新生月姫

宇奈月希月

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出会いと雪解け

闇夜に響く協奏曲・2

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「あの……副神様」
 聖界から冥界へ向かう最中、ナギサは隣にいる副神に、突然声をかけた。
「うん?どうかした?」
 副神は穏やかな笑みを浮かべなら問うと、ナギサは難しそうな表情をしながら口を開いた。
「冥王って確か……三大王の一人ですよね?」
「うん、そうだね。三大王の中でも、最も権力を握る人物だけどね」
 副神の言葉に、ナギサは目を見開いた。
 帰還してから、こっちの世界のことをいろいろと勉強はしているが、冥王が三大王の中でも権力があるのは、知らなかったからだ。
「え?そうなんですか?」
「うん。冥界を守護する“封印の神”は、光と闇を調和し、生と死を司るのは知っているね?」
「はい。封印の神は、その生まれも特殊で、選ばれた人が死後蘇って“神”としての力を得る、とかでしたよね?」
「うん。普通の“神”とは違うから、冥界の守護神でもあるのだけれど……。“三大王”の条件はわかるかな?」
「条件?えっと……それぞれを担う“三大神”と契約することですよね?今の話で言うと、冥王は封印の神と契約していることになるわ」
「そもそも、冥界は民主制だから、冥王も一応選挙で決まるけど、候補者になるための条件が封印の神と契約をしている、または今後できる可能性がある、ということになっている」
 ナギサはそこで考え込むと、ハッとした。
「あ、そっか!“光”と“闇”の調和をできる“封印の神”と契約しているから、三大王の中でも強い権力を持っているのね!」
「ご名答。“大神”は“光の神”と、“魔王”は“闇の神”と契約しているから、必然的にそういう形になるんだ。とは言え、実のところは誰が偉いとかはないんだけどね。力の特性を考えると、そういうことになっちゃうんだよね」
「でも、そういうことなら、大神様もご一緒の方が良かったのでは?」
 ナギサのその問いに、大神の夫である副神は困ったように苦笑いを零した。
「うーん、言いたいことはわかるんだけど……ルゥは、その“冥王”の特性さえ気に入らないし、それに聖界者以外は興味ないから、基本聖界からは出ないよ」
 自分のところの統治者、ましてや神々の王という立場でありながら、ちょっと峻烈な性格に、ナギサは思わず絶句してしまった。
 その様子に気付いたのか、副神も頭を抱えつつ、話を続けた。
「それに……今の冥王は若いし。と言うか、若すぎるし。だから、余計に信用してないんだよね」
「そんなに若いんですか?」
「あれ?言ってなかったっけ?ナギサの一つ上だよ」
 その言葉に、ナギサはぎょっとしたように声を荒げた。
「え!?若すぎじゃないですか!?」
「そうなんだよね。成人前だからまだ子供だなって思う時もあるし、隣に有能な補佐官もいるけど、実力は確かだと思うよ。彼の将来が楽しみだとは思うけどね」
 副神はそう言うと、ふふっと笑って見せた。

 冥界に着き、副神は勝手知ったる場所と言わんばかりに先を歩き、ナギサはその後を追いながらキョロキョロとしていた。
 石造りがメインの聖界と違い、ナギサが学生として過ごした“地球”に近い、現代的な建物で、思わず感動してしまった。
「お待ちしておりました、カイト様。……そちらの方がナギサ様でいらっしゃいますか?」
 冥殿と呼ばれる、冥王の居城であり、政治の中心でもある場所で、待ち構えていた男に声を掛けられた。
 目の前には、濃灰色の髪の男が、凛とした姿で立っていた。
「ああ、冥王に呼ばれたからね。挨拶に連れてきた。ナギサ=ルシードだ」
 副神はそう言うと、一歩後ろにいたナギサの背を押した。それに合わせて、ナギサは一礼した。
「月王家第二王女、ナギサ=ルシードです」
「お待ちしておりました、ナギサ様。私は、冥王補佐官を務めております、カイ=スールと申します」
 彼は深々と礼をした。その洗練された動きを見て、ナギサは「さっき、副神様が言った、有能な補佐官って彼のことね」と思い出した。
「では、リキ様がお待ちです。どうぞ」
 カイが先導するように前を歩き、ナギサたちはその後ろをゆっくり歩いた。

