであり、若い頃は病弱で、一時は月王家に嫁ぐ話が無くなりかけたぐらいであった。
「ナギサ様もそれが原因だと思います。ただ……ナギサ様の場合、体が弱いというよりは、次期大神であるが故、その膨大な聖力がコントロールできず、結果体調に出てしまうのかと。しかし、聖力関連ですと、私の範囲外ですので、体調に合わせての対処しかできないのですが……」
その言葉を聞いて、今まで黙って聞いていたフウが眉を顰めた。
「つまり、病気ではなく、体質的なものだから、今度もある、ということかしら?」
「恐らくは……。しかし、聖力がコントロールできれば、問題なく生活できると思います。なので、まずは、その辺りのことが詳しくわかる方がいればいいのですが……」
「そう、言われても……わたくしたちはそんなに聖力が高い訳ではないし……。お母様、例えば大神様に聞いてみるのはどうかしら?」
フウの言葉に、キメミは困惑した表情を浮かべる。
「そう、ですね。一応、伺ってみましょう。リナ、大神様へ連絡をしておいてもらえるかしら?」
そう、突然声をかけられたリナは、一瞬肩を揺らしたが、すぐに「かしこまりました。神殿経由で申し出を致します」と返事をする。
が、それに反応して、医師であるナギサもリナに声をかけた。
「それでしたら、私からも一つよろしいですか?医学に関しては冥界の方が進歩しています。念のため、同じようなケースを確認したいので、冥界への連絡の許可をいただけると助かります」
「かしこまりました。やれるだけのことはやってみます」
リナは思わず、中途半端な返事になってしまった。
聖界以外に敵意を持つ大神・ルゥが、冥界への行き来、及び連絡を許可するか微妙なところではあるからだ。とは言え、ナギサが絡んでいる話なので、問題ないとは思うが、プレッシャーになっているのは確かではあった。
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