ライバル

宇奈月希月

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一学期・1

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 朝、駅からの登校道を歩きながら、彼は口を開いた。
「そう言えば、今日転校生来るんだっけ?」
 その言葉を聞いて思い出したように、彼女は眉間に皺を寄せた。
「そう言えば、そんな話してたね。こんな変な時期に、って思ったし」
 彼女はそう答えながら、納得がいかないとばかりにカバンをぶんぶん振り回した。
 彼女、合上実砂(ごうじょうみさ)と、彼、安藤順司は、学年でも指折りの仲良しカップルだ。
 実砂が言う「変な時期」とは、今が高校一年生の六月、ということだろう。入学して二ヵ月程度で転校、というのがどうも引っかかるようだった。

「今日も仲良しだねぇ」とからかってくるクラスメイト達に、「当たり前でしょ」と笑顔で答える実砂が着席し、HRが始まった。
「はい、おはようございます。まずはこの前話した転校生を紹介するから、静かにするように」
 担任の言葉に、みんな期待を膨らませてドアの方を見れば、緩くウェーブのかかった髪を揺らしながら、女子生徒が入って来た。
「ウィストン女学校から来た、山川絵梨奈さんだ。共学にあまり慣れてないから、協力してあげるように」
 その言葉に、クラス中がざわざわした。担任が上げた学校名が、お嬢様ばかりが通う名門女子校だったからだ。
 さらに、紹介された方の転校生も、挨拶をするでもなく、どこか高圧的な表情を浮かべており、「ちょっと何様?」と早くもクラスの女子たちを敵に回していた。
 それに気付かない担任は、「じゃあ、近々席替えするとして、とりあえずは窓際の一番後ろに座って」とか伝えている。それに、「はぁーい」と気怠そうな返事をしながら、彼女は優雅に歩いて行く。
 実砂は、擦れ違い様にちらりと見、「あの席、順司の隣なんだけど。大丈夫かな、順司」とハラハラしつつ見ることしかできない。明らかに順司の苦手なタイプなので、彼のメンタル面が心配だった。
 そんな実砂の心配は的中し、席に着いた彼女は、横を見て順司の顔を見ると、口角を釣り上げた。
「あら、良く見たらいい男じゃない。よろしくね」
 挑発的な笑みを向けられた順司は、苦笑いを零し、だらだらと冷や汗をかいていた。

「とんだ災難……っ!」
 順司は顔面蒼白になりながら、思わず叫んだ。
 昼休み、実砂と一緒にお昼を食べながら、順司は机に突っ伏した。
「ほんと、とんでも転校生だね。なんか、順司のこと気に入ったっぽいし」
 お弁当を口に運びながら、実砂もうーんと頭を抱えている。
「そんな元気にお昼食べて、それ言う!?実砂は、俺がどうなってもいいの!?」
「別にそんなこと言ってないでしょ。順司がああいうタイプの女苦手なの知ってるし、そもそも私一筋じゃない」
 さらりと言ってのける実砂に、「そういうとこも好き!」とか叫びながら、再び机に突っ伏した順司。
 この二人の仲良しっぷりが学年一なのは、そういうとこだった。入学式早々に、実砂に一目惚れした順司が、猛烈アタックを仕掛け、実砂も順司の性格に惚れて速攻OKを出したのだ。それ以来、イチャイチャする訳でもなく、程よい距離感でいる二人に、クラスメイトたちからは、「熟年夫婦かよ」というツッコミまであるレベルだ。
 そんな身悶えている順司を見て、実砂は「今すぐ席替えすれば、いろいろ解決しそうなのにな」とぼんやり考えていた。

