ライバル

宇奈月希月

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一学期・2

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 そんな静かな日々が一週間ほど続いたある日の朝、校門前で賑やかな声が響いた。
「もう着いて来ないで!一人で大丈夫だわ!」
 久々に登校してきた絵梨奈が、一緒についてきたメイドに対して声を荒げていた。
「し、しかしお嬢様。まだ体調がよろしくないですよね?」
「そんなことないわ。もうどこも痛くないもの。むしろ、事故前より清々しい気分よ!」
 そう叫んで走り去る絵梨奈に置いて行かれたメイドが、「そ、そんな……お嬢様ー!!」と叫びながら膝から崩れ落ちていた。
 その様子を通学してきた生徒たちがひそひそと言いながら校舎へと向かって行く。

「そういう訳で、今日から山川さんが帰って来たから、今まで休んでた分をみんなで補ってあげるように」
 担任の言葉に、クラス中がざわざわしていた。「そんな義理がない」と言わんばかりの教室だが、何よりも一番の驚きは、ウェーブのかかった長い髪をバッサリ切って肩下ぐらいになっていたことと、初日のキツイ表情が消えて朗らかになっていたことだった。
「ほんとに、山川本人かよ?」
 あまりの別人っぷりに、思わず本音が出てしまったクラスメイトの声が響く。
 それが本人の耳に届いたようで、絵梨奈はにこりと笑った。
「ええ。頭を打ったらしいけど、後遺症もないわ。むしろ、事故前よりも世界が輝いて見えるわ!」
「いや、絶対頭打った影響じゃん」とかツッコミがそこら中から聞こえるが、絵梨奈はそれすらも払い除けた。
「安藤くんと合上さんを別れさせたかったけど、私自身もなんでそんなことしようとしたのかわからないわ。今の気持ちは、二人をとても応援するし、むしろ二人の邪魔をする奴がいたら、私が成敗したいわ!」
「え、あ……ありがと?」
 思わず感謝の言葉を述べてしまった順司。
「いやいや、安藤。よくそんなすぐに信じられるな!?」
 クラスメイトのツッコミにも、苦笑いを零す順司だったが、授業が始まったことで、その話題は一度仕舞いになった。

 昼休み、実砂の前に絵梨奈が現れた。思わず身構えた実砂だったが、絵梨奈は実砂の手をぎゅっと握って来た。
「私、先日の非礼を詫びたいの!なんて失礼なことをしたのかしら……自分でも自分のことが信じられないわ」
「え!?あ……そうなんだ……」
 絵梨奈の妙に熱い謝罪を聞きながら、実砂は若干引きながら返事をするのに精いっぱいだ。
「だからね、改めて言いたいの。是非とも、私とお友達になって!二人のことを応援するし、何なら合上さんを応援したいの!」
「え、な、なんで?」
「入院中、暇すぎて二人の関係を全部調べたのよ。そしたら、二人のアツアツぶりに、私の中の何かが芽生えたわ。もう、二人を全力で応援したいのよ!」
 絵梨奈が声高々と言っているが、実砂は「え、こっわ。どんな暇つぶし?」と怪訝そうな表情で絵梨奈を見つめている。
「そうだわ!これからは私のことは絵梨奈って呼んで!私も実砂さんって呼ぶわ!」
「え……いや、さん付けはちょっとキャラじゃないから。実砂でいいけど……」
「まあっ!ほんと!?私、こんなに親しく呼び合うお友達いなかったから、嬉しいわ!折角だし、一緒にお昼を食べましょう!」
 ぐいぐいと距離を詰めてくる絵梨奈に、思わず後ずさる実砂だが、絵梨奈ははたと気付いてしゅんとした。
「あ、ごめんなさい。そうよね、安藤くんと一緒の方が良いわよね。私、邪魔になってしまうから……ええ、良きランチデートをなさって!」
 そう叫んで、さっと走り去って行く絵梨奈に、呆然とする実砂だけが残された。