 カイが辿り着いた先は、謁見室だった。
 カイは軽く扉を叩き、「リキ様、失礼致します」と声を掛けると、その重そうな扉を開け放った。
 副神は何事もないように入って行くが、ナギサは恐る恐る足を踏み入れた。
 高い天井が開放感を生み出し、真っ赤の絨毯が玉座へと真っ直ぐ続く。その玉座に身を任せるのは、ナギサとそう年の変わらない少年。
 銀のストレートヘアを胸のあたりまで伸ばし、髪と同じ色の瞳を二人に向けた。
「やっぱり大神じゃなくて、副神が来たんだな」
 彼がそう呟くと、副神は「申し訳ない」と苦笑いを零したが、いつものことなのか誰も気にしていないようではあった。
 彼はそのままナギサへと視線を移す。
「それで、その横にいるのが、次期大神・ナギサ=ルシードか?」
「ええ。あなたからの召致で、連れてきた。ナギサ、挨拶を」
 副神に促され、ナギサはハッとしたように、口を開いた瞬間、後ろの扉が開かれた。
 突然のことで驚いたナギサは、挨拶をする前に振り向いてしまった。
 そこには、漆黒の髪に、血のように紅い瞳。髪と同色の服を纏った、長身の男が立っていた。
 “紅い瞳”に、ナギサは記憶を失うきっかけになった過去が、一気に脳内を駆け巡った。だって、“紅い瞳”を持つのは、“彼”だけなのだから。
 ナギサは驚きと、怒りと、恐怖と、全ての負の感情を表すように、彼から視線が外せなかった。
 一方、男もナギサから目を離さず、じっと見つめ返した。
 ナギサは、二度と口にしたくない単語を発した。
「……魔王……?」
 それが、彼女の目の前にいる人物、魔王・ルシフ=ルベラ。その人である。
「……ナギサ」
 彼もまた、思わぬ再会に驚きを隠せないようであった。
 しかし、ナギサはすぐにぐっと奥歯を噛み締めた。
「っ!!あなた如きが、気安く私の名前を呼ばないで!!」
 ナギサのその罵声に、その場にいた人間が目を丸くしたが、お構いなしにナギサはさらに続けた。
「あなたのっ……あなたのその血に濡れた存在を、私に見せないで!!」
 ナギサは今まで見せたことの無いような、憎しみでいっぱいの表情で魔王を睨み、叫ぶと、逃げるようにその場から走り去った。
「ナギサ!!」
 副神が慌てて叫ぶが、彼の手をすり抜けるように去って行ったナギサには一歩届かず、その叫びは空を切る。
「ナギサ……」
 魔王が思わずぽつりと呟くが、彼も驚いたのか固まっていた。
「あれから六年経つとは言え、ナギサ自身の記憶も感情も、あれから一歩も前進していないんだ……。突然の罵声は、彼女にとっても王女としての落ち度になるから、私も後で制しておくが……理解だけはしてほしい」
 副神が魔王に声をかけ、魔王はやっと副神に視線を向けると、ゆっくりと首を振った。
「いや……あれだけのことをしたのだから、私に非があるのは尤もだ。彼女は悪くないので、気に病まないでくれ」
 魔王は副神に頭を下げたが、副神も困ったような表情を浮かべる。
 その様子をじっと見ていた冥王が口を開いた。
「ナギサはこちらで探そう。とりあえず、二人は休んでてくれ。カイ」
 冥王が二人を労わるように言うと、すぐに後ろに控えていたカイに指示を出した。

 ナギサは無我夢中で走っていた。
 ここがどこかなんて、どこへ行こうかなんて、そんなことさえもわからない。
 ただただ、あの場から逃げたかった。
 怖くて仕方がなかった。記憶を取り戻したことで蘇った、あの時の悲劇も。魔王と会うことで思い出す、父との悲しい記憶も。
「ここ、どこ……?」
 やっと正気に戻ったナギサは、足を止めた。目の前に広がるのは暗い森で、前後左右全て同じような景色で、やってしまったと言わんばかりに頭を抱えてしまった。
 初めての場所で、後先考えずに走れば迷子になるのはわかりきっていたのだが、冷静になった今は魔王に会いたくないとは言え、帰宅することを選ぶしかない。
 帰路はわからないが、とりあえず来た道を戻るしかない、とナギサが歩き始めたが、ふと不気味な音が過ぎった。
 ナギサはぴたりと足を止め、音のする方を凝視した。音は徐々に近づいて来る。
 やがて見えた輪郭は、人ではなく四足の獣で、ナギサは冷や汗を流した。
 相当お腹を空かせているようで、ナギサを見つけるなり、唸り声を上げながら飛びかかった。
 本来なら、大したことない相手ではあるのだが、帰還したばかりで実戦などしたことのないナギサにとっては、キツイ相手であるのは確かだった。
 避けるので精一杯で、ナギサはタイミングを見計らって逃げようとしたが、慌てすぎてスカートの裾を踏み、そのまま躓いた。獣がそれを逃すわけもなく、再び飛びかかって来る。
 強い衝撃に耐えようと目を強く瞑ったが、痛みが来る前に、大きな銃声が響いた。
 ナギサが恐る恐る目を開けば、獣は無残な姿で血に塗れ、息絶えていた。
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