 放課後、疲れ切った顔の順司が席を立つと同時に、目の前に絵梨奈が立ち塞がった。順司は、狼狽えたように思わず後ずさりをしたが、そのまま距離を詰めるように絵梨奈は前のめりになった。
「ひっ……な、何か用かな?」
「安藤くん、だったかしら?私、テニス部に入りたいのだけど、案内してくださる?」
「へ?い、いや、俺テニス部じゃないし、そういうのはテニス部の奴に……あ、ああ、伊東がテニス部だからさ。い、伊東っ」
 挙動不審になりながらも、クラスメイトを呼ぶが、その叫びが届く前に、絵梨奈が順司の腕を掴んだ。
「あら?違うわ。安藤くんに案内してほしいのだけど?」
「ひぃっ!!」
 挑発的な笑みを浮かべた絵梨奈は、とんでもない悲鳴を上げる順司の腕にひしりとしがみ付いた。
「ちょっと、山川さん!今すぐその手を放してもらっていい?」
 実砂が物凄い表情を浮かべながら、二人の前に立ちはだかった。クラス中からは「いけ!合上!」と、応援が入る。
「何よ。私の邪魔をする訳?」
「あなたがテニス部に用があるなら、止めるつもりはないけど、順司は放して。嫌がってるでしょ?」
「あら、いいじゃない。私、安藤くんのこと気に入ったの」
 そう言って、ぎゅーっと順司を掴むが、既に順司はキャパオーバーで気を失いかけている。
「それは困るわ。私の彼氏だから返して」
 キッと睨み返す実砂に、クラス中から「そうだそうだ!彼氏っていうか、旦那みたいな感じだ!」と野次が飛ぶ。
「あら、そう。じゃあ、今すぐ別れなさいな。私がもらってあげるわ」
 勝ち誇った笑みを浮かべる絵梨奈に、実砂は手を上げそうになるのを我慢するように拳を震わせた。
 が、そこで一人の女性が飛び出した。
「いけません!お嬢様!」
 絵梨奈を止めるメイドの登場に、再びクラス内がざわめく。
「お嬢様、そう簡単に欲しいと我が儘を言ってはなりません。ましてや恋人など、お嬢様ともあろう方が、こんな庶民を選んではなりません!」
 絵梨奈を止めているのだが、酷い言い様に順司はついに魂が抜けてしまったようだ。実砂は倒れた順司を抱えると、二人を睨みながら吐き捨てた。
「あなたが言うように私たちは庶民だけど、ここは普通の公立高校なのだから、庶民しかいないよ。郷に入っては郷に従えと言うでしょ。だから、そっちがこっちに合わせるべきだと思うけど?それとも、お嬢様って一般常識も知らないわけ?」
 啖呵を切った実砂に、クラス中からは一際大きい声援が飛び交う。「よく言ったぞ、合上!!」「きゃー!!実砂ちゃんってばかっこいいー!!」とワイワイ騒ぐ中、実砂はさっさと絵梨奈たちから離れて、「順司を保健室に連れて行くの手伝って」とクラスメイトたちにお願いしている。
 メイドは怒りに震えていたが、絵梨奈はそれでもハッと鼻で笑った。
「いやね。負け犬たちがキャンキャン吠えたところで、何も怖くないわ」
 そう捨て台詞を残し、メイドを連れて教室を後にした。

「うわー!!俺のせいで、実砂が目を付けられてしまったー!ごめーん!!」
 順司はめそめそと泣きながら、実砂に抱きついている。
 翌朝、昨日の詫びをしてきた順司に泣きつかれていた実砂は、「はいはい」と簡単に返事をしながら順司を慰めている。
「別に何とかなるでしょ。私は事実しか言ってないし。それに、喧嘩なら負けるつもりないし」
 ふんっと鼻息荒く答える実砂を見て、順司はぼんやりと「そう言えば、中学まで柔道部だったって言ってたな」と思い出した。
 教室に入った実砂たちを待っていたクラスメイトたちは、昨日の興奮醒めやらぬと言わんばかりに、やんややんやと祭り騒ぎみたいになった。
 やがて、担任が入って来たところで静かになったが、重々しく口を開いた担任によって再び教室は賑やかになった。
「えー……昨日来たばかりの山川さんですが、今日から当面お休みになります」
 その言葉に、「は?」と返すクラス中に、担任は続けた。
「昨日、テニスコートに向かってる最中に、盛大に階段から落ちて頭を思いっきり打ったみたいで、入院している状態です。特に大きな怪我でもないし、検査の結果異常もないみたいだから、そんなに長期にならないと思うが、気にしてやってくれ」
 担任の言葉に、「何してんだ、あいつ」とか、「引っ掻き回しただけかよ」とか、「えー、やだー」とか、それぞれ言いたい放題のクラス内だったが、担任はそれ以上何も言わず、絵梨奈がやってくる前のように、静かな一日が始まった。
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