「ダメだ……調子狂う……」
 頭を抱えながらお弁当をつつく実砂に、順司はうんと腕を組んだ。
「いや、なんていうか……初日とは別の意味で強烈だよね」
「あれは、絶対頭を打ってネジが数本吹っ飛んだ系……いや、むしろ、ネジがしっかり締まったってことかな」
「うーん、害はなさそうだけど……実砂ってば、めっちゃ絡まれてるじゃん。友達認定までされてるし」
 順司がそう言うと、何かに気付いたように、視線を止めた。
「あれ?あの木の陰にいるのって、山川さんのメイドじゃない?」
 その言葉に実砂も視線を向ける。確かにそこには、今朝、絵梨奈に校門で振り切られたメイドがいた。
「彼女に聞けば、何があったかわかるかも」
 そう言うと、実砂は彼女に駆け寄った。
「こんにちは、メイドさん」
「っ!?あなたは、お嬢様のクラスメイト!?な、何ですか。庶民のあなたたちが、私に何の用があるのです」
 キツイ物言いにも動じず、実砂は目を見てハッキリを言った。
「あなたのお嬢様のこと。入院中に何があったわけ?キャラ変するにしたって、あれはどう見てもおかしいでしょ」
「お、おかしいとか、お嬢様に対する冒涜です!庶民のあなたたちが言っていいセリフではございません!」
「メイドさんのことよく知らないけど、あなたも庶民なんじゃなくて?」
 思わずツッコんだ実砂の言葉に、ドキィッと肩を揺らし、「た、確かに元々は一般家庭の出ですが……」ともごもごとぼやいていたメイドだが、すぐに冷静さを取り戻したようだった。
「で?お嬢様の何を知りたいというのです?」
「頭を打ったって言ってたけど、あれは後遺症じゃないんだよね?」
「ええ。お医者様の話では、脳に異常はないようです。とは言え、あの性格の変わりようなので、旦那様も頭を捻っておいででしたが……人として成長した、って自己完結しているようです」
 メイドの言葉に、「人としてまともになったから、蒸し返したくないんだろうな」と脳内でツッコむ実砂だったが、その考えを消すようにメイドが言い放った。
「そもそも!お嬢様が、あなた達をお友達認定されたようですね!?お嬢様の弱みでも握ったのですか!?」
「そんな訳ないでしょ。むしろ、向こうからぐいぐい来て、こっちも困ってるんだけど」
「なっ、なんて物言い!お嬢様の友達になれたのに、困ってるとは何事ですか!」
 ヒステリ気味に言い放ったメイドだったが、突然第三者の声に遮られてしまった。
「おやめなさい!!」
「はっ!!お、お嬢様!!」
 絵梨奈はメイドと実砂の間に割って入ると、メイドに向かって叫んだ。
「あなた、なぜまだ学校にいるのかしら?」
「お嬢様が心配で……そこの庶民とお友達になったと聞いて、心配で心配で」
「お黙りなさい!私は一人では何もできないと言いたいわけ?私が自ら選んだお友達にケチをつけるのかしら?」
「そ、そんな滅相もございません!」
 地面に擦り付ける勢いで頭を下げるメイドを見下ろした絵梨奈は、そのまま実砂の手を握った。
「行きましょう。実砂、安藤くん」
「え!?でも……いいの?」とたじろぐ実砂に、メイドも「お待ちください!」と呼び止めるが、絵梨奈は再びメイドを見るとじろりと睨んだ。
「よくって?これ以上、私がやることに口を出すのなら、私の専属メイドの任を解くわ」
 そう言い放ったことで、激しいショックを受けたメイドは再び地面に崩れ落ちた。

 それからと言うもの、メイドを伴わなくなった絵梨奈は、自らクラスメイトたちに絡みに行き始めたことで、急速にクラスに馴染んでいった。相変わらず、自分は実砂と順司の応援団長だと豪語していたが。
 夏休みを迎えても、かなりの頻度で会っていた実砂と順司だが、絵梨奈ともそこそこ会っていたので、なんだコレとは思いつつも、なんだかんだで仲良くしていたのである。